咎の華 堕ちた英雄
多少残酷な描写があります。ご注意ください。
そこは戦場
ニンゲンが血で血を争い。暴力で我が意を通そうとした場所。
剣が翻り、魔術が舞い、真紅の華がそこら中に舞い散って行く。狂気が渦巻き正気の者なんざ誰もいない。
「あひゃはやはは!!!死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ」
「公国万歳!!あーーーーーー!!!!」
「あははははっははははっっはあぐえっ!!」
ある兵士は、狂ったように叫びながら既に死んでしまった敵国の兵士を刃こぼれした剣でぐちゃりぐちゃりと突き刺していた。
ある兵士は、狂信的な色をした瞳をギラギラと輝かせて敵兵団に突っ込み自爆してゆく。
また、ある兵士は壊れたように嗤ったまま座り込んで最後を迎えた。
死した兵たちの腐臭が漂う戦場でとうにその匂いに皆、慣れてしまった。
狂気が渦巻く戦場の中その中心せ只々剣を狂ったように振るう者がいた。かつてそして今も祖国から英雄と呼ばれた青年は虚ろな瞳で只々剣を振るっていた。
只々剣を振るった。
振るった刃の切っ先ではまた1人また1人と敵兵が倒れてゆく。青年の歩むその後には死骸だけがまるで道標のように転がっていた。一歩一歩と歩む軍靴は真紅の血だまりをべしゃりべしゃりと進んでいった。
どうしてこのようなことに.....
青年は虚ろな意識の中過去を思い出していた。
ーーーーーーーーーーーー
青年には婚約者がいた。
彼女は隣国の美しい令嬢だった。
幼い頃から結婚を約束した彼女はいつも青年の手をとっては庭を連れ回した。くるりとこちらを見るたびに黄金の髪がキラキラと輝いて、澄んだ蒼の瞳がこちらを覗き込んだものだ。
彼は彼女を愛していた。
そんな日々の中のいつかだっただろうか。
そうだ、この戦いが始まる数週間前の話だった。
その日も彼女は青年を連れてお気に入りの庭へと彼を連れて行った。
大陸外の大国との戦いが終わって皆が前へと進み始めたころのことだ。青年はその時大国の将を討った英雄として祭り上げられていた。
青年はその時が初陣だった。なまじ強かった彼は前線へと送られ多くの人を殺めていた。夜も昼もふと思い出せば誰かが自身を恨み、呪う声が聞こえ、手が真っ赤に染まって見えたものだった。
夜な夜な魘されていた青年の手を彼女はいつものようにぎゅっと握って庭へと連れて行った。
そんな時、彼女は笑って言ったのだ。
「確かに貴方は人殺しをした。でもそれは私たちを守るため。なれば私たちも同罪なのですわ。いえ、罪といえばさらに重いのかもしれません。人にこの罪をなすりつけたのだから。」
そして彼女は哀しげに苦しげに言ったのだ。
だから、せめて、せめて私は貴方の手を握っていましょう。いかなる時も、どこまでも。私の手も真紅に染まるまで。
それから数週間後、食糧難に陥った青年の故国は隣国に侵略戦争を仕掛けた。
英雄と崇められた青年を先頭に立たせて。
そして、先まで良き隣国であった婚約者の国は敵国となった。
戦いは始まった。
美しい野原を焼けた荒地に変えるまで。
農地は荒れ果て、秋になっても黄金色の海は現れなくなった。
戦争は続いた。人手不足で少女や少年が駆り出されるようになって。少年少女は“英雄”になることを夢見て目をギラギラと輝かせた。
戦いは続く。
もう、誰もが皆で笑いあった過去を忘れてしまった。
皆が飢えた目をギラギラさせて味方なのにも関わらず互いに争いあった。
青年は戦った。
かつての戦争で共に肩を並べた戦友と、敵として。
彼を斃した後に青年は哭いた。
墓標も立てることもできず戦友だった敵を野ざらしにしたまま青年の軍は先へ進んだ。
青年は戦った。
かつて、守ろうと誓った婚約者の兄と。
彼は青年の愛した婚約者とそっくりな黄金の髪とこちらを見透かすように蒼い瞳を真っ直ぐこちらに向けて戦いを挑んだ。
兄は笑って遺った。
妹を頼む。と。
いくらもう死に慣れてしまった青年とて忘れられなかった。彼をその手の剣で心の臓を突き刺した生々しい感触を。
そして、彼の美しい義兄の死体は飢えた兵が喰らった。飢えた兵は次の戦場で狂って死んだ。
そこから、青年は壊れてしまったのかもしれない。
夜、魘されることはもうない。
手が真っ赤に染まったままなのは当たり前だった。
血の香りに酔って狂ったように戦った。
いつしか青年は“英雄”ではなくなっていた。
まるで沼に沈んでゆくようにゆっくりとゆっくりと堕ちていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
そして今日もいつもの様に戦争が続いていた。
狂気が渦巻く中、疲れきった兵たちは互いを殺すため斬り合い、魔術を飛ばす。
もう、幾人殺しただろうか。数えることも辞めてしまった。
そんな中、青年の前に銀甲冑の将が現れる。美しい甲冑を身に纏ったその将はただただ青年をじっと見つめた。そして、すらりと彼の剣を青年に向ける。
「なんだ。殺されたいのですね貴方は。」
壊れた笑みを浮かべて青年は嗤う。
そんな姿を敵国の将はじっと見つめた。
「あはははは、いいでしょうすぐ楽にしてあげますよ。」
もう殺す理由なんてどうでもいい。
只、コロス。
それだけだ。
青年の仕事はただそれだけ。
まるで、2人だけであるような錯覚のなか互いに切っ先を向け青年と将は戦いを始める。
最初は袈裟懸けに、次は横薙ぎに。
打っては弾き、突いては避け、青年は力強く、将は流麗に剣で舞い躍る。
互いの剣が交わった瞬間ー青年は将の兜の奥の瞳と目があった。
哀しげな蒼い瞳と目があった。
まるであの義兄のような。まるでかつて愛した、いや今も愛している婚約者のような、青年のココロを見透かす蒼い蒼い瞳がそこにあった。
一瞬
たったそれだけだった。青年の手が止まった一瞬をついて将は突きを放つ。そして。
ざくり
互いの胸に互いの剣がずぶりと刺さった。
そして互いに倒れた衝撃で将の兜が脱げる。
黄金の髪と蒼い瞳。
薄汚れてしまっていても、髪が短くなっていても青年は決して忘れない。血塗れの可憐な顔だちに浮かぶのは安堵の笑み。
そう、敵国の、令嬢だった。
「......何故......復讐ですか....。」
途切れ途切れの息の中青年は彼女に問うた。
彼女は口元に血をこぼしながらも微かに首を振った。必死に這いずって、青年の側ににじり寄って、ただ、優しく彼の手を握った。
「いいえ.......やっと貴方に逢えた.....やっとやっと壊れてしまった貴方の手を繋ぐことができます。」
やっと、やっと貴方と手がつなげた。
約束を果たしにきたのですと。
そう言って彼女は透明な涙を流して笑って言った。
共に堕ちましょう。どこまでも。
やっと握った手はどうしようもないほど冷たくて。
けれど暖かい。
そんな彼女の手を握りしめて青年は遠くなる意識の 中、思った。
やっと。やっと。終わったんですね。
と。
その後、ある歴史書にはこう書いてある。
シルヴィア公爵家の一の姫 は 貧困に喘えぎ、ついに先の大戦の同盟国であったこの国に手を出したヴァルギス皇国の堕ちた英雄と相討ちした。と。
かの姫は堕ちた英雄と婚約者であったが、戦時に兄を殺されその復讐に走ったとされるとも。