卯の花に染まる
考え付くままに無修正でSS書いてみよう。という唐突に思い付いた挑戦ネタ。その為、設定も練ってなければ掘り下げもなく、そもそも起承転結すらないです。ご注意を。
しんしんと降り注ぐ雪は、まるで此の世界の醜さを覆うかのように深く大地を覆っていく。流れる水は所々薄氷を含みつつ、上から下へ、右から左へ。
ひらりーー白い袖が揺れる。卯の花色の世界に溶け込むかのような白磁の衣。彼女の美しい濡羽の髪が風に靡く。椿か梅か、口許の紅が目を誘う。普段は穏やかながらも芯の強さを滲ませる双眸が、今は僅かに揺れ動いている。あぁ、恋しい君の心をやっと動かせたのか。諦念に似た感情を抱きつつ過ごした日々が報われた気がした。例えそれが望んだ形の感情でなかったとしても、終ぞ他の表情は見れぬものと思っていただけに、胸の内に湧き起こるのは歓喜だった。
「翡翠、どうしても行くと言うのですか?」
籠めた想いは親愛か罪悪か。春告げ鳥の如く耳障りの良い声が自分に掛けられる。その瞬間にも逝き果てそうな幸福感。されど、そんな内情はおくびにも出さず、彼は穏やかな笑顔を浮かべた。
「えぇ、行って参ります」
告げた途端、彼女の白衣が僅かに揺れた。握る拳に力が籠る。あぁ、愛しい君よ。どうか泣かないで。
「僕は、僕の願いのために行って参ります」
俯く彼女。揺れる濡れ羽色の髪。なお降り止まぬ月白の雪が、その黒を淡く隠し始める。
「姫。我らが愛しき姫巫女様」
恐る恐る歩み寄り、その雪をそっと払う。羽織っていた被布を彼女へ被らせる。神に添う者として生まれ、神社の中で大事に大事に育まれた愛しく哀しい若き乙女。
「・・・貴女を育んだこの国を守る為、僕は行って参ります。貴女の愛するこの国を守りたいから、僕は行って参ります」
途端、驚いたように顔を上げた彼女の瞳は濡れていた。信じられないーそうありありと分かる様が何故か面白くて、笑いを抑えられずに僅かに零してしまう。あぁ、そうだ。この愛しき人はこのような表情も持っていた。
「翡翠...」
拗ねた表情から、再び静へ。真っ直ぐ此方を射抜く眼差しは、懺悔の色を滲ませながらも、普段の彼女らしい強く清廉なものだった。
「翡翠、私は貴方を誇りに思います」
その一言で良い。充分だ。
「有り難きお言葉」
しんしんと、真白き雪は尚も踊る。静謐な境内を卯の花色に彩りながら、いっそ純真たる愛しき人さえ隠してしまってくれれば良いのに。
最早この国の終焉も間近。このまま退けば、象徴たる彼女の命運もまた尽きる。ならばせめて、時間を稼ごう。彼女を愛する同志が動くまで。彼の人が戦禍から逃れる為の時間を僅かでも。
「あぁ、愛しい君よ・・・僕の大切なお姫様」
何も知らなかった時間は直ぐに過ぎ去り、隣に居た君は本来居るべき遥か高みへ戻ってしまった。独りが辛いと泣いていた幼い少女は、神々に愛され幸福に至る運命。あの小さな手を自分で護りたいと願ったのは遥か昔。幼子故の大望だった。
「例え立場が、運命が二人を分かつとしても」
もう泣いていないだろうか。
「この気持ちは断つことなど出来るはずもない」
もう震えてはいないだろうか。
「あぁ、我らが神々よ。彼女をどうかお守りくだされ」
あれほど辛いと経験をしてきたのだ。神々の園へと招き入れ、どうか幸福を与えて下され。現世の醜さなど無縁の楽園にて、どうか心安らかに笑顔で過ごして欲しい。
「叶うなら、僕が・・・守りたかったな」
白い大地に濁りが混ざる。白、黒、赤、茶ー倒れ臥す多くの人型。咆哮する大地。それらをまとめて飲み干すように降り注ぐ雪。痛む傷など気になるものか。流れる血は決意の色ぞ。翡翠は着いていた片膝に力を籠めて、残った右手で槍を構える。翡翠に気付いた敵は、首級を増やそうと嗤いながら襲い掛かってきた。
「我は嶺染國が雪白の宮守の一人、御影翡翠!推して参る!」
突き出す槍は、中距離を以って敵の刃を抜けて相手を貫く。退く間に背を斬られようが、矢が脚を貫こうが、翡翠は槍を振るい続ける。片腕など関係ない。両の目が潰れようと構わない。満身創痍の身体で鈍ることなく槍を振るい続ける翡翠の姿は、正に悪鬼の如く。一人で多数の敵を屠り、気付けば集中的に狙われていた。
だが、止まらない。止まるものか。
この命尽きるまで
彼女が逃げ切るその時まではー
「!?」
雪が舞った。不意に翡翠の動きが止まる。あまりの急な停止に敵も警戒するが、いつまでも動く気配のない様に警戒を続けつつも、遂には銃撃が加えられた。響く銃声。漂う硝煙の匂い。ゆらりと、崩れ倒れ臥す夜叉の身体。大地が紅く染まっていく。
空の雪は、なお、降り止まない。
愛しい君よ。どうか、幸せに。
君が傷つく姿はもう見たくない。
どうか神々と共に、心安らかに過ごしてくれ。
例えそこに自分が居なかったとしても。
「僕の、大切なお姫様。どうか、幸せに」