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すべてが終わる始まりの  作者: 黒猫屋
第二章 異世界の
9/9

大火球の

 「おい、起きろ」


 野太い声が俺に掛かる。


 いつの間にか場面は切り替わっていた。体の自由は奪われたままだったが、藁の上ではなかった。広場のような場所のど真ん中で俺は意識を取り戻した。


 そうだ、俺はあの後そのままの眠りに落ちてしまったんだっけか。いや、違うような……近々の記憶がなんだかぼやけて曖昧だな。何か体に不調でもあるのだろうか。


 ところで俺の前に立っている、この髭面の熊のようなおっさんは一体誰だ?おっさんも日本語わかるのか。なんだかよくわからねぇ状況だなぁ。


 睨むわけでもなく、ただ見上げるだけの格好で俺はおっさんと視線を交えた。おっさんは口を真一文字にして、俺の風貌やらを観察しているようだった。


「黒髪に黒い瞳……お前、何者だ?流れ者にしても珍しいな。初めてみる顔立ちだ。年はいくつだ?出身はどこだ?名前はあるのか?身分は奴隷か?」


 立て続けの質問攻め。一つ一つ返答してもいいが、自由にある程度話させておいて情報を集めるのも悪くはない。実際、奴隷なんて物騒な単語も飛び出したことだしな。言葉は慎重に選んでいこうと思う。


「……」


「おい、質問に答えやがれこのっ」


「うっ」


 腹を蹴られた。痛い。無言で情報収集作戦失敗。意外と乱暴なおっさんって事がわかったので、こちらも情報を開示していこう。けほっ。


神谷健斗かみやけんと。俺の名前だ」


「カミャーキント?随分変わった名だなおい」


「違う、カミヤ、ケントだ。カ、ミ、ヤ、ケ、ン、ト!」


「お、おおそうか。カミャーケントだな。よし。ではお前は何処から来たんだ?」


 おっさん発音出来ないのか?俺の名前を間違ったまま軽く流しやがった。まぁいいさ、そんなつまらない事で無駄な時間は過ごしたくないからな。


「決して望んでこの地に来たわけじゃない。気付いたらここだったんだ。それ以外は残念だけどわからないんだ」


 おっさんは腑に落ちないのか腕組みをしながら空を仰いだ。そしてそのまま数分の時間が流れた。


 時間の無駄と判断した俺は、こちらから質問する事とした。その位の権利はあるだろう。


「すまないが此方からも質問させてくれ。いいだろう?」


 おっさんは俺をチラリと見た後、再び空を仰いだ。


 よくわからないリアクションだが、とにかく会話を進めたかった俺は、お構いなしに質問を始めた。


「あんた達、なぜ俺と同じ言葉を使えるんだ?ここは何処なんだ?」


 おっさん空を仰ぎながらゆっくりと口を開く。


「お前は多分、追放者だ。最近は多いのさ。おまけに頭がこんがらがってやがる。この集落で揉め事を起こされても困るからな、領主様に引き渡す事になった。直に迎えの者がくるはずだ。大人しく待っていろ」


 あん?なんだ追放者ってのは?それに頭がこんがらがってるだと?確かにそう思われても仕方ないが、そりゃあそっちの一方的な言い分なだけであって、整理する時間や情報が圧倒的に少ないのだから仕方ないじゃないか。


 俺は不満げな態度を示したが、おっはんはそんなものは知らんといった具合で、俺を広場に放置して去っていった。


「おーい、暇なら色々教えてくれたっていいだろー?なぁ、頼むよー」


 おっさんの背にそう語りかけたが、おっはんは振り返ることなく真っ直ぐに歩いていってしまった。


 なんだってんだ。何だよ追放者って……この先俺はどうなるんだよ。あーなんか言ってたなあ。領主様に渡すとか。はぁ。


 広場のまん中、渇いた土を風が巻き上げる。砂ぼこりが舞い俺を巻いていく。


 こんな状況でも俺は思考を止めようとは思わなかった。ここは何処なのか。可能性としては日本であるような気がする。その裏付けとしては、この状況になってから出会った人間二人とも日本語話者だった。風景や建物こそ日本らしくはないが、そんな施設、幾らだってある気がする。


 ただ、不安要素として、施設だとしてもだ、造りが懲りすぎって感はあった。見慣れた電柱、電線あたりは見当たらない。そして、見たこともない家畜と呼ばれていたあの生き物。


 あれだけは存在すら初めて見たもので、それだけ俺の知識が少なかったでは言い表せない気がした。いや、牛と馬の中間の生き物だぞ?あんなの居たか?うーん。わからん。


「あ、」


 横たわっていた俺の鼓膜が、僅かな音を聞き付けた。此方に近付いてくるリズミカルな音。パカパカガシャガシャ。馬か?それに馬車か?


 ビンゴ!俺の聴覚に狂いはなかったけれど、馬車でもないな。うん。ダチョウみたいなデカイ鳥だ。それが荷車を引いてきた。従者を乗せて。


 その従者の風貌はイカした格好だ。中世ヨーロッパ風と言ったらいいのか。羽根つき帽子とかイカシテるし、口髭なんかカールしていかにもって感じだ。


「お前が件の追放者か」


 従者は鳥に跨がったまま、俺にそう尋ねた。実に偉そうな態度だった。長いものには巻かれろって言うしな。ここは下手にでておこうか。突っぱねたところで得なこともないだろう。


「ああ、そうだ」


 やべっ、腰布一枚の、しかも手足を拘束されたままの俺が、クールキャラみたく返事しちまった。どうなる?俺は内心でミスを犯したと後悔した。


「ほぅ。威勢が良さそうだ。それに見たこともない髪に瞳の色。お前がもしかしたら彼の者……そうなのかもしれないな。まぁそんなことはどうでも言い。ついてきて貰おう」


 ん?またなにか小芝居みたいな台詞吐きやがったな。追放者だの彼の者だのとよくわからん展開だ。


「じゃあこの縄ほどいてくれないか?雑にきつく縛ってあるから痛くてさ」


 従者は首を横に振ると、鳥から降り俺の目の前まで来たところで立ち止まる。腰辺りからナイフを取り出すと、器用に足の縄を切ってくれた。


「足の縄は解いてやろう。さあ、立て。そして荷台に乗り込むんだ。それから忠告だがな、少しでもおかしな真似をしてみろ。命の保証はないと思え」


 凄い。役者だとするならかなりの熟練者だろう。台詞の一つ一つがマジだ。生々しい表現力。アカデミークラス間違いないぞ。脇役従者の癖に。


 俺は言われるがままに荷台に乗り込んだ。この先に何が待ち受けているのだろうか。ただ流されるままに。そう、今はまだ続く我慢の時間帯なのだから。





 流れる風景は山、山、山。その山の中腹に沿うように作られた道は舗装もされていないものだった。荷車はガタガタ大きく揺れ、とにかく乗り心地は最低だし、ケツが痛い。


 集落から移動し始める事、時間にして十分位だろうか。急に荷車を従者が止めた。そして辺りを見回し始める。何かを警戒している様子だ。


「何かあったのか?」


 俺は思った事を口にした。しかし、従者は俺に取り合ってはくれなかった。警戒を解こうとはしなかった。


 つられて俺まで辺りを見回して気付いた。子供の背丈程の何かに囲まれそうになっていた。その数は約十人程か。


 良くできたものだ。メイクはばっちり。俺はそれが何かを知っているぞ。ゲームでは序盤のレベル上げで散々お世話になったからな。そう、奴等はゴブリンだ!とんがり帽子に長い鼻、手には短刀、腰布にぼろブーツ。凄い再現力じゃないか。


 子役か?子役にそんな高度なメイクを施したのか?すっげー金かけてんだね。とかなんとか思っていた。と、視線を従者に向けるとただならぬ雰囲気になっていた。


「ヤバイぞ、こりゃヤバイ……なんてこった、囲まれたっ!」


 従者は鳥に備え付けてあったサーベルを手に取り引き抜いた。しなやかな剣先は太陽光を反射してキラリと輝いた。


 ただただ行く末を見守るしかない俺は、危機感などは皆無で、ひたすらにこれから起きるであろう出来事に期待を膨らませワクワクしていた。


 従者は鳥から飛び下り、サーベルをゴブリン達へと向けた。出で立ちは本物の輝きだ。偉そうな態度こそ気に食わないが、格好の良さを感じてしまったのは嘘ではない。従者は左手を腰に当て、右足をじりじりと前に出した。

 

 ゴブリンは皆がバラバラに散会し、従者の出方を伺っているようだった。


 不意に後方のゴブリンが従者に石を投げつけた。従者はそれをひらりと前のめりで交わしながら二歩三歩と瞬く間に前進し、サーベルを前方のゴブリンの目を目掛けて突いた。


 あれ?これマジじゃん!?目の前で繰り広げられる光景に俺は唖然となった。


 赤黒い血飛沫ちしぶきが舞うと同時に、ゴブリンは奇声をあげ転がり込む。従者はそれを蹴散らしながら、二匹三匹と仕留めていった。


 が、優勢に見えたのはそこまでだった。従者の背後に回った数匹のゴブリン達は、短刀やこん棒で従者に反撃を仕掛けた。


 身を低くしたゴブリンがこん棒を振り回すと、従者の足へ当たる。鈍い音と共に不意を突かれた従者は膝から崩れた。隙だらけとなった従者を仕留めようとゴブリン達は一斉に従者に飛びかかっていった。


 震えが止まらなかった。目の前で行われている出来事が現実離れし過ぎていた。自分の鼓動が速まっている事に気付くのに、そう時間は掛からなかった。


 た、助けなければ……でもどうやって?考えろ、思考を止めるな……こんな時に出来る最善策は……


 その時、俺の脳裏をよぎったのは、この世界で最初に出会った少女だった。そう、俺を変態と決めつけたあの少女。彼女は掌で火球を生み出していた。


「まさかね……」


 馬鹿げていると思ったのは百も承知だ。それが俺に出来るとも思ってもない。しかし、なにもせず目の前で人が殺されかけている状況下で、俺が出来る事と言ったら……


 頭の中で再現した。アニメ、マンガ、ゲームで培った『魔法』の知識。精製するすべ。それらを俺の中で統合し、実践する事にした。


 意識を掌に集中し、火球を強くイメージする。

まさかと二度見した。


 出来ている!!あの少女のそれよりもかなりのデカさだ。見よう見まねで手を振り上げると、火球も同時に付いてきた。そして太陽のプロミネンスの如く燃え盛っては中心へと戻る炎の渦はサイズがどんどんと膨れていった。


 同時に俺の意識も、もの凄い勢いで何かに持っていかれそうになった。下に引っ張られる感覚。顔を強ばらせ、歯を食い縛る。ヤバイぞ。視界が狭まってきた。


 ゴブリン達は従者を仕留めている手を止めた。俺が精製した火球を見つめている。いや、呆気に取られたような表情だ。ほら、はやく!その場から去れ!じゃなきゃ従者ごと焼き付くしかねない!


 そうこうしているうちに火球はどんどん膨張していく。直径はテニスコートを優に越えていた。


 これはこれでヤバくね?処理に困るサイズだ。ってかこれを放ったら最後、俺まで焼き付くされるんじゃないか?


 致し方なしにと、俺は火球を遠方へと打ち放った。威嚇にはなるのじゃないかとの思惑もあったからだ。


 炎の塊が轟音と共にゴブリン達の頭上を通過する。ジェット機が低空で通過するような音だった。


 余りにも膨大で荒々しいエネルギー体は通過した周辺を無惨なまでに焼き尽くしていく。黒焦げを通り越し、灰にまでしてしまうレベルだ。数匹のゴブリンも同様に、上半身だけがその炎の化け物に食いつくされていった。


 山の中腹に炎の塊が渦を巻きながらめり込んでいく。凄まじい衝撃。破壊音。次いで爆風が此方に返ってきた。身が焦げそうな熱さだ。俺は慌てて荷台から飛び下りると、その陰に身を隠す。なにせ腰布一丁なのだから。


 轟音が鳴り止むのを待ってから頭一つだし、従者を確認する。ゴブリン達はすでに逃げてしまったようで亡骸なきがら以外は目視できなかった。


 従者よ、生きていてくれ。そう心から願った。横たわっていた従者に一歩一歩と近付いていく。うつ伏せになっていた従者の口許に耳を持っていくと静かな呼吸が確認できた。良かった生きている。


 俺は胸を撫で下ろした。不自由さを無くすために、手を拘束していた縄を従者のサーベルで上手く掻き切った。


 さて、これからどうしたらものかと立ち尽くしていると、集落の方から数匹の家畜に跨がった大人達が此方に向かってくるのが見えた。


 俺はそれを確認した後に、ゆっくりと大地に伏したのだった。


 きっとこれは、ゲームで言う所のMPゼロの状態なのだろうと、薄れ行く意識の中で思っていた。

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