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すべてが終わる始まりの  作者: 黒猫屋
第二章 異世界の
8/9

全裸の

 山間の草原が広がっていた。綺麗な稜線は蒼く、澄み渡った空気は清涼そのものだ。少しの風に揺れる草花は、嘘みたいに綺麗で、心が生き生きとしてくる。


 なぜ俺はこんな場所で寝ていたのだろうか。寝る前の記憶がやたらと曖昧で、遠い過去の事に思える。


 だけれども。だけれど思い出せそうにない。いや、不自然な表現かもしれないけれど、何か連続性のない所に迷いこんだ気分だ。


 ……!


 違う。なんだこの違和感は。


 俺はこの世界の住人ではない。


 そうだ、俺は光に包まれて、そして……。


 バラバラの意識が俺の中にある。そのバラバラの俺がせめぎあい、一本の意思を構築できない感覚だ。


 ぐぬぅ。


 ……。

 

 不思議なものだ。本当に不思議なものだ。こんな世界に突然放り出されたらどうしたら良いものかと……泣きじゃくって死んでしまうとか、そんな考えは頭を過る事すらなかった。


  まずは現状の確認をしなければならない。と言うよりも、ここは何処で俺は何者で、そして何をしなければならないのか。意外な程に頭は冷静で、ある意味自分は人間味すら無いのかとも思ってしまうほどだったし、別人のようでもあった。


  辺りを見回した俺は軽く安堵の溜め息がでた。なぜならば、目と鼻の先に人家らしき物がちらほらと数件見えたからだった。規模から言えば村っぽいな。らしきものと言ったのは、あからさまに俺の知る日本家屋とは違ったもの。記憶と照らし合わせるならばそれは、西洋風の建築物。それも田舎の風景にマッチするようなものだったからだ。


 アレを目指すか。と、足を一歩踏み出したところで俺は硬直した。


 足から伝わるこの感触。雑草の感触。生々しい大地の感触。つまりは素足だ。そう言えばさっきからずっと感じていたこの開放感。この正体が今ならばわかる。


 そう、俺は全裸なのだ。


 股間を抑え咄嗟にしゃがみ込んだ。意味は無いのかも知れないが、現代人たる俺の羞恥心が考えるよりも先に体をそうさせた。


 しかしだ。このままここで動かない訳にはいかない。まして今、自身が置かれているこの状況すら全くもって理解不能なのに。どうしたことか。最良の一手を捻り出そうと思った矢先だった。


 俺のすぐ背後で聞こえる悲鳴。声質からして同年代くらいの女性の声か。瞬時に首だけ捻りそちらに視線を投げる。もちろんしゃがんだ格好のままだ。


 「きゃー変態ー!!」


 察するに彼女は大きな間違いをしている。全裸の俺を変態の類いと思い込んでいる。まぁ気持ちはわからないわけではないが、少し切なく、そして何故か沸き上がる高揚感があった事をここで告白しておこう。


 誤解してほしくないので断っておくが、なにも全裸を見られた事に高揚感を覚えたわけではない。俺以外に人が存在したことに対しての沸き上がった感情なのでお間違えなく。


 と、そこで、先程感じた高揚感は一瞬にしてパルス逆転となる。なにせ俺の頬を火の玉が掠めたのだから。


 え?何、今の……。


 率直な感想は以上だ。全裸の俺は股間を抑えしゃがみこみ、首だけ捻って少女らしき女性を見つめ続けた。俺の思考回路はギリギリのところで持ったようである。身に迫る危機的状況は思考を研ぎ澄まさせ、身体能力を飛躍的に向上させる。


 世界の流れが、時の流れが緩やかにスローなものに変わっていく。脳の処理速度はんぱない。


 女性は両手を前に突きだし、掌に火球を生み出す。ソフトボールと同じ大きさだったそれは、空中に上昇し回転を始めると次第に膨れ上がっていく。バレーボールを越えたあたりで女性が俺を目視で捉えた。


 その表情たるや、鬼神のごときと形容しようか。先程悲鳴をあげていたか弱き女性らしき演出はどこ吹く風。


 何かをぼそぼそと呟いている。


 あ、また火球だ。しかも十個は越えてるぞ?なに?また俺に向けてんじゃん。それ避けきれなくね。


 俺が記憶しているのはそこまで。次に目を覚ましたのは何処かのあばら家、もしくは納屋?とにかく粗末に敷き詰められた藁の中だった。





 さて、ここはどこだろう。


 辺りに立ち込める異臭は、ほぼ間違いなく家畜の糞かなにかだ。少し目眩を覚えたが、その原因が異臭のせいなのか、目の前に横たわる牛のような馬のような見たこともない生物のせいだかは定かではない。


 髪の毛が焦げている。俺はあの火球をもろに受けたのだろうか。


 ん?なんだ、足に違和感が……。


 おいやめろ。俺の足を舐めるな。


 と、身を捩ろうとして覚える違和感。ふむ。手は前組に縄で縛られ、両足も束ねられている。もじもじと動かしてみたものの、縄できつく縛られているせいで、皮膚が擦れて痛いだけだ。


 あと、腰に麻か何かのボロも巻き付けられているな。辛うじて全裸は免れたってことか。うん。それならばよろしい……よろしいわけないよな。


 追い討ちも続いた。馬だか牛だかわけのわからぬ生物の小さな個体が藁からかひょこりと顔をだす。(あら、可愛らしい)無垢な瞳に思わず声が漏れそうになる。


 「あ、あふん、やめっやめろって!あうあ……」


 小さな個体が、身動きとれぬ俺を責め立てにきた。足の指が、母親のそれと似ていたからかもしれない。


 この生き地獄。快楽的な責め立てに悶絶する俺は、直後に本物の変態のレッテルを貼られることとなるのであった。


「やっぱりあなた、本物の変態だったみたいね。最低だわ!」


 身悶える俺を少し離れた場所から見下ろす少女は、俺に軽蔑の目を向けつつそう言い放った。


「さっきの君か!?に、日本語がわかるのか?」


 言い訳よりも先に、俺はそんな言葉を発していた。至極当然のことだろう。だって身なりは丸っきり外人だもの。金髪で、瞳の色は緑で。服装は北欧の山岳民族っぽいやつだったし。


 少女は少し間を置いて、俺と会話を続ける素振りをみせた。が、警戒心は強そうだ。なにせめっちゃおぞましいものを見る目だもの。


「はあ……あなたの言葉、よくわからないわ。ニポンゴ?なによそれ。それよりもうちの家畜から離れなさい!執拗に舐め回させたりして穢らわしいわっ!」


「いや、違うんだ!よく見てくれよ、俺がさせてるわけじゃない、こいつが勝手に!それに手足がこの有り様だし、あぁはうっ!」


 俺は真剣に誤解を解こうとしているのにっ!この家畜の……家畜の畜生が無駄な横槍ばかり入れて来やがるからっ!!話が拗れちゃう!はぅん!


「真性のド変態ってわけね。わかったわ。純血の少女相手によくもよく見てくれなんて言ってくれたわねっ!」


 凄い、凄いデフレスパイラル。全ての言動がマイナスベクトルへ導かれていく。駄目だこの流れ。駄目なサッカーの試合よりもヤバイ。我慢の時間帯なのか?我慢すればチャンスは訪れるのか?な、ならば……


 俺は身悶えるのも止め、バサッと藁に突っ伏した。目をそっと閉じ、事の流れを見守ろうと心の扉をも閉じたのだった。

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