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すべてが終わる始まりの  作者: 黒猫屋
第一章 始まりの
7/9

消失の

 生理的に受け付けないものってやっぱり誰にでもあって、例えばそれが自分の好きかも知れない女性の大切なものであったとしても、受け入れるのは困難だったりする。


 くどい言い回しかもしれないが、今、俺の目の前で偉そうに講釈を垂れる毛玉が、俺の生理的嫌悪感の対象なんだ。


「おい、人族のオス。お前さっきから何チラチラ俺様を見てる。言いたい事は言っておいた方がいいぞ。いつ魔物に喰われても良いようにな」


 こいつやっぱ無理だ。まず話の内容が、明らかに俺達の次元の話しではない。それに、メチャメチャ上から目線の態度が腹立つ。蹴り飛ばしたい。


「杏子も言ってやれよ。このオスは駄目野郎だ。俺様の話がまったく通じないし、不遜な態度が気に入らない」


 毛玉野郎の言葉をすんなりと受け入れた杏子は、俺に鋭い視線をおくってくる。なんだよこの展開。ってか、杏子、お前毛玉のこと信頼しすぎだろ。軽く洗脳入ってねーか?そもそもこいつ、生物かどうかも怪しいじゃないか。


「ねぇ、ちゃんともじゃくんの話を聞いてよ!健斗にとって絶対に必要な事なんだからね」


 乱暴すぎる展開ではあるが、どうやらこの毛玉は、今後の俺に必須の情報を持っているらしかった。致し方なしに俺は毛玉の存在を受け入れる努力をしようと決めたのだった。


「す、すまなかった。もじゃくんでいいんだっけか?もう、あんな態度はとらないからさ、仲良くしよう」


 非常に不本意ではあるが、杏子ならびにもじゃくんの機嫌を直すため、俺は下手にでることにした。


「わかりゃいいんだ人族のオス。お前は近い未来、いや、遠い過去か、まあどちらでもいいが、大きなうねりに身を投じるんだからな。運命だとか宿命だとかそんな個人のちっぽけなものじゃないぞ。因果の流れだ」


 生唾を飲み込んだ。毛玉は大真面目な態度で俺の未来を語った。そして、この短時間の間に、毛玉は多くの情報を俺に差し出していることに気づいた。


 まず、人族のオスという表現だ。毛玉が何族だかはさておき、少なくとも毛玉がもと居た世界にも人族なる人間が居ること。そして、族で分けられたからには他にも大まかに分類された多種族が居ることが推測される。例えばさっきの発言の中の魔物などだ。


 それから、毛玉の話す言語だ。俺や杏子は普通に毛玉の言葉を理解出来ている。俺の会話も理解していた。つまり、未来だか過去だかは定かではないが、日本語話者には間違いない。それを加味しての安易な憶測だが、毛玉の世界には日本国は少なからず存在している事になる。仮に国がなくとも、日本語という言語や文化はある事が予想される。


 謎多き事柄も、冷静に分析すればある程度はその背景は見えてくるもんだ。受け入れ難い不可思議な存在も、目の前に存在している以上、現実のものとして受け入れた方が解釈はより進展するはずなんだ。


「もじゃくん、君は一体何者なんだ?杏子との繋がり、話す言葉、生きている世界、君は何処からか来たのか。色々と聞きたいんだが」


 俺の素直な問い掛けに、毛玉は一旦口を閉ざした。考え事でもしているかの様な表情を見せてから不適な笑みを溢す。


「答えられねぇなぁ。何もかも。そりゃ喉から手が出るほど聞きたいだろうよ。でもそりゃ駄目だ。お前が経験して、感じて、そして考えろ。俺はお前の先生でもなけりゃ友達でもないんだぜ?誰もが質問に気安く答えてくれると思うなよ。世間はそんなに甘くはない」


 うわあああ!?なんてこった。こいつ性格が最低野郎じゃないか!杏子、どーすんのよこいつ。


 俺の視線は杏子へ。その瞳は涙に濡れそうだ。


「さっすがもじゃくん!大人な意見だね。そうよ、誰かに頼ってばっかじゃ、いざとなった時になんにも出来ない人になっちゃうもんね!」


 ぎ、ぎゃあああああ!!だ、駄目だ!こいつら脳が腐ってイカレてやがる!助けて母さーん!


 俺は膝から崩れると、杏子ともじゃくんの前にひれ伏した。今夜は盛大に枕を濡らしそうだぜ。


「わかった。わかったよ。お前らの協力を仰いだ俺が間違っていた。自力でなんとかしますから。だから今日はもうお引き取り願いたいです。はやく帰ってくれ、いや、帰れ」


 うなだれる俺は、貝になりたかった。どうかこの無様な俺を一人にしておくれ。


 杏子ともじゃくんは互いの顔を見合わせると、深い溜め息をついた。そして俺を見下ろしながら部屋を後にしようとした。


「よくわかんないけど、帰るわ。また明日ね」


 杏子はそう言って部屋を出ていく。杏子の後に続くもじゃくんは去り際に一言、俺に捨て台詞を吐いていった。


「おい、もう始まってるぞ。いざうねりが強まったからと言って、そん時に狼狽えるような無様な格好だけは見せてくれるなよ。お前はそうさな、選ばれた者なんだからなぁ。じゃあな」


 スッゴい捨て台詞。もじゃくんの登場から去り際までまるで出鱈目。話の整合性とか皆無。灯りの一切存在しない暗闇に放り込まれた気分だ。


 俺は床に大の字になり、天井を見上げた。もじゃくんが召喚された痕跡である魔方陣が、焦げて転写されていた。


 あーあ、こりゃ両親に見つかったら説教コース間違いなしだな。


 ……。


 あ、あれ?


 この魔方陣、なんかおかしくね?


 まじまじと天井のそれを観察した。転写された魔方陣は、鏡文字のように全てが綺麗にひっくり返しになっていた。俺は杏子の残した紙切れに描かれた魔方陣を急いで確認した。


 レポートに記述されたとある項目が頭に浮かぶ。『逆転式』と記されたその項目。この世のことわりを真逆に置き換えるその式は、博士も真の解釈に至らずにいたという。


 つまり、杏子はそれを理解し、魔方陣に置き換えられた事になる。その結果がこの部屋で起きた事の証明になっていた。


 これはつまり、とんでもないことなんじゃないの?俺は阿鼻叫喚となったまま、空白の時間を過ごすことになった。





 煩い着信音で目が覚める。相手は杏子だった。どうやら俺は机にかじり付きながら寝てしまったらしかった。よだれがはんぱない事になってんだもん。部屋は薄暗い。もう夕方になっていたのか。


 目を擦りながら電話をとった。


「もしもし、もしもーし!聞こえてる?」


 この少し詰まったような独特な声の質感。それだけはいつ聞いても癒される。内容はともかくとして。


「あ、ああ。わりぃ寝惚けてた。どしたの杏子?お前から電話なんて珍しい」


「寝惚けてたじゃねーよ!テレビ見ろテレビ!」


 前言撤回。癒しでもなんでもねーや、悪魔め。俺は心の中で強くそう思った。


「ん?あぁわかったわかった。つけますよーっと」


 自室の小さなテレビ画面には信じられない物が映し出されていた。体は強張り思わず携帯を落としてしまった。


 世界同時多発!都市部消失!!


 真上のテロップにはそう題された文字が書かれていた。テレビは緊急時の放送形態がとられ、延々と更地になった場所を映していた。


 現地のリポーターであろう外国人は言葉を失ったかのようで、マイクを握り締めたまま立っているのがやっとのようだ。そんな様がかえって現実感を際立たせ、無言の言葉に重い意味をもたせていた。


 俺は携帯を拾い上げる。指が小刻みに震えているのがわかった。


「緩やかに始まり、急激に完結する……」


「杏子の伯父さんの言葉だよな。これの何処が緩やかだよっ!?一体何が始まったって言うんだ??」


 怒りにも似た感情が、つい口からでてしまった。杏子は当事者でも何でもないにも関わらず、だ。


「ご、ゴメン。杏子に言ったってしょうがないよな。なんか混乱しちゃってさ」


「……いいよ謝らなくて。逆にあたしの方が健斗に謝らなくちゃならないのに」


「なんだよそれ。なんで杏子が俺に謝る必要があるんだよ」


「だってあたしが選んじゃったから。あたしが健斗の事を好きになっちゃったから……だから叔父さんの再構築式が健斗を中心に起きて、だから、だから……」


 電話越しの杏子は泣いていた。言っている事は支離滅裂なものだったが、どうやらこの現象のトリガーをひいたのは杏子に違いないようだ。そして、それは俺を中心に捉えているのだという。


 杏子の叔父の目的、杏子との深い関わり、それらは新たな疑問符を生み出した。しかし、今はそれらの疑問符をどうこう考えている暇などなかった。


「どうしたらいい。何が出来る?俺達の世界はどうなってしまうんだ……」


 電話越しに聞こえてくるのは、杏子の嗚咽だけだった。深い悲しみ故の悲痛な声無き声。混乱に飲まれ、杏子と共に涙を流す選択肢もあった。その心に寄り添い、傷に共感することも出来た。


 俺はそうしない道を選んでいた。坑う者として、立ち続ける選択をしていた。どこから沸き上がる感情かさえわからないままではあったが。


「これが、これが博士の言っていた世界再構築なんだな?だとしたら、これから世界は構築式に則って変わってしまうんだな?わかったよ。俺がそんなもの壊してやる。いや、全部取り返してやるから。だから泣くなよ杏子っ!」


 彼女を安心させるのが目的なのか。吐き出した台詞を自分に言い聞かせたかったのかはわからない。だけれど、俺はその時確かに本心を吐露したんだ。これから始まろうとする『新世界』に坑がう存在として生きていこうと決意したんだ。


「うん、うん……。健斗、ちゃんとあたしを見つけてよ……あたし、絶対に健斗を待ってるからね。絶対の絶対に待ってるから!」


 電話はその言葉を最後に途切れた。


 携帯を強く握りしめた俺は、ぼやけて滲むその画面を見続けた。部屋は突然真っ暗になる。停電だろうか。電源設備が消失してしまったのかもしれない。


 しばらくしてから暗くなったはずの外が、昼間のように明るくなり始める。


 ここも、俺の部屋も学校も街も全部消失してしまうのかな。急に迫ってきた不安感は俺を丸ごと包み込もうとした。目に見える全ての物、思い出せる全ての人を胸に刻みこんだ。


 窓の外はオーロラの様な光が漂い始める。どうやら再構築式が発動しだしたようだ。


 俺の意識は……。

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