表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべてが終わる始まりの  作者: 黒猫屋
第一章 始まりの
6/9

召喚の

 杏子は俺のベッドに腰を下ろした。ふわりと舞い上がるスカートは短い。惜しい、あと少しで!ってそうじゃなかった。


 不安と期待の入り交じるそんな顔を俺に向けている杏子に、何を語ろうかと考える。


「まず、ここ二ヶ月で判った事を話そうか」


 話し始めはこんなものか。正直、話したいことは沢山あるが、杏子に合わせて話を噛み砕くのも結構厄介だったりするしなぁ。


「杏子から渡されたレポート、これね、ほぼ英字で綴られた論文だったんだ。あの日目を通したから分かってるよね」


「そうね。だからあたし健斗に丸投げしたんだもん」


 丸投げとか平気で言ってるし。俺は下請けかなんかかよ。


「だからさ、専門用語とか数式とか俺の知らない部分も沢山あって、まぁ苦労したんだ」


「ふーん。でも健斗努力家なんじゃん。それ読める様になったんでしょ?」


「読める様にってわけじゃないけどね。今の時代、PCなんて優れた機械はあるし、ネットを駆使すれば、後はそれを理解出来るレベルまで自己を高めればいいだけであって」


「ちょちょ、ストップ!ストップ!」


 ストップとはこれ如何に。まさかもうついてこれないとかは止めてね。


「あたしの伯父さん、考古学の専攻だよ?」


 そうですね。ネットで調べて知ってます。


「ああ、そうだ。考古学者だったみたいね。……で?」


 俺には杏子の質問がまるで見えてこない。いや、言いたい事はなんとなくだが推測できた。考古学者と魔法が結び付かないのだろう。そりゃあ俺だって、始めはその疑問符が浮かんだ。だが、ネットでササキ博士を隈無く調べる内に、博士の発言や行動などが、魔法との強い関連性が有ることに気が付いた。


 超が付く程のアングラな場所では、ササキ博士はある意味とんでもなくもてはやされた人物だった。一方の一般人にとっては、言い方は悪いかも知れないが、ぺてん師、詐欺師なんて者に近い存在だった。だが、今となっては彼の発信してきた全ての情報は、世界を根底から覆すほどのものであったと言い切れる。


 だってほら、俺、実際に魔法使えるし。これが結果。


 ササキ博士は生前、一貫して訴えてきた事があった。それは『目に見えない力の存在』だ。それに関連してもう一つ、『過去の文明にそれが使われていた可能性』について。


 この二点は、考古学者の観点から導かれたものに間違いはなく、ある時期からそれらの力が失われてしまったとの学説も発表していた。まぁ、彼が世界に向けて論じた事柄は、誰にも見向きされなかったのは言うまでもない。か……。


 おびただしい数の論文や学説は、話題に上る事もなければ反証されることもなく、陽の目をみぬまま埋もれていってしまった。ただ、極一部の人間達からは信仰の対象のように祭り上げられていた。それが、アングラーな世界の住人達だった。


「考古学と魔法が結び付かないんだろ?」


 杏子は喉につっかえていたものが無くなるかのような顔して大きく頷いた。


「凄い!健斗もしかして、人の心とかも見えるん!?」


「そうじゃなくて、杏子のレベルで物事を考えたらそんな答えになっただけだよ」


「あ、あたしの事を馬鹿だって言いたいんでしょ!嫌な感じ!ウザっ」


 溜め息一つ。そうではなくてね、俺が言いたいのは。


「そんなつもりはないけどさ、まぁ話を聞いてくれ」


 杏子はふて腐れた顔になりながらも俺の話しには耳を傾けてくれるようだった。


「確かにササキ博士の専攻は古代学だ。でもそれは単なる入り口に過ぎなくて、実際に博士の足取りを追うと様々な物が見えてきたんだ。例えば……」


 俺は可能な限り杏子目線に話を噛み砕いて説明してやった。まさか他人である俺が、叔父さんについて姪である杏子に説明する日がくるだなんて。世も末です。


「……つまり、杏子の伯父さんは未知なる力の存在に辿り着き、それを発動するすべを得たわけだ」


 叔父さんの経歴の説明は終わった。杏子の表情をよむ為に俺は顔を上げた。真剣なその眼差しは叔父を思うが故か。光の加減で涙を溜めているようにも見えた。


「つ、続けてもいいか?」


 杏子の心境を察しながら話を進める。まるで杏子の手を引き、未知なる扉へ誘うように。


「ササキ博士のレポートによれば、魔法の発動にはポイントが幾つかあって……」


 話の途中で、杏子は急にベッドから立ち上がった。


「あたし、それ知ってるよ。直接教えてもらったから。ほら、前に健斗に見せたじゃん」


 そうだ、杏子は魔法を発動出来たんだった。すっかり忘れていた。校舎裏のあの場所で杏子がこのレポートを取り寄せたり、筋肉鮫島の『魅了チャーム』を解いてくれた事を。


「そうだったな、うっかりしてたよ。じゃあ概念を熟知~の下りも理解しているんだな?」


「はあ?なにそれ」


 はあ?なにそれってなにそれ。おいおい、杏子よ。まさか魔法発動のキモである、発動条件を存じないと?いや、まさか。それを知らなければ魔法が使えるわけないじゃないか。なんだよ、その返事は。


 とか言ってるそばから杏子は俺の机に移動し、紙に何かを書き始める。


 そんな杏子の様子を見ながら、俺は魔法の根本的解釈を整理していた。俺の解釈が間違っていなければ、魔法の発動には条件がある。


 一つは原理及び構成要素への理解だ。これは基本中の基本ではあるが、日本人で言うところの、中学生レベルの知識があればなんて事はないだろう。火や水の原理や構成など、今更人に聞くまでのこともないだろう。


 もう一つは対象物のイメージ化だ。これは、無から有を生み出す過程で重要となる。というのも、火を見たこともない人間が火など生み出せないのと同じで、頭に思い描けなければ、対象を具現化出来ないと言うことだ。逆にこのポイントの恐ろしい所は、思い描くことができるならば、それが具現化出来てしまうと言うことだ。


 俺をはじめとするゲームや漫画好きな人種ならば、意図も簡単に究極魔法なんてのもイメージ出来てしまうあたり、なんともおぞましい限りである。


 ササキ博士の理論として、俺に理解出来なかった部分もあった。レポートに度々登場してきたある単語だ。『星の記憶』と記述されたもの。博士曰く、魔法の具現化に伴い、人間を媒体として星の記憶の力を引き出すと言う表現がされていた。その一点だけは俺の知識の及ばぬ物として、未だに宙ぶらりんのままになっていた。


 それと、魔方陣についてだが、これは魔法を発動・展開するに当たり補助的な役割をするための物らしい。補助的というのも、魔方陣に描かれているものは、森羅万象の情報が主であり、魔法の術者の知識を補う役目があるという。これは、火という存在を知らない者でも、魔方陣に描かれた火の情報を元に、魔法を発動できるのだそうだ。つまり、俺は魔法陣なしでも魔法は発動できることになるし、実践済みだ。


 ただし、人の精神に作用する者に関しては、魔方陣に頼らざるを得ない。だって心理学の心得なんてないし。だからこそ、両親の記憶を改竄したのも魔方陣へ頼ったからという具合だ。


 っと、そんなことに囚われている内に、杏子が何やら始めたぞ。


召喚サモニング


 へ?今なんと?俺、そんなの知らないってば。召喚て、あの召喚かい?めっちゃ強い魔獣とか呼び出すあれっスか!?


 ノートに書かれた魔方陣から赤い光の柱が現れる。天井に達した光は、魔方陣を天井に映した。

立ち込めるドライアイスのような煙に、何処からか聞こえてくる不思議な音楽。シャンシャンと鈴の音も聞こえていた。


 立ち込める煙の中に蠢く何が見えたのはその直後だった。


「毛玉……?お、おい、杏子、なんだよこれ。それに召喚ってお前、そんなの俺知らないし」


 杏子は瞳を閉じたまま、魔方陣に手をかざしたままだ。まだその術式が終わってはいないのだろうか。俺の言葉にも無反応だった。


 次第に煙は消えていき、魔方陣の中にはネコ程の大きさの黒い毛玉が一つ、もぞもぞと動いている。俺の素直な感想として、とても奇っ怪でいて、間違っても愛くるしいとは言い難い。


 杏子はなにやら達成感たっぷりの表情をし、額の汗を拭う。いやいや、汗なんかかく場面なかったでしょうよ。


「あの、それ、なに?」


 素直な感想を一言。俺の目は点だ。


「あたしのペットよ。もじゃくん」


 そうか。ペットねー。もじゃくんって言うんだ。ふーん。

じゃねーよっ!!


「ちょっと待ってね。もじゃくん今、用意してるから」


「用意?」


「そう。用意よ。超可愛いんだから」


 杏子のペットだという奇っ怪な毛の塊は、うねうねと身をよじりながら形を変えていく。細長くなったり四角くなったり。


 そのうちに、四本の触手のような物が生えてきた。お、おぞましい光景だ。


 触手の先が三つに割れる。ヤバイ、吐き気をもようしてきたぞ。俺ヤバイ。


 それはどうやら手足のようだった。毛玉はゆっくりと起き上がろうとしていた。小鹿の赤子が出産後すぐに立ち上がる様に似たものだった。しかし、俺の目にはお世辞にも感動的な光景としては捉えられない。実に不愉快でおぞましいと言った方がしっくりとくる。


「頑張れー!もじゃくん頑張れー!」


 なんか杏子めっちゃ応援してる。俺と杏子の温度差半端ない。


 杏子の応援が届いたのか、毛玉は急にすくっと立ち上がった。最初からできるのならば、下手な演技などせずにさっさと立ち上がれよと思った。


 直立で静止した毛玉。俺に背を向けた格好だ。微妙な緊張感を俺は覚えた。


 俺はこの状況をポジティブにとらえようとした。きっと可愛らしいファンシーでチャーミングなご尊顔に違いない。そうじゃなきゃ嫌だ。物語的に言うならば、そのもじゃくんのポジションはマスコット的なものになるからだ。だから可愛らしいに違いなかった。


 絶望と裏切り。これが一番しっくりくるな。うん。振り向いた毛玉のご尊顔を拝見しての俺の感想だ。


 体長三十センチ程。全身は黒い毛で覆われ、タワシの様な形をしたボディ。棒のような手足は指先三本。目と鼻と口は……。ファンシーの正反対に位置した、スーパーリアルなものだった。それを、それを杏子は超可愛いとかぬかしやがる。


 とりあえず俺は全てを忘却したのちに、卒倒した。


 ナイスなリアクションだよ俺。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ