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すべてが終わる始まりの  作者: 黒猫屋
第一章 始まりの
5/9

再構築式の


 てんやわんやの一日だった。瞳を閉じれば即座にフラッシュバックする、ここ二十四時間以内の諸々の出来事。


 まずは、とある科学者の発表から始まったんだ。 世界が終わり、再構築されるとかなんとか。日が開けてからは、暴力美少女のまさかの告白と、人智を越えた超現象の数々。そう言えば俺自身の恥ずかしい趣味も露呈してたな。


 で、最後は保健室送りの辱しめ。締めとか落ちとかにはうってつけだけれども、あそこまで杏子が狂暴だとは知らなんだ。それに学校の帰り際なんか『神谷屋上でボコられ事件』とか変な噂になってたな。あぁ、明日からの学校生活が辛い。辛いよなぁどう考えても。


 俺は帰りの道中、蝿のごとき岡田の纏わりつきをかわしながら駅へ向かい歩いていた。


「ねえ、健斗ぉー。プロテインはぁ?奢ってくれるって言ったじゃんかぁ~」


「やめろよ岡田。悪いが今はそんな気分じゃないんだ。そもそもプロテインてそこら辺になんか売ってないし」


「ええー。酷いや健斗ぉー」


「ま、またな。また今度の機会にな。約束すっから」


 ふて腐れた顔の岡田ではあったが、約束を得られたからかそれ以降はプロテインという単語を発することはなかった。


 さて。何か忘れている。俺は立ち止まると重大な事を忘れている事に気付いたのだ。ただ、その重大な事の内容が思い出せないままに、帰宅までしてしまった。


 帰宅し、ダル着に着替えとりあえずソファに横になる。


「大事な何か。大事な……」


 念仏のように繰り返される言葉。


「あ……」


 思い出した。レポートの束の存在を。それからそれに紐付いて杏子にも聞かなければならないことが山程あったことを。


 俺は立ち上がると、慌てて自室に戻る。次いで机に投げ出されていた鞄を開くと、レポートの束を取り出した。


 一番上の表紙に書かれていたのはタイトルだろうか。


『Formula for reassembly(再構築式について)』

 真面目に英語を勉強しといて良かったかも。どうやらお堅いレポートには間違いなさそうである。あまり好きではない理系の香りがプンプンする。


 何故か震えだした指が次のページをめくるのを躊躇った。新しい扉を開く勇気が欲しくなる。一呼吸おいたら杏子の笑顔が頭の中をよぎった。


 そうか、俺、杏子の事を好きになってんのかなぁ。こんなときにあんな奴の笑顔だなんて。そんな想いが込み上げてきたら、さっきまで不安に思えたレポートもそんなに不安に思わずに済むようになった。


 ページを一枚めくる。ただの紙っぺら一枚がやたらと重く感じる。それほどのプレッシャーが俺に掛かっているのだろうか。


「おぉぅ……」


 変な声がでた。まさかまさかの全文英字で、しかも癖のある手書きだ。難解な数式もおびただしい数だし。挿し絵のような手書きの図解は魔方陣に違いないが、説明文はやっぱり全て英字。繰り返す。全文英字なのだ。


 額に手を当て、そのまま目を伏せた。酔いそうだ。こりゃ俺が持つべきものではないと俺の中の俺が言っている。


 が、体は勝手に本棚へと移動していた。目で追ったのは英和辞典や参考書、さらには俺の趣味で集めたファンタジー系の書籍多数。PCも起動させて、俺はどうやらこのレポートを自己流で解釈したいらしい。


 分離されたというか、独立した俺の中の俺が動き出していた。突き動かす原動力は、興味なのか好奇心なのか。真新しくて、いまだかつて誰も開いたことのない扉。俺はそんなものを前にして激しい欲求を抱いてしまったのだ。


 溢れでる知的欲求を満たす扉。なんかもう、エロスにすら感じる。暴れまわりのたうち回り、全てを破壊せんとするものを手懐ける感覚でもある。


「う、う、うおぉぉぉぉぉぉ!」


 人生最大の山場に取り掛かる前の大咆哮。拳を硬く握り締め、両手を机に叩き付けた。気分は大猿だ。みなぎる気合いは底知れず、鼻息MAX目は充血。鼻血も吹き出し軽く貧血。だが、だがしかし、ここでやらねば誰かがこれを解読してしまうだろう。俺は誰よりも先頭でその扉を開いてみたかった。俺が一番になれるのはここにしかない!


 かくして俺は、外界との必要最低限の交流を絶った。


 学校には必ず行ったし、友達や家族とも普段と変わらぬ付き合いをしていた。別に何がどう変わったわけではなかったが、プライベートな時間は全てレポートの解読に費やしていた。


 そのためならば何も惜しくはなかった。


 気が付くと夏休みに突入していた。解読を進めてからもう二ヶ月近く経っていた。



 ◆



「健斗、アレ、順調にいってる?」


 机にふして寝ていた俺の背後から、いきなり杏子が声を掛けてきた。


「おわぁ!?」


 びっくりするのは当然のリアクションである。寝起きにぴったりな俺のリアクションに杏子は満足だったようで、笑顔を惜しみ無く披露してくれている。


 まぁその前に小さな疑問符だけは解決しておこうか。


「お前、どうやって俺の部屋に入ってこれた?」


 いやいや、首をかしげてベロを出したって答えになってないから。まぁ可愛いのは事実だけれども。


「普通に玄関からだよ」


「ですよね」


 ってそうじゃないだろ。俺の家族とかリビングにいますから。当たり前に。


 俺は生涯を通して、自宅に女の子を招き入れた事は一回もなかった。つまり、年齢イコールどうて……でなくて、自宅に女の子が来訪するなんて事は、ある意味家族にとっては一大イベントになるようなものなのだが。と、思う。


 だからこそ、すんなりと「玄関からだよ」なんて、簡単にはいきっこしないはずなのに。どうしちゃったよ母さん。そして長期有給中の父さん。


 俺はまさかと思い、部屋の不自然に開いた扉に目をやった。的中だった。


 父さん母さん、覗きたかったんだね。そりゃそうだよ。容姿だけならば超がつく程の美少女(性格は悪魔)が息子に会いに来たとなれば、そうもなりますよ。はい。


 俺はゆっくりと扉を閉め、内鍵をかけた。


 廊下からは野次馬共のヤジがとんでいた。


「不埒な息子はんたーい!」「お嬢さーん!純潔が汚れちゃうわ逃げてー!」「健斗ぉー!そんな息子に育てた覚えはないぞー!」「不純よ!とっても不純よぉ!」


「健斗のお父さんお母さん、とっても優しくて面白いね。羨ましいよ」


 そう呟いた杏子の瞳は、やや陰を抱いたものに見えた。こんな野次馬根性丸出しの両親を羨ましがる杏子の家庭とはどんなものかと少々心配になった。


 とにかく、今はこの野次をなんとかするべきと思った。そこでだ、突然の披露になってはしまうが、俺は杏子に二ヶ月近くの成果を披露することにした。


 内ポケットに忍ばせておいたメモ帳を取り出す。そこには魔方陣が描かれている。俺が書き出したやつだ。


 それを机に置き、掌を魔方陣の真上にかざした。


静寂サイレンス


 あの校舎裏で杏子が俺に披露したものを、俺なりに解釈し、そして合理化した形がこうなった。


 円陣は水色に時計回りでぐるりと輝きだした。微弱な風が光に遅れてつむじを巻いていく。光が終息を始めると、風の渦は自然と四散した。


 急に耳鳴りが襲ってきた。それでいい。俺はこの自室という狭い空間の音を支配したのだから。


 そう。無音の空間にしたのである。俺凄い。俺凄すぎ。


 杏子は驚いた表情で口をパクパクとさせていた。手を叩く素振りをしながら尚もパクパクを止めない。あのさあ、餌をねだる池の鯉じゃないんだから、声に出して凄いと言えばいいじゃないか。


「わかる、気持ちは凄く良く分かるけど、その口パクパクなんとかならない?面白いからいいけどさ」


 俺は杏子に諭すように語りかけたが、杏子はジェスチャーのみの会話を止めようとはしなかった。それどころか次第に怒り始める始末。


 あ、そっか。無音だから人の発する言葉も消されてしまうのか。杏子に両襟を持たれ、頭をプンブンと振り回されて俺はようやくその事に気付くのであった。


静寂ー解除サイレンスーキャンセル


「ってめー!さっきからパクパク口だけ動かして……ってあれ?聞こえる」


 杏子は目をキョロキョロさせている。口は悪いがまぁまぁ可愛いね、驚いた顔も。俺は得意気になり、どや顔をここぞとばかりに披露してやった。


「どうよ。俺の術式は」


「そりゃあ凄いよ。ほんっとにびっくりだわ」


 そうだともさ。一日平均八時間を解析につかったんだもの。それを二ヶ月近く使えば延べ四百時間は越えてるな。それほどの時間と情熱を注げば、並みの人間だってそこそこにはなるんだ。


 って、えーと、なんだろその顔は。そしてなぜ黙ってんのよ。うん?


「だーかーらー!その術式を説明しろっつってんの。ホントに健斗は鈍感だよね~」


 あ、ああそういうことね。まじまじと見つめられても、そんなんわかんねーわ。女ってマジわけわかんね。まぁ、でもだ。こんな凄い術を使えるようになったのは、杏子が俺に大事なはずのササキ博士のレポートを託してくれたわけで。杏子にだけは秘密の共有しても良かろうと思った。


「どこから話せばいいのか。おっとその前に……邪魔者にはリビングへお帰り願おうか」


記憶改竄メモリーアルター


 近々の者にしか使えない術式ではあったが、これはかなり役に立つものだ。なんてったって、人の直近の記憶を改竄してしまうのだから。


 俺の部屋の扉に張り付いていた両親。聞き耳をたてていたに違いない。俺はその両親を対象とし、二人の記憶を改竄した。女の子など、俺を訪ねて来ていないと。


「あれ?母さんこんなところで一体なにしてるの」

「やだ、あなただって。なんで健斗の部屋の扉に耳なんかくっつけて」


 しばらくして二人が階段を降りていく足音が聞こえた。成功だ。


 俺は一呼吸置いて、杏子にこれまでのレポートの内容を話すことにした。

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