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犠牲



目の前の魔王に恐怖を感じる勇者達。ここまでの恐怖を感じるのは、この世界でも初めての事だろう。

俺は一歩前に出て魔力を放ち魔王の魔力を押し返す。


「久しいな」



「くふふふふ、暫く見ない間に随分と成長したようだな。手応えがあって嬉しいぞ」

そう言うと魔王は魔力を放つのをやめた。


「さっさと要件を話せ。貴様は何の為にこんな事をした」


「ちょっとしたゲームだよ。いや、随分と楽しませてもらった」

フードで相変わらず素顔はよく見えないが口元は笑っている。


「何のことだ」


「今回お前はある意味救われたんだよ。ある冒険者にな」


ある冒険者って…あれ、もしかして俺が仕組んでた事ばれてた?俺の存在はばれてると思ってたけど、考えてた事もばれてたのか?


「どういう事だ」


「今回俺はあいつとのゲームに負けた。だが、奴がここに居ないのなら話は別だ。ここからは俺とお前のゲームだ」


「ゲームだと?」


「7つの街の安全確認は済んでるんだろう?」


「何故それをーー」


「済んでるんだな。なら早速本題に入る。これから俺はこの王都に攻め込む。俺が合図すれば俺の手下共がここへ転移してくる。そうすればこの王都は戦場になり、多くの死者が出るだろう。門の裏に待機してる奴らじゃ守りきれないぞ」


そう言って楽しそうに笑う魔王。


「貴様!!」


「そう声を荒げるな、まだ話は終わっていない。もし王都を守りたいなら、お前と勇者1人か勇者を2人のどちらかの組み合わせで俺に差し出せ。安心しろ、ここでは殺さない。魔王城に連れて行ってからじっくり楽しむつもりだ」


うわ、凄くいい性格をしてらっしゃる。特に今提示した選択肢がこいつの性格の悪さをよく表している。


この犠牲が俺1人だけなら別に良かったんだが、勇者も一緒か。ちょっと面倒くさいかな。それに勇者2人が犠牲になる選択肢は論外だ。


「ふざけるな!そんな提案乗れるはずがーーー」


「何を言っても無駄だ。お前にはこの2つから選ぶしか道はないんだよ、お前自身わかっているだろう。…10分だ。お前達8人で話し合って決めろ」



勇者達の方を振り向く、突然の事にどうすればいいのかと困惑している。何を言えばいいのかわかんないんだろう。誰かを犠牲にしなければ生きられないこの状況。まさにこいつらが言っていた戦場そのものだ。


「君達はどうしたい?」

国王にしては無責任な言い方だったが、まあこの場合は仕方ない。


「どうしろって…」

田附君がそう呟く。


「君達には本当にすまないと思っている。…だが、私は私自身と君達の誰かが犠牲になる事を選ぶ。…私は上に立つ者として大衆を助ける選択をしなければいけない」


「てめぇ!俺達に仲間を犠牲にしろっていうのか!」

草林君が声を荒げて言うが木原さんが止めに入る。


「やめなさい。ガルマリア国王の選択は自分自身も犠牲にするという事なの。その上で一番犠牲の少ない選択を選んでくれたのよ」


「そうだ。俺達は選択しなければいけない。今の俺達にはこの状況を変える力がないから、犠牲を生み出して何かを救うしかないんだよ」

悔しそうに顔を歪める田附君。


「そんな事俺だってわかってんだよ!でもよ…このままじゃ誰かが…」


全員が決めかねている。誰かを犠牲にして生き残るか自分の死かを選ばなければいけない。どちらがいいなんてそう簡単に答えは出ないだろう。


俺がこの立場だったらクジで決めるかな。誰かを犠牲にする覚悟も自分が死ぬ覚悟も持てないならそれが一番妥当だろう。恨みっこなしというやつだな。


勇者達の話しを聞いていると緋月さんが突然手を挙げる

「私が…行きます」

その言葉に一瞬静まり返る勇者達。


「そんなのダメだよ!」


「そうよ!そんなの認められない」


川平さん、木原さんが言う。


「でも、最終的には誰かが犠牲にならなければいけません。…私は、強くなりたいと願った、それは自由に生きる為だった。だから私は誰かを犠牲にした罪悪感で縛られながら今後を生きるくらいなら、自分が犠牲になりたい」


「そんな…」


「待って、一旦落ち着け。ちゃんとみんなで話し合って決めよう。な?」

田附君が言う。


「それなら聞きます。私以外に死ぬ覚悟が出来た人はいますか?」


その言葉に全員の思考が揺れ動く。だが、その質問はこいつらにとっては逆効果だろ。



「いませーーー」


緋月さんがそう言いかけたところで全員の手が上がった。


「なんで…」


「全員緋月さんと同じ考えって事だろ。俺達全員が誰かを犠牲にするより自分の死を選んだんだ」

田附君が言うが、つまり誰かを犠牲にする覚悟がないって事だろ、それは。


「それじゃあ結局…誰が犠牲になるのか決まらないじゃないですか」


「そうだ、ここにいる全員が誰かを犠牲にして生きて行こうとは思ってない。それでも今は決断しなきゃいけない。戦場に立つ覚悟、俺達にはそれがなかったんだよ。アキハさんは言っていた戦場に立つ覚悟を持つのはニ度目からが本当に辛い事だと。それが今ならわかるよ」



「…今更わかった所で遅いのにね。こんなすぐに覚悟が必要な時がくるなんて」


「そうだ。でもせめて、少しでもみんなが平等で決められるように…クジで決めたいと思う」


「「「クジ!?」」」

田附君の提案に声をあげる。


「こんな場でと思うかもしれないけど、たぶんこれが一番いいと思うんだ」


結局クジになるのかよ!


「…そうですね。わかりました」


「ここで俺達の1人が犠牲になる。だからその犠牲になった奴の為にも全員で約束しよう。生き残ったならあの魔王を必ず倒すと」


この約束は生き残ってしまった者が自分の心を救う為のもの。結局ここにいる者は犠牲になる覚悟はできても誰かを犠牲にする覚悟はできていない。誰かを犠牲にした罪悪感を受け入れる覚悟ができなかっただけなんだろう。


まあいい経験になったという事で。


「はい、ちょっといいかな勇者達」


突然雰囲気が変わった国王、というか俺に驚いている。


「えっと…ガルマリア国王、どうしたんですか?」


「違うぞ、俺はアキハだよ。談話室で話をしただろ」


「な!?ほ、本当にアキハさんなの」


「あんまり大声出すなよ、魔王にバレるからな。それに国王は談話室で俺達が話した事を知らないだろうし、そもそもこんな口調じゃないだろ」


「確かに」


「でもなんでアキハさんがここに?それに姿も国王になって」


「まあこの姿は能力だが、これも作戦の内でな俺が国王の身代わりとしてここにいる。俺なら魔王に対抗できるからな」


「でも、ここからどうするんですか」


「安心しろ、誰も死にはしない。ただまあ、こうなった以上は1人だけ魔王の元に俺とついてきてもらう。命の心配はいらない。ただ、俺と一緒に魔王城についてきてくれればいいだけだ」


さすがに話が飛躍しすぎてか、困惑してるな。まあ突然国王の姿でアキハだよ!と言われても驚くだけか。


「私が行きます」


そんな中、また緋月さんが手を挙げた。


「いくらアキハさんと一緒でも魔王となんて危険だよ!」


「そうよ。結局これじゃあ緋月さんを犠牲にしてるようなものじゃない。身の危険があるならちゃんと全員で誰が行くか決めないと」


「大丈夫です。私はアキハさんの言葉を信じます」


おお、信じてくれるのはありがたい、とっとと魔王城に行きたいしな。だが、そこまで信じる根拠はなんだ?まあ今はいいや。後で聞いてみよう。

「そうそう、大丈夫だよ。緋月さんの身に危険が迫ったらすぐにこっちに転移するから。緋月さんの命の心配はいらないよ」


「でも、アキハさんは1人で魔王に挑むなんて、あまりにも」


「俺はこの一件を収めなきゃいけないからね。全てが終われば帰ってくる。大丈夫、王都が魔王の軍勢に攻められるような事にはならないよ」


「そういう事じゃなくて。アキハさんも危険なんじゃ」


「その言葉は無意味だ。この世界は元々そういうものだからな。いずれお前達も経験するかもしれない。その事も今日で良くわかっただろ」




「さあ、時間切れだ。犠牲となるものを差出せ」


魔王が言う。


「時間みたいだな。そんな心配そうな顔するなよ。緋月さんの命は何も心配はいらないって言ったろ。安心して待ってろ。ああ、それと今回の事、俺が国王と入れ替わってたって誰にも話すなよ?」


「わかった。…緋月さんは任せる」


「ああ。それじゃあ行くぞ、緋月さん」


「はい」



緋月さんと共に魔王の元へ進み出る。口調を間違えないようにしないとな…。


「…私と彼女を連れて行け。約束通り王都には手を出すなよ」


「ああ、約束はちゃんと守る。しかしどうだガルマリアよ。自分だけならいざ知らず他の誰かも犠牲にしなければ行けないこの状況は?さぞ悔しいんじゃないか。くふふふふ」


「彼女には本当にすまないと思っている。だがそれも、覚悟の上だ」



「はあ、…そうか。まあ魔王城でたっぷり遊んでやる。2人とも楽しみにしているといい」


魔王は懐から魔道具を取り出し発動した。発動とともに地面に魔法陣が現れ俺達は魔王城へと転移した。







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