術者の正体
夜とふざけている場合ではなかった。急いで街の中心地、教会へと向かう。
あの四人が着く前に教会に着かなきゃいけないからな。
「夜、少し走るぞ。ちゃんとついてこいよ」
「はい」
そして俺たちは教会へと向かった。
◆
「カルム、教会まではどれくらいかかる」
「今の調子で走っていくとあと7分ほどだな」
「すみません、私が足を引っ張っちゃって」
「気にすることはない、この町に閉じ込められてから教会には一度も行っていないが術者はこちらの存在に気づいてるんだろう。ならそこまで急いで教会に行く必要はない」
「そうだ、大事なのは教会について術者と対峙してからだからな。それと戦闘に入ったらクレアさんはすぐに後ろへ下がってくださいね」
「はい、ありがとうございます。ホアイさん」
「町の人々を巻き込むと危ないからその前に人払は俺がやっておく」
「確かカルムのユニークスキルだったよな」
「ああ」
「俺はどうする」
シッタが二人に聞く。
「お前はクレアさんの側にいろ、何かあった時のために」
「そうだな、もし相手が予想以上に強ければお前はクレアさんを連れて教会から離れろ。幸い術者は教会からあまり離れられないようだし、もし離れて術式が解けたら急いでこの町から逃げるんだ」
「嫌な役目押し付けんなよ。俺だって一緒に戦いてーぞ」
「シッタ、忘れんな。俺たちは今護衛依頼の途中なんだぞ」
「それにこの中じゃシッタが一番弱いからな、強い二人が戦うのは当然だろ」
「真正面から弱いって言われると流石の俺も傷付くぞ」
「まあ、今回はアキハさんとヨルハさんもいるから大丈夫だろう」
「ホアイはあの二人どう思った」
「相当強いだろうな」
「…どの程度だ?」
「アキハさんは正直わからないが、ヨルハさんは俺たちより強いのは確かだ、正確な実力はうまくはかれなかったけど」
「俺たちより強いのか!?」
「ああ、俺の能力でも魔力のそこが見えなかった」
「っ!?そんなことあるのか」
「わからない、今までこんなことはなかったから俺が見れる魔力の最大量もわからないし。でも、確実に言えることは魔術に長けているエルフより魔力量が多いということだ」
「確か前に冒険者のエルフと一緒に依頼を受けたことがあったがその時見たのか」
「ああ、そうだ」
「エルフより魔力が多い人間なんて滅多にいないぞ」
「ああ、だからかなり強いんだろうな」
「アキハさんの方は見なかったのか?」
「いや見たよ、見たけどよくわからないんだ」
「よくわからないって、魔力量はどのくらいだったんだ」
「……ゼロだった」
「ゼロ!?そんなの今まで聞いたことがないぞ」
「ああ、だろうな。この世界の生物は大小あっても必ず魔力を持っているはずなんだ。なんせ魔力は生命エネルギー、その魔力がないってことは生きていけないにも等しいからな」
「その魔力がないってことはアキハさんは一体…」
「1つ考えられるのは魔力を隠しているということだ」
「でも、そんなことできるわけが…」
「ああ、そうだ常識的に考えればな。だが、魔力の底が見えないヨルハさんと一緒にいるんだ。そんなおかしな能力を持っててもなんら不思議じゃないさ」
「だが、全部推測でしかないな」
「ああ、だからはじめに言っただろよくわからないと」
「でも、戦力には数えても大丈夫だろう。アキハさんはともかくヨルハさんが強いのは確実なんだから」
「そうだな。あちらはあちらでやってくれるみたいだし、こっちは目の前の戦闘に集中しようじゃないか」
カルムとホアイの話が終わる頃には四人は教会前の広場についていた。
「カルムさんホアイさん着きましたよ」
「ああ」
「そうだな」
広場についたと同時にカルムがスキルを発動したおかげで周囲に町民はいない。
「これはこれは!そちらからわざわざ来てくださるとは手間が省けて助かりますよ」
声がした方向、教会正面にいつの間にか白衣の男が立っていた。
その容姿は尖った耳、サソリのような尻尾、黒いモノクルをし、赤褐色の肌、その口元には不敵な笑みを浮かべている。
「お前はまさか…魔族か!」
「魔族だと」
「なぜ魔族がこんなところに」
「シッタ!クレアさんを連れて門まで戻るんだ!」
ホアイが叫ぶ。
「あ、ああ!」
シッタはクレアを抱きかかえ走り出す。
「おっと、行かせませんよ」
シッタが走り出そうとした瞬間、先ほどまで教会の前にいたはずの魔族がシッタの前に回り込んでいた。
「シッタァ!」
ドゴォアン!!
魔族の蹴りによりシッタは教会の壁へと吹き飛ばされる。だが、クレアはシッタが蹴りを喰らう瞬間横に放り投げたことにより何とか攻撃から逃れた。
「そ、そんなシッタさん!」
「き、貴様ァー!!」
「よくもシッタを!」
ホアイとカルムが魔族へと走り出す。
その瞬間、
「はーい、注目ー!」
その声がした方向、一同の視線が集まる場所、
そこには緋色の眼を持つ少年が立っていた。
◆
結構早く走った俺たちはクレア達より先に教会へと到着していた。
「夜、大丈夫か?」
「はあ、はあ、だ、大丈夫です」
「しばらくはそんな動かないからちゃんと呼吸整えとけよ」
「は、はい」
夜の呼吸が整ってから俺たちは教会へと忍び込んだ。
夜と俺は気配を消し教会奥へと入っていく。教会奥には祭壇のような場所があり、そこには白衣をきた魔族の男が座っていた。
へえ、魔族か。
「主様、これからどうするのでしょうか」
夜が小声で話しかけてきた。
「とりあえずあいつらが魔族と対峙してる途中に登場しようと思うけど、お、来たみたいだな」
教会の外から四人の気配がする、それにカルムがスキルを使ったみたいだ。
「魔族の男も気付いたみたいだな」
魔族の男は祭壇から教会の外へと転移した。
お、転移使えんだ。
魔族が外に出たのを確認し俺たちも気配を殺し外へ出た。
夜もなかなかうまく気配を消せている。気配は完全に消せれば目の前にいても認識できなくなってくる。これは訓練によってごく少数の者がたどり着ける境地だ
まあ、夜なら教えれば簡単だろうけど。
そういえば、相手が魔族なら俺もこっちにしようかな。
そう思い俺は眼の色を翡翠色から緋色へと変える。
せっかくの魔族なら魔王で相手をしてあげようじゃないか。
ドゴォアン!
魔族とホアイ達のやり取りを眺めていると、ちょうど俺がいるところにシッタが吹っ飛んできた。
避けようとも思ったがちゃんと受け止めてあげた。
なんかシッタの吹っ飛び方が面白かったので哀れみ込みでしっかり受け止めた。
魔族に蹴られたみたいだがどうやらとっさに両腕でガードしたようで両腕の骨は粉々だ。
まあ、そのおかげでそれ以外に目立った怪我はない。
気を失ってはいるようだが。
「夜、こいつ任せた」
「えっ!?」
夜にシッタを任せ俺は気配を殺すのをやめ魔族の前に姿を現す。
「はーい、注目ー!」
そういうと一同の視線が俺に向けられる。
「誰だお前は!」
はい、お決まりの反応ありがとうございます。
おっとその前に、
「ホアイ、カルム、クレア、少し離れててくれるか」
そう言って俺は三人を夜がいる場所へと転移させる。
「なっ!?」
「転移だと」
「あれ、なんで私はここに」
まあ、後で適当に説明すればいいし、今は放っておこう。
それよりも、
「魔族!お前名前はなんて言う」
「はっ!人間に教える名前などない」
いいねえ、その小物感溢れるセリフお前なら言ってくれると思ったんだよ。
「くらえ!〈ライトニングボルテッカ〉!」
そう叫んだ魔族の手から雷が放たれる。まあ、術式発動中は中位魔法が限界か。
俺は魔族が放った魔法を身体に纏っている魔力をぶつけかき消す。
「なんだと!?」
「今のでわかっただろう。この術式を解かなければお前は確実に俺に勝てないぞ」
まあ、術式を解いても結果は変わらないけど。
「はは、いいだろう。そろそろ実験結果も揃ったしな、俺に本気を出させたこと後悔するがいい!」
いいからさっさとやれよ。
パチン
魔族が指を鳴らすと町中に張り巡らされていた術式が全て掻き消えた。
「さあ、これで俺も全力が出せる!喰らうがいい、これが俺の全力だ!」
両手を空へ掲げた魔族の上空には雷のドラゴンが形成されていく。
「いけ!ライトニングドラゴン」
その言葉を合図にドラゴンがこちらへ向かって飛んでくる。
「ユニークスキル【万物吸収】」
そう言って俺はドラゴンへ片手を突き出す。
そして、ドラゴンは純粋な魔力へと変換され俺の手から身体へと吸収されていく。
「な、なんだと!?今のは高位魔法なんだぞ!」
悪役のテンプレ的セリフをありがとう。
俺は魔族のすぐ前に転移し腹を一発殴る。
怯んだ魔族の後ろへ回りこみ両手の骨を粉々に握り潰し、両足を蹴飛ばし骨を折り、跪かせた。
「くはっ!お、お前は一体な、なんなんだ!ゲホッ!」
「少し黙ってろ、うるさい」
「くっ!殺すんだったら殺せ、さっさと殺しやがれ」
俺は魔族の顎と喉を潰す。
「ぐはぅ!」
「これで、少しは静かになるな」
俺は眼の色を緋色から翡翠色へ変える。
やっぱりいちいち目の色変えるの面倒くせえな、どうにかならないか今度いろいろ試してみるか。
スキル【記憶操作】を使い魔族の男の記憶を探る。
「へえ、お前魔王の部下なのか」
反応がない、ただの屍のようだ。じゃなくて戦意がなくなったようだな。
「夜!もうこっちへ来ても大丈夫だぞ」
夜たちがこちらへ向かってくる。どうやらシッタはまだ意識を戻さないらしい。まあ後でポーションあげれば大丈夫だろ。
「あ、あなたは一体」
「あれほど強いとは」
「本当、凄かったですね!」
「クレアさん、あれはもうすごいってレベルじゃありませんよ」
「そ、そうなんですか?」
「それで、その魔族はどうするんですかアキハさん」
「こいつの処分は俺に任せてくれ」
「え、でも……」
「大丈夫だ。ホアイ達はこの町の冒険者ギルドへ行ってこの事態の事情を説明をしてくれ」
「でも、主犯がいないと」
「それは夜に任せれば大丈夫だ。夜、ホアイ達と一緒に行って主犯処分の許可をもらってきてくれ、カードを見せれば多分大丈夫だから」
「はい、わかりました」
「それじゃあよろしくなー」
ちなみにシッタはホアイがおぶってちゃんと連れていった。
こうして俺はみんなと別れすっかりおとなしくなった魔族と共に教会へと入っていく。
「ここなら誰もいないしいいだろ」
俺は魔族に話しかける。
「これからお前をお前のボスの所へ送ってやる。お前達のボス、魔王ギニィシルヴィアが寛大な心で迎えてくれることを願っておけ」
「んーんんんーんー!!」
先ほどまでおとなしかった魔族が急に暴れ出す。
へえ、そんなに強いのかその魔王は、
まあ、もう遅いけど。
俺は眼を緋色に変化させスキルを使う。
【物質転移】を。
場所は先ほど魔族の記憶を見た時、その中にあった玉座の間を頭に浮かべ転移させた。
ふう、これでとりあえずは一件落着だな。この後、あの魔王がどう動くのか楽しみだ。