煤けた店にて
投稿頻度が安定せず申し訳ありません。
ブオオオォォォォ
先程まで乗っていた船が再びキャッタナ大陸を目指し、出発した。
時刻は昼、俺達はエンシャント大陸へと降り立った。港町とは言うものの正面には既に壮大な山々がそびえ立ち、生い茂る自然がエンシャント大陸への来訪者を出迎えている。
「ふあぁ〜、ようやく着いたね」
船中でずっと爆睡していたフェレサが大きなあくびをしながら言う。
「取り敢えずこの町で昼食にしよう。そこで今後の予定を話し合えばいいだろ」
俺のその言葉にディルが反応する。
「それなら、僕が昼食場所を紹介するよ。この町には何度か来ているから美味しい場所もそれなりに知っているんだ」
そう言うディルは何故かテンションが高かった、が特に反対意見もなく全員の了承を得てディルは昼食場所への道を歩き出した。
迷いなく町中を進んで行くディル。そしてそのディルについて行く事10分、古めかしい様相の建物が俺達の前に姿を現した。ここの町の建物は見る限り全て木造だが、それでもここまでの年代物は見なかったな。
「ここが僕がお勧めする食事処だよ。見た目はまあ…あれだけど味は保証するよ。それに雰囲気は、あるでしょ?」
というかこの店、ディルがルイーナで経営していた宿に似ている気がする。そう思いディルを見ると嬉しそうに店を見ていた。…ああ、なるほど。どうやらこの外観は完全にディルの好みらしいな。まあ、俺もこういう雰囲気は結構好きだけど。
「ここでいいんじゃないか?腹も減ったしな」
当然今更不満を言う奴もおらず全員すんなり店の中へと入っていった。
…店内の第一印象は、まあ外観と然程変わらないなというものだった。ただ、確かに外観同様古めかしい雰囲気を漂わせてはいるが食事処なだけはありそれなりに綺麗にしているようだ。埃なんかは見当たらない。
「ここはお婆さんが一人で経営していてね、いつも調理場にいるから客は勝手に席に座るようになっているんだ」
そう言ってディルは店奥にある六人がけのテーブルに向かった。ちなみに店内には俺達以外客はいない。
そうして全員が席に着いたのを確認しディルは一人一人にメニューを配る。
「頼みたい料理の文字を指でなぞると注文が出来るから、みんな各自で頼んでね。…えっと、一応どれも美味しいからオススメするけどたまに変わった料理が載ってる事もあるから冒険したい人以外は頼まないようにね」
と言われメニューに目を向ける。…いや、変わったメニューと言われても見分けようがないだろ。それとも料理名が途轍もなくおかしいのか?
数分が経ち全員がメニューを選び終わると店内の調理場らしき場所から物音が響き始める。どうやら調理を開始したようだ。ちなみに、一応俺は安全そうな料理名のものしか頼まなかった。というのも確かに変わった名前の料理がいくつかあったからだ。おそらくディルが言っていたのはあれらの料理の事なんだろう。…ただ、この中には高確率で冒険に出そうな奴がいるんだよな…。
「なあフェレサ。フェレサはどんな料理を頼んだんだ?」
そう俺が聞くとニヤリとフェレサが笑う。あ、これ完全に冒険しやがった。
「ルグブレ鳥の臓物と叫びの蟲の和え物、それと奇色スライムのあんかけ焼そば、それからーーーーー」
はい、アウトーーーー!!やりやがりました、こいつ。
「よし、とりあえずフェレサはあっちの席に行って一人で食べような、な?」
そう言って俺の視界に入らないテーブルを指差す。
「えー、何でさ。みんなで食べた方が絶対美味しいよ」
プクッと口を膨らませるフェレサ、普通にうざいからやめろ。
「お前一人がいることによってこっちは美味しく食べれないんだよ。いいから早くあっち行け。さもないとお前をキャッタナ大陸に送り返すぞ」
マジでやるからな。
「ちぇー、わかったよー」
文句を垂れながら渋々席を立つフェレサ。自業自得だ。まあこれで、とりあえずは安心して昼を食べれそうだ。
ガタッ
冷や汗を流しながら突然リブラが席を立つ。はあ…。
「お前まさか頼んだのか?」
こいつもフェレサと同類だったか。
「い、いや、しょうがないじゃないか!冒険と言われてこの私が黙っていられるわけないだろう。なぁ?」
なぁ?じゃねえよ、知らねえよ。というか冒険と言われてって、リブラはギルド総長であって冒険者ではないだろうが。
「それに、フェレサ一人で冒険をさせるのは可哀想だろう?だから私がついて行ってやるのさ。はっはっは」
わざとらしい笑い声を店内に響かせるリブラ。
「はい、島流し決定ね。大人しくフェレサの元へ行ってこい」
「はは!ああ、いいとも、私はこれから壮大な冒険をしてくる。どうか私達の無事を祈っていてくれ」
「はいはい、祈ってる、祈ってる。だから早く行ってこい」
では行ってくる、そう言い残してリブラはフェレサの元へ向かった。じゃねえよ。まったく…楽しそうで何よりだよ、めんどくさい奴等め。
「それでディル、その変わった料理っていうのは実際どうなんだ?不味いのか、それとも美味しいのか」
そう俺が問い掛けるとディルは少し遠い目をして話し始めた。
「……ああ、あれは何だったんだろう。多分だけど得体の知れない何かだったんだろうね、僕にはそうとしか言えないよ。…そうあの時もこんな昼時だった」
突如としてディルの回想が始まった。…というかディルは既に挑戦してたのか。
「あの頃は既にこの店にも何回か来ていてね、だいぶ慣れ親しんでいたんだ。だから今まで頼んだことがなかった変わった名前のメニューを僕のこの指はなぞってしまった。はあ、…その後、どうなったと思う?」
唐突にディルが俺達に訊く。
「いや、わかんないけど」
そう俺が返すとディルは再び遠い目をする。
「気付いたら夜中になっていたんだ。確かに料理が僕の目の前に出された記憶はある。けれど、…その料理がどんな料理だったかまったく覚えていないんだよ。完食しているのに食べていた時の記憶もない。…まったく、当時はどれだけ驚いたことか」
喋り終わるのと同時にディルは静かに目を閉じた。
「って、普通にやばい店じゃねえか」
そういうとディルの雰囲気がいつもの調子に戻る。
「いや、変な名前の料理以外は普通に美味しいから心配いらないよ。…まあでも、今回は自分じゃなくて他の人が頼むからその変わった料理がどんな料理なのかこの目で見れるし、それを期待していなかったって言ったら嘘になるけどさ」
にこやかな笑顔でそう言い切るディル。
つまりあの二人はディルが差し出した犠牲か…。
チャリン、チャリン
ディル達と話していたところ突然軽い鈴の音が店内に響いた。何だと思い店内を見渡すと料理を乗せた皿たちが宙に浮かびながら次々とテーブルに向かって運ばれてきていた。
だが、料理が運ばれてくるばかりで肝心の店主の姿が見えない。
「あ、そういえば言ってなかったけどここの店主って絶対に人前に姿を現さないんだよね。お婆さんというのも僕がただ噂で聞いていただけだから実際は違うのかもしれないし」
丁度疑問に思っていた事にディルが答える。
「へえ、そうなのか」
そう言いつつ料理の進行方向を見つめているとフェレサ達二人の料理と俺達の料理とでしっかりと分けられて運ばれてきていた。当然俺達の方に運ばれてくる料理は美味しそうなものばかり。あっちは……まあどうでもいいや。
「それじゃあ早速いただくとするか」
料理が運び終わり、俺、ディル、夜、ノーメンは揃っていただきますと声をあげた。
結論から言うと料理は普通に美味しかった。ディルが勧めるだけはあり満足に足るものだった。…ただ、俺達は料理に夢中になり過ぎて忘れていた。冒険に出かけたあの二人のことを…。そして気付いた、料理が運ばれてきてからあの二人の席がずっと静まり返っていることに。と、あいつらのノリに合わせて大袈裟に語ってみたものの、まあ、大丈夫だろ、たぶん。…まだ誰も確認してないけど。
フェレサがいると話が逸れる…。