決意の揺らぎ
かなり遅くなりました。申し訳ありません。
既にルイーナを出発して数時間経った。
街を出発する際、俺達は街をあげての見送りをされた。ルサルファ邸で馬車に乗り正門まで兵士達によって整備された大通りを街民に見送られながら進んだ。
正門に着くと馬車は一旦止まり馬車の外からルサルファやリサルム、スクロワ、コンクル、キュルムなどこの街で知り合った人々が順に別れの挨拶をしてきた。
その時ルサルファが言っていたが街をあげての見送りは俺達が王都に行っている間に既に決めていた事らしい。もともとの見送りはルサルファと部下達だけのつもりだったそうだが見送りの話を聞いたリサが今回の事を提案し街民達に伝えられたそうだ。そこで街民達も街を守った俺達を最後ぐらいは見送りたいとこの提案に乗ってきたらしい。
「事を大きくしてしまってすまなかった。でも民達もアキハさん達にとても感謝している。その事を知って欲しかったのだ。もちろん私もな」
ルサルファは最後にそう言って俺達から離れていった。
多くの人々に見送れられながらの出発となった今回、1つだけ忘れていた事があった。見送りの中にディルの姿が見えなかった事だ。まあ色々と忙しいのだろうと出発した時は思っていたんだが…。
「何故お前はここにいる」
「いや、僕も急遽エンシャント大陸に行く事になって一緒についていけば楽ができるかな〜と」
王都へ向かう為ルイーナを出発した時とだいたい同じだ。今回はルイーナを出発して少しすると物凄い勢いで馬車の後方から気配が迫ってきた。そしてその気配、というかディルはそのまま馬車の中に突っ込んできた。
「もっと早く俺達に頼めなかったのかよ」
「いや〜、本当ついさっきエンシャント大陸に行く事になったんだ。ほんと、いきなりでごめんよ。でも確かアキハさん、前に僕に精霊王の事を聞いてきたよね。もし精霊王に会いたいんだったら僕が一緒にいた方がいいと思うよ」
「それは確かにそうだが」
「精霊王?ってなんだい」
フェレサが聞いてきた、知らなかったのか。
「えっと、精霊っていう存在は知ってるか?」
「いや、聞いた事ないけど何なんだいそれは?」
フェレサも精霊王の元へは一緒に行く事になるだろうし説明しておいた方がいいかもな。
「えっとな精霊っていうのはーーーーー」
ーーーーー
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「というわけだ。だから俺も一度精霊王には会いたいと思っててな」
フェレサには精霊、精霊王や精霊界に関して全てを話した。精霊の事は全く知らなかった様で話の内容に結構驚いていた。
「…そんな凄い存在がいるなんて、なんか話を聞いただけじゃ実感がわかないね」
「そうかもな。今まで知らなかった存在な訳だし。まあ、会えば実感も湧くだろう」
「そうだね。…そういえば、その精霊王ってどのくらい生きてるのかな。今突然思った事なんだけどさ、さっきの話では普通は死なないようなこと言ってたけど」
どうだろうな、まだ完璧にとは言えないが俺がアークだった頃に会った精霊王と同じ奴だとすると千年以上は確実に生きてる。ただ精霊に生きる死ぬといった言葉を使うのはちょっと違う気もするが…。
「詳しくはわからないけど、確か大長老が精霊王は一千年以上は生きておられる方だって言っていたよ」
どう返事をするか考えていたらディルが答えてくれた。
「それはまた、すごいね」
聞いておいて感想はそれだけかよ。
「ところでアキハ様、エンシャント大陸に着いたらダンジョンと精霊王、先にどちらに行くのでしょうか?」
黙って俺達の話を聞いていた夜が聞いてきた。
「ん〜、最初は精霊王に会いに行こうかな。ダンジョンの方はまあまあ時間がかかりそうだし」
「それならアキハさん達にはまず大長老に会ってもらうね。そこで許可を貰うんだ。僕の紹介だし精霊王に会いに行く事自体は許可が下りると思うよ。でも…」
「でも?」
フェレサが話の先を促す。
「…精霊界に行けるのは極少数の者。それに精霊界に行けたとしても精霊王に会えるとは限らないよ」
「そうなの!精霊王に会って見たかったな〜」
「まだ会えないと決まった訳じゃないけどね」
「いや、精霊王に会える機会をもらえるだけで十分だ。確かに今回はディルがいてくれて良かったかもな。ありがと」
ディルがいなかったら許可なんかは無視して無理矢理にでも精霊界へ向かっただろうしな。
「そ、そう。素直に礼を言われるとなんかむず痒いね」
「俺はいつも普通に礼を言ってると思うんだが」
「ははは、そういえばそうだね」
その後は特にこれといった話はせずに時間は過ぎていった。
昼食で休憩をとった以外は馬車は止まらずに走り続けた。その間ずっと御者はノーメンに任せっぱなしだ。途中ディルが変わろうかと聞いていたが私の仕事ですし役に立てていると思うと全く苦ではありませんから、と言って断られたみたいだ。
ノーメンも最初よりは変わってきていると思うがもう少し夜の様な変化が見られるといいんだがな。まあまだ時間はある訳だし、長い目で見ていよう。
予定で決めていた野営地に到着した俺達はさっそく野営の準備を始めた。
ここは草原で周囲を良く見渡せる。付近に魔物はいないようなので野営には丁度良い場所だろう。
夕食の準備は夜とフェレサに任せ、男3人はテントの準備だ。いろいろと便利なテントなので張るだけで野営の準備は終わってしまう。
テントを張り終えた俺は今のうちに魔力で周囲に結界を張り、周囲の見回りにいった。魔物の気配はないが念の為だ。
魔物にいちいち対処するのも面倒だしな
◆
「ヨルハさん、お皿はここでいいかな」
「はい。こちらの料理ももうすぐ出来ますので」
今、私とフェレサは夕食の準備に勤しんでいる。フェレサも意外と料理が上手な為手早く準備を済ませる事ができる。
皿を運んできたフェレサが突然話しかけてくる。
「ところでヨルハさん。ここに来るまでの馬車のなかでアキハさんが精霊王の事を話してたよね」
「そうですが、それが?」
「その時アキハさんはただ精霊王に会ってみたいだけって言ってたけどもしかしてその精霊王ってアキハさんがこの世界にいた頃と同じ精霊王なんじゃないかな」
「確かにその可能性はありますね。アキハ様もまだ確信した訳ではないのかもしれませんが。それを確かめる為とこの世界の変容について聞きに行くおつもりなのかも…」
「私思ったんだけど、もしかしたら今もアキハさんはこの世界の過去に囚われてるんじゃないかな。今回みたいに精霊王に会いに行くのだってこの世界で起こった事を知りたいからかもしれない訳だし」
「推測でしかありませんが…それも絶対にないとは言い切れませんね。度々アキハ様の雰囲気が暗くなる事があったのですがその原因と考えられるのが過去絡みの事でしたから」
「アキハさんの雰囲気が暗くなる、か。いつもの様子からしてあんまり想像できないけどね」
「アキハ様が表に出している感情が本物とは限りません。アキハ様の心は幾重にも層が作られ複雑です。それはもしかしたら過去の記憶を心の奥底へしまいこむ為のものかもしれません」
「そうなるとやっぱり私達だけじゃ答えはでないよ。いつか、アキハさんの本当の気持ちを聞かなきゃいけない。それは今の関係じゃ無理だろうね。今よりもっと深い関係にならないと話してくれないと思う」
「何度も言いますがその関係はアキハ様が諦めたもの。そう簡単にはいかないと思いますよ」
「そうだね。アキハさんはどこか私達と自分の間に壁を作ってる様に見える。でも、いつも一緒にいる存在っていうのは否が応でも大切なものへと変わっていくものなんだよ。アキハさんはそういう存在が過去にもいたよね?」
「……はい、確かにいました。けれど、あの時はまだアキハ様と周囲の間に壁は存在していなかった」
「それでもだよ。一緒に過ごした時間はその壁を壊すだけのものになり得る。だから、その壁を壊せるだけの時間をアキハさんと過ごす事ができるのは私達次第。大丈夫、きっとアキハさんにも伝わるよ。だから踏み込むんだよ、私達からアキハさんに」
「…はい、わかっています。……あ、それよりフェレサ。さっさと準備を済ませなければアキハ様達が戻ってきてしまいますよ」
「あ、そうだった。えっと、この料理はこの皿でいい?」
「はい、大丈夫です」
…私達からアキハ様に踏み込まなければいけない。そのような事をフェレサはルイーナでも言っていた。何度も私に伝え、私が臆する事のない様に行動を起こせるように言ってくれている。フェレサの気遣いが伝わる。
決意はした。覚悟も決めた。アキハ様の為に行動しようと。それでも想像してしまう、拒否されたらともう一緒にいられなくなるんじゃないかと。それが怖くて決意が覚悟が揺らぐ。それをフェレサはわかっているのでしょう。だからああやって言葉にして伝えてくれる。私の心が揺らがない様に。その行動はきっと正しい事なんだと。
だから、私ももう揺らいではいられない。これでは本当にアキハ様の為に何かする事なんてできないのだから。
「アキハさん達戻ってきたよ」
準備が終わった所で丁度周囲の見回りに行っていたアキハ様達が帰ってきた。
「おお、美味しそうだな」
テーブルに並べられた料理を見ながら呟くアキハ様。
「どうぞ召し上がってください。すでに準備は終わっていますので」
「そうだな、それじゃあ食べようか。夜とフェレサも早く座れよ」
「はい」
「そうだね。もうお腹が空いちゃってさっきから鳴りっぱなしだよ」
「フェレサは食べ過ぎても吐くんだから少しは気をつけろよ」
「わかっているよ」
フェレサとアキハ様の何気ないやりとり。
食事中も目の前では何気ないやりとりが繰り返さる。アキハ様は私達とのこういったやり取りをどの様な気持ちでやられているのでしょうか。私達は少しはアキハ様に近づけているのでしょうか。いや、この疑問を心の中で思っている内はまだアキハ様には近づけていないのでしょうね。
だから、いつかアキハ様にちゃんと聞こう。それは自分がアキハ様の過去を知っている事を話すのと同じ。でも、それは既に決意した事。そしてフェレサが支えてくれた決意だ。
アキハ様に自分の気持ちをぶつけるまで、できる限りアキハ様の近しい存在へとなれるよう頑張ろう。
何度も何度も同じ思考を繰り返してようやく私は一歩前へ進む事が出来た。