じーちゃんと十二支の宴
宴をはじめましょう。
時が経って、場所もかわる。
宴のため遊佐と別れた三人は指定された店へと足を運んだ。そこは、所謂ショットバーであり薄暗い内装に居心地の悪さを若干覚える。しかし、十二支と名乗り通された部屋にはすでに見知ったメンツが揃っており、話しているうちにいつのまにか緊張はいくらか緩和されていた。
そこに集うは十二支部メンバー。
中等部のときにカミサマ役職である人が作った学校非公式の部活だった。
とくに何をするわけでもない部活。
メリットをあげるとするならば、学内でなにかしらトラブルが起こった時に、それなりに対処できるメンバーが集うため非常に助かるくらいだ。
もちろん一般的なメリットをあげるとすればの話だが。
それぞれ所属している理由はあるものの、共通している理由はカミサマとの縁を形あるものでつなぎとめておきたいというものだった。
つまり、ここにいる皆カミサマ信者というわけである。
「おつかれー、そろそろ揃ったー?」
時間となり、それぞれ割り当てられた席に座り待つこと数分。ネズミがひょっこり顔を出す。
その問いに返事をする前に、思わず指摘したのはヘビだった。
「穂高…人の趣味をとやかく言う趣味はないが、それはどうかと思うぞ」
「ちょっと黙ってくれるかな七瀬。いや、副会長のヘビさん。趣味なわけないでしょ、ていうか各々目の前にあるカチューシャさっさとつけてくれる?これ、カミサマからの強制だから」
にっこり笑みで返す穂高。
そして放たれたカミサマ命令に顔を引き攣らせるメンバー。
気にはなっていたが、全員暗黙の了解でスルーしていた動物耳のカチューシャ。それは見事にそれぞれの動物の形を成していた。
「カミサマ命令だってよ…」
十二支部のデメリットといえば、王様ゲームよろしく絶対命令があるというところだ。
それを、このひと時でメンバー全員が実感していた。
「カミサマー全員揃ったよ」
随分な呼び名である。
しかし、もう誰も突っ込まない。
待ちに待った宴がいよいよ開催されるのだから、そんな小さなことはどうでもよかった。
ネズミが席に座り、どこかに叫ぶ。
すると、自分たちがはいってきた扉からひとりの男が姿を現した。
「うん、揃ったね。じゃあ、始めようか」
凛と通る声。
それは、朝方の入学式でも聞いた筈なのに、マイクを通さないだけで鳥肌がたつような美声。思わず息をのんだメンバーだったが、久しぶりに見たカミサマにしばし見蕩れた。
カミサマの御堂仁。
学内では目立たないことが不思議なほど、美しい容姿、声、カリスマ性を兼ね備える十二支部の創立者。それもそのはず、御堂は自覚を持ち合わせており、目立たないよう学内ではそれらを晒すことないようにしていた。
「久しぶりだね、みんな。三年ぶりの宴を全員が揃って開催できることを嬉しく思うよ。これからは、絶対参加の部会ではないけど交流会を定期的にするつもりだし、よければ参加してね」
にーっこり。
御堂は満足していた。
宴を開催できたことも、全員揃えたことも、久々に会えたことも、そしてなにより自費で揃えたカチューシャを皆がつけていることに。
「とりあえず、飲み物頼んで自己紹介でもしようか。役名の改めての確認と現在籍職や部活の確認のために。なにしろ、久しぶりだしねー」
その提案に、とくに異論の声はなく。
皆がソフトドリンクを頼み、自己紹介ははじめられた。
「じゃあ俺からね。いらないかもしれないけど、名前は御堂仁。カミサマです。一応風紀にも属してるけどあんまり仕事はしてないなー」
「してください、まじで」
「うん、ごめんね」
あ、これからもする気ないなと察することが容易な謝罪でカミサマの自己紹介は終了した。次ネズミーと促され自己紹介は淡々とすすんでいく。
「穂高泉、ネズミだ。三年のAクラス。とくに役職にはついてないが、新聞部に所属している。誰かの弱点とか知りたかったら有料だけど教えるよ。宴が終わったらバカミサマにこのカチューシャの報復する方法を考えているんだが、なかなか思いつかない。こいつの弱点知ってたら売ってくれ、高く買う。以上だ」
「こわいわー、この子。知ってても売らないでねー皆。次、ウシー」
「…間宮孝広、ウシです。写真部…だから、ネズミと仕事すること多い、です。写真好き。もしかしたら、皆のこと撮ることあるかも。よろしく」
「ウシくんは、結構人見知りで口下手だけど、さりげなくドギツイ写真撮ってたりするから気をつけてねー。次、トラー」
「杉村トキ、三年だ。どんな選別かは知らないが一応トラ。だが、別に噛み付きはしない。安心してくれ。陸上部に所属している。特になにかに特化していないが、相談にのれることがあったらいつでも言ってくれ。よろしく頼む」
「トラくんは相変わらず真面目のお人好しだねー。こりゃモテるはずだ。次、うさぎ」
「柊翼、一年っす。陸上部入る予定、種目は短距離。こんな髪してるけど、別に不良とかじゃないんで、よろしくっす」
「パッキンとか俺普通に驚いた。うさぎは走るのめっちゃ速いし、多分大会とかでも活躍するだろうから皆応援してあげてね」
「カミサマ、いらねーっすよ」
「あ、あとこう見えてびびり」
「仁くん!」
「あは、ごめんごめん。次リュウね」
「えと、大橋なつめです。生徒会で会計してます。といっても、僕じゃなかなか力になれること少ないと思うから七瀬とかに言ったほうが無難かなー…っあ、でも!相談してくれたらいつでも聞くよ!よろしくおねがいします!」
「何を隠そう、学園のミスです。ナンバーワンです。怒るとこわいから、気をつけてね。間違っても変な気は起こさない方がいいよ。次々いくよー、ヘビさーん」
「なつめ、俺を巻き込むな。七瀬優也、生徒会副会長をしている。問題を起こすやつがいたら、例えこのメンバーでも公平に罰するつもりだ。気をつけるように」
「それ十二支としての自己紹介じゃないからー生徒会仕様だからー。んー、ヘビはすげー鬼畜。人が嫌がることすすんでやるから、問題おこしてもウサギに自首することをオススメするよ。次、馬ねー」
「内村たけるです!一応陸上部、長距離してまーす。二年だけど、先輩後輩関係苦手なんで、一年はとくにかしこまらなくていいからねー。よろしく!」
「この人可愛い顔して、いろんな人食べちゃってるから。肉食系馬だから。一応気をつけるように」
「テクニシャンにしか興味ないですー」
「聞いてませんー。はい、次ひつじー」
「綾瀬航平です!ひつじです!今年入学したので、先輩たちに頼ってしまうことが多々あると思いますがよろしくおねがいします!部活は入る予定ありません」
「ひつじは、しっかりそうに見えて抜けてたりします。実は居眠り常習犯、でもプロすぎてバレません。高等部は授業も難しくなるし、ちゃんと起きるんだよー?」
「なんで知ってるんですか!」
「サボり魔には言われたくねーな」
「ねずみくん、チャチャいれなーい。はい次サル」
「毎回その呼ばれ方に微妙にイラッとくる緑川栄太です。風紀委員してます、仕事しない誰かさんと、問題が途絶えない学園のせいで常に寝不足気味です。イライラしてること多いかもしれないけど、当たらないよう気をつけます。よろしく」
「カルシウムたりてるー?」
「誰のせいだ!」
「さっき謝ったよ?次、トリ」
「市原浩希です、役職も部活もありません。あえていうなら、猿犬の面倒係です。料理が得意なくらいで、とくに面白味はないですかね。よろしくおねがいします!」
「トリの料理はオカンの味。機会があれば食べさせてもらうといいよー。次、いぬ」
「南真太郎、2年。風紀。命令されるの嫌い。よろしく。」
「彼、犬がぴったりな忠犬だけど限られた人のいうこと以外きかないから。なんかあれば俺にどぞー」
「カミサマ、好き」
「ありがとーね。次、イノシシ」
「椎名拓巳、一年です!イノシシです!なんか知らないけど、友達にトラブルメイカーって呼ばれてます!かっちょいいので気に入ってます!頭は良くないけど、お願いします!」
「…察していただいた通り、オツムがちょっと大変です。テスト前は皆でフォローしていきましょー。トラブルメイカーもガチだから生徒会と風紀は気をつけて。さて、」
自己紹介も終わり、皆がようやく元の雰囲気を取り戻してきたその空気に、御堂はにっこりと笑みを浮かべる。部活をはじめたのは、決して真っ当な理由ではないが、部員は全員自分にとって大切な仲間だ。例え、動物耳のカチューシャをつけていて滑稽な風貌に笑いをこらえていても、大切な友人であることに変わりはない。
だからこそ、こうやって全員が集まったことは嬉しいし、御堂は幸せだなと感じていた。
「自己紹介も終わったところで、たぶん皆うわさを小耳に挟んでいるかもしれないけど新しい仲間を紹介したいと思います。三年前の宴にはいなかったから、初めましてな人は本当に初めて見る顔かもしれない。まぁ俺の人選に間違いはないから、ぜひ歓迎してあげて」
とってもいい子だから。
そう語る御堂は変わらず笑顔のまま。部員はうわさの猫を気にしつつも、突然の新入部員に戸惑いは隠せなかった。なにせ、十二支部はあまり普通とは言い難い部員しかいない。普通に見えても何かしらを抱えているものの集まりだ。歓迎しろと言われても、言葉通り歓迎できるのかそれぞれ不安をもっていた。
何度も言うが、ここに集まるのは神様信者である。
異例の入部を認めるほど、御堂にとってその猫が大切なのだろうと容易にわかる状況。嫉妬に近い感情を抱いてもおかしくはなかった。
「じゃあ、登場してもらいましょう!パンパカパーン!」
わー、ぱちぱち!
と部員を取り残して1人ハイテンションな神様は、当然部員の戸惑いにも気づいていた。というか、こうなることを予想していた。
だからこそ、猫の噂をあらかじめ流していた。
戸惑いや不安が、少しでも緩和されるように。
それが効いたかどうかは誰にも分からないが、とりあえず部員がどう反応しようと神様の対応は変わらなかっただろうということを記述しておこう。
「……あれ?」
パンパカパーンといってから、どうにもこうにも猫は姿を現さない。
首を傾げる神様に、鼠は言った。
「カミサマが仰々しくするから、猫ちゃん逃げちゃったんじゃねー?」
「あー…」
ありえる、かもね?
なんてったって、猫は気まぐれで、甘えんぼうだけど構いすぎると嫌がるし、そしてうるさいところは嫌いなのだ。
あいちゃー、なんて言っても遅い。
逃げてないにしても、もしかしたら扉の向こう側でどうすればいいのかアタフタしているかもしれない。うーん、と少し考える様子を見せた神様は、おもむろに立ち上がりスパーン!と個室の扉をスライドさせた。
「っ!!」
「ちゃんといるじゃん。良かったー」
突然勢いよく開いた扉に猫はまじビビリしていた。
耳と尻尾があったら、間違いなく逆立っていたであろう。そんな猫を、神様は安心させるように笑顔を浮かべ小さく手招く。おずおずとした態度を見せながらもその部屋に足を踏み入れれば、否応なしに12人の視線が集まった。
「翔真!?」
そう叫んだのは猪。
1年組は全員見覚えのある顔、というより先ほどわかれたばかりの兎の同室者であり、猪の家庭教師であり、3人のクラスメートであるその姿に、驚いた顔を見せる。兎だけは、すぐになる程ね、とその表情をひっこめたが。
「猫って翔真のこと!?じーちゃん!」
「んん、猪。ここではちゃんと役職で呼ぼうね。いや、その呼び方はプライベートでも是非やめて欲しいんだけど」
苦笑いを浮かべる神様に、数人がじーちゃん呼びを脳内リピートし吹き出した。