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十二支部  作者: 兎羽 翔
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噂の猫と、神様


 入学式が行われる講堂全体を、視界にいれるには当然高い位置にいなければならない。


 そんな場所に、彼はいた。


「ふふん、ふふふー」


 適当な鼻唄を奏でながら、静かな放送室でマイクの音量や、音楽、そしてライトを調整する。声を出す仕事は、先程終わったから後はこの雑用だけだと、機嫌よく会場を見下ろす。

 マジックミラーで隠れているため、ここではぶっちゃけやりたい放題だ。防音設備もバッチリだし、多少暴れたって式の進行を邪魔することはない。


「んー…?お、いた」


 新入生の中に、知り合いを発見し思わず言葉をこぼす。独り言を恥としない彼は、例えこれが誰かに聞かれていたとしてもケロッとしていることだろう。

クスクスとひとり笑う姿は、どう見ても異質な筈なのに、彼がやってみても自然体のように、人は感じるのだ。


「ん、」


 ちょうど、国歌を流し始めたとき、初めて物音を聞いた。

 キィ、と。

それは、許可されたものしか本来たてることのできない音。この放送室に、仕事を任せれた自分だけが、入るときに響かせるはずの扉を開けた音だった。


「サボってると、思ってた」


 小さな声も、ここではよく通る。


「屋上まで、無駄足だったな」


 カチャ、と扉は閉められ、再び放送室は防音設備を働かせた。

 入ってきた人物は、黒髪の、背丈は160程度の小柄な少年だった。ネクタイは緩めて、白いワイシャツは第二ボタンまで開けられている。ブレザーは、羽織っているだけ。

胸元に、新入生の証である造花もなく、そんな乱れた格好をしていれば、誰もが在校生だと感じるであろうが、彼はれっきとした新入生だった。


「入学式サボるなんて、悪い子だなー」


 そんな少年に、放送室の彼は視線を会場からうつすことなく、ただ愉快そうに言葉を並べた。

そんな彼に少年はむっと眉をひそめる。


 静かな放送室に、ふたりきり。

そんな願ってもない状況に、少年…遊佐翔真(ユサショウマ)は、緊張のせいで身体が強ばっているのが自分でもよく分かっていた。

なにせ、会うのは約三年ぶりだ。彼が中学三年で、自分が中学一年のとき。あの時はとつぜん声をかけられた。過ごした月日は微々たるものだったが、惹かれ、自分にとっての唯一の人になった。


 こっちは会いたくて会いたくてたまらなかったのに、アンタは目も向けねーのかよ…っ!


 憤りに、感情が支配されそうになる。ぶんっ、と頭を一振りし感情のまま吐き出されそうになった言葉を、遊佐は必死で押し殺した。

睨んだ背中は相変わらず大きい。


 振り向いてほしい。

 顔がみたい。

 言いたいことがあるんだ。

 アンタの、目を見て…ちゃんと。


 すがる視線が通じたのか、カチリと何かのボタンがおされた後、彼がゆっくり振り返った。

 嬉しそうに、へらりとした笑みを浮かべて。


「久しぶり、翔真」

「っ!」


 ドキッと心臓がはねる。

 離れていたぶん、その笑顔にいまさら耐性はない。ドクドクと脈打つ鼓動が、全身でかんじられた。


「あれ?ちょっと、大きくなったね」

「…当たり前だろ」

「ん?んー…あぁ、そうか。三年もたてば大きくなるかー。まだ縮むような年でもないしね」


 気の抜けるようなコメントに、遊佐は大きくため息をついて脱力した。思い出したのだ。彼、御堂仁(ミドウジン)に緊張するだけ損だということを。

 相変わらずへらりと笑っている彼だが、実際まえがみが長すぎて口元しか見えない。あまり、顔を見せたくないと言っていたことを思い出す。理由は分からないが、その気持ちは分からなくもないと、遊佐は思っていた。


 御堂は思う。

 久しぶりに、この子と会えて嬉しいと。

 それは間違いなく、素直な感想だ。

 しかし、目の前にいるこの少年は疑っているらしい。もともと表情も感情も豊かでなく、口下手な自分がどうやって少年を納得させられるか。

 自分と違って分かりやすい少年が、再会を、震えるほど喜んでいることはよくわかっていた。


「そういえば、翔真。中学とは違うんだから、先輩には敬語使わないと目つけられるよ?ただでさえ誤解されやすい容姿してるんだから」


 少し、説教臭いだろうか。

 しかし、小柄ながらもその鋭い視線は見る人によっては良い印象を与えないだろう。余計な厄介事は増やすものではない。平穏に、学園生活を過ごしたいのであれば。


「ま、何かあったら俺に教えてよ。力になれればいつだって助けるし。俺じゃなくてもー…あ、今日紹介するつもりだった他の部員にも頼ってくれて構わないから」

「………」

「今日からめでたく俺の後輩だし。あ、いい忘れてたけど、入学おめでとう」

「っ、俺は!」


 ダンッ、と鈍い音をたてた拳。

 それは、御堂の顔のすぐ横に叩きつけられていた。

 壁まで追い込まれ、驚きのせいか御堂はずるずると壁伝いに滑りその場に座り込む。ストンと床に尻がついたときには、遊佐もそれに合わせて目の前にしゃがみこんでいた。


 小刻みに震えている身体。

 怒っているのだろうか。


「翔真…?」


 いつからこの子は、こんな激情を持てるようになったのだろう。

 御堂が出会ったばかりの頃の遊佐は、何事にも関心を示さず、ただ生きているだけのような人間だった。何にも興味をもてない。そう言っていたのは遊佐自身であったし、御堂から見てもそう見えた。


 三年も離れていれば当然か。

 今、目の前にいるのはあの頃の遊佐ではない。自分が去ったあとの中学で、成長した遊佐なのだ。


「翔真…?」

「俺は…っ」


 絞り出した言葉は、震えた。

 それでも、喉につっかえてしまわないように、涙で消されてしまわないように、ゆっくりと顔をあげて、遊佐は御堂と目をあわせた。








ーー口約束だけじゃ、不安だった。


 でも、御堂が卒業してから今の今まで、俺から連絡なんて一度もできなくて。実力でアンタの隣に立ってやろうと思って、勉強だけ頑張ってきた。元々苦手でもなかった。興味がなくて、手を出していなかっただけ。やってみたら、やった分だけ成績はあがった。


 そんな日々を繰り返して、第一志望確実と担任の教師に言われたその日、はじめて電話がきた。


『もしもし、翔真。ひさしぶり』


 こっちは緊張でまともに話せないっていうのに、アンタは飄々と椎名拓巳の教師役を依頼してきた。どうしても、この高校に、自分の後輩として入ってきて欲しいのだと、忌々しい理由まで述べて。


『頼めるか?』

「……あぁ」

『助かる。お礼はするよ、なにがいい?もちろん、翔真もうちにくるんだよな?』


 嬉々とした声に、俺はあの時、たしかに笑っていた。

 あんな馬鹿なセリフをはきながら、笑ったのだ。俺は。



ーー俺を、一番好きになって。俺をアンタの特別にしてよ。








「後輩じゃなくて、アンタの恋人になりにきたんだけど?」


 口に出した言葉は、戻らない。


 冗談だと思ってた?

 知らない。

 

 約束を忘れてた?

 ますます知らねーよ。


 じっと、遊佐はのぞき込むように前髪を見つめた。口だけじゃ、どんな表情をしているのか分からない。顔が見たい。

 壁についていた手をゆっくりと、その頬にあてる。さらりと触れた前髪が、少し赤くなった傷あとを撫でて、くすぐったいような、ひりひりと痛むような、不思議な感触を与えた。


 丁寧に、前髪をわけて、耳にかける。

 あらわになったその顔はあの頃とそう変わらない。笑顔も、おなじものだった。


「知ってるよ」


 ひたりと手を重ねられ、そのぬくもりに自分の手がいかに冷たかったかを知る。寒さのせいだけではないだろう。緊張しても無駄だと分かっていても、やはりしてしまうものはしてしまうのだ。


「俺の、唯一の人になりにきたんだよね?翔真」

「…うん」


 そうだよ、俺は。


「ね、絶好のチャンスだと思わない?」

「…なにが?」

「密室で、防音のきいた部屋に、好きな子とふたりきり」

「っ!?」


 赤面する遊佐などおかまいなしに、御堂はその眼差しをまっすぐに遊佐へぶつけた。

 あの頃のまま、悪戯がすきそうな、遊佐の大好きな顔がそこにはあった。


「さて、翔真なら何をする?」


 なんて男を好きになったんだろう。

 甘美な囁きに遊佐は、石のようにぴしりとその体を固まらせ、御堂を笑わせた。


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