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十二支部  作者: 兎羽 翔
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ウサギとトラの草むしり

番外編というか、まだもうちょっと先の話です。


「俺、今日風紀の仕事で中庭の草むしりしなきゃいけないんだよねー。一般生徒のボランティアも募集してるんだけど、なかなか人が集まらなくてさ」



「え、来てくれるよね?だって俺1人に草むしりさせるなんて、部員のみんなが許さないと思うし、これは神様命令出すほどでもないとおもうんだけど」



ね?と誰に何の同意を求めているか定かではないが、俺達の神様そう言い放って何も言わずにその場を立ち去った。

そう声をかけられた部員は、当然、放課後に中庭へと足を向ける以外の選択肢はなく…。


「いねぇじゃねーかよ、神さんよぉ…」


そう中庭でひとりぼやくのは、今年入学したばかりの柊だった。

実は神様、部員全員に声をかけたわけではなく、本日たまたま学校ではちあわせた部員に冒頭のセリフを投げかけただけであり、そして運悪く本日たまたまはちあわせてしまったのが、この柊であった。

律儀にジャージを来て、用務室から軍手を借りてきた柊はどこからどうみても草むしりする気満々だった。本人の意向がどうあれ、はたから見ればやる気満々だった。実際は、ボランティア精神など皆無の神様命令に近いお願いから出向いたとしたとしても。


はぁ、と大きくため息をつきつつも、早速草むしりを開始する。

もしかしたら一番に来てしまっただけで、いずれ神様も顔を出してくれるだろうという淡い期待を抱いて。

しかし、その場に顔を出したのは思ってもみない人物だった。


「翼?」

「っ、すぎ、むら先輩…」


見れば、同じ十二支および陸上部員の先輩杉村トキ。柊の想いを寄せる相手でもあり、緊張のためうまく会話ができないことから極力ふたりきりになるのを避けているその人である。

残念なことに、杉村もジャージで軍手に袋を手にしていることから、自分と同じ境遇であることを察することができた。


「翼もジンに声かけられたのか?不運だったな」


同情されるようにこぼした苦笑いは、その爽やか美貌で輝かしく、柊の頬を染めるには十分な威力を発していた。


「も、ってことは杉村先輩もですか…」

「あぁ。ちょうど部活に行く途中に出くわしてしまってな。普段は2ヶ月顔を見なくても不思議じゃないくらいなのに、どうやら俺も不運みたいだ」

「…お揃いっすね」

「お揃いだな」


ちょっと出来心で、お揃いを推してみるとなんの疑いもなく肯定され、顔から蒸気が上がった気がした。実際は真っ赤に染まっただけなのだが、心持ちそんな感じである。

そんなこんなで始まったボランティアの草むしり。風紀委員の仕事らしいが、一向に風紀委員が顔を出すことはない。もしかして、あまりに仕事をしない神様への罰だったんじゃないか?と御堂が聞けばギクリとするようなことを思う。とにもかくにも、想い人とふたりきりという願ってもない事態に、柊はひとりもんもんと草をむしり倒していた。



*****


「あー、もう。まどろっこしぃなぁ」

「…悪趣味」


2人がせっせと草をむしっているその頃、元凶は可愛い恋人をつれて屋上にきていた。いや、つれてきたというより、いつものように遊佐が御堂を探しここまで押しかけたのだが。

そんなことはともかく、遊佐は望遠鏡をのぞき込む御堂にあきれながらため息をつく。あまりに進展のない柊にしびれを切らせた御堂が、自身への罰と神様権限を利用して仕組まれたのが、あの状況である。単に草むしりをしたくなかったのかもしれない。それこそ、神のみぞ知るところだが。


「翼はヘタレすぎなんだよねー。まぁ、あんだけバレバレなのに、気づかないトキもどーかと思うけど」

「…アンタがそれ言う?」

「翔真は分かりにくいんだよ」

「そうかな」

「そうだよ。中学の時なんてもっと無愛想だったよ」


ふーん、と相槌を打ちつつも、そうだったか?と翔真は首を傾げる。

無愛想なのは元々だ。初対面ではさらに無愛想だったかもしれないが、御堂に惹かれたのはわりとすぐだったのでそんなことはなかったと思うのだが。

遊佐の思うそれが、照れ隠しゆえのものだったことは、遊佐も御堂も知らなかった。


「ま、トキの気持ちがはっきりと分からないから、俺もプッシュできないんだけどね」

「ここまでやっといて」

「これは翼のため」


絶対大きなお世話だと思う、とは口には出さなかった。


「名前で呼ぶあたり、他よりは特別だと思うんだけどな」

「…ねぇ」

「んー?」

「他人より、俺らの進展のことも考えるべきだと思うんだけど」


そんな遊佐の言葉に、御堂は少しびっくりして望遠鏡から目を話した。思ったより間近にあった遊佐の顔は、えらく男前なセリフを言ったとは思えないほど真っ赤に染まっていた。

まるで、裏庭でもんもんと草むしりをしている柊のようだ。


くすりと笑みを浮かべた御堂は、そのまま遊佐へ口づける。チュッ、とわざと音を出してバードキスをすれば遊佐はそのまま固まった。


「俺とどう進展したいの?」

「っ!」

「…翔真は、自分でけしかけといて、自分で照れるんだからなんかずるいよねー」


くそかわいいな、と口に出さないのは顔を真っ赤に染めている翔真のためである。大体、先に進めないのは、この翔真の照れ屋のせいでもある。キスやちょっと甘い言葉をいっただけで、顔面から蒸気をあげるのだから、それ以上のことをすれば死ぬんじゃないだろうか。

冗談ぽいが、本気で心配している御堂。まさか進展がないのは自分のせいだとは思ってない遊佐。なんやかんやとラブラブな2人は適当にじゃれながら、たまに望遠鏡をのぞき込むという不健全な時を過ごしていた。



******



神様もとい仁くんはここには来ないだろう。

そう確信に近いものが頭をよぎった柊は、はぁーっと大きくため息をついた。いくら可愛がってくれている部活の先輩であり、片思いの相手だからといって、柊は杉村との会話を得意としていない。いや、片思いの相手だからこそ、ということもあるが。


「そういえば翼、こないだ新記録出してたな。たけるが褒めていたぞ」

「あざっす…。いや、なんかあの日は調子良くて…」


なにを隠そう、杉村から部活での頑張りを認められ、褒められた日である。その日柊は、天にも召されるほど、馬鹿高いテンションで部活に望んでいた。

そして出た新記録。

自己新記録。

嬉しくないわけがない。

あの日の柊は、テンション高すぎて別人かと思った、と同室の遊佐は語っていた。


「中学の頃はさぼってばっかだったな。サボり癖がなくなったのも、仁のおかげか?」

「……それもありますね」


なかなかタイムが縮まず、伸び悩んでいた短距離走。

小学生のときは、人より少し足が速かった。陸上競技を少し齧っていた教師に勧められるがまま、中学で入部した陸上部。

最初は楽しかった。

練習すればするほど、面白いくらいに自分は速くなれた。決してしんどくない練習ではなかったけれど、それすらも気にならないほど、あの頃は楽しかったのだ。


が、成長は突然止まった。


途端につまらなくなる部活。

顧問や先輩からの期待によるプレッシャー。

目に見えるタイムをあの頃どんなに毛嫌いしていたか。

それでも部活はやめなかった。だけど、サボる癖はついてしまった。そのおかげで、期待の目は減りプレッシャーはなくなった。

楽になると思っていた。

でも、期待されない自分は陸上部に必要とされていない気がして、部活には居づらかった。


『走ってよ、翼。部活じゃなくていいからさ。走ってる時のお前は一生懸命で、楽しそうで、見てるだけでこっちが元気になるよ』


勝手なこと言うな、って思った。


『んー…。あ、じゃあさ!一緒に走ろう!俺はあまり得意じゃないし、好きでもないけど、翼と走ったら楽しそうだ』


仁くんは、決まってサボっている場所に出没した。

何気ない話をした。

陸上とは関係ない話をするだけで気持ちは楽だった。

だから、仁くんといるのは安心できた。

仁くんに走ろうと言われた時、自分が仁くんを嫌いになりそうでこわかった。

でもそんなことなかった。


俺は結局、走るのも、仁くんも、どちらも好きなままだった。


「仁くんは、俺に走る楽しさを思い出させてくれたんです。サボってたのは、俺が楽しさを忘れてただけ。だから、今は大丈夫なんすよ」

「…そうか」


いつの間にか草むしりをやめて、柊を見ていた杉村は優しく微笑んだ。自分の後輩は確かにもう大丈夫そうだと思った。

そしてまた、草むしりを再開する。

ぶちぶちと雑草を引っこ抜く手を止めることなく、それでも再び大きなため息が出ることもなく、2人は久しぶりに先輩後輩の会話を楽しんだ。

結局、雑談ばかりで御堂の目論んでいた進展はなにもない杉村と柊だったが。


「俺も、翼が部活に出てくれるのは嬉しい。たまには俺にも甘えてくれ。一番可愛がっている後輩が、こうも仁ばかりに懐いてると妬けてきてしまうからな」


草むしりも終了し、今日は部活も休んでこのまま帰ろうと何事もなく別れるはずだったが、別れ際の杉村の言葉に柊は、寝れない夜を過ごすハメになるのだった。



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