5.音菜にとっての梅雨
『中二病』にならなかった一般人はこの世紀末とも言える状況をどうやって生き延びればよいのか。
まず、国外に逃げようにもこの国は今警戒を各国とられている状況だ。その為、平穏な暮らしができるかどうかと聞かれたら首を降るしかないであろう。特に自分は日本語以外喋れない、むしろ日本語ですら正しく使えているかが疑問なのに、他の国へといったところでまともに生活出来るわけがない。
まぁ発病者を対象にした狩りのような動きが見られている他国に今行くようなこの国の人はいないとは思うが。
発病者の95%は未成年だと言う。ニュースでやってた。その内の一人が総理大臣だと言う。これもニュースでやってた。
力をもてあました発病者が学校を壊したって話も割と聞く。隣の市の高校も女の子が暴れて壊したって友達が言ってた。そのまま他の高校も潰したみたいなことも言ってた。
自分の高校でも発病者は少なくない。中にはワープしたり刃物の扱いが上手くなってたり、巨大な狼を召喚してたりと、危ない能力に目覚めちゃった人もいる。
とは言え、自分の高校だと生徒会長がなんでも【言霊を支配する】とか言う能力に目覚めたらしく、学校崩壊にまでは発展していない。
知り合いは、言霊じゃなくても、刃物の扱いが上手くなるのでも、動物になつかれやすくなる体質でもなんでも良いから『中二病』になりたかったとか言ってた。
ならばあげたい、是非とも持っていってほしいものだとは思う。
まぁ少ししたら顔を青くしてごめんなさいと言ってくれたけど。
「音菜…おはよう。」
暇すぎて思考の海で泳いでたら、親友といっても良いほど仲のよい八宮 鐙子が話しかけてきた。溺れる前でよかった。溺れてたらいつのまにか1限目が終わっていること多いし。
…まぁ鐙子なら良いか。
「鐙子か、神は闇を払い光で世界を照らした。よい日和だな。(鐙子、おはよう。)」
「相変わらず。筆談でも良いよ」
「構わん。主は選ばれし者だ。主になら妾と言葉を交わす誉れをやろう。その為の恥辱ななぞ世界の痛みに比べれば大したことはない。それに妾とて精進しておらぬわけではない、妾の尊大さに強弱をつけることなどあさげを食す前に出来る。このような制約に屈するほど柔ではなし。(平気、鐙子なら会話できるし、恥ずかしさもなれたしね。それに多少ならマイルドな表現出来るようになったみたいだし。)」
そう、自分的には普通に喋っているつもりだが、どうやら勝手に難解な言い回しになってしまうようだ。後、一人称が妾固定。とても恥ずかしい。
「やはりまだ話すのは辛い?」
鐙子…。それはいっちゃ駄目だろ。無口キャラに心配されちゃう自分が悲しい。まぁ鐙子ともう一人には心配されるのも仕方がないが。
この【全自動中二病翻訳機能】のせいで4回ほど不良なヤンキー君ちゃん達に絡まれているのだから。内一回はやばかった。
梅雨でじめじめし始めてストレスで貯金箱の豚太郎(5ヶ月・♂)を砕いて商店街の角にある高級プリンでも食べに行こうとしてたあの日、中二病で増長してたナンパなヤンキー君にお茶しないかと誘われて、先約がいるからと嘘偽りなく断ったのに、言い方がおかしかった(仕方ない、能力のせいだし)のが運のつきか絡まれまくった挙げ句、殴られて蹴られて囲まれて、路地裏に連れて行かれそうになったときにたまたま近くにいたらしいクラスメイトの一人が、近くで偶然見かけてたのあった鐙子を呼んでくれたらしい。
そのクラスメイトは発病していない一般人で自分が助けに入らなかったのは責める気ない。むしろ助っ人を呼んでくれたぶんとても良い人だろう。鐙子は学校内外問わずに上位に入るといってもおかしくないほど強いし。というか発病した『中二病』が頭おかしい。
鐙子は駆けつけたあと、発病して得た能力のお陰もあってかとても強く、あっという間に8人をぶちのめした。
でも話はそれでは終わらずに続く。こっちだけに増援が来ると言う素敵展開に、悪役にまで増援が来ると言う最悪な事態へとなって。それも鐙子への奇襲と言う最悪な形で…。
「大丈夫だった?」
助けに来てくれた。良かった。正直口調のせいで絡まれ、殴られ蹴られて本当に、怖かった。
声が聞こえて、刀を一閃しただけで全員倒れて、鐙子のお陰だとわかって安心した。
目の前で微笑んでくれてる鐙子が本当に女神かなんかに見える。無口だけで意外と感情は豊かな鐙子。ありがとうととりあえず言わなきゃ
「感謝する。手助けなど要らなかったがな(ありがとう!)。」
鐙子にお礼を言う。
いった瞬間、鐙子の表情が崩れて、苦しそうになりながらも、後ろを振り向き、鞘に納めた刀を再び構える。
「跪け」
その声が聞こえた途端鐙子の身体が崩れ落ちて、地面に膝をついて身を屈めた。
「………ぇ?」
信じられない。
表情はそう語っていた。
鐙子の背中には小さい切り傷のようなものが出来ていた、ナイフ辺りで切った後の傷に見える。
気がつけば見るからにチャラそうな、パーカーにジーンズでそばかすのある茶髪の男がニヤニヤしながら立っていて、そいつの周りには10人くらい似た感じのチャラそうな男が立っていた。
「悪ィなねーちゃん。俺の一撃を喰らったら最後、15分間だけだが俺に逆らえなくなるんだよぉ!」
何て言う最低な能力!というか説明乙。 鐙子は歯を食い縛り、思いっきり睨んでた。
その目付きが気に入らなかったのか、ムッとした顔で鐙子の頭を蹴る。でも吹き飛ばずにその場に留まる辺り大したことないのか、鐙子が凄いのか。その後閃いたって顔をしてタオルのようなものをポケットから取り出してこちらに投げつつ言った。
「横の女にそいつを猿轡にしてはめとけ。そしたらそのまま連れてそこの路地裏にはいれ、んで入ったら武器捨てろ!」
鐙子は悔しそうな表現で私に猿轡を嵌めます。小さく「ごめん」と言うとそのまま自分をお姫様だっこして路地裏へと入っていった。
路地裏に入ったら私を下ろし刀を投げ捨てる。男どもも着いてきた。さっきと違い周りには人通りもなく、本能的にわかる。やばいのだと。
「てめえには仲間がお世話になったなぁ。まぁ二人とも上玉だ、たっぷり元は取らせて貰うとして、まずは謝ってもらうかな。土下座して地面を舐めな!」
腰を折り膝を地面につけ、次に手を地面につけ額を地面に擦り付けるように地面へと顔を近づける。少しの戸惑いの後舌を突きだし地面を舐めた。
「へ!所詮はこんなもんよ!世の中弱肉強食だぜ!ついでに言えば仲間が防壁を作る能力の持ち主だからもう助けは来ねえぜ、観念しなあ!」
いつから世の中は異能力バトルになったのだろうか。それなら自分的には文字を籠めることで使う珠とか使ってみたかった。
チャラ男がこっちに近づいてくる。あーあ、自分はともかく鐙子を巻き添えにするのはなぁ…。ごめんね。
―この時誰も知ることはなかったが、工藤 音菜は悪運が阿呆みたいに高い、振りきれている系女子であった―
突如埋まる視界。黒、黒、黒。目隠しとかではない、と思う。距離的には違うはず。いきなり埋まった視界に焦るけど頭が冷静になるにつれて違和感に気づく。少し向こうのお店の看板が見える、つまりは自分が目隠しをされているわけではない?
―今回彼女にとって幸運だったのは3つ
1つ目は鐙子が近くを歩いていたこと。
2つ目は鐙子が出歩いていた理由が待ち合わせであったこと。
3つ目は元々先約、音菜自体も待ち合わせをしていたと言うこと。
ついでに言えばどちらも待ち人が遅れてくることを疑問に思い、最初の喧騒の噂を聞いてもしやと思い探してくれたと言うことである。―
「おおおぉぉぉりゃぁぁぁー!!!」
ドゴォン!と衝撃音と共に桃色の旋風が視界を隠していた黒い影のようなもの?と共にチャラ男達を凪ぎ飛ばす。
「人の連れに手を出すとはいい度胸してますねー♪ぶち倒しますよー。」
「なんだ!?てメ、ぐばあぁ!?」
「邪魔です♪」
桃色の着物を着た犬?っぽい耳を頭に乗っけた髪型の女性が拳を振りかざしてました。殴られた人が今も空を飛んでます。怪力なんですか。
「お二方無事ですかー?ギリギリセーフですかー!?」
男共を文字通り殴り飛ばす、着物の女性。見知らぬ人を助けてくれるなんて、強くて優しい正義の味方のお手本みたいな人だ。
「貴方でラストです、おやすみやなさい♪」
最後の一人とやらを殴り飛ばす女性。終わったみたいだ。こちらにやって来て、猿轡を外してくれた。
「感謝をする妾の記憶に無き者よ。あのままならば妾達は闇に飲まれ二度光を見ることが出来なかったであろう。その後を想像するのも絶するほどだ。(はじめまして、ありがとうございます。あのままだったら自分達はどうなってたことか。)」
……………あ、翻訳しちゃうよね、変な子と思われたかなぁ。
「ん?…………………………あー。そうですねー。お二方、大丈夫そうなら移動をー」
「あのニキビが消えた。」
苛立ちを隠そうともしない機嫌の悪い声で鐙子が言う。本当だ、いつのまにか消えている。あの茶髪のニキビ面のチャラ男とあと、多分もう一人、印象には薄いけど消えている。
「ああ、そっちは多分平気だと思いますよ、別の人が追ってるのが見えたので♪」
※
走る。よくわからないが漫画の様に高熱を出して、新たな力に目覚めるといった事が自分に起きたとき犯罪が頭に浮かんだ。
元々素行は良くなかったし頭脳もよろしくない、そんな男に【傷さえつければ一定時間服従させる】という能力をあたえれば自然とそうなるだろう。知り合いにも様々な能力に目覚めたやつがいて、これは時代が来た!と言わんばかりにつるんでやりたい放題をしていた。
(危ねぇ、ジュンが居なきゃ今頃取っ捕まってたぜ)
ジュン、本名は知らないが最近つるむようになったやつで【テレポート】ができるという逃走に役に立つやつだ。100Mという制限はあれど、さっきの場面ほどその能力に感謝をしたことはないだろう。おそらくジュンもだ。
「ヤバかったすね~、あの着物の女は焦ったすよー」
隣を走るジュンがいう。
確かに、あの女は異常だった。突然黒い霧みたいなものに包まれたと思ってら女の拳で仲間が飛んで、その腕にナイフを走らせたってのに、当たったにも関わらず傷を与えることが出来なかった。「ああ。」とでも答えようとして、目の前が再び暗くなる。
「ああン?なんだこいつはぁ!」
「残念だけど、とりあえずボコボコにさせてもらうよ。私的のストレス発散ということで。」
―ギュッ―
※
あの時は結局高級プリンを食べることは出来なかったけど、気にはしない。
後で知ったことだけど警察なんかは今機能していない。自分みたいな戦闘能力皆無な『中二病』ならともかくそうでない『中二病』まで相手にしないといけないとなったら、無能力な警察なんかでは太刀打ちできないであろう。
それとあのとき駆けつけてくれたのは、よく知る友人である鳴神 桜花であった。女らしい名前をしていると思ったら、女にもなれたとはあの時は衝撃でいっぱいになった。
そんなこんなで自分は今コミュ障というやつになったった。本当に喋り辛い。
まぁともかく今言うべきことは、
ちらりと時計を見る。
「知識を得る儀式の刻が近付いてきてる。有るべき場所に帰るがよい。(授業が始まる。席につきなよー。)」