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第五話 同等かそれ以上のハンサム……だと!?

 廊下を歩く私をしばらく無言でみつめていたかと思えば、ああ、と小さく湊さんが呟いた。

「どこかで見たことあるなあ、と思った。松原くんの幼馴染みって相良さんだったんだ」

 私は苦笑して頷いた。先ほど簡単に自己紹介を済ませてあるので、お互いに苗字にさんを付けて呼んでいる。これから先この距離が縮むか開くかは、祐太の行動によるだろう。

「実は、今までって祐太が私にみつけた! って言って紹介するパターンしかなくて。だからいつも事情を説明するとか忠告するとか、そういうのがいっさいできなくて困ってたんだ」

「忠告? 松原くんに近付くな、とか、そういうこと?」

「まさか」

 私が慌てて首を振ると、湊さんは冗談だよ、と笑った。湊さんは、祐太の別れた相手と私が何度か仲睦まじそうに話す姿を目撃したことがあるらしく、この呼び出しもきっとそういう類のものではないのだろうと考えていたそうだ。話の分かるひとでよかった――というか、祐太に惚れる前ならこういうコミュニケーションを取ることもやはり可能なのだ。恋は盲目って、本当に恐ろしい現象だと思う。

「でも、湊さんが祐太の噂を知っているみたいで助かったよ。一から説明するだけよりも説得力が出るだろうし」

「いやあ、校内でアレを知らないひとってもう皆無なんじゃない?」

 肩を竦める湊さんに、やっぱり? と引きつった顔で笑う。まあ、馬鹿しかかからない病気を患っている祐太である。感染しないよう必死に情報を集める人々は常識的で冷静な判断をしていると言えるだろう。

「詳しい話は、ここでしたいの。安心して、さっきも言ったみたいに、私は応援もしなければ止めもしないから。ここにいる人たちもそれは同じ」

 ここにいる人たち? と首を傾げる湊さんに微笑み、私は資料室の扉を開いた。

「どうぞ、入って」

 私の言葉に頷いた湊さんは、恐る恐る足を踏み入れる。私は後に続き、資料室の鍵を閉めた。

「湊さん、緊張しないで入って入って。あ、上履きを脱いでね」

「遠慮なさらずう」

 手招きするのは三浦先輩と桂さんだ。比較的、人当たりのいい人間を前に出したのは正解だったのか、湊さんは警戒心を抱きながらもおずおずと靴を脱いでシートへと足を下ろした。

 それにしても、もうすぐ七月にさしかかるので、かなりの陽気だ。そろそろ扇風機でも持ち込もうかと誰かが言っていた。日当たりのせいか冬場は厳しいだろうが現状はわりと涼しく過ごせてはいるが、これだけひしめき合うと、それもまたちょっと難しくなりそう。

「あれ……? このひとたち、もしかして」

「気付いた? 湊さん、噂に違わずかなりかしこいみたいね」

 微笑むのは後ろに控えていた丹下先輩。やめてください、可愛い系統の顔なのになぜかあなたは妙な迫力があるんですから。予想通りというかなんというか、解けかけていた警戒心がまたがちがちに固められそうだったので、私は慌ててハートチップルの袋を食べる? と差し出してみるも、臭うからいらない、と首を振られてしまう。そりゃそうだ、ていうか女子高生のおやつの中にこれをどうして入れたんだよ! 開けた瞬間から部屋中にんにく臭くなるじゃないか! 桂と目が合って、てへぺろ、という表情をされた。犯人はお前か。

「まあ、和んだところで話を進めましょう」

「え、別に和んでないけど……」

「湊さんにここへ来てもらったのは他でもない」

 ちょっと困惑気味の湊さんをまるっと無視して、私は強引に話を進めた。押し問答していても始まらないし、本来の目的は仲良しごっこでもないので、まあいいだろうと会話を放棄した。湊さんは多少呆れていたけれど、まあいいかと切り替えてくれたようで、やがて真剣な表情でこちらを見た。

「あのね、まあ、お察しの通り、ここは馬鹿が運命の相手とか言って光の速さで引っかけて光の速さで興味をなくしていった人たちの集いなのね」

「相良、もうちょっと包みなさいよ」

「いやあ、現実を突きつけるほうが湊さんの為になるんじゃないの?」

 丹下先輩と三浦先輩のやり取りを聞き流しつつ、それでね、と私は唇をしめらせようとぺろりと舐める。

「祐太のあれは……ちょっと病気めいていてね。悪いことに、熱っぽく冷めやすいから、惚れる時って本気なのね? だからか、皆、好意寄せられるとなびいちゃうの。で、祐太を本当に好きになった頃には、あいつはもう傍にいない」

「……で、次のターゲットが私だと?」

 湊さんの言葉に、神妙に頷いた。

「私は、勝手かもしれないけれど、幼馴染みとしてあいつの被害者を少しでも減らしたい。昔から隣にいて、今まであの馬鹿を止められなかった罪悪感を少しでも減らしたくて、こんなことをしてるの。もしも湊さんが馬鹿に惚れたら、私は止めない。けれど、もしも病気に付き合うつもりなら、覚悟をして欲しいと思った。そして傷付いてしまったなら、休める場所が存在するって知って欲しかった」

 言いたいことは、今ので全部。

 そう呟いた私は、なんとなく湊さんの顔を見られなかった。今、彼女は怒っているだろうか、呆れているだろうか。

 しばらく沈黙が室内を包み、やがて湊さんから、相良さん、と囁かれて、私はおずおずと顔を上げた。

「相良さんて、冷めてると思ったら案外おひとよしなんだね」

 予想した顔のどれでもなく、湊さんは苦笑していた。憐憫の情すら浮かべるようなその瞳に、私は、どうして他でもない私がそんな表情を向けられるのかがわからなかった。

「相良さんが、松原のことで何かを悩むのっておかしいじゃん。だって幼馴染みっていっても、他人でしょ? 責任なんて感じることないのに」

 先ほどまでは敬称が付いていたのに、すっかり呼び捨てになっている。祐太の価値は一気に底へと沈んだようだ。しかしそれに触れることなく、私は会話を進める。

「そうなんだけど……祐太、必ず私に新しい相手を見せにくるもんだから」

「それで居た堪れなくなるっていうんでしょ? だとしても、やっぱりおひとよしだよ。私だったらたぶんほっとく」

 くすくす笑いながら紡がれる湊さんの言葉に、私はずん、と沈み込む一方だった。確かに、自覚がないわけではなかった。けれど、今日はじめて親しく話をした湊さんに、こうもおひとよしを連呼されてしまうと、私はとんでもなく、それこそ祐太よりも馬鹿な人間なんじゃないかとさえ思えてくるのだ。

「あのね、私、実は他校に付き合ってるひとがいるんだ」

「え」

「だから、どんなに言い寄られても彼とどうこうなるつもりないよ」

 微笑む湊さんに、ほう、と安心しかけた、その時だった。

 いやいやいやいや。

「甘い! 甘すぎるわ湊さん!」

 私の胸中と同時に、叫んだ人。それは恋人がいたにも関わらずあっさりと祐太になびいてしまった女、二年の(たけ)()先輩だった。彼女と祐太の交際期間は、確か三日と半日だったと記憶している。

「私も、当時、一年の時から付き合ってる恋人がいた。だけどね、あんだけいい男に押されるとぐらっとくるもんなんだよ! 女たるもの!」

 拳を握る武井先輩に、湊さんは、はあ、とちょっと引いている。

 そういえば、武井先輩は数少ない略奪されたひとのひとりだ。祐太はどういうセンサーなのか、恋人がいるひとには基本的には惚れないようで、武井先輩の時も今度こそ本気なのでは、という噂が流れたりしていた。

「私も他校だったの。中学卒業してしばらくしてから再会して、そのまま付き合ってたんだけど、だんだんすれ違ってきてたところに祐太が現れたんだよねえ」

 当時を思い出しているのか、どこか夢見心地でうっとりと遠くをみつめる武井先輩に、帰ってこーい、と丹下先輩が彼女の視線の先で手を左右に振る。それに気が付いたのか、ぼんやりとした表情からやがて目に光が宿った武井先輩は、何かを誤魔化すように、てへ、と笑った。

「うーん……ま、百発百中、らしいですしね」

 後頭部をかきながら、妙に楽観的な声で言う湊さんに、そうだよ! と武井先輩が詰め寄る。

「大丈夫なの? 本気で落としにくる祐太の威力はすごいよ! ハンパないよ!?」

 握りこぶしで力説する武井先輩に、しかし湊さんは、はあ、と気のない返事をするばかり。この、妙な余裕はどこからくるのだろうか。

「あのですね、信じてもらえなくてもかまわないんですけど。これ、見てもらっていいですか?」

「ん? 何々? ひょっとして、湊さんの彼氏の写真!?」

 ずずい、とスマートフォンを差し出す湊さんの手元に、皆が好奇心いっぱいで顔を寄せてくる。私も気になって覗き込むが、女子の熱気おそるべし。ベストポジションには丹下先輩と三浦先輩が陣取っている。

「なんじゃこりゃああああ!」

「先輩、突然殉職しないでくださいよ」

「わけわかんないこと言ってないでちょっとこれ見なさい!」

 む、若い人には通じないネタだったか……いや、お前何歳だよという話はまあ置いておきましょう。

 とりあえず、と私も興奮する丹下先輩の手元を覗き込む。

「なんじゃこりゃあああああああ!」

「ってお前も殉職してんじゃねーか」

 丹下先輩と同じように叫んだら、先輩からも同じように返された。おまけにぺしん、と軽くはたかれた。あれ、元ネタご存知? いずれにせよ、ナイスツッコミ。

「なんだこの、祐太に勝るとも劣らないイケメンは! み、湊さん。これはこの世に存在するのですね……?」

 なんとなく震える声で呟けば、存在します、と彼女が頷いた。な、なんということだ!

 写真におさまる彼のご尊顔は、まさしく絵画のように美しかった。さらさらの黒髪。二重……いや、良く見ると三重? そして全体にかかる妙な色気。どこか腹黒そうな表情が本当にもうごちそうさまですとしか言えない。

「あっ! これって、もしかして()(ずみ)じゃない? 確か今、中学二年生の、()(ずみ)()(すみ)!」

「え、桂さんご存知?」

 私の質問に、中学がいっしょだったから、と桂さんが頷く。てことは、湊さんとも同じ中学出身なんだ?

「そっか! 卒業式のあの大告白劇って、お相手は湊さんだったんだあ! 私知らなかったんだよね」

「あああああ、その話は忘れて! お願いだから!」

 穴があったら入りたくなるから! と慌てて桂さんの口を塞ごうとする湊さんは、顔を真っ赤に染めていて何やらとっても可愛らしい。……どういうことだ?

「うちらの中学じゃ有名な話よ。卒業式でさ、後輩が花とかくれるじゃん? そしたらあれよ、和泉王子が颯爽と現れて、後輩女子に囲まれる生徒――湊さんだったんだね、にさ、二年も待つとか無理だから、その振りまいてる愛想、全部俺にちょうだい? つって、花束じゃなくてキスを――」

「ぎゃー! ちょちょちょやめて本当にやめて!」

「私も現場をちゃんと見てなくてさー、騒ぐクラスメイトから王子がこういう台詞で誰かに告白したらしいよ! としか教えてもらえなくてさあ」

 なんだそのドラマみたいなの。そしてそんな台詞を現実でしらふで言えてしまう男って……なんておそろしいんだ!

「まあまあ湊さん。女冥利に尽きるじゃん」

「うらやましいわあ。しかし湊さんてやっぱ女子受けいいのね。凛とした美人だからなんかわかるわ」

 うんうん、と頷く面々に、もう首まで赤くなった湊さんが、言うんじゃなかったかも、とうめいた後に、開き直ったのか彼氏のことを話してくれた。

「まああの、そういうことで。家も近所だし、かなりまめだし、なおかつ束縛もすごいので……他に目移りする理由がないというか、なんというか」

「なるほど……これは今までにないパターンだわ」

 三浦先輩が納得して頷くと、他の面々も頷いた。

「でもそうなると……初めての失恋?」

 万が一もあるかもしれない。けれど、可能性は極端に低いとここにいる全員が悟った。

 そもそもどうして彼のアプローチが百発百中なのかといえば、美形慣れしていないことがかなりの理由を占めると思うのだ。見たこともない美形が、自分に愛を囁く。それだけで、普通の女性ならばぐらっとくる。しかし、湊さんはどうか。普段からそりゃあもう色んな愛を囁かれているだろう。祐太と同じくらいの美形に。しかもなんかあっちのが中身も残念じゃなさそうだ。祐太の勝ちはおそらくありえまい。

「なんか、取り越し苦労だったかなあ。ごめんね、湊さん」

 少し場の空気が微妙になって、たまりかねた私がぼやくように言えば、湊さんは、そんなことないよ、と首を振る。

「教えてくれてよかったよ。あの、正直、松原とどうこうなるのはありえないって断言できるんだけど……じゃなくて、松原に口説かれてるって事実を真澄に後から知られたらかなり悲惨だったから。事が起きる前に言えるチャンスをもらえて助かった」

 想像だけで顔を青くしぶるりと震える湊さんに、え、そんなになの? と思わず訊けば、湊さんは力なく微笑んだ。

「別に自分勝手な奴ではないんだけどね……普段は紳士なのにどうしてああなのか……」

「湊さん……」

 何人もの女子生徒がひとりの女子生徒の肩へと手を置いて、憐憫の情を向けるという異様な図に、私はどうしたものかと首を傾げる。しかし、当初の予定とは大幅にずれたところに着地したようだ。

「……どうすんのかな、祐太」

 今までずっと彼の話をしていたというのに、ぽつん、と呟いた言葉は、誰の耳にも届くことなく落ちていった。


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