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第一話 ポンコツ美少年と平凡な私の日常

他作品とあわせての連載になります。更新は週に一、二度程度と考えております。よろしくお願いします。

 ぴかぴかの笑顔で、今日もあなたは馬鹿みたいに喜ぶんだ、みつけたよって。そうしたら私は、よかったねって、微笑んで応えてあげる。だってそれが私たちのルール。ずっとこだわって、ずっと探して、せいぜい後生大事に抱えているといい。私は笑顔の下に全部かくすの。あなたをポンコツだって思ってることも、あなたのそれがガラクタだって知っていることも。

 ポンコツは、それがガラクタだって、きっと一生、気づかない。


(まつ)(ばら)、まぁた新しい相手?」

 呆れたような声音で言うクラスメイトの声に、苦笑して頷く。彼女は嫌悪を帯びたような瞳で(ゆう)()を見ているけれど、その実、野次馬根性旺盛な彼女が話題に事欠かない祐太を面白がっているのを私は知っている。廊下で異性とくっつく祐太を視界に入れれば、まあそれも仕方がないかとため息がもれた。

(さが)()はいいわけ?」

 ふいにそう言われて、クラスメイトでなおかつ私の前の席へ座る(いし)(かわ)に首を傾げる。しかし数秒後にはその意味に気がついて、こいつこんな所までも野次馬か、と呆れてしまう。

「私と祐太にそういうアレがあると思ってんの?」

「いやまあ……松原のアレって病的だもんねえ。もしそうだとしたらかなりの覚悟が必要な相手ではあるけど」

 病的。なるほど、なかなかに的を射ている。しかし、病的、ではない。間違いなく、祐太は病気なのだ。……本人も気づいてはいないけれど。

()()!」

 まさしく浮かれているを体現する男が私の名を呼ぶ。窓際最後尾の席は、教室後方の出入り口からはよく見えるだろう。私も同じだ。一直線に突き抜けるような声で耳がじんと痺れるのを感じつつ、先ほどから廊下でいちゃこらするふたりが実に良く見えたとどうでもいい光景を反芻する。アリーナか。別にありがたくはないがな。

「みきみきみきみき」

「聞こえてるよ。犬みたいに呼ぶな」

 眉間に皺を寄せ、居住まいを正す。頬杖をついたまま視線だけで返事をしたのはお気に召さなかったらしい。まったく朝から騒がしい奴だ。歩くスピーカーか何かか。

「返事しないんだもん。寝てんのかと思って」

「目ぇ開けたまま寝るとかそんな器用なことできるわけがないでしょ」

 首を傾げて目を丸くする男――松原祐太のとぼけた様子に、思わずため息がこぼれる。

 家がご近所で、親同士の仲が良かった為、小さな頃は自動的に時を同じくすることが多かったが、お互いに馬が合ったのか、今でもそれは変わっていない。しかしそれは特殊なものでもなく、幼馴染み兼友人というのが我々の関係性を表現するにはいちばんしっくりくる説明だろうか。

「未生。俺やっとみつけた」

「おめでとう」

「もっと盛大に祝えよ。やっとだよ、今度こそ本物だ!」

 そろそろ来るぞ。

「こいつが俺の運命の相手だ!」

 はいきた。

 祐太はちょっと――いやかなり、残念な男だ。愚直というか、潔いというか、いや、言葉を包む必要もなかろう。

 そう、馬鹿なのだ。とんでもなく。

 祐太は、小学校時代から高校一年生になって少し慣れてきた六月現在に至るまで、数え切れないほどの『運命の相手』とやらに遭遇している。きっかけはなんだっていい。祐太いわく、とにかくインスピレーションなイマジネーションがネバーギブアップらしい。何がどうあきらめるなに繋がるのかは、真矢みきにも松岡修造にもきっと答えられない難問だろう。そして安易に英語に変換するのはどういう癖だ。ルー大柴か、お前は。壮大感が出るとでも思ってるのか、広い大地にでも飛び込みたいのか、そのまま突っ込んで意識を飛ばして記憶を失って人格を再形成するがいい。きっと周囲の人間は幸せになれるはずだ。

 何故こうも私の頭が暴走しそうなくらいに悪態を吐いているのかというと、祐太はとてもとてもたちの悪い男だからだ。私は思わず、祐太の隣に並ぶ娘さんへ憐憫の情をありありと浮かべた視線を投げかけてしまう。

 ああ、なんて可憐な方だろう。ボブカットのふんわりヘアが愛らしい。二重の瞳は小動物のようにくりっとしていて、それなのに化粧気がない。黒髪だし、見た目では判断しかねるが、物凄く誠実な人間性の女性ならばどうしよう。立ち直れるだろうか。私の視線に気付きもせず、ぼんやりと夢心地で祐太をみつめる彼の運命の相手。ポンコツ男のその瞳は、磨いていないガラス玉のごとく曇って、更には濁っているというのに。

 祐太は、とにかく惚れっぽい男だ。ある時は落としたハンカチを拾われて。ある時は消しゴムを貸したときに手が触れて。ある時はおはようとあいさつをされて。彼の心臓は撃ち抜かれたという。他はまだしも、朝のあいさつってなんだよ。お前はあいさつされたら校長先生にも惚れるのか。まじでそのガラス玉磨け、頼むから。百円あげるから。うまい棒とチロルチョコもあげるから。そのうえ奮発してブラックサンダーをあげるのだってやぶさかではない。

 ――とにかく。祐太は惚れやすい。しかも安直だ。すぐに告白し、すぐに付き合い、すぐに手離す。プロの釣り人すらも目をひん剥くほどの鮮やかすぎるキャッチアンドリリースっぷりである。

 祐太は、どうやら運命の相手を探しているらしく――どこのシンデレラだどこの白雪姫だ――とにかく待っているだけじゃ巡り会えないと必死なのだ。彼の中にどんな理想があるかはわからないが、ほんの少しの違和感があれば失望し、へらりと笑いながら「ごめん間違えてた」などとのたまう、乙女の敵という生易しい名称では追いつかない常に周囲に爆発物処理班を置いておきたいような危険人物なのだ。

 何よりも始末に悪いのは、祐太の容姿である。

 そう。祐太は――ハンサムなのだ。

 ハンサム? イケメンじゃないの? 今ってそう呼ぶんでしょ? いやいや違う。これはイケメンなどという軽いニュアンスでは呼べないレベルだ。ハンサム、もっと言えば美少年、もっと言えば一時でもあなた様の麗しい瞳に我が身を映していただきました事恐悦至極に存じます、だ。最後、言葉じゃないよね一文だよねというツッコミはさておいて、とにかく色素の薄いさらっさらの地毛も、女よりくりくりとした二重も、ばさばさの睫毛も、赤く艶やかな唇も、ぽつりと口元に落とされた黒子も、とにかくフェロモンだだ漏れなんだよ歩く猥褻物かおんどれちょっとその色気しまえやと胸倉を掴みたくなる勢いだ。そう、ただかっこいいだけならまだいいんだけど、妙な色気があるんだこいつ。それに女性はころりとやられてしまう。中身が残念でもそれすら天然で可愛いと言わしめてしまう、まさにハンサム七難隠すというやつだ。心から言いたい。なんで普通の容姿じゃなかった。せめてここまでの色男でもなければ勝率も落ちよう。今のところ、落ちなかった女がいないという恐怖。どストレートにここまでの男に愛を囁かれればそれも当然だ。それなのに冷めたとたんにゴミ箱に放り込まれる鼻をかみおえたティッシュペーパーのごとくぽいっと捨てられるのだ。傍で見ていて他人事だし、などとクールでいられるほど達観できない。

 何回か、警告をしたこともある。しかしみな一様に「あんたが私のポジション狙ってるってわかってるのよ」と警戒し、結局は噛み付かれてしまう。危害を加えるつもりなんてないよー、とどんなに伝えても、態度で示しても、恋は盲目。祐太に落ちた女たちもまた、その瞳をどんどんガラクタのガラス玉へと変質させてしまう。

 それならばもう、見ていられないから傍を離れようと試みたが、ずっと友情が切れないのが私しかいないからか、祐太は運命の相手を必ず私に紹介してくる。お前まじなんなの、嫌がらせ? いいえ、ただのポンコツです。

 ならば見届けよう。ついでに事故後のケアは私がしよう、と心の中で泣きながら決心をしたのだ。

 歴代の彼女たちは、期間が短い為か、延々と私に愚痴って泣いて、案外とすっきりして次へ行くのだ。どうしてこんなボランティアまがいのことを、と自分でも思うが、幼馴染みを止められない以上、小市民な私は良心の呵責に耐えられずにただただその行為を繰り返してしまう。けれど最近は、歴代の元恋人たちが恋に破れたばかりの人々を慰める役をやってくれたりもするから、私の出番はほとんどなくなってきている。無駄と思われた行いもやっておくものだなあ、と妙な感動を覚えたものだ。

「……末永くお幸せに」

「なんか感情こもってないなあ……まあいいや、いこ」

 死んだ魚のような瞳で私が告げれば、首を傾げながらも祐太は去って行く。さりげなく腰へ回された手に、祐太の恋人は頬を染めていた。

 ああ、本当に末永く続けばいいんだけど。

「次は何日かねえ。何週間か、何ヶ月か。いや、何時間か……」

 また賭けが始まるね、と楽しそうな声音で呟く石川に、私は深く長いため息を吐いた。


「ねえ、祐太。今日おばさんいないんでしょ? ごはんどうすんの?」

 放課後になって、仲睦まじく――まだ別れてはいないようだが、それがいいのか悪いのか――歩く祐太と恋人をみつけて声をかける。新恋人は私が気に入らないらしく、ぎろりと鋭い視線を寄越した。私は敵ではないアピールをいくらしても、こうなっては駄目だな、と胸中で苦笑する。

「ああー……わるい。なんか、マイがあんま未生と仲良くするの嫌だって」

 な? とマイと呼んだ彼女の顔を覗きこむ祐太に、うれし気に頷くマイ? ちゃん。ちらりと私に瞳を向けて、勝ち誇るような顔を見せる。ああー、こりゃあ、したたか系女子だね。よかった、あまり心配しなくてもメンタルは強そうだ。私は思わず、安堵の息を吐きながら口を開いた。

「うん、じゃあもう話しかけるのやめるね。なんか用事あったらそっちからよろしく」

「うん、ごめん」

 萎れたように平謝りする祐太に、今度こそ大切にしてあげなよ、と伝えて帰路に着く。自分で放った言葉なのに、実に白々しく響くなあと思った。


「ねえ、このおかず祐太くんのところに持って行って」

「あー、ごめん……それ無理」

 お母さんが今晩のおかずを詰めたタッパーを私に差し出すも、受け取ることは出来ずに困り顔で私は首を振る。

 しまったな、帰宅してすぐに伝えればよかった。というか、晩ごはん食べてる時にどうして気を回さなかった私。母の好意を無駄にしてしまった。しかしあっけらかんと、あらまあ、と呟いただけで、母は私に文句を言うでもなく、ただ哀しそうに微笑んだ。……うう、私的にそちらのが精神的破壊力は大きい。

 母のもの哀しい笑顔の理由を、私は知っている。ひょっとしたら母のが、私よりも複雑なのかもしれない。祐太のお母さんとは、学生時代からの親友だから。

「運命の相手なんて、簡単にみつかったら苦労しないわよねえ」

 くすくすと笑って、母はそっとタッパーを冷蔵庫に仕舞い込む。お鍋におかずを戻さないのは、遠からずそれが必要になる予感を抱いているからなのだろう。まあ、ルーティンワークに組み込まれているようなものだからなあ、あいつのアレは。

 運命の相手をみつける。そう決意した瞳で叫んだのは、彼が小学校に上がったばかりの頃だった。あの家、というか、おばさんの悪癖みたいなものは、外側から見てる分にはただ呆れるくらいで済んじゃうけど、祐太にとってはそうではないだろう。だからこそ、私は彼を本気で諌めることができない。それはとても罪だと思うけれど、同情心なのか、幼馴染みを大切だと思うからなのか、とにかく昔から苛立ちを抱えながらも、私にはそれができずにいた。

『あんたなんてただの幼馴染みってだけなんだからね、そうじゃなかったら祐太くんの傍になんていれないんだから』

 いつだったか、歴代の彼女たちが残した言葉のひとつは、いまだ私の中をたゆたっていた。

 平凡な、肩よりも少し伸びた黒髪。一重だか二重だかよくわからない瞳。鼻も、唇も、とにかく私は普通だ。頑張れば平均より可愛くなれるかもしれないけれど、あくまでも頑張ってその程度。祐太の隣に並び、つり合いが取れるか取れないかなど、誰に言われずとも自分がいちばんその答えをよくわかっている。

 けれど、だからなんだ。そういう意味合いで、私は彼の傍にはいない。贖罪をしたいだけだ。私の中に燻る罪悪感を、少しでも消したいだけだ。ポンコツの中身を可愛いだなどとのたまう色ぼけ共に、その後の処理などできるはずもないのだから、私なんてそのへんの銅像か何かだと割り切ってくれればいいのに。祐太はいつだって、その場限りとはいえ、私よりもその瞬間の運命の相手を大切にしてくれているじゃないか。それでは不満なのだろうか。

「私、お風呂入ってくる」

 はあ、とため息を吐いて、ぐるぐると回りだした思考をシャットダウンしようと頭をがしがしとかいた。あんまり長湯しすぎちゃだめよ、と母に言われて、生返事だけ残して二階へと上る。

 でも、うちはともかく、祐太のところはよく一軒家を手放さずに済むもんだな、なんて考えて、ああでもそういえば何人目か忘れたけど買って貰ったものなんだっけ、と思い出す。

「おばさんも、薄幸なんだか小悪魔なんだかよくわかんないよねー……」

 出て行けって怒鳴られない辺りは相手を少し見直さなくもな、いや、やっぱりないな、うん。

「みきみきみきみきみきみき!」

「だから犬みたいに呼ぶな。あとノックもしないで入ってくんな」

 ばたばたとうるさい足音についで、マナーという言葉を端から知らないような扉の開閉音。ぎい、と小さく鳴ったドアは、祐太の乱暴に文句を言っているみたいに思えた。

「下着をじろじろ見るんじゃない、変態」

 不機嫌な声で言っても、祐太は目を丸くしてそれを眺めるばかり。お風呂のしたくをしていたので、クローゼットから出したパジャマの上に重なって下着がベッドに放ってあるのだが、普通は視線を逸らしたりさりげなく見ないようにするものだろう。子どもみたいな顔してみつめやがって。そこにやらしい男の何かが透けて見えたりしないのが余計に癪なんだよ、こんちくしょう。

「いやあ、未生も成長してるんだなって。くまさんパンツじゃないんだ」

「高校生ですから、それなりにあつらえておりますわ」

「何そのしゃべりかた」

 ふきだすように言われて、私はため息を吐く。しかし今回も短かったなあ。

「お母さんが、晩ごはんよけておいてくれたから、下に行って食べな。えーと、マイちゃんは?」

「ん?」

「さっきまで運命の相手だった女の子! 家に来てたんでしょ? 帰ったの?」

「あー、うん。なんか、死ねって股間蹴られた」

 しょぼん、と項垂れて言っているが、あれは単に痛みを思い出しているだけなのだ。相手の言葉にショックを受けたわけではない。ああ、本当にこいつは。

 バスタオルと着替えを一式抱えて私が部屋を出ると、祐太も後ろに続く。

「未生、また違った……」

 どすん、と背中が重くなる。祐太が力なく私の腰へと腕を回しながら、今にも泣きそうな情けない声で呟いた。

 いつものことだ。いつも、そうではなかったとわかった途端、祐太は私になぐさめを求める。

「当たり前でしょ、そう簡単にみつかったら運命の相手じゃないの」

「……そうかな」

「そうよ」

「そっか!」

「晩ごはん、食べていくでしょ」

「うん」

 ほうら、もう彼は元通り。まったくちょろいもんだ。

「未生、いっしょに食べよ」

「やだよ、太る」

「じゃあ隣に座ってて」

 今日は泊まるつもりなのかな。おばさんもいないからなあ。

 せまい階段で密着する幼馴染みに危ないと一喝しながら、私は深く長いため息を吐いた。

 この罪悪感と、いつまでいっしょに過ごさねばならないのだろう、と重く考えながら。


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