スライムはマルチタレントです。おまえら、頭が高い
スライムってグミっぽいのか、片栗粉っぽいのかどっちなんだろうね。
暗闇からおちると草の上だった。地面と接触する瞬間に重力がなくなったのか、とくに怪我などはない。
「ほんと、むちゃくちゃやりやがるなぁ……」
おおきな入道雲がはてに見える草原といったかんじ。たまに広葉樹がはえている程度でまわりは殺風景なもんだ。
「で、どうすりゃいいんだ」
――そら、モンスターたおす決まっとるやん。
「お?」
おっさんの声が頭にひびいてきた。
――どや? 親切設計のナビゲートシステムや。きょうは新人研修みたいなもんや。初回サービスや。さっそく、あれ倒して。
「もうモンスター隠す気ゼロか」
あれと言われたのでまわりを見渡すが、なにもいない。
「なんもいないけど」
――野生の生きもんが簡単にでるわけあらへんやん。油断しとったらみんなガブリとやられてまう。ボン、食物連鎖なめとんのか。
「新人研修でモンスターシバくこと強要してるやつがエラっそうなこと言いよって……」
とりあえず、あるいてみよう。
風のそよぐ草原。いまは昼時か、気温も肌にちょうどいい。ああ、このままピクニックとかいいなぁ。平和そのもの。草のすれる音がとてもきもちいい。これ、もうこのままもとに戻されるまでボーっとしてればいいんじゃない?
――アカン、アカンでボン。若いうちから成果ださんこと癖にしたら。仕事の対価にはそれに見合った成果ださないかん。ボンがそうやってのんびりしてる間にも時間給は発生しとるんや。
「いよいよ本格的にボケてきたな、そのネタ」
――ボケちゃうで。ボンにはしっかり時給発生しとる。金がなければ生活できひんからな。ただ、こっちの世界のお金やねん。あ、両替とかは無理やからな。
どうせなら、円でおねがいしたかったな。
――ほんとは、ワシも新人研修なんかで時給つけとうないけどな。けど、最近そういうのうるさいやん?
そうして歩いていると、なにか半透明な水色の袋(?)が地面におちていた。おおきさはスーパーの袋ぐらい。タプタプ音がしている。
――ボン、狩りの時間や。こいつは……
「スライムだろ」
――ボン、フライングはアカンで。
「いや、言われんでもわかるわ」
――じゃあ、最初は怖いやろけど頑張って……。
スライムにローキックをくりだした!
スライムは表皮のような膜がはじけて水になった。草原に透明な組織液がしみこむ。
スライムをたおした。
――ボン!? おまえは何でも蹴る部活がえりのサッカー部員かて!?
「じゃあ、成果だしたんで帰してください。あと、おれテニス部員です」
――さすがはワシの見込んだオトコや。これなら次のステップもいけるんとちゃう?
「さっさと戻しやがれ!!」
――ボンはホンマせっかちやな。あと、今回は不意打ちやったからよかったけど、スライムも仮にもモンスターや。油断したらアカンで。おい、ボン。またモンスターやで。
「はあ、どうせまた弱い……」
草むらの影に黄と黒の縞模様。いや、あれはマズイやつだ……。
――ボン、オトコ見せぇや。
無理無理無理!! こっちめっちゃ見てる! 曇りなき眼でめっちゃ見てる!!
――安心せぇ。ただのタイガーぐらい村人でも狩れるで。
「そのタイガー一匹でションベンちびりそうな人なんで連れてきた!? もう村人雇えばよくない!?」
――世界はあたらしい個性をもとめとるんや。
「意味のない人材登用は害悪だ!!」
ちょっと! タイガーのっそり立ち上がった! ゆっくりこっち来てる!!
「なんとかしてくださいよ!! おれこのままだと食われてまう!!」
――ホンマ、ボンはわがままな子や。ま、ワシもいきなり即戦力とかいうアホちゃうねん。そこでボンにはモンスターに対抗するパワーをやろう思うとる。
おっさんがそう言うと、視界の隅に四角い板があらわれた。
――ボン、このなかから好きなもん選びぃ。それがボンの生き様になる。
板に文字がうかびあがる。その内容は
○剣
○魔法
○酔拳 ※店長イチオシ!!
「なんであえて酔拳!? つーかなんだよ店長て!!」
――おっさんとしてはやっぱり酔拳やなぁ。
「いや剣でいいです!!」
――ボンはわがままやなぁ。
○酔拳?
○魔法
○酔拳!!
「なんで選択肢を消したーーーー!?」
――じゃあ、これならどうや?
○酔蟷螂拳
○酔羅漢拳
○やっぱり酔拳!!
○……かーらーのー蛇拳?
「酔拳から離れろ!! あと選択肢増えても意味ねぇから!!」
――ボンはアホな大学生やろ。酒めっちゃ好きやろ。イッキイッキとか言うて若いいのち天秤にかけるチャレンジャーなんやろ。ワシ、そういうん嫌いやないで?
「いまどきの大学生そんな酒呑まねえから! さいしょはカシスオレンジにしちゃうぐらいお淑やかなの!!」
――ボン、ええ加減にせぇよ。ほら、タイガーちょっと近づこうか迷てるやん。あぶない人と思われとるやん。ボンが大声だすからやで。もう、ええ。店長イチオシの酔拳にしとくからな。
あたまのなかでクラッカーの鳴る音がした。ほんとクソ腹立つな!! しかし、力がみなぎってくるのは確かな実感だ。からだがすこし熱い。
虎はこのまま近づいていいものか迷っている。
――ほら、ボンはいまスーパーマンや。オトコ見せぇ。
「やかましいわ!!」
ふたたびローキックをくりだした!
スライムは蒸発した。
タイガーは逃げ出した。
スライムをたおした!!
――なんでまたスライムなん!? つーか酔拳つかえや!!
「騒いでたら背後に忍び寄っていたから、つい。あと酒ないし」
――なんか納得いかんな……。あと、酔拳べつに酒呑まんでもええわ。
このままおっさんの思惑通りになるのが嫌だっただけさ。スライムよ、それだけがおまえの死因だった。
「じゃあ、そろそろタイムカード切ってくんない? もう疲れたんだけど」
――スライム殺っただけで、したり顔しよってからに。まあええ、きょうは新人研修やねんな。じゃあ、ボン。おやすみや。
「はあ……」
――あ、そうそう。時給計算やけどな、うちでは30分切り捨てを採用しとる。で、ボンは30未満しかきょうは働いてへん。だからきょう給料ゼロやけど……まあ、ええな!
「このブラックオヤジが!!」
と、ここで視界が暗転して、おれの怒声は異世界からとおざかっていった。
きょうの報酬、プライスレス。あとローキックをおぼえた。