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おっさんにうってつけの日

 いつの時代もファンタジーはいいもんだ。

――なんや、このボンはこんなん見とるんか。

 だれかの声がする。おれは自室のベッドで寝ているはずだ。

――おきろ。

 またよばれた。しかし、おれはいまベッドで寝ているので無視をした。

 これはいわゆるあれだろう。明晰夢における幻聴というやつだ。初期予兆としては耳鳴り、からだが揺さぶれるなどなど。やがては現実と差異のない幻覚を五感すべてで体感できるという夢の(ほんとうに夢の)アトラクションだ。ただ、高校生のころ、ためした時はひどいものだった。おれはエッチィ妄想ばかり期待してねむった。そりゃあさ、さいしょから成功するなんておもってない。でもさ、さいしょにみた幻覚が白塗りのおばちゃんはないだろ! 一回目からトラウマだよ。おれ、自分の性癖うたがったもん。

 だから、おれは目を開けない。無視をする。

――あ、そういう態度でくる。ならボンのかりたDVDのタイトルでも読んだるかな。

 ん? 

――バス痴漢。ねらわれた美少女はそのまま自宅でも――

「ちょっと待てや!!」

 とおおごえをだして目を開けた。おっさんがたっていた。

「いや、いきなりおっさんはないんじゃない?」

「あれ、まだしゃべって……」

「おっさんやもん。読心くらいわけないて」

 おっさんはすわりこんだ。バスローブに黒ぶちメガネ。はげた頭。

「あ、いっしゅん間をおいたね。あたまのとこ、ねぇ?」

「あ、すんません」

 おもわずあやまってしまった。口にだしたわけではないのに。

「お、素直にあやまるんはええことやで。さいきんの若者にしてはええ心掛けや」

 まわりは真っ暗だ。家具もない。真っ暗がひろがりすぎてぎゃくに奥行きがないとかんじる。色がはっきりと浮いているのは目の前のおっさんだけ。

「あ、もう読心やめてええ? これ結構つかれるねんて」

 はじめから頼んでない。このハゲが。

「あ、きみいまハゲっていったね。しってる? 悪口ってのは海峡を越えていくもんちゅうことを」

 もう起きる準備したほうがいいかな。

「まあええわ。うすうすわかってるだろうけどこの真っ暗な空間。これはチミの夢のなかやで。おっさんは頼みごとあってこうして出てきたわけや。あ、ちなみにこれバスローブやない。ただのローブや」

「頼みごと?」

「なんかバスローブいうとやらしいやん?」

「もう意識おとしていいすか? なんか頭だけが活発化してるみたいで目のあたりが熱くなってきてる んで」

「ちょちょちょ、待ちぃや。おっさんのかるいジョーク受け流すぐらい処世術っちゅうやつや」

「じゃ、要件はやくいってください」

「しょうがないやつや」

 おまえの意識から落としたろうか。

「でもなー、ここでバラすのもなぁ」

「はよ言えや!! めんどくせーなぁもう!!」

 おもわず叫んでしまい、肩で息をする。くっそニヤニヤしやがって。

「じつはな、ボンには異世界にいってほしいねん」

「は?」

「異世界」

「いや、そうじゃなくて、異世界にいく?」

「そうや」

 どうやらまだ中二病がぬけきってなかったらしい。このような形で表象されようとは。

「ボン、中二病はわるいことやないで」

「あのさ、読心するときは一言いってもらえない? くっそ腹立つわ」

「ボンは技名は漢字派か? それもとカタカナ派か?」

「うるせぇ、カメ○メ派だ」

「おっさん世代でもわかる技名チョイスするあたり、ボンの毒には親切さが抜けへんねんなぁ。ええ子ええ子」

 こいつ、しばいたろか。

 おっさんはせきをすると。

「話のつづきや。ここは夢。でも行ってもらうとこは、現実や。そこではモンス…害獣やらわるい政治家やらが悪さしてるんや。それを懲らしめたってーな」

「いまモンスター言いかけたよね? あのさぁ」

「いや、わかってるで? いいたいこと。でもな、ホンマの話や。ボンが生きてきた次元とは別の世界があってな。そこはいまピンチなんや」

「言いたいことはわかったよ。で、なんでおれ?」

 こういうことは高校生がやるのが相場というものだ。おれ大学生。

「たしかにワシも高校生が適任やとおもっとったわ。でも、大学生のほうが暇やん?」

「ま、そっすね」

 もう読心のことには目をつむろう。

「ちゅうか、高校生とか青くさ! なんかあったら親御さんに顔あわせられんわ! で、適度にマイルドでフレッシュさをのこしてるといえば、大学生やん? ボン、年齢確認してもええ年やろ?」

「あ、横になっていい?」

 地面(?)はベッドのうえのように温い。いまも現実ではベッドのうえだからだろう。

「ボン、なんか飲むか?」

「あ、じゃコーヒー」

「まかしとき」

 そういうとおっさんの手にコーヒーとビールジョッキのはいった盆が煙をあげてあらわれた。おっさんがコーヒーをさしだした。ひとくち飲むと、ふつうのブラックコーヒーだ。おっさんはジョッキを一気にあおってため息をついた。

「で、ボンやってくれるか?」

「あ、結構です」

「そこはさわやかに二つ返事で肯定せぇや! ボンはどうせ家かえったら寝るだけの暇人やろがい!」

「いやー。常識的にねぇ? そういう口上でホイホイついていくのはクソガキまでだって」

「そこでオーケーするのが男気ちゃうん!?」

「草食系のうごかなさをなめちゃあいけないですよ」

「なにおう、おっさんが若かったころはオトコはみんなガツガツとなぁ――」

「聞きたくないんで、そういうの」

「ボンのそのシニカルさ。ほんま実は中二病まっさかりやん」

「おっさんのそのまわりくどさも相当なもんだとおもうよ!」

「これはワシなりに素敵な体験さしたろ思うてやなぁ」

「いまどき流行んないから。時代はよりわかりやすく内容を伝えることにシフトしてるから。タイトルであらすじ伝えるぐらいやんないと、だれも振り向かないんだよなぁ」

 すると、おっさんは黒い笑みをうかべた。

「んー? そんな口聞いてええのんか? ここはボンの心象世界なんやで? ちょっといじればボンのはずかしいもんギョウサンみれるで。さっきみたいに、こんなふうに」

 おっさんの手から見慣れたDVDがでてきた。おれの本能が警笛をならした。いかん!

「なになに? 淫乱jk初搾り。衝撃の二十連発。……あー、よりにもよって企画モノかいな。しかもjkとか。からかいづらい中途半端な年齢えらびよってからに。さっきもやったけどどうせなら人妻とか心の闇をさらけだし……」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 おっさんの脇腹にローキックをたたきこんだ!


「ぐ……。いいケリやん。それでこそ、ワシが見込んだオトコや……」

 腹をおさえながら、おっさんはおれにむかって親指をたて、脂汗でひかる笑みをうかべた。クッソ腹立つなこのおっさんは!

「……なーんてまどろっこしいことはなしや。言うとくけど、ボンに拒否権はない」

「あ、やっぱり」

 このながれ的にそうだよね。予想してたよ。

「安心せぇ。四六時中あっち居れとは言わん。ボンがはいれる時に召喚するかたち。まあときにはこっちからこの時間空いてへんって聞くけどな」

「ちゃんと元の世界に返してくれるの?」

「もちろんや。ただな、やっぱり忙しい時期もあるでな。そういうときは、な?」

「やっぱ、モンスターでるなら危ないんじゃない?」

「だいじょうぶや。こっちの世界じゃみられない生き物たくさん見れるで。まあ、ちょっと怪我するかもしれへんけどな。でも、だいじょうぶや。ほんと、あっち行って活躍したら、日常にもどってこれる。スキな時に退屈な日常とおさらばできるんやで。すてきやん」

 なんかアルバイトの面接みたいになってきたな。しかも黒いところの。でも、夢の中でそういう発言は野暮ってものだろうから言わんとこう。

「ま、言より見るほうがええ。いまから早速あっちの世界とばすわ。ま、新人研修みたいなもんや。あ、これタイムカードや」

 言っちゃったよこいつ。こっちは我慢してたってのに。おっさんはおれに大陸のような絵がはいったカードをわたしてきた。うらがえすと鼻から息がもれた。うしろには俺の写真と個人情報だった。

「なんでよりにもよって高校生のときの卒アル写真なん!?」

「それだけ急を要してるちゅうわけや」

「なめとんのか!」

「なんや、高校時代はつまらんかったんか? さっきから高校生ディスるやん」

「よけいなお世話だ! あといいおっさんがディスるとかいうな!」

「卒アルってどいつもこいつもブッサイクにうつるから、美人さがし目当ての友だちといっしょに見る時、せっつかれて美人の写真に指差すとおもったより反応うすくてびみょうな空気流れん?」

「そういうのもういいから!!ほんとこのおっさんめちゃくちゃだな」

 おっさんは光る頭をかいた。

「なんや、ボンさっきからワシに対するリスペクトちゅうんの足りてへんやない? 口調が乱れとるで。ほんとうは穏便に送ったろうおもっとったのにな。そういう子にはお仕置きや」

 おっさんの手元に綱がたらされた。おっさんはそれをひっぱった。

「なにそ……なぁ!?」

 な!?

 おっさんが急に上へとびあがった。からだにつよい風圧がかかる。いや、ちがう。真っ暗だから気づかなかったが、おれが落ちているんだ!

「じゃ、がんばりー。ワシもテレパシーつこうてアドバイスしたるから。異世界を肌で味わいや。バーチャル世代のボンや。魔法世界いうとけばだいたいの事情わかるやろ」

 おれは早速おっさんのブラック体質に巻きこまれたようだ。落下する感覚のなか決めたこと。

 こんど顔あわせたら、あのおっさんシバく!!

 そう心に誓い、重力にさからいおれは腹筋をした。すこしでもおっさんに強烈な一撃をくらわせるために。そして、いつのまにかこれが現実じゃないっていう感覚がうすらいでしまっていることに嫌悪感をおぼえて、おれはそのまま落ちていった。






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