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一分間だけのヒーロー  作者: Oっ3
9/9

終章章「一分間のヒーロー」2/2

呆然とする鍵崎の前に、黒焦げになった琴音の顔面と悲痛な表情が見えた。

「後は鍵崎くんを殺して、ロゴスを回収するだけだね」

「そう簡単にいくかな」

 鍵崎は力ない声で桃里を一瞥した。

「なに言ってるの鍵崎くん。桃里ちゃんはビーラの毒で死んだんだから。ロゴスを持っているのは鍵崎くんじゃないの?」

 鍵崎はビーラに軽く笑いかける。

「そんなもん捨てたぜ」

「アッハッハッハッハ」

 ビーラの大笑いに鍵崎は激怒した。

「何がおかしい」

「鍵崎くんさー、嘘はいけないよ。本当は持っているんでしょ。ダイバー・クォークが使えるなら勝てるかもだけど、使ってから一時間は経ってないからビーラの勝ちは確定」

「それでも……」

 鍵崎は倒れている琴音の右脇を通り抜けながら、制服のブレザーを脱ぎ捨てた。

 脱ぎ捨てられたブレザーは倒れている桃里と琴音の間に落ちた。

「俺は戦うんだよ」

 改めて戦う決心をした。

 鍵崎を嘲笑うビーラ。

「可愛そうな鍵崎くん。高熱放射装置と尻尾は使わないで、あ・げ・る」

 鍵崎も笑う。

「嬉しいねぇ。それじゃあ俺が勝っちゃうよ」

 ピュン。

「イツッ」

 背中を気にしつつ肩越しに琴音を見ると、力無さそうに左腕を伸ばしていた。

「抗体……打っといたから……」

 そう言うと琴音の左腕はパタリと床を叩いた。

「……ありがとう」

 鍵崎は振り返らなかった。構えを取らずビーラを睨み、気合を入れて大声を出す。

「コッチから行くぞ」

 鍵崎はビーラに迫る。左足を床に踏み込ませ、右腕を振り払うようにしながら右手の甲でビーラの左頬を狙う。それをビーラは右手でいなし、左爪で腹を引っかこうとする。

 鍵崎は回避せず左手でビーラの左手をいなし、右足で彼女の脇腹を蹴った。

 ビーラは後退したので、鍵崎は踏み込むように前進し胸を狙うように右拳、左拳と突き出していく。それをビーラは難なく回避する。

「まだまだ」

 鍵崎は体を右回転させながら裏拳を顔に放つ。

「グゥッ」

 更に鍵崎は倒れた彼女のお腹に渾身の突きを繰り出す。

「ァアハッ」

 ビーラは口から体液を吐き出す。鍵崎は手応え有りと自信満々な顔をする。

「全然優しくないんだねッ」

 そう言いながら倒れた状態で鍵崎の尻を蹴った。

「グオッ」

 鍵崎が呻いているとビーラの姿が無い。

「コッチだよ」

 鍵崎は左に向いた。そこにアッパーカットするように爪が迫る。慌てて体を仰け反らせる事で回避する。だが、ビーラの後ろ回し蹴りをもろにもらってしまう。

 鍵崎は大きく吹き飛ばされてしまうが、受身を取ったのですぐに立ち上がる。

 着ているワイシャツの腹部は切り裂かれていたが、傷口はできていなかった。

「重いぜ。意識が持ってかれそうだ」

「いっくよー」

 ビーラは鍵崎に迫り、爪の連撃を繰り出す。ギリギリで全てかわす鍵崎。

 鍵崎の顔に爪が引っかかれそうになる。それを回避したと思ったら残像で、左胸を切り上げるように爪で引っかかれた。

「ァアァァッ」

 どうにか痛みを堪えつつ後ろに下がった。そして、左胸を見てみると痛々しい傷ができていた。

「倒れないの?」

「琴音ちゃんのおかげでね」

 鍵崎は更にビーラから距離を取った。その距離を素早く埋めるようにビーラが走る。

(桃里の封印技。使わせてもらうぜ)

 鍵崎は呼吸を整えて走った。ある程度ビーラと距離が詰まると、しゃがみこみながら右回転をする。背中を見せていると頭上に爪が迫るが、鍵崎は回転をやめようとしない。

流天壊(るてんかい)(じん)(けん)

 技名を叫びながら鍵崎はビーラのみぞおちに拳を放った。

 その一撃はパワーアップした筈のビーラを大きく吹き飛ばしてしまう程だ。

 しかし、すぐにビーラは立ち上がってしまう。鍵崎を鬼の様な形相で睨みつける。

 ビーラは高速で尚且つ低空に飛んだ。鍵崎が身構えると、ビーラは消えてしまう。

「痛かったから」

 ビーラは鍵崎の両肩を掴んで倒立すると、両膝を折り曲げながら彼の背中を蹴る。

「グアッ」

 鍵崎が呻くと、ビーラは肩を掴んだまま、その状態で後ろ回りする様に彼のお腹に両膝を直撃させた。

 フラフラと体を揺らし立つのがやっとな鍵崎に、ビーラは追い討ちに蹴りを入れる。

 鍵崎は受身も取れずに桃里の前に転がりながら倒れた。

 ビーラは倒れている鍵崎達を見ると、両手を広げて突き出す。

「ゲ~ムオ~バ~。二人仲良く、あの世逝きでーっす♪」

 鍵崎は悔しそうに嘲笑するビーラを睨んだ。それが精一杯の抵抗だった。

 ギィィィィィィンッ。

 ビーラの高熱放射装置から赤い波動が鍵崎達に放たれる。

 赤い波動は空気を振動させ、床は太陽が輝くように熱せられていく。

 鍵崎は赤い波動を悔しそうに見た。

(俺は無能だと言うのか……)


 ここは力を求める鍵崎の心の中だ。

 瓦礫の上に横たわる小学校6年生の桃里、その姿はボロボロで、今にも事切れそうだ。

(桃里……ごめんな。今度も守れないみたいだ)

 そこに鍵崎が手を伸ばすと、嘲笑うように爆炎が桃里を消した。

代わりにクロフトの紋章を背景に叉霧が現われた。

「やっぱり貴方は無能のイグナね」


「俺は無能じゃねぇッ」

 鍵崎がそう叫ぶと赤い波動が目の前に迫ってくる。

 その瞬間、目の前に小さく光が灯った。

 すると、鍵崎の前に爆発が発生する。その爆発は壁の様に赤い波動を塞き止めた。

「何が起きてるの?」

 ビーラは信じられなさそうな表情をする。

 倒れている鍵崎は目の前で起きている爆発を理解した。

「ウォォォォォォォォっ」

 鍵崎が必死な形相で叫ぶと、爆発は赤い波動を押し返していく。

 爆発はしだいに大きくなっていく。辛うじて高熱放射装置から赤い波動は発生していたが、とうとう装置に限界が訪れたのか壊れてしまう。

 ビーラが驚愕すると爆風はそこで何事も無かったように消失する。

鍵崎は力無く立ちながら人差し指と中指を前後させるように動かす。

「仕切りなおしだぜ。ビーラ」

「うう……」

 弱弱しいが桃里の声が聞こえてきた。

「桃里?」

 肩越しで桃里を見た。彼女は横座りしながら鍵崎を見上げた。

「鍵崎さん……私は貴方に謝らなければなりませんね……」

「桃里、無理しちゃダメだ」

 桃里は立ち上がろうとするが体に力が入らないようだ。

「無理なんてしていませんよ」

 鍵崎が振り向こうとする。

「鍵崎さん。前を見なくていいんですか? 私の話は聞き流しても結構ですから」

 複雑な表情をしながら鍵崎は、桃里の言われるままにした。

「鍵崎さんはだいぶエッチだと思いますけど、本当は優しい方なんですよね?」

 思わぬ言葉に鍵崎は顔を赤くすると、桃里は立ち上がっていた。

 屋上に風が強く吹き付ける。

「……ごめんなさい」

 桃里は鍵崎の背中に向かって頭を下げていた。

すると、ダイバー・チェンジャーに緑色の電流のようなものが流れ、小刻みに震えた。

「……どうでもいい……」

 桃里は驚き、顔を鍵崎の背中の方に向けた。

「そんなもんどうでもいい。これが終わったらご褒美にキスしてもらうぜ」

「それはできません」

 桃里は紅潮しながら、はっきりと断った。

 鍵崎はため息をつきながら前進し、ビーラを見据えた。

「こうなったら、カッコイイところを見せてキスさせるぜ」

 ビーラは笑いながら。

「女の子の前で格好つける癖やめたほうがいいよ」

 鍵崎は人指し指を左右に振った。

「そうかもな。でも、これが俺なんだよ」

「鍵崎」

 琴音の声がする。鍵崎は見ないでダイバー・チェンジャーを右手でキャッチした。それを左手にはめた。

 液晶には一時間も経過していないのに「full」と表示されている。

(ありえねぇ使ってから一時間経ってねぇぞ……)

 動揺した鍵崎は桃里を見る為に振り返る。見られた彼女は不思議そうにしていた。

(噂には聞いていたが、これがロゴスの力。法則を無視する因果率操作か)

「あれ、怖くなっちゃったの?」

 安い挑発で、鍵崎はするべき事に気づきビーラの方を見る。

 鍵崎はダイバー・チェンジャーの一番左側のスイッチを押した。

「チェンジ・ザ・ダイバー」

 ダイバー・チェンジャーから電子音声が発せられると、同時に鍵崎の周囲を数式の羅列が覆い、やがて、白く発光する。

 発光し終えると。

「コンプリート」

 再び、電子音声が聞こえる。

 鍵崎はダイバー・クォークへと姿を変えた。

「待たせたな」

 鍵崎はビーラの許へと走り出すとビーラも走り出す。

 鍵崎はビーラの顔に突きを繰り出す。それをビーラはすり足で後方に回避して、素早く鍵崎の胸を引っかいた。

 装甲に覆われた鍵崎にビーラの爪は効果が無く、微動だにしない。

「そんなもん効くかよ」

 鍵崎はビーラの右脇腹に蹴りを繰り出す。

「ウッ」

 ビーラが呻くと鍵崎は左拳、右拳を腹に繰り出す。

「まだまだッ」

 鍵崎はふらつくビーラに足払いをする。倒れるビーラだが、床に着く直前に羽根を羽ばたかせて鍵崎の胸に蹴りを二発放つ。

「いってぇ」

 装甲に覆われている鍵崎だが蹴りの衝撃には耐えられず、思わず後退してしまう。

 ビーラは飛行しながら右回転しつつ鍵崎に尻尾を放つ。

 尻尾は鍵崎の頭に命中し、意識を失いそうになる。

「変身しても所詮その程度だよね」

 ビーラは空高く飛んでいると、高音が響く。

 鍵崎にビーラが三体、三角形を描きながら襲いかかる。

「鍵崎さん」

 桃里は心配そうに叫んでしまう。

 ビーラの像が重なる。そこに鍵崎の姿は無かった。

「的だぜ」

 鍵崎は水面から飛び上がるように床から飛び出ると、ビーラの背中に拳が命中した。

颯爽と鍵崎は床に着地すると、ビーラは怒りの形相で空を飛んでいた。

「変身したからって調子に乗るなよ」

 ビーラは腹を上に向けながら蹴りの連撃を放つ。それを冷静にかわす鍵崎。

「隙だらけだぜ」

 鍵崎はそう言いながらビーラの蹴りをかわすと、吸い込まれるように床に潜り込んだ。

「クソッ」

 ビーラが蹴りながら悪態をつくと、ふいに鍵崎が現われた。そして、ビーラの腹に肘鉄を喰らわせ、彼女を床へと叩きつけた。

「覚悟しな」

 鍵崎はビーラの腹に突きを繰り出そうとした瞬間。

「ごめんなさい。ビーラの負けです」

 ビーラは可愛らしい少女の表情で目を潤ませた。

 鍵崎の突きは当たる寸前で止まる。その瞬間、ビーラの口元が妖しく歪んだ。

「鍵崎さん。上」

 鍵崎が上を見上げるとビーラの尻尾が鍵崎の頭を叩き、前のめりになってしまう。羽根の低音が聞こえたと思ったら、すでに床からビーラはいなくなっていた。

「ハァハァ」

 鍵崎は屋上の出入り口側を見た。そこには肩で呼吸しながらホバリングしているビーラの姿があった。

「はじめっからこうすれば良かったのよ」

「何の真似だ?」

 ビーラは急速に赤黄に彩られた森側へ飛んだ。そして、鍵崎と桃里を見下ろし、跳躍しても届かない距離と高さでホバリングする。人差し指を左右に振りながら言う。

「ダイバー・クォークは一分しか変身できない。戦わずに時間切れを待つ。これが一番」

 鍵崎はダイバー・チェンジャーを眺めた。液晶には「30」と表示されていた。

「黙ってここで見てろってか」

「そうよー。逃げてもいいけど、手を変え、品を変えるからね」

 ビーラは勝ち誇った表情をする。

「鍵崎さん。ここは諦めるしか」

 鍵崎は桃里のもっともな意見を無視して、屋上入り口へと走った。

「け、鍵崎さん?」

 桃里は、鍵崎が何を考えているのか訳がわからなかった。

「位置に付いて」

 鍵崎はクラウチングスタートの体勢になる。

「よーい。ドン」

 鍵崎は全速力で走り出した。ダイバー・チェンジャーの液晶には「20」と表示されている。

「な、何しているんですか?」

 桃里は走っている鍵崎に驚愕しながら声をかけた。

「見てろ」

 鍵崎はすれ違いざまに桃里にそう言った。そして、屋上の柵をすり抜けながら踏み切った。

「アイ・キャン・フライ」

 鍵崎は飛びながらそう叫んだ。

 勢いよく跳躍した鍵崎の体は高く遠くへ飛んでいく。だが、体が森の方まで達すると重力に引っ張られてしまい、その勢いは失われてしまう。

 思わず鍵崎はビーラに向かって手を伸ばした。しかし、その手が届く事はなく、見下すように笑うビーラの表情が見えた。

(ふざけんな。ここで逃がしたら、また桃里が酷い目に合っちまう)

「チクショォォォォォッ」

 鍵崎の高度はじょじょに下がっていく、思わず下を見てしまう。広葉樹が絨毯のように広がり、隙間から緑の地面が見えた。

「鍵崎さん!!」

 桃里は屋上の柵に乗り出しそうな勢いで叫んだ。

(飛べ、飛べ、飛べ、飛べ、飛べ、飛ぶんだよ)

 鍵崎が念じるように足元を見ていると、小さな光が灯った。

 その瞬間、足元から爆炎が勢いよく噴出す。重力に引っ張られていた鍵崎に、ビーラへ辿り着く為の推進力が手に入った。

 鍵崎の首はビーラを向く。彼女の表情はまだ余裕でいた。

「ウォォォォォォォォォッ」

 叫び声に比例して足元から噴出す爆炎は勢いを増す。鍵崎は急速にビーラの許へと近づいていく。

「イヤ……」

 ビーラは青ざめた表情をすると、踵を返して急加速しながら空高く飛んだ。

 青空の下、鍵崎の追跡劇が始まる。

「逃がすか」

 鍵崎はビーラに追いつこうとしている。

「し、しつこい」

 ビーラは鍵崎を一瞥すると、尻尾を放つ。

 放たれたビーラの尻尾を鍵崎は空中で横回転しながら回避する。

「ウォォォォォォッ」

 その隙を突くように鍵崎を飛ばしている爆炎は更に勢いが増す。

もうそろそろビーラに追いつこうとした瞬間。

(これ以上、桃里を傷つけさせない。俺は……)

 鍵崎はダイバー・チェンジャーの真ん中のボタンを押した。

「ヴォルテージ・ダイブ」

電子音声が発せられると、鍵崎の全身が青白く発光する。

鍵崎はビーラの必死な表情を見たが、問答無用で彼女の体に潜行した。

「ウッ」

 ビーラの動きは止まってしまった。

「ァァァァァァッ」

 ビーラは感電するように全身を痙攣させた。

「び、ビーラ、はぁ、じょ、女王にかえ、返り咲きたかったのに……」

 ビーラが絶望した表情をすると、頭、右腕、左腕、股から三角形をした青白い光が飛び出すと同時に青い丸が腹に浮かぶ。

「……死にたくない……」

その瞬間、黒い砂になって霧散するように空中に飛び散った。

「せめて楽に逝かせてやりたかった」

 鍵崎が虚しく呟いた。ダイバー・チェンジャーの液晶は「01」と表示されている。

変身が解け、鍵崎はボロボロのワイシャツにスラックス姿になる。

 戦闘の余韻に浸ろうとした瞬間、鍵崎の体は例外無く重力に引っ張られてしまい、仰向けになる。

「終わったな……」

 鍵崎の体は地上二十mから急速に落下した。

 様子を見守っていた桃里は、柵に捕まりながら力無くへたれこんだ。

 全てが終わると思って鍵崎が目を閉じた。

(ああ嫌だ。どうせなら腹下死がいいな)

 何かが床を勢いよく駆ける音が聞こえた気がした。

(オイオイ、天使って空から迎えに来るんじゃないのかよ?)

 木が揺れる音が微かに聞こえた。それも連続している。

(天国に行ったら、銀髪でクールな天使とデートするぞ)

「このまま地獄に行けばいいのに、本当に残念」

 どこかで聞き覚えのある声には、ため息が混じっている。

何が起きたのかと鍵崎は目を開けた。

 黒焦げでボロボロな姿の琴音が、鍵崎をお姫様抱っこしながら空中を落下していた。

「あんな表情の桃里なんて見たくないもん」

 琴音は恥ずかしそうな表情で前を見据える。

広葉樹のてっぺんの枝を琴音が踏む。枝が折れる瞬間、さっきとは違う木の枝に飛び移りながら地面に向かっていく。

箔麗学園の敷地である森は薄暗い。

「到着」

 琴音がそう言うと鍵崎を叩きつけるように地面へと落とした。

「イッテェ」

 腰をさすりながら立ち上がった。

「酷いことするよな」

 鍵崎が琴音に問い詰めた。

「うる……特急料金……はら……よ」

 琴音は眠るようにうつ伏せに倒れた。

「やれやれ、がんばったもんな」

 鍵崎はため息をついた。

 森の中を鍵崎は琴音を背負いながら校舎を目指して歩いていた。

「驚くほど軽い」

 鍵崎は琴音を見た。

「やはり胸に比例してるんだろうな。うん」

 しばらく歩いていると、鍵崎からため息が出た。

「まさか、桃里は重くないよな。あいつは華奢だ。そう一部分を除いて」

 鍵崎がしばらく歩いていると、恐る恐る怯えた様子で歩いている桃里と目が合った。

「桃里」

 呼びかけられた桃里は少し驚いた様子で言う。

「鍵崎さん。生きていらっしゃったんですね」

「まぁな」

 鍵崎は安心したように言った。

「お話したい事があるんですが、琴音ちゃんをちゃんとした所に運ばないといけませんよね」

 鍵崎は少し考え込んだ。

「ここでもいい気がするな」

 琴音は木にもたれかかる様に寝ている。

 鍵崎と桃里は付かず離れずの距離で向き合っている。

「俺に話があるんだろ?」

 桃里はそう言われると顔を赤くして俯き気味になる。

「…………私は馬鹿です。大馬鹿者です………鍵崎さんを疑うなんて」

「疑われてもしょうがないよ」

 鍵崎が取り繕うように言った。

桃里が俯いている地面に雫が見える。

「……鍵崎さんは昔と変わらなかった。エッチだけど優しくて真っ直ぐだった」

「桃里……」

「鍵崎さん」

 桃里は顔を上げた。目から大粒の涙を零し、頬を伝っていた。

「ごめんなさい」

 桃里はそう言うと深々と頭を下げた。

 それを見た鍵崎は「うーん、あー」と唸りながら右頬をポリポリと掻いた。

「あ、頭を上げろよ桃里。俺はそんな事を望んじゃいない」

「それでは、私の気が済みません」

 桃里は頑なだった。そんな彼女に鍵崎は戸惑った。

「……顔を上げろって、コッチだって話さなきゃいけないことがあるし」

「お話したい事ですか?」

 桃里はゆっくりと顔を上げた。それを見た鍵崎は神妙な顔になる。

「あの日の事だ。あの日、俺は桃里と桃里の家族と一緒にホテルでランチをする予定だったんだ。俺は初めて行くところだったんだけど、桃里達はそのホテルの常連だった。あの時、桃里は一階のトイレに行った。それで俺達は先に目的のレストランに行った……」

 鍵崎は言葉に詰まった。桃里は鍵崎を心配そうに見つめた。

「無理しなくていいです」

 鍵崎は遮るように右手を広げた。

「いや、問題無い。その後だった。俺達が席につくとそこにクロフトの二人組みが現われた。おぞましい事に幹部の『突発のダーン』と現首領の右腕『断絶のレブリス』現首領の『瞬間のクロノ』と言う最悪の組み合わせだ。あの三人は力を見せつけてその場を掌握した」

 鍵崎は憂鬱そうな表情をする。

「クロノは事前に調べたのか超能力が覚醒する前の俺を見つけると、超能力の使用を強要した」

 桃里はその当時の鍵崎の心境を思ったのか、心苦しそうに胸を押さえる。

「もちろん、俺は拒んだ。最初は説得してやらせるつもりだったのか、クロノは超能力者の正当性を説いた。だけど、俺が拒むとレブリスは次々と……」

 鍵崎はその場に四つん這いになった。

「鍵崎さん。大丈夫ですか?」

 桃里が鍵崎の許に駆け寄ると、錯乱するように目が虚ろだった。

「……殺していった。俺は怖くて、怖くて……その場にあるもの全てが無くなってしまえと思ったんだ……そしたら全てが爆炎に包まれた……」

 鍵崎は顔を上に向け、言葉にならない言葉で発狂した。

 突然、上空に勢いよく爆炎が発生した。

「キャッ」

 桃里が呻くと思わず後退する。そこに燃える木々が降り注ぎ二人を隔てた。

「アッ、アッ、ア……」

 鍵崎は桃里を見て怯えている。

「鍵崎さん……」

「くっ、く、来るな。今、桃里を殺そうとしたんだぞ」

「気にしていません。落ち着いてください」

 桃里は鍵崎をなだめたが怯えたままだった。

「ダメだ。もう桃里の近くにいることはできない」

 背中を見せる鍵崎。このまま行かせてはならないと一歩進む桃里。

「来るなッ」

 優しい筈の鍵崎が桃里に怒声を浴びせた。

 だが、桃里は怯まない。

「鍵崎さんをこのまま行かせるわけにはいきません」

「やめてくれ、あの燃えている木々が俺とお前の本当の壁なんだ」

 木々はパチパチと音を鳴らしながら燃えている。

「こんな壁なら余裕です。大切な人を引き止められるなら越えてみせます」

 桃里は燃えている木々に向かって走り出す。

「オイ、やめろ」

 思わず鍵崎は振り向いた。そこに見えたのは、燃えている木々をものともせずに、駆け抜ける彼女の姿だった。

 桃里は鍵崎に抱き付き、勢い余って押し倒してしまう。

「こんなお別れは嫌です」

「や、火傷は大丈夫か?」

 桃里は鍵崎の話しを聞いていなかった。 

「ありがとうございます。辛い過去を話してくれて」

「悪かった……本当にそう思っている」

 今にも泣きそうな声で鍵崎は答えた。

「鍵崎さん……確かに貴方は私の両親やたくさんの人を殺しましたね……」

「ああ」

「残念ながらその罪は消えることはありません」

 鍵崎は頷いた。

「でも、もし、あの日に縛られているのだとしたら、それはとても悲しい事です」

 桃里は鍵崎を諭すように言った。

「無理だ。せめて、桃里の両親だけでも償わなければ」

 桃里は鍵崎の顔を真剣に見た。

「鍵崎さんは鍵崎さんの意思で生きてください。私は過去なんかに縛り付けられた貴方なんて見たくないです」

 鍵崎は桃里を見た後、斜め下を見て「ククッ」と軽く笑った。

「いやー、近くで見ると大迫力だな」

「はい?」

 訳の分からなさそうな表情をする。

「良い感触だったよ。こう弾力があってさ。今度は手で触らせてくれ」

 その意味を理解したのか、逃げるように鍵崎から離れて木にもたれかかった。

「こんな時に信じられません」

「ハハッ、俺の意思で生きていいんだろ」

 鍵崎は立ち上がって桃里を導くように右手を伸ばした。

「なんですか?」

 桃里はその手に疑問を感じた。

「俺と一緒に別の世界へ逃げよう。クロフトはロゴス所持者候補の桃里をまた狙うだろう。それに裏切り者の俺にも報復が来るはずだ」

 桃里は黙り込むと鍵崎は腕組みをする。

 森は更に暗くなり、冷たい風が木々を揺らし枯葉を落とす。

「私はこの世界に残りたいです」

 桃里ははっきりと言った。

「それはオススメできない。俺はクロフトから桃里を守りきる自信は無い」

 鍵崎は自身の無い表情で桃里を見た。

「危険だとしても私はこの世界に居たいです」

「何故だ。敵に居場所は知られているんだぞ」

 鍵崎は声を荒げてしまう。それに気づくと口を両手で塞いだ。

 桃里は気にせず優しい表情で言う。

「鍵崎さん。私には貴方と過ごした思い出を忘れてしまいました。私と貴方との思い出はこの世界で貴方と過ごしたものです。もし、この世界から離れたら思い出せない気がします」

 桃里は右手を自分の左胸に当て、優しく言う。

「私は鍵崎さんと過ごした思い出を大切にしたいんです」

 鍵崎は言いにくそうに言葉を出す。

「嬉しいけどさ。命の方が大事じゃん」

「鍵崎さん。だったら昨日の夜の約束を使わせてもらいます」

 鍵崎はため息をした後、笑顔になる。

「いいぜ。約束したもんな」

 桃里は凛とした表情で真っ直ぐ鍵崎を見た。

「私は貴方と一緒にこの世界に居たいです」

 鍵崎は答えるのに躊躇した。

「それが桃里の願いなら、俺はそれを叶えてやるだけだ」

 桃里はそれを聞くと、まだ寝ている琴音の方に駆け寄る。

「と、桃里?」

 鍵崎が驚くと桃里は振り向いた。

「それを聞いて安心しました。すぐに琴音ちゃんを運んであげましょう」

 鍵崎はため息をつく。

「切り替え、はぇーよ」

「鍵崎さん。貴方の命の恩人でもあるんですよ」

 既に桃里は、琴音を背負う為に彼女の傍に駆け寄っていたので、鍵崎は今までの疲労を我慢しながら、彼女を手伝おうと足早に歩き出した。


 文化祭から二日が経った。

ロゴス入手の為に世界的に侵攻してきた牛型人間の一族ギュマ兵団は、クロフトの意向通り動いていたが団長グラバの死亡を理由に撤退する。

紅臣市は宇野琴音の報告により蜂人間を排除すべきと判断し政府に報告するが、蜂人間の目撃例は紅臣市以外では確認されなかった。同市は蜂人間の巣を排除したが、残党は巧妙な変身術により探すのに困難している。

ギュマ兵団の被害にあった箔麗学園は、表向きにはビーラ・ネルヴァルを唯一人の被害者として処理した。実際のところ彼女の身分はクロフトによる偽装で存在しない。

 クロフトがロゴス所持者候補と目した女性は鈴辺桃里を含む三割の生存を確認。七割の死亡者全員からロゴスの顕現は確認されなかった。引き続き三割の生存者を含む新たなロゴス所持者候補のリストを作成開始。

 クロフトは試作兵器ダイバー・チェンジャーを持ち出した鍵崎智春、『爆炎のイグナ』を裏切り者と認定。依然、行方不明としている。そうなったのも叉霧が報告していないからである。

 ロゴスの能力は二つある。法則を無視する事ができる因果率操作。もう一つの力こそがクロフトの宿願である。一つの世界を司る力。それは、宿主が望んだ世界にしようとする事だ。

 瞬間のクロノは人間世界を司るロゴスを奪い、人類の抹消と超能力者の繁栄を叶えようとしている。

人間を殺してロゴスを奪いたいが、直接的にはできない。その理由は政府が開発した超能力を封じるアンチサイコパルス発生装置のせいだ。それを搭載したバイオドロイド等の兵器のせいで超能力者達は本来の力を発揮できないでいる。

 だが、クロフトには人類が持っていない技術を持っている。別のロゴスが生み出した様々な世界への出入りである。

 そこでクロフトは、牛人間の世界で優勢を誇るギュマ兵団に、ロゴスによる領土の拡大と永遠の戦争世界の実現を餌にした。一方ビーラ達がクロフトに加盟した理由は、彼女の王国が滅亡し、その見せしめとして処刑されそうだったところをクロフトに助けられたからだ。ビーラにはロゴスによる彼女の王国再建を提案した。

 クロフトは二つの勢力にロゴスの争奪戦を促し、最終的に残った勢力を潰す算段だったが、邪魔者のせいで計画はご破算になった。


ガラスのテーブルにダーツが置かれていた。そこに紅茶の入ったマグカップが置かれると、叉霧の顔が映る。

(クロフトにはビーラとグラバ達はハーティスにより殺害されたと報告した)

 叉霧は紅茶を飲むとテーブルにマグカップを置いた。代わりにダーツを持つ。

(爆炎のイグナは紅臣市にはいない)

 叉霧はダーツを投げた。

 ボードには既にクロフトの訓練生時代の鍵崎智春が満面な笑みでピースをしている写真がダーツで刺さっていた。写真の鍵崎の胸にダーツが刺さった。

(鍵崎智春。今でも興味深いわ)

それを見た叉霧はうっとりとした表情だ。


 文化祭から三日が経った朝、朝日が桃里の家を照らす。

「いってきまーす」

 制服姿の鍵崎と桃里が同時に言って、同時に玄関を出た。そして、二人で通学路を歩いていた。

「なぁ、一緒に帰ろう」

 鍵崎は桃里に気安く話しかけた。だが、桃里は俯きがちになる。

「今日はボランティア部の活動なので遅くなります」

「昨日もそう言って、琴音ちゃんと帰ってたよね」

 鍵崎は不満そうに言う。

「あっ、メールです」

 桃里は白い携帯電話を取り出して開いた。それを鍵崎は盗み見た。

「やっぱり百合か、そうだろ、そうなんだろ」

 鍵崎が騒ぎ立てるように言うと桃里は顔を赤くする。

「違います」

鍵崎の頬に桃里は携帯電話を握った手で殴った。すると、鍵崎の目にストラップに加工された虹色のビー玉が映る。

「相変わらずイテェ」

 鍵崎は赤くなった頬を気にする。

「自業自得です」

 桃里はそう言うとすました顔で足早に歩いた。

「なぁ、桃里。そのストラップ、いつ買ったんだ?」

「秘密です」

 桃里は更に足早に歩いた。

(まさか、押入れの奥にあるとは思いませんでした。せっかくですから肌身離さず持てるように加工してもらいました)

「教えてくれよ」

「鍵崎さんも思い出さなきゃいけない事があるみたいですね」

 桃里は冷たくあしらった。

(いつも遊ばれているから、そのお返しです)

「せっかく、ケータイ買ったんだから、お揃いのストラップが欲しいぜ」

「無理です」

 桃里は鍵崎から視線を逸らす。

「なんでだよ?」

 鍵崎は食い下がるように言った。

「だから、秘密ですってば」

 桃里は冷たく接しようとしたが、つい微笑んでしまう。

 鍵崎はため息を吐く。

「絶対、暴いてやるからな」

 鍵崎が意気込むと、桃里はまた微笑んだ。

(気づいて欲しいような欲しくないような。ちょっと複雑ですね)

 爽やかな秋晴れの空、鍵崎と桃里は少しだけ近い距離で登校した。


「桃里」

「お爺様。おはようございます」

「お、おはようございます」

 校門の前で二人は玄一に出会い、緊張してしまう。

「見たぞ。文化祭の催し物」

「エッ、見られたのですか」

 明らかに桃里は動揺しており、全身が震えている。

「無様だ。これでは東洋の未来を任せられん」

「申し訳ありません」

 縮こまる桃里を一瞥した後、玄一は鍵崎を睨みつけた。

「ヒィッ」

「少しはたくましくなったか」

 玄一はそう言うと二人を置いて歩き出す。

「だが、調子に乗るな。まだまだ心身ともにたるんでおる。特に心がな」

 玄一が立ち去ると二人の緊張の糸が切れた。

「もう見ていたんですね。お爺様」

 鍵崎はニヤついていた。

「まさか、お爺様に褒められて有頂天になったのですか?」

「えー、だってあの爺さんが褒めたんだぜ。これで公認のカップルだぜ?」

 桃里はニヤついた鍵崎の腹に正拳突きを放った。

「ウッ、桃里。殺す気か?」

 鍵崎は苦悶に歪んでいる。だが、それを無視して桃里は歩き出した。

「ま、待ってくれ桃里」

 鍵崎は這い蹲りながら桃里を追った。

 クロフトの攻撃は一先ず止んだ。今、鍵崎のするべき事は桃里と穏やかな日常を過ごす事だった。


                                     終わり


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