第三章「決戦は文化祭」2/2
「行くぞ。ヤロー共」
槍を持った牛人間が槍を掲げる。それを合図にお客さん達を包囲した牛人間達は雄叫びを上げながら走り出す。
「ビーラは死にたくないぁぁぁぃっ」
お客さん達に襲いかかる牛人間達の胸に針の付いた尻尾が突き刺ささる。思わず彼らの動きが止まる。
「アン?」
「ンダァ」
絶望に身を縮めていたお客さん達が、不思議そうに牛人間達を見た。
「モタモタしてないで、早く逃げてください」
凛々しい女性の声と同時に低音の羽音が体育館に響く。
牛人間達は自分の胸を突き刺した存在を目撃した。
「へ」
何が起きているのか理解できない桃里。
「マジかよ……」
鍵崎が寒心するように驚いた。
競泳用水着の様な服に、黄黒のコントラストに針が生えた尻尾を生やし、虫の様な四枚羽を背中に生やした女性達がお客の頭上を飛んでいる。全員、尻尾の針を牛人間の体に刺していたが、一斉に針を引き抜いた。
「私達の勝ちだ。どのみち貴方達はここで死ぬ」
牛人間は鼻息を荒くし、武器を振り回した。
「俺達はピンピンしているぜ」
再び牛人間達から続々と雄叫びが上がり、その内の一体がお客さん達に踏み込み、大斧を振り下ろそうとする。
ピュン。
大斧を振り上げた牛人間の手に何かが命中し武器が床に落ちた。
お客さんが後ろの方へ続々と振り向いていくと、その視線の先には琴音が右腕を伸ばし、大斧を持っていた牛人間の方に掌を向けていた。
「アンタ達、しゃがんで」
ザワザワと騒ぐお客さん達。それを見た叉霧はマイクを口に近づける。
「みなさん、宇野琴音が戦いやすいようにその場にしゃがんでください」
その言葉を皮切りにお客さん達がしゃがんでいく。
蜂人間と牛人間の乱戦が始まった。
「ハーーーーッ」
牛人間が青筋立てながら踏み込み、大斧を左へと薙ぎ払おうとする。
「させません」
そこに蜂人間が牛人間の頭上に急降下し、顔に膝蹴りを喰らわせる。
「グワッ」
牛人間は衝撃で巨躯を揺らす。すかさず、蜂人間は牛人間のうなじに自分の長い爪を深く突き刺して引っかいた。そこから緑色の血が噴出す。
空中にいる蜂人間を見て牛人間が叫ぶ。
「降りてこい」
蜂人間が正八角形の小さな黒い装置を取り出し、スイッチを押す。
「ヘッヘーン。嫌だね」
そう言うと蜂人間が二人に分身して上下に重なるように牛人間に襲いかかる。
「ダァッ」
迎え撃つように牛人間が大剣で上下に重なった蜂人間達を斬る。だが、手応えは無く霧散してしまう。その様子に牛人間は驚愕する。
「コッチだよ」
蜂人間は牛人間のうなじを爪で切り裂く。牛人間は首から血を噴出し、両膝を付いて倒れた。
蜂人間が牛人間の顔を切り裂こうと爪を構えながら突っこんでくる。牛人間は武器を構えて動かない。すると、突っこんでくる蜂人間が消滅し、代わりに尻尾が牛人間の胸に突き刺さる。
「アッ」
牛人間が呻くと共に武器を落とす。同時に体に刺さった尻尾が引き抜かれる。牛人間はゆっくりと倒れる。
大剣を縦横無尽に振り回しながら蜂人間を攻める牛人間。あまりの猛攻に蜂人間は手出しができない。
ピュン。
牛人間の右即頭部が右へと大きく揺さぶられ、動きが止まった。緑色のライフル状の弾丸が同じ箇所に命中する。牛人間は武器を落とす。そして、ゆっくりとうつ伏せに倒れる。
中央通路の真ん中に琴音は立っている。そこで両腕を伸ばし、掌を広げていた。
よく見ると掌の下部には射出口がある。
桃里達は舞台の上で蜂人間達を見守っていた。
「すごいです。これなら何とかなるかもしれません」
桃里は希望を抱くようにこの状況を見ている。
「そうね。でも、油断はできないわ」
叉霧は斜に見るように髪をかき上げた。
「そうだぜ……俺達が簡単に死ぬかよ」
鍵崎、桃里、叉霧は後ろに振り返った。
「ヒ……ヤ……」
下手側で起き上がろうとしている牛人間達に少女達は怯えていた。
桃里に武器を向けていたトニス達が、各々の武器を支えに立ち上がる。
「クロフトォッ、さっきはよくもやってくれたな」
「決定だ。皆殺しだ」
「それがいい。そうしよう」
下手側の少女達に大剣を向ける牛人間。
「もう一度勝負してもらうぞ。鍵崎智春」
バジスも大斧を構えて立ち上がる。
「モテモテね」
叉霧が薄く笑う。
「ムサイ奴は勘弁だぜ」
「笑っている場合ですか?」
桃里は悲壮に満ちた表情で言った。
「安心しろ。狙いは俺だ」
「それが不安なんです」
桃里は鍵崎を見た。
トニス達が武器を構えて鍵崎、桃里、叉霧に襲いかかる。
ピュン。
「グゥッ」
トニス達の額に弾丸が命中し動きが止まる。表情は苦痛に歪んだ。
「大人しくくたばってなさいよ」
琴音が中央通路を走ると、舞台に向かって一気に跳躍する。
スタッ。鍵崎達の耳に着地音が聞こえた。
トニス達の額から股にかけて斬撃が走り、緑色の血が勢いよく噴出す。
「待たせたね。桃里」
返り血を浴びながら、両手首にブレードを生やした琴音が、桃里を肩越しに見る。
「う、うん」
友人の姿に桃里は若干引いてしまう。
「コンノヤローッ」
下手側に立っている牛人間が武器を振り下ろそうとすると、左手首と左胸に琴音の放った弾丸が命中する。大剣は床に落ち、牛人間は前屈みになる。
「ここの生徒は私が守る」
琴音は勇ましい表情になり、弱っている牛人間の方へ走り出す。そして、牛人間の右胸を自分の左腕のブレードで斬りつける。斬られた箇所から激しく出血する。
「今の内に逃げて」
そう言われた少女達は黙って頷き、踵を返して下手へと走る。
「アンタ達も逃げて」
同様に琴音は桃里達に呼びかけた。それに応えた桃里達は下手へと走り出す。その時だった。
「鍵崎智春。逃げる気か?」
鍵崎は足を止めた。バジスがビーラに大斧を構えていたからだ。
「ビーラちゃん」
「俺と一対一の勝負をしろ。そうすれば、ここにいる娘達の命を助けてやる」
バジスが鍵崎を見てくる。
「いいぜ」
鍵崎は快諾した。
「男、鍵崎智春。可愛い娘達の前で恥なんてかけるかよ」
鍵崎は制服の上着を勢いよく上へと放り投げた。舞台に上着が舞う。
「小娘。さっさと行け」
バジスがビーラを促す。ビーラが走ると、上手側にいる少女達も踵を返し去っていく。
「鍵崎くん……」
ビーラが立ち止まる。
「どうした? キスしてくれるのか?」
だが、何も言わずに彼女は舞台を走る。舞台にはバジスと戦おうとする鍵崎智春、下手側に走るビーラ、舞台中央に桃里、下手側で倒れている牛人間の傍に琴音がいる。
「桃里。さっさと逃げて」
「鍵崎さんを置いてですか?」
桃里は琴音の言葉に驚きを隠せずにいた。
「アイツはクロフト。人類の敵よ」
鍵崎はバジスの横に薙ぎ払う大斧を伏せて回避した。
「どうした? 鎧を着ないのか?」
「良いハンディキャップだろ」
鍵崎の頭上に大斧が振り下ろされる。それをギリギリで回避する。
「鍵崎さんっ」
悲鳴のように桃里は鍵崎の名を呼んだ。
「琴音ちゃん。鍵崎さんを助けてください」
「悪いけど桃里のお願いでも、それは無理。アタシはコイツ達を始末しなければならないの」
大斧の払い上げを鍵崎は後退しながら回避する。すかさずバジスは大斧を横に構え、叫びながら突進する。突進をまともに受けた鍵崎は大きく吹き飛ばされてしまい、鍵崎は悲鳴を上げてしまう。
「お願いです。鍵崎さんにはまだ聞きたい事があるんです。その後、どうにでもしていいですから」
桃里は琴音の傍に立ち、頭を下げた。琴音は歯痒い表情をする。
「……しょうがないなぁ。あんな変態助けても、桃里の為になるとは思えないけど」
琴音は一歩前へ進んだ。
「ありがとうございます」
桃里はお辞儀した。すると。ビーラが呼びかける。
「桃里ちゃん。一緒に逃げよう」
「うん」
桃里はビーラと一緒に袖へと走った。琴音は嘆息する。
「桃里を泣かせる訳にはいかないよね……」
舞台から琴音は姿を消した。
鍵崎の頭上にバジスの大斧が振り下ろされる。思わず鍵崎は床にへたれこむ。そこに金属音が響く。
琴音が両手首のブレードでバジスの大斧を受け止め、苦悶の表情を浮かべながら、上へと弾き返す。
「勘違いしないでよ。アンタを殺すのはアタシなんだから」
琴音は体制を低くし、両手首のブレードを交差させ、バジスに不敵な表情を見せる。
桃里はビーラに腕を引っ張られながら階段を登っていた。あんな華奢な体のどこにそんな力があるのだろうかと桃里は思った。
「どこまで逃げるんですか?」
困った様子でビーラに尋ねた。ビーラは一瞥する。
「ギュマとクロフトが来ない所」
桃里は不思議に思った。
「あの牛の怪物は勇ましい女性が戦っていますし、鍵崎さんは悪い人じゃないと思います」
ビーラは嘆息する。
「信じたい気持ちは分かるけど、アイツはクロフトだよ。間違いないもん」
「ですけど」
食い下がるとビーラは無言のまま手を引っ張った。
気が付くと屋上の扉を抜けた。そこにはさっきまでの惨状が嘘みたいな青空が見えた。
「桃里ちゃん。本当に知らないんだね」
彼女が何を言いたいのか桃里には分からなかった。
「何をですか?」
「鍵崎くんがクロフトの構成員だって事を……」
ビーラは言いにくそうに言った。
「確かにそうかもしれないですけど」
桃里はビーラから目を逸らした。
「その目的は桃里ちゃんをさらう事じゃないかな」
「わ、私をですか」
桃里は驚いた。
「だってそうでしょ? 桃里ちゃんは隠しているつもりだろうけど、東陽グループのご令嬢なのは知っているよ」
桃里は黙って頷いた。
「叉霧さんって人の言うとおり、鍵崎はクロフトでギュマにロゴスって奴を強奪させようとしてたけど、上手くいかず、世界の要人をさらって、ロゴスを入手しようとしてたんじゃない?」
桃里はビーラの言葉を疑った。だから、彼を弁護しようと声を荒げる。
「鍵崎さんは私を何度も助けてくれました。さっきも、牛人間が最初に襲ってきた時も、学園アイドルコンテストも手伝ってくれました。……ちょっとエッチ……大分かもしれないですけど……」
ビーラは笑う。
「そうだね。ビーラも信じられないかも」
そう言った後、ビーラは真剣な表情になる。
「それは、桃里ちゃんに鍵崎くんを信用させて、さらうつもりなんだよ」
桃里は恐る恐る尋ねた。
「ビーラさんも橋本会長の言う事を信用するんですか?」
彼女は不敵に笑いながら桃里から数歩前へと離れる。
「ビーラ。桃里を守る為に来たんだよ」
彼女の目は青い目から緑色に光っていた。桃里は得体の知れない恐怖を感じた。
「ビーラさん……」
「もしかしたら、桃里ちゃんの知りたい事が聞けるかもだよ」
桃里は思わず生唾を飲んだ。
舞台には蜂人間達が赤い血に塗れながら倒れている。蜂人間が低空に飛びながら、制服をボロボロにしている琴音に迫る。
「上ッ」
琴音は上方に向けて両手首のブレードを交差させて、蜂人間の顔を切った。低空に飛ぶ蜂人間は消滅し、上方から迫る蜂人間はそのまま琴音に突進する。その為、琴音はサマーソルトで蜂人間の体を天井まで打ち上げる。
琴音は自分の後ろに立っている鍵崎の方に向いた。
「終了」
琴音は清清しそうに言った。
体育館には牛人間の死体と蜂人間の死体、鍵崎と琴音の姿がある。琴音が鍵崎を守ると決めた後、お客さん達を取り囲んだ牛人間が蜂人間の毒で倒れた。安全を確保したお客さん達は一斉に体育館から逃げ出した。その後、蜂人間がバジスや琴音達に攻撃を仕掛けてきた。結果、乱戦となり生き残ったのは鍵崎と琴音だけになった。
「ありがとう。琴音ちゃん」
鍵崎がお礼を言うと琴音は俯き、顔を赤くして視線を舞台正面に向ける。
「べ、別にアンタの為じゃない。桃里の為よ」
「いや、それでも助かったし」
鍵崎にそう言われた琴音は左手首のブレードを鍵崎に向ける。
「に、任意同行してもらうから。きっと死刑よ。覚悟しなさい」
しどろもどろな話し方に鍵崎はニヤける。
「かまわねぇよ」
琴音の背中に蜂人間の尻尾が迫るのが鍵崎には見えた。
「危ない」
鍵崎は駆け出した。それに琴音は気づいたのか後ろに振り返ろうとする。だが、無情にも尻尾の針は琴音の脇腹に突き刺さる。
「フッ、仇は殺した」
尻尾を伸ばした蜂人間は事切れた。
鍵崎は慌てた。
「琴音ちゃん。待ってろ」
大急ぎで鍵崎は琴音の正面に回り、体に刺さった針を引っこ抜こうと尻尾を握る。尻尾はまだ脈打ち、琴音の体に毒を送っているだろうと思われる。
鍵崎は尻尾を引っ張った。なかなか針が琴音の体から抜けない。
「ぬ、抜けろォォォォォォォォォッ」
「ウ、ウッ」
針を引っ張っていくと彼女の内部が傷ついていくのか、痛みに耐えて辛そうに呻く。
「ま、待ってろ」
鍵崎は力強く引っ張ると、琴音の脇腹を針の返しが肉を引き裂きながら、青い血の出血と共に抜けていく。
「フゥ」
琴音は針が抜けた事にホッとする。だがすぐに苦悶の表情に変わる。
「ァァァ、ァアーーーーーッ」
琴音は悲鳴を上げると共に、力無く仰向けに床へと倒れてしまう。
「琴音ッ」
鍵崎は琴音の傍に寄る。皮膚は急速にしわくちゃになり、体はやつれ、手首に生えていたブレードは枯れる様に原形を失う。
「ァッ、ァッ、ッァ、ァア」
琴音は鍵崎に苦しみを訴える。せっかくの可愛い顔も今は見る影も無い。
「琴音ちゃん……」
どうすればいいか分からず、みるみる衰弱する琴音を看取る事しかできない。
「け――アタ――んだら――頭を壊して――」
琴音はか細い声で鍵崎に懇願した。鍵崎はそれを頷く事しかできない。
「とうり……ごめ」
涙を浮かべながら目を閉じた。
「琴音……? ことねェェェェッ」
鍵崎は叫んだ後、琴音の胸に顔を埋めて泣いた。
「ウッ、ウッ、俺なんかの為に……」
泣いたまま立ち上がる。そこにバジスの大斧が目に入る。
「……最後の頼み……聞かないとな」
鍵崎は力無くヨロヨロとバジスの大斧に向かって歩き出し、柄に手を伸ばした。
「貴方って泣くんだ。意外ね」
そこに聞き覚えのある声がした。鍵崎の首は声のした下手の方に向いた。
叉霧が何食わぬ顔で舞台に立っていた。
「テンメェッ」
鍵崎は鬼の様な形相で叉霧を見た。だが、見られた彼女は臆する事も無く悠然とした表情のままでいる。
鍵崎は叫びながら走り、叉霧の顔に拳を放つ。
無情にもその拳は、叉霧に首を左に傾ける事で避けられてしまう。
「貴方の守りたい人は誰なのかしら」
鍵崎は我に返った。
「空に近い場所で騎士を待っているお姫様がいるわ。私が案内させたの」
「どういう事だ?」
拳を突き出したまま叉霧に尋ねた。
叉霧は鍵崎を見据えながら後退した。
「飛び降り自殺の名所と言えばいいかしら」
そして妖しく微笑んだ。腹を立てた鍵崎は舌打ちする。
「こんな計画、俺がブッ潰すぜ」
叉霧は鍵崎に背中を見せ、舞台袖に向かって歩き出した。
「一人で行くなんてすごいわ。しかも、ダイバー・クォーク無しなんて、まさに無能のイグナね」
すると、叉霧が何かを落とすのが見えた。
(どうせ使えるなら送心術の方が良かったのにね。これが私にできる精一杯だから)
叉霧の姿は無い。鍵崎は彼女の落し物に向かって走った。鍵崎が拾った物。それは黄色い液体の入った注射器だった。
「注射器だと……何に使うつもりだ?」
頭を抱えてしまう。
「俺じゃ琴音を助けられない。今、手元にあるのは得体の知れない注射器だけだ」
鍵崎は倒れている琴音の方に振り返った。
「コレに賭けるしかない。許してくれ」
鍵崎は注射器を改めてみた後、琴音の右手首に注射器を刺した。黄色い液体がどんどん琴音の中に入っていく。すると、琴音の目が開き、無感情な声を出す。
「機体を侵す毒物に効果覿面の抗体を確認。回復までの時間は不明。リカバリーします」
琴音の体が痙攣するように揺れる。鍵崎は立ち上がり、背中を向けた。
「俺は屋上に行く。琴音、桃里を助けるのを手伝ってくれ」
鍵崎は体育館に琴音を残し、急いで屋上に向かった。




