第三章「決戦は文化祭」1/2
文化祭当日。午前中の桃里はクラスの模擬店で出される喫茶店の料理の盛り付けをしていた。本来ならメイド服を着て接客をする筈だったが、本人の強い希望で裏方に回った。
二時になると予定通りに文化祭のイベントの一つ学園アイドルコンテストが始まる。体育館に設けられた学園アイドルコンテスト用のステージ。上から青い照明が叉霧を照らし、左右両脇には大きなスピーカーが設置され、叉霧の歌を艶やかに流している。
「魅せる
貴方に刻まれた瞬間を
悪夢を貴方に返そうか」
叉霧の歌は会場を圧倒した。
舞台袖で見ていた桃里も圧倒されていた。
(どうしましょう。レベル高すぎです。橋本さん)
桃里は緊張して、胃が痛くなりそうだったが、学園長ことお爺さんに用事ができてしまい見学には来られず、ビデオで学園アイドルコンテストを見る事になっている。そのおかげで僅かだがプレッシャーが軽減した。
次はビーラの歌である。彼女の歌が終わると桃里の番になる。
ポップな音楽が流れてくる。
「君から始まる~
ラブタイム~
目と目が合って
チョーヤヴァイ」
音楽の通り軽い歌い出しだった。
そして、サビに入った。
「目が合った」
ビーラがマイクをお客さんに向ける。
「ズッキュン☆」
一部の男子が合いの手を入れる。
「手に触れた」
再び合いの手が入る。
「ドッキュン☆」
桃里は曲がビーラのイメージに合い、可愛く歌えている事に驚愕する。一瞬でも彼女を侮っていた自分に反省してしまう。
「君にアイラブユー」
ビーラの歌は終了してしまう。桃里は場を掌握した彼女の歌の後に自分の悲惨な歌を聞かせるのが申し訳なく感じてしまう。
「可愛らしい歌声でした。次は鈴辺桃里さん。お願いします」
司会が自分の名前を呼ぶ。桃里は出るのを躊躇う。だが、それは許されない。皆、自分の名前が呼ばれたら潔く出ていた。だから、桃里も覚悟を決めた。
袖から舞台に出ると眩しい光が桃里を照らす。改めてお客さんを見ると七百人弱はいるだろうか。
「自己紹介とコンテストへの意気込み、歌う歌を教えてください」
司会が話し終えると桃里はすぐに口を開く。
「鈴辺桃里でしゅっ……」
桃里は俯いてしまう。
挫けてしまいそうになるが、ここで折れてはいけないと奮起する。
「鈴辺桃里です。私は、みなさんがこの時間を少しでも楽しめるように頑張ります。歌う曲は初めての経験~お別れ白書です」
切ない伴奏が流れる。桃里はリズムをとる。
曲が歌い出しにさしかかる。
桃里はお客さんに向けて歌おうとした時、氷のような視線を感じた。
「……」
(歌詞が……)
桃里は歌おうとしたが口が開かない。曲はどんどん進んでいく、視線が冷たい。
「どうしたんだ?」
「何で参加した」
「初めっから参加しなければいいのに」
男女問わずヒソヒソ声が会場を包む。場はとても険悪だ。
桃里は顔を俯かせ、全ての視線から逃れると、床に一滴の雫が零れた。
桃里は後悔した。あの練習を生かせず、自分は何をしていたのだろうか、いっそのこと参加しなかった方が良かった。そう思った時。
「胸を張れぇッ。桃里」
鍵崎の叫び声が会場に響く。思わず、顔を上げる桃里。
「……え?」
何が起きているのか分からなかった。
鍵崎は会場の中央で唯一人立ち上がり、桃里を見ている。
「俺とか他の奴はお前の顔を見ていないぞ」
冷静になった周囲がザワつき、桃里から鍵崎に視線が集まる。
「お前のナイス乳を見ているんだ」
鍵崎は笑顔で親指を立てて桃里に突き出す。
桃里の顔は紅潮する。
「な、なに言ってるんですか!! 鍵崎さん」
桃里はマイクに向けて叫んでしまった。
「そうだ。その要領で歌うんだ」
曲は一番が終わり、間奏に入る。
桃里はマイクを握り締める。
(君といた夏、君といた夏が出れば、歌える筈)
曲が二番にさしかかる。
「君といた夏
あのころ仲良かったね
本を閉じて懐かしむ私
しおり代わりに
貴方の写真を挟んでみました」
桃里は若干キーがズレているが歌えている。
「ページが涙で滲んでしまって
読めなくなったの
貴方のせいよ」
ザワついていたお客もおとなしく聞いている。
曲がサビに入る。その少しの間に桃里はブレスした。
「もし 貴方に会わなければ
こんなにも苦しまずに済んだのに――」
「キャーッ」
急に女子の悲鳴が響き渡る。桃里は歌をやめ、辺りを見渡す。
下手の袖からビーラや叉霧が現われると、後ろから大斧や大剣で武装した牛人間が三体現われる。
桃里はマイクを床に落とし、キーンと鳴らす。それには目をくれずに構えをとる。
「なんだぁ、その構えは?」
後ろから大きな声が聞こえてくる。同時に笑い声もする。
桃里は肩越しで後ろを見た。そこにも武装した牛人間が三体いたので悔しそうな表情をしながら構えるのをやめる。
鍵崎の周囲は何が起きたか分からずにいる。下手をすれば何かの出し物だと思っている人もいるだろう。彼は桃里の事が心配だったが、舞台を見るのではなく出入り口に視線を向ける。案の定、出入り口には武器を構えた牛人間が二人も立っている。
鍵崎は握り拳を作り、嘆息した。
(あのド畜生共。桃里の歌の邪魔をしやがって)
「オイ、テメー達。ここにロゴスを持っている奴がいると聞いた。さっさと出しやがれ」
牛人間の一人が大声を上げて言った。
周囲がガヤガヤと騒ぐ。
「ロゴス?」
「知ってるか?」
「か、怪物……」
「殺されちまう」
「ウワァァァァァッ」
今の出来事が文化祭のイベントと思っている人もいれば、危険だと分かり逃げ出そうとしている人の半々に分かれている。
「みなさん静かにしてください」
先生の一人が声量を張り上げて事態を収拾しようとした。
「これ、イベントじゃね?」
生徒の一人が壇上に駆け寄る。
「バカ、近づいちゃダメよ」
琴音も事態の収拾に乗り出した。だが、体育館は混乱し困難に思えた。
「ダァァァァッ、うるせぇッ」
我慢の限界を迎えた牛人間の一人が大斧の柄頭を床に叩きつけた。大きな衝撃音がマイクと相まって更に大きく響くと、全体に静寂が訪れる。
「よく聞け、下等種共」
牛人間がマイクで大声を出す。その音量は飛行機の離陸を軽く凌駕している。
「この会場にいる小娘共を人質に取った。もし、抵抗や逃げようとしてみろ。この舞台に立っている小娘共を一人ずつ殺すぞ」
鍵崎の周囲は怯えていた。
「もう助からない」
「きっとダメよ」
彼等は不安を漏らす。
「大丈夫。助けは来るだろ」
鍵崎は不安を和らげようと笑ってみせた。
「助かる方法は唯一つ。俺達にロゴスを差し出す事だ」
彼らの発言に鍵崎は呆れた。
(アレは物とかじゃねーから、渡すとか無理だから。理解しろし)
舞台の上では少女が牛人間の怖さに思わず泣き出してしまう。
「泣くんじゃネェッ」
イラついた牛人間が少女の髪を引っ張った。
「や、やめてください」
その声は桃里だった。
「ああっ、もう」
鍵崎は歯痒かった。そんな役なら自分が引き受けるのにと言いたかった。
「やんのか、そんな軟弱な体でよぉ」
牛人間の一人が桃里に顔を近づける。彼女は一切臆さなかった。
「下等種はおとなしく地面に這いつくばってろ」
そう言って牛人間は桃里を蹴り倒した。
「テメッ」
鍵崎は飛び出す後一歩の所で怒りを留めた。
それから、しばらく時間が経った。
学園祭を盛り上げるはずの舞台も今では修羅場となってしまった。
舞台の一番手前に見せしめのような状態で桃里が両膝を突いて後ろに手を組んでいる。その左側に大斧を持った牛人間と右側には大剣を持った牛人間がいる。
舞台左側奥に、ビーラと参加している女子二人が武装した牛人間二人に挟まれている。同様に舞台右側奥に叉霧と女子二人も牛人間二人に挟まれている。
お客さんは動けず、同様にバイオドロイドの琴音も動けない。本来なら縦横無尽に動けるだろうが、人質を取られては迂闊に動けないようだ。
状況が進展しないからか牛人間はピリピリしていた。
「まだかよ。ロゴスを出せやッオラッ」
牛人間の一人が大声で叫んだ。会場はいっそうシンと静まり返った。それは、鍵崎も例外ではなかった。
(もし、この状況を打破したらどうなるだろうか……きっとモテるぞ。コンテストの参加者から鍵崎さーんって、当然、琴音や桃里からはお礼のキスが貰えるかもしれない)
鍵崎はこの状況にも関わらず鼻の下を伸ばしていた。そして、我に返って左腕に付けたダイバー・チェンジャーを眺めた。
(どうやって気を引くかだな)
鍵崎は舞台に視線をやる。
(ただ突っこんでも、みんなを危険に晒すだけだ)
牛人間達は気が立っていて、時おり武器を振り回している。それは見ていて危ない。
「退屈だ。一人殺そうぜ」
「待てよ、トニス。人質だぞ」
桃里の左側に立つ大斧を持っている牛人間トニスと、大剣を持っている牛人間が話しだす。
「いいこちゃんぶっていると殺すぞ」
トニスが大斧を仲間に向ける。
「勝負したいなら、これが終わったらにしろ」
嘆息するトニス。
「あーつまんねー。おもしろいこと起きないかな」
その様子を見ていた鍵崎は悪そうな顔をした。
(あのトニスって奴は利用できそうだ)
ふいに鍵崎は立ち上がった。
「オイ、なに立ち上がってんだよ」
案の定トニスは鍵崎に対して大きな怒声を上げた。
「いやー。退屈しているんですよね。トニスさん?」
「アァンッ。下等種が俺に話しかけてんじゃねぇよ」
「俺と勝負しませんか?」
鍵崎の提案を聞いた牛人間達は首を傾げる。どうやら意外だったらしい。
「勝負?」
会場にいるお客さん達は動揺した。気が狂ったのかと思ったに違いない。
「勝負ぅ? 下等種が俺達に?」
「ええ、そうですよ。まさか、上位種の貴方達が下等種の俺を恐れているんですか?」
「怖いわけねぇだろ。勝負しようぜ」
それを聞いた鍵崎は列と列の中央にできた通路を堂々と歩く。歩いているとお客さん達は口々に「やめるんだ」や「死ぬぞ」等の言葉をかけてくる。
「何を考えているんですか。鍵崎さん」
桃里は叫んだ。だが、鍵崎は聞こうとせずに歩き続ける。
鍵崎が舞台をよじ登ろうと淵に手をかけた瞬間、琴音が呼び止める。
「待って、その役目はアタシがやるわ」
せっかくの琴音の提案に鍵崎は笑う。
「何がおかしいの?」
「お生憎だな。トニスは俺に用があるんだ」
そう言うと鍵崎はトニスに視線を送った。
「ねぇ、そうですよね?」
トニスは頷いた。
「ああ、用があるのは赤い下等種の方だ」
鍵崎は舞台によじ登りトニスの前に立った。
「おまたせしました。俺はいつでも準備万端ですよ」
「楽しませろよ。まぁ、一秒でも耐えられりゃ上等だな」
トニスが大斧を振り上げた。
「貴方の実力は知っています。でも……」
余裕な鍵崎に桃里は不安を伝えた。
「心配してくれて嬉しいぜ。どうせなら『頑張って』のほうがいいけどさ」
「俺との勝負はどうした」
トニスが走り出す。そして一撃が振り下ろされる。だが、鍵崎の方が一瞬だけ速い。
「チェンジ・ザ・ダイバー」
作動音声と共に鍵崎の体が白く発光し、ダイバー・クォークに変身する。
「コンプリート」
大斧に手応えは無い。そして、鍵崎の姿は消えていた。
トニス達や会場にいるお客さんは何が起きているのか分からない状況だった。
「アン?」
「右だ」
鍵崎の声が聞こえた。彼は床を水面からおもいっきり飛び上がるように飛び出し、トニスの後頭部に蹴りをお見舞いする。
「グアハーッ」
トニスはその巨躯を揺らした。鍵崎は着地すると右拳を彼の背中の下部に放つ。その拳は彼の体に潜り込んでいた。
「ウッ?」
鍵崎に殴られたトニスは自分に起きている状況を見て困惑している。すかさず、鍵崎は右拳を体から引き抜き、彼の腹に左拳を放ち、その拳を潜り込ませた。
「痛くねぇだと」
「どうした?」
桃里の右側に立っている牛人間が驚く。
鍵崎は左拳を引き抜くと、トニスが構えている大斧の柄まで素早く拳を引くと、即座にみぞおちを突いた。
「アッ……」
桃里の左側に立っているトニスは両膝を突いて、前のめりに倒れた。
「トニス。トニス。トニス」
大剣を構えている牛人間は倒れているトニスに呼びかけた。
「鍵崎さん……」
桃里は変身した鍵崎を呼びかけた。
「ただで済むと思うなよ」
牛人間が叫んだ。そして、大剣を横に構えて桃里の前を横切り、鍵崎の体を真一文字に斬る様に振り抜いた。
だが、鍵崎の姿はいなくなっていた。
「コッチだ」
そう言いながら鍵崎は右肘鉄を牛人間の背中に潜らせる。
牛人間は首を鍵崎に向けた。けれど、鍵崎の姿は消えていた。
鍵崎は牛人間の正面に現われた。すぐさま心臓の部分に右蹴りを潜らせる。「ん? アーッ」の叫び声が聞こえたと共に地面に吸い込まれるように消える。
「また消えた」
ビーラ達を挟んでいる牛人間の一人がそう漏らした。
「流石、ダイバー・クォーク……」
知っているはずの叉霧も思わず感心した。
鍵崎が大剣を構えている牛人間の後ろに背中を向け、距離を取って立った。
「寝てろ」
そう言うと鍵崎は牛人間の心臓がある部分に後ろ蹴りを放つと、前のめりに牛人間は倒れる。また、鍵崎はその姿を消した。
ビーラ達を挟んでいる牛人間の内の一人が大剣を振り上げ。
「コッチには人質がいんだよ」
大剣をビーラに振り下ろす。
「キャアッ」
ビーラが悲鳴をあげて、足を広げながら床にへたりこんだ瞬間。
彼女の広げた足から、鍵崎が水面から飛び上がるように勢いよく現われ、大剣を持っている牛人間の手首を蹴る。
大剣の動きが止まる。牛人間が鍵崎とビーラを見据え、再び振り上げる。
「二人まとめてくたばれぇッ」
「ハァッ」
鍵崎が叫ぶ。牛人間の大剣を真剣白刃取りする。
「ナッ」
大剣を振り下ろした張本人が驚愕する。互いの力は拮抗している。
鍵崎はへたりこんでいるビーラに目をやる。
「下がってくれ」
ビーラは頷き、へたりこんだ体勢のまま後ろに下がっていく。
大剣を受け止めていた鍵崎の両腕は震える。
「早く倒せよ」
ビーラ達を挟んでいるもう一体の牛人間は、鍵崎が大剣を持っている彼に押されているのを見て笑った。
鍵崎の両手から波紋が起きる。すると、大剣は水面に振り下ろしたように彼の頭に入っていく。
大剣から鍵崎が飛び出すと、更に大剣を踏み切り板にして跳躍する。
「オッ」
大斧を持った牛人間やビーラ達は、大剣を振り下ろした牛人間の頭上を高らかに舞う鍵崎を目撃した。
「タアッ」
鍵崎はそう叫ぶと、手応えが無くて不思議そうに見上げた牛人間の額にかかと落としを食らわせる。
牛人間はあまりの衝撃に腰を落とし、尻を地面に付けて倒れた。すぐに鍵崎は大斧を持った牛人間の方を見る。見られた彼は「ヒィィィィィィィィッ」と悲鳴を上げながら一心不乱に、叉霧を挟んでいる二体の牛人間がいる方に向かって走る。
大斧を持った牛人間がおもむろに歩くと、必死な形相で逃げてきた牛人間に対して大斧を振り下ろした。
「キャーッ」
桃里、ビーラ達から悲鳴が上がる。大斧を振り下ろされた牛人間は真っ二つに叩き切られ、緑色の血が舞台を汚した。
大斧を振り下ろした牛人間は大きく鼻息を鳴らす。
「戦士が敵から逃げるなんてクソ以下だ」
牛人間は床を大きく踏み鳴らす。
「出て来い。鎧を纏いし戦士よ」
牛人間が大声で叫んだ。すると、鍵崎は「ごめん」と言いながらビーラ達の間を抜ける。
「ああ、望みどおりにな」
鍵崎は中段に構える。
桃里は鍵崎の構えを見て。
「あれは……私の構え」
桃里は不思議そうにした後、心配になってしまう。
「仲間の仇、取らせてもらう」
「自分で殺しといてよく言うぜ」
牛人間は上段に大斧を構える。
「俺の名はバジス。貴様は?」
「鍵崎智春だ」
バジスは「ウォォォォォォォッ」と叫びながら走ると対する鍵崎も走りだす。バジスは大斧を右斜めに振り下ろす。鍵崎は紙一重で体を落とし、代わりに引いた左拳に回転をかけながらバジスの下腹に命中させる。
「……剛帝拳」
桃里がその技を見て呟く。
だが、バジスは倒れなかった。
鍵崎の頭上に柄頭が迫る。バジスの体に鍵崎自身の体を潜り込ませた。その一撃は床を貫いた。
鍵崎はバジスの背中から飛び出て、右肘を背中に命中させた。
「ウォォォォォォォッ」
バジスは振り向きながら大斧を薙ぎ払う。その一撃は鍵崎の右腕に命中し止まる。そして片膝を突く。
大斧はバジスの手から床に落ち、バジスの体は力なく鍵崎に覆いかぶさる。
倒れたバジスの体から波紋が起きる。鍵崎が右腕を庇った状態で現われる。
「悪いね」
そう言うと鍵崎はバジスの体から離れ、叉霧達の背後に立っている牛人間に話しかける。
「降伏しろ。俺も鬼じゃない」
大剣を持った牛人間は震えている。
「ふっ、ふざけんなーッ」
「お、オイ」
鍵崎は慌てた。大剣を持った牛人間が剣を振り上げたからだ。
「ウワァァァァァァァァァッ」
牛人間の叫び声と共に鍵崎は走った。
「避けろォォォォォッ」
叉霧は体を右に逸らした。鍵崎はタックルしながら少女の一人を左へと突き飛ばす。
大剣は牛人間の手前にいる少女に迫る。鍵崎は必死で腕を伸ばして、少女の頭上に迫る大剣をいなした。大剣は少女の左横に振り下ろされた。
(時間が無い。コイツは危険だ)
ダイバー・チェンジャーは赤く十秒と表示される。
「ごめんよ」
鍵崎は少女に潜り込む。同時に牛人間は右拳を頭上まで振り上げる。
少女の背中から鍵崎が現われる。彼は左腕のダイバー・チェンジャーに付いている真ん中のスイッチを人差し指で押す。液晶には残り八秒と表示されている。
「ヴォルテージ・ダイブ」
電子音声が発せられる。鍵崎の全身が青白く発光する。その姿は一瞬だけ舞台にいる皆にも見えた。
青白く発光した鍵崎は拳を振り上げた牛人間の体に入る。すると、牛人間の動きが止まる。
「アバババババババババババ」
牛人間は感電したように体全体が痙攣する。舞台にいる人々はその様子を見ているだけだった。
「三……二……一……」
叉霧が呟いた。
「バーン」
叉霧の乾いた呟きと同時に牛人間の頭、右腕、左腕、股から三角形をした青白い光が飛び出すと同時に青い丸が腹に浮かぶ。
牛人間の背後には足を大股に広げ、右手を地面に振り下ろし、左腕は斜め二十五度に振り上げた状態の鍵崎が立っている。
その瞬間、黒い砂になって霧散するように飛び散った。黒い砂は粒子が細かいのか、その一切が舞台に残らなかった。
変身していた鍵崎の変身が解ける。
「な、なんだアイツ……?」
「化物達を倒したぞ」
「あの青いマークは何?」
生徒達はこの状況を飲み込めず、口々に今の心境を吐露する。
「あのマークに見覚えがあるな……はて、なんだっけ?」
年配の先生が訝しげにする。
鍵崎は伸びをしながら。
「みんな無事で良かったぜ」
舞台にいる学園アイドルコンテスト参加者達は緊張から開放されたおかげで、安堵の表情を浮かべる。唯一人を除いては。
「ごめんね」
鍵崎の傍にいた叉霧が聞こえるように呟いた。そして、舞台の前へと歩き出す。すれ違うようにビーラが鍵崎の許に走ってくる。
「鍵崎くぅぅぅぅぅん」
「ビーラちゃん」
鍵崎は抱きしめようと腕を伸ばす。
叉霧はマイクを持ちながら、舞台の前に立った。
「みんな聞いて、牛の化物達は倒されたわ。でもそれがクロフトの計算の内だったらどうしますか?」
ビーラの動きが止まる。
「クロフト」
お客さん達は口々にその単語を言った。
年配の先生が勢いよく立ち上がる。
「アーッ、思い出したぞ。三十年前、人類との戦争に負けてどこかに消えた超能力者達だ。5年前の爆災の日以来、音沙汰無しと思ったら、ここに何のようだ」
先生が興奮するように言ったのに対して、叉霧は冷静に言う。
「みなさん、おかしいと思いませんか? 我々が危機的状況に陥っている所に、都合良く現われて、その危機を解決する。できすぎだと思いませんか?」
「そう言われてみれば、あの最後の光はマークのようだった」
「そう言えば、公民の教科書で見たわ。あの光はクロフトの紋章よ」
お客さん達は鍵崎への疑心暗鬼を深める。
「あくまで可能性ですが、クロフトは私達を危機に陥らせます。そこにクロフトが私達を助け出す事で、信頼を得ようとするのかもしれません。少なくとも鍵崎智春を簡単に信用するのは危険ではないかと思います」
桃里は全てが嘘であって欲しいと言う思いで鍵崎の方を見た。
ビーラは桃里の気持ちを代弁するように叫ぶ。
「嘘だ」
鍵崎はうなだれていた。
(参ったぜ。モゼがクロフトだって言いたいけど、言っても嘘だと思われるし、何より俺みたいな証拠が無い)
「もし、私の言う事を信用できないなら、先生方にお尋ねします。鍵崎は最近学校に転入してきましたよね?」
白髪の先生が立ち上がった。
「その通りだ。橋本生徒会長。鍵崎智春はつい最近転入してきたばかりだ」
「ありがとうございます先生。これを基に考えても、彼はこの日の為に転入してきたのではないかと疑ってしまいます」
(これで、彼の身柄を拘束して、私達の同胞がダイバー・チェンジャーを回収する)
叉霧は鍵崎の方を見る。
「おとなしく我々に拘束されてください」
鍵崎は頷き、叉霧の方へと歩き出す。
「待ってください橋本会長」
桃里は叫んだ。
「鍵崎さんはこの前の街に起きた襲撃の日に私を助けてくださいました」
哀れんだ目で叉霧は桃里を見る。
「それも鍵崎の計算の内です。悲しいけどそれが現実です」
「オーーーーーイッ、クロフトォォォォォ。どう言う事だ」
野太い叫び声と共に、体育館の四方八方にある出入り口から牛人間達が現われた。
それを見たお客さん達がザワザワと騒ぐ。
「クロフトォォォッ、俺達を裏切りやがって、もういい、ロゴスは俺達がもらう」
舞台から見て正面の体育館入り口から槍を持った牛人間が、大斧や大剣を持った牛人間を引き連れて現われた。
「光栄に思え。我々ギュマ兵団が世界を掴む為の生贄になれるんだからな」
槍を持った牛人間が大声で叫んだ。
ビーラは力なく、床にへ垂れ込んだ。
「死ぬんだ。ビーラ、こんな所で死ぬんだ」
会場にいるお客さん達はこれから起こるかもしれない惨劇を恐れた。
桃里はビーラを見た後、鍵崎に恐る恐る尋ねた。
「鍵崎さん。これも計算ですか?」
「いや……奴らが勝手にやっている」
鍵崎はお客さんを包囲している牛人間達を見て桃里を見た。
「責任を取ってください……」
桃里は擦れる様に言った。
「取りたいのは山々なんだけどな」
鍵崎は桃里にダイバー・チェンジャーを見せた。「Charge」と液晶に表示されている。
「コイツは一分間しか変身できないくせに、使用後は1時間のエネルギーチャージをしなければならない」
「そうですか……」
桃里は浮かない顔をする。




