第8話 『気になるあれの名前は……』
山崎は学校から帰ってきて、ご飯を食べ、風呂に入り、今に至っている。平凡な日常というのは、早く過ぎ去っていくというものだ。先日、躑躅森と神宮の二人が部活に加わりたいと言い出した。時はすぐに去って、明日はもう土曜日だ。そう、部活動の第2回目。小島の作った腕時計型端末は、既に皆付けており、普通に腕時計としても使われていた。その端末が明日、初めて使われるというのだ。山崎は明日に備えて早く寝ようとしていたが、どうも寝付けない。きっとワクワクしているのだろう。時計に目を向けると0時を指していた。
寝よう寝よう。考えるたびに眠れなくなっていく。ただ、人間は暗い空間にいると自動的に寝てしまうようだ。気が付いたら日が昇り、7時になろうとしていた。
「よし、学校へ行こう」
ベッドから出て、学校へ行く支度を済ました。
学校に着くと、まだ8時半だった。だが、部室は明るかった。部室の部屋を開けると、松川と神宮がいた。
「あ、おはよう山崎君!」
「おはよう、松川、神宮さん」
「……何故私だけ……」
「ん? どうしたの神宮さん」
「何故私だけ“さん”付けなんだよ!」
神宮は怒った。さん付けされていて、距離を感じていたらしい。何故山崎がさんを付けるのか、それは初めて会話した時から感じていた。この人はきっとSで「さんを付けろ」とか言いだしそうな人だと。でも、それが違っていたらしい。
「ごめん、勝手にそういうキャラの人だと思ってた」
そんな山崎を見た松川が、笑っていた。
「ふふふ。山崎君、未佳は友達が欲しいだけなんだよ? ああいう態度取っていても、内心は親しい友達が欲しいからこの部活に……」
「ま、松川!」
神宮は顔を赤くして、松川の口を抑えた。だが、言葉は全て口から出ていたので、意味がなかった。神宮が山崎の方をチラリと見た。
「別にそういうわけじゃないからな」
山崎はこう答えた。というよりも、こう答えるのが正解だと思った。
「これからよろしく、神宮」
手を出した。握手を求めるように。
「あ……よ、よろしく」
握手は成立した。背は高く見えても、やはり女性らしい手だった。握手をしている時、扉が開いた。姫路が入ってきて、この現場を偶然にも見ていた。すぐに手を離したが、これについて姫路は食いついてきた。
「お前達……」
「ご、誤解だ姫路。部活の前に手相の確認を……」
「握手よりもそれの方がおかしいだろ! この部活に手相とか関係ないだろ!」
いいツッコミには笑いが付く。松川とさっきまで照れていた神宮は、笑っていた。山崎の口から出た咄嗟のボケと姫路の素早いツッコミが場を和ませた。
9時を指す前には全員が揃っていた。姫路、松川、神宮、西宮、小島、躑躅森。全員が同じ物を手首に付けて。見渡した後、山崎が話を切り出した。
「えーっと。今日はかくれんぼの前に、一つ話し合いがあります」
山崎は腕に付けている“それ”を掲げた。
「これに名前を付けたいと思っている。知っての通りこれは、探す側と鬼側に別れる時、鬼側が見つけやすいようにする物でもある。今は腕時計としか使っていないが、一応この部活専用の物だ。せっかくなので、名前を付けよう」
ホワイトボードに『カメレオンアイズ』と書いた。自分の案を一番最初に書けば、きっと採用されると思っていたからだ。
「他に、案がある人は言ってくれ」
ここで素早く手を挙げたのは松川だった。
「はい、松川」
「学園カメレオンウォッチ!!」
「シンプルでよろしい」
自分の案の下に、『学園カメレオンウォッチ』と書いた。次に姫路が手を挙げた。
「長すぎると思ったから、学園カメレオンを略してスクールカメレオンの“SCウォッチ”でもいいんじゃないか」
「姫路にしてはいい案だな」
「『姫路にしては』ってどういう意味だよ」
学園カメレオンウォッチの下に『SCウォッチ』と書いた。躑躅森が手を挙げた。一番背の高い躑躅森は、よく目立つ。
「はい、つつじ」
「青春の探索機! っていうのはどうだろう」
「そ、そうだな」
自分で言うのもなんだが、一番それでは無いなと思ってしまった。SCウォッチの下に『青春の探索機』と書いた。
みんなが悩んだ顔で待機しているので、ここで集計を取った。
「それじゃあ、この4つの候補から選ぼうと思う。まずは、『カメレオンアイズ』がいいと思う人!」
手を挙げた。山崎だけが。
「あ、あれ……手を挙げてもいいんだよ?」
小島がきっぱりと言った。
「正直、これは無い」
山崎は落ち込んで手を下げた。自分の案が通らないと、心が痛い部分があった。
「じゃ、じゃあ次……『学園カメレオンウォッチ』がいいと思う人」
手を挙げたのは誰もいなかった。発案者の松川も、手を挙げていなかった。
「松川、いいのか?」
「うん、もっといい案が出てるからねー」
「そっか……じゃあ、『SCウォッチ』がいいと思う人」
山崎以外の全員が手を挙げた。『青春の探索機』の発案者の躑躅森も。
「つつじは『青春の探索機』じゃなくていいのか?」
「いや、あれはボケのつもりだったんだけど」
「あ……そうだったのか」
一緒にいる時間が短いせいか、ボケと真剣との境がまだわかっていなかった。こればかりは仕方がない、と言い聞かせ、話を切り替えた。
「じゃあ、この装置はSCウォッチという名前で決定だな」
山崎が拍手をすると、みんなも拍手をした。小島は少し喜んでいた。姫路も鼻を高くしていた。
「よし、名前も決まったことだし、次の話を。先週は、このフロアだけがかくれんぼの範囲だったが、今日はもう少し拡大しよう。今回は2階と3階だ。鬼は大変かもしれないが、走り回って探してもらうぞ」
小島が口を挟んだ。
「まあ、このSCウォッチがあれば、教室の前に立った時に中に人がいるかどうか。それくらいの区別が簡単につく。だから一人でも充分探せるはずだ」
「ここで改めて、少しSCウォッチについて説明してくれないか? 今日が初めての運転になるわけだし」
そう言うと、小島が席を立ってホワイトボードの前に立った。それと入れ替わりに、小島が座っていた席に山崎が座った。
「そうだな、今みんなは時計モードにしていると思う。画面の横に付いているボタンを押してみてくれ」
小島の言う通り、画面の横に付いているボタンを押した。すると、画面が時計から切り替わり、二つの選択画面が表示された。『時計モード』と『かくれんぼモード』と書いてある。
「で、かくれんぼモードをタッチしてくれ」
かくれんぼモードを選択してみると、また二つの選択肢が表示された。今度は『さがしびとモード』と『かくれびとモード』だった。
「今回、鬼になる奴が探し人モード。で、他の奴らが隠れ人モードの画面を選択する」
「じゃあ、例のあれで鬼を決めるか!」
山崎はロッカーから、割り箸と、筒を用意した。そして、割り箸には5人の名前が書いてある。余っていた割り箸とペンを神宮と躑躅森に渡した。
「それに名前を書いて、筒に入れて、ランダムで一本引く。それが鬼役になってもらうからな」
「わかった」「面白いな」
二人が自分の名前を書いた。躑躅森は、配慮なのか面倒なのかはわからないが『つつじ』と書いていた。
二人の割り箸を入れ、よく混ぜた。
「よし、一本引くぞー。せーの! 今回の鬼は……!」