第6話 『新システムと新入部員』
初めての部活が終わり、家に帰った山崎はいつもの癖で携帯をベッドに投げた。だが、その携帯が光っているのに気が付いた。小島からのメールだった。携帯を開きながら、ベッドに横たわった。
「さっきの考え事とやらの話かな?」
件名:提案
本文:かくれんぼをもっと円滑にしたい。
今日の西宮の隠れ方をされたら、いつまで経っても見つかりやしない。
鬼側にも有利になるような物を作りたいのだが、許可してもらえるか。
「鬼側に有利になる物……? よくわからないけど、遊びやすくしてくれるということなのかな? 別に構わないな」
件名:Re:提案
本文:いいよー
かくれんぼが円滑になるような物、と言われても具体的に想像が出来なかった。隠れる側に制限を付けるのか? それとも鬼側に何か……? そうして山崎が考えているうちに、少し眠りに入ってしまった。
山崎は幼い自分の夢を見ていた。かくれんぼをしているのだが、隠れている人が誰ひとり見つからない夢だ。机の下、ロッカーの中、校舎の裏、飛び箱の中。どれだけ探してもかくれんぼをしている少年は自分だけ。そんな寂しい夢だった。
気が付いた時には外は少し暗くなっていた。どのくらい寝てしまったのだろうか。ベッドの上にある時計を見てみると、6時を過ぎようとしていた。少しの寂しさが胸にあったが、今日の部活を振りかえると、そんな気持ちは晴れていった。
――しんいちー。ごはんよー。
今日の晩御飯はカレーだ。部活はこれからも楽しいものになっていくだろうと信じている山崎の心には不安は無かった。カレーも部活もとても楽しみにしながら自分の部屋を後にした。
――そして月曜日。
朝、教室に入ると、珍しく早く来ている人がいた。小島だ。いつものようにパソコンを付けていたのだが、山崎のことを待っていたかのように話しかけてきた。
「これを思いついたんだ。見てくれ」
パソコンを回し、こちらに向けてきた。パソコンの画面には大きく『サーチャー&タイマー』と書いてあった。
「なんだこれ?」
山崎はタイトルしか見ていないが、一番の疑問を率直に口にした。
「タイトルはどうでもいい、下の概要の所を読んでくれ」
~概要~
・腕時計型の小型端末
・かくれんぼ時の制限時間をタイマー表示にする
・かくれびと、さがしびとに分かれて設定可能
○かくれびと
かくれんぼの所謂“隠れる側”
こちらは主にタイマー表示だけが表示される
○さがしびと
かくれんぼの所謂“鬼側”
こちらはかくれびとが半径10m以内に居る時に赤く点滅する
同じくタイマー表示もある
「これはこれは……なかなか面白いことを考えているね」
山崎は普通に褒めようとしたが、小島の行動はそれだけでは無かった。
「これが実物になるのだが……」
既に完成させていた。小島が腕にはめているのは、腕時計型の“何か”だった。
「えっすげぇ」
単純に、初めに出た感想をすぐに漏らしてしまった。
「普段は普通の腕時計としても使用可能だ。かくれんぼの時にだけボタンを押して、設定を変えてくれればいい」
山崎はきっと、この時口を開いていたのだろう。小島がメールアドレスを割り当てたことにも相当驚いたが、これは今まで以上の驚きだった。
「それを部員全員分作ってみんなに付けさせよう」
と、意気揚々と提案してみたのだが、不機嫌そうな顔をしていた。
「これ、一台作るのにいくら掛かると思う? 3万円近く掛かるぞ。これは試作型で、自分の家に有ったものを使っただけであまり金は掛かっていないがな。それを全員分? 実費で簡単に出せる値段ではない」
5人分作ったところで、相当な額に上ることだ。そこで山崎は更に提案してみた。
「部費が出るはずだ。それで作ってもらえれば……」
「部費? 自由に使える金で、学校が出せる額と言ったら精々1万円程度だ。これっぽっちの足しにもならないぞ」
それはそうだった。本校は部活に制限は無いため、大量の部が存在している。全てに大量の部費を出していたら、借金まみれになってしまうだろう。
「そうだな……もう少し考えてみるとするか……」
そんな会話をしていると、教室に松川と西宮が入ってきた。そして、目が合うと同時に西宮が話し掛けに来た。
「山崎さん、おはようございます」
「おはよう西宮」
山崎は西宮が相当お金持ちなのは知っていたが、流石にお金をくれとは言えなかった。小島も同じことを考えていたことだろう。
「あのですね……土曜日の部活の件を父に話したところ、大喜びでして。お小遣いを増やすからもっと部活を楽しんでいいぞと言って貰えたのですよ」
「お小遣い?」
「なので、部活でお金を使うようなことがあったら是非相談してくださいね」
タイミングが良いことこの上なかった。増えたお小遣いの額は訊けなかったが、小島の件を頼んでみようと思った。
「早速で悪いんだが、小島がお金を必要としているんだ。15万程で足りるんだが、大丈夫か?」
「あら、15万ですか? 何に使用するか言ってもらえれば、すぐに出しますよ」
驚愕。15万がすぐに出る女の子を目の当たりにした驚き。山崎の頭の中が一瞬白くなったが、すぐに目的を話した。
「小島が、かくれんぼをする時にもっと楽しめるように、腕時計型の機械を作ったんだ。それを作るのに、一台当たり3万円掛かるから、人数分の15万円ってところだ」
「わかりましたわ。じゃあこの15万円は小島君に渡せば良いのですか?」
小島が大量の札を目の前にして、気を失いそうになったがすぐに持ち直した。
「ほ、本当にいいのか? いいなら、すぐにパーツを揃えて今日中に作るつもりだが」
「構いません。お金で買える物はいくらでも用意できますし」
なぜ西宮がこんなに経済力が高いのか。それは謎に包まれたままだったが、そっとしておいた。
「わかった。じゃあ今日の帰りにあの店とあそこの店に行って……」
小島がブツブツと呟いた後、すぐにパソコン画面に向かいなおしたので「よろしく」とだけ言って、自分の席に戻ろうとした。その時、姫路が誰かと喋っているのが目に映った。いかにも小島とは正反対の体系の大柄な男だった。その男は姫路との話を終えると、自分の席に帰って行った。
「なあ姫路、今のって誰?」
「え、同じクラスだぞ。お前は本当に覚えてないのか」
「ああ、覚えていない」
姫路は落胆していたが、仕方ない、と言ったような表情で話を切り替えた。
「今のは躑躅森くんだよ。陸上部のエース候補で、50メートル走6秒切ってるとか何とか」
「躑躅森ってすごい名字だな」
「そんな珍しい名字を覚えてすらいないお前も充分すごいよ」
「で、その躑躅森がどうしたって?」
本題に入ろうとしたが、当の本人が帰ってきた。その男は自分よりも10センチ程高い身長で、大柄な体型だった。
「この前、土曜日に部活やってただろ? なんの部活か気になって姫路に訊いてただけだよ。そしたらお前達、結構面白そうなことしてるなーと思ってさ」
「気に入ったのか?」
「ああ、だからお前達の部に入ることにするわ」
席に座っていた姫路が立ち上がって、躑躅森の肩をしっかりと掴んだ。そして言い放った言葉。
「よく考えろ!! お前は陸上部のエース候補だって聴いているぞ……? それを簡単にやめちゃうなんて、勿体なすぎる!!」
「いやー。体はいつでも鍛えられるし、部活で練習する意味無いと思ってたところなんだよ。それに、部活に入ってたら勉強する時間も削られるわけだしな」
「それでも……世界記録目指せる程の実力があるんじゃないのか?」
「世界は部活に入っていないと取れないものじゃない。そして、部活をやめるとは一言も言っていないはずだが?」
もっともだ。躑躅森は部活をやめるとは言っていない。“兼任”というやつだ。躑躅森の意見に賛成した山崎も立ち上がった。
「よし、今日から君も学園カメレオンの一員だ!」
「ありがとよ! 俺の名前は躑躅森智樹。『つつじ』か『ともき』とでも呼んでくれ」
「よろしくな、つつじ!」
こうして躑躅森が部活に参加することとなった。