第41話 『夏の終わり』
山崎は息を呑んだ。花火を見て感動している様子では無い。松川のこんな表情を見て動揺しているのかもしれないが、落ち着いて松川に声を掛ける。
「松川、大丈夫か?」
花火が打ち上がってるせいで声は届かない。周りのみんなも松川が泣いているのには気づいてないようだ。そっと松川の肩を叩いた。松川はハッとした表情を浮かべ慌てて目をこすった。しかし心配な山崎は松川を神社の裏に連れて行き、話を聴くことにした。
丁度花火の音が遮られ、声は何とか聴こえる場所になっていた。夜の暗闇の中、神社の裏で女子と二人で居るこの状況に対して何も思わないと言えば嘘になるが、今は松川が心配だ。話を聴くことにした。
「どうしたんだ? 急に泣きだして」
「ごめんね……心配してくれてありがとう」
いつもの松川の笑顔がそこにはあった。
「夏祭り、実はあんまり好きじゃないんだ」
急な告白に山崎の心は揺らいだ。先ほどまで笑顔で屋台を楽しんでいたのにも関わらず、何故そんな事を言うのだろうか。山崎は理由が分からず、ただ沈黙をしてしまう。すると松川がまた口を開いた。
「昔の話、してもいいかな……?」
「お、おう」
「前はうちにもお父さんがいたの」
「……え?」
突然話されたことに理解が追いつかなかった。しかし山崎が考えを整理する間もなく松川は話を続けた。
「私のお父さんは花火職人だったんだよ。昔は立派に花火を作って打ち上げる人だったの。夏祭りの時期になると忙しくて、夏はあんまり家にいない時があったの。家族で夏祭りを見に行くっていうのは、お父さんの晴れ舞台を見るのと同じ事だったんだよ」
表情は暗く、それでも笑顔で話を続けていた。山崎は止めようかと思ったが、松川が話していると言う事は、松川の気が楽になるようなことかもしれない。話は最後まで聴こうと決心した。
「小学5年生の時だったかな、私がお父さんの仕事を見たいって言ったの。お父さんは最初反対してたんだけど、私がその時誕生日だったこともあってこう言ったの。『誕生日はお父さんの仕事を見てみたいな』って。そのわがままが通じて私はお父さんの仕事現場に行く事ができたんだよ」
山崎は急に野暮なことを突っ込んでしまった。それはこの先の話の内容が暗いのではないかという事に対し、少しでも空気を和らげておかなければならないという配慮から来るものだった。
「松川の誕生日、いつなんだ?」
「8月27日。今日が誕生日だよ」
今日が誕生日だと言う事は、きっと学園カメレオンの誰も知らないのだろう。松川とずっと行動していたが、お祝いの言葉を聴いた覚えは無いからだ。
「8月27日が私のお父さんの命日なの」
「え……」
「私がお父さんの仕事姿を見て、とってもカッコいいと思った。感動した。花火は目の前で上に上がっていくし、真下から見る花火はとても綺麗だった。けど、最後の一玉を入れる時に事故があったの。筒に花火を入れて、火を点けて……順調に進んでいったのに花火が打ち上がらない。何かがおかしい。お父さんはすぐに異常を察知したの。周りの人間に避難指示をしていた。けど、私はどうする事も出来ずにただ呆然と花火の筒を見ていたんだ。お父さんが走ってきて私を抱きかかえた時、爆音が響き渡った」
松川がまた涙を流していた。今聴こえて来た花火の音が残酷だった。山崎には今打ち上がっている花火が、松川の心に直接刺さっているように聴こえた。
「私をかばってお父さんは爆発に巻き込まれた。その事故が原因でお父さんは命を落としたの。お兄ちゃんはその時高校生だったんだけど、生活が苦しくなることが分かってからバイトを始めてお母さんと一緒に生活費を稼いでくれたの。私が不自由なく高校生になるのを心から応援してくれた。今日お兄ちゃんが屋台のバイトをしてるのも、私のためなんだって思うと本当に感謝の気持ちでいっぱいになって……それで花火を見た時に泣いちゃったんだ。ごめんね、こんな話聴かせちゃって」
松川の家庭の事情を聴いた山崎は心苦しかった。しかし松川はもっと苦しい思いをして今まで過ごしてきたんだ。そう考えると自分は幸せに生きてきたんだなと改めて思い直す事が出来た。
「いいんだ。松川の気持ちが晴れるなら、俺は話だって聴く、ショッピングにだって行く、プールだって一緒に入る。こういう俺は意外とお節介焼きなのかもな」
「……ありがとう」
泣いている松川が急に抱きついてきた。あまりにも急すぎて自分の目と腕のやりばに大変困ったが、松川が口を開いた。
「花火が止むまで、ぎゅっとしてていいかな……?」
「あ、ああ……」
自分の鼓動は花火の音よりもずっと早く打ち続けていた。松川が顔をうずめて涙を流しつくし、しばらくした時に顔を上げた。
「もう大丈夫。折角みんなでいるんだから、花火見ないと損だよね」
「そうだな。皆の所に戻ろうか」
神社の表に出ると、みんなは花火を見上げておらず、何かを探している様子だった。その何かを初めに見つけたのは、山崎の姉だった。
「慎一いたー! 何処行ってたの!?」
松川と二人で神社の裏から出てくる山崎に対し、とても不審そうな眼差しで見つめる姉。花火はこんなに綺麗に上がっているのに、山崎にしか注目していない。周りの皆も姉の声に気付いたのか、ほっとした様子を浮かべている。
「皆心配してたんだよ?」
「ごめん。ちょっと話をしてて……」
姉以外は花火を見ているが、姉だけはまだ山崎の顔を見ている。嘘をついているのか、本当のことを言っているのか、そういう疑いの目を向けていた。
「そっか。花火はまだまだ終わらないから、一緒に見ようよ!」
山崎の腕を引っ張る姉。それを横目に変な目で見る松川。一体うちの姉はなんでこんなに弟である俺に興味を持っているのだろうか、と山崎は心の中で呟いた。
最後の花火はとても大きく、とても綺麗だった。しかし花火が打ち終わるとなんだか切ない気持ちになるのは何故なのだろうか。花火が終わり、流れで解散となってしまった。皆と次に顔を合わせるのは始業式の日だろう。今年の夏休みはすっかり満喫できたと山崎は心の中で思いながら家に向かった。
電車を降りて姉と一緒に歩いた。今日の空は星が綺麗だった。昔は天の川が見れたらしいが、今の日本では見れる地域は限られているだろう。それでも夏の夜空にはしっかりと星が見えていた。
「神社の裏で何してたの?」
姉が唐突に話しかけてきた。松川の家庭の事情を聴いていたとしか言いようがなかったが、それを姉に伝えたところで意味は無い。姉は直接松川と関わっているわけではないからだ。
「ちょっと話してただけだよ」
「ほんと?」
「うん、ほんとだよ」
「いやらしい事とかしてない?」
山崎は言葉を聴いて吹き出してしまった。急にそんな事を聴かれるとは思っていなかったからだ。不意を突かれた。
「してないから!」
「ほんとにほんと?」
いい加減鬱陶しいと思ったが、姉はいつものようにただ心配をしているだけのようだった。松川に抱きつかれたが、決していやらしい事には含まれないだろう。
「大丈夫だから。何もなかったから」
「そっか。よかったー」
何が良かったのだろうか。理解が出来ないまま家に着く。姉は歩きにくいだろう浴衣をずっと着ていたにも関わらず、元気だった。流石はいくつもの国を旅しているだけはあるなと少しだけ感心した。
部屋に戻り携帯をいつものようにベッドに投げるように置いた。メールが入っている事に気付き、すぐに拾う。
本文:今日はありがとね!
松川からのメールだった。一緒に添付されていた写真は、花火を打ち上げた後に皆で撮った写真だった。皆姉に携帯を渡して、写真を撮っていたのを思い出した。全員笑っているのが一目でわかる。素敵な写真となっていた。
思い出にしたりながらその日は眠った。
それから一週間近くが経ち、今日は始業式だった。長い休みの後の学校はなんだか遠い気がした。教室で担任の話が終わり、校庭に出て校長の話を聴く。その日は午前中で解散となり姫路と一緒に帰った。姫路は夏休みの事を振り返り始めた。
「今年の夏休みは楽しかったな。皆で流しそうめんしたり、ショッピング行ったり、映画見たり、夏祭りに行って花火も見たし……山崎も楽しい夏休みだったと思うよな?」
「もちろん。今年は今までで一番の夏休みだったな」
「そうだな。お前と出会ってまだ5ヶ月しか経って無いのが嘘みたいだぜ」
「まだ9月なんだな。9月って何かイベントあったっけ?」
9月の学校の行事は何があるのだろうか。中学の頃の記憶を必死に引っ張り出そうとしたが、出てくる前に姫路が答えた。
「9月は学園祭があるぞ」
「うちの学園祭って何するんだろうな」
「部活ごとの出し物とかあるらしいぞ」
部活ごとに出し物があるというのは、美術部や漫画研究部などの展示物、それを考えると学園カメレオンはどんな出し物ができるのだろうか。
「そっか……じゃあうちの部活も何かやるか」
「お、何かいい案でもあるのか?」
「ない」




