第19話 『落ち込む山崎』
体育祭。学校の2大イベントの一つである。潮凪学園は6月の上旬、テストの終わった次の週に体育祭が行われる。体育祭は、潮凪学園の大きな校庭で全学年同時に行われる。1000人近い生徒が、初夏の日差しを浴びながら体育を楽しむのだ。
そんな体育祭が今週の土曜日に控えている。山崎は、体育祭を楽しみにしていた。もちろん、一番楽しみにしているのは『部活対抗リレー』に対してだった。うちの作った部活が、どのように健闘してくれるか、楽しみだったのだ。
そんな月曜日の授業が始まる前のSTの時間。担任から全体に連絡が届く。
「今週の体育祭に向けて、部活対抗リレーの参加を決める必要がある。部長がこのクラスにいたら、今日の放課後、俺の所に来るように」
担任は、こちらを向いていた。普通、部活の部長と言うのは最上級生が就くものだからだ。部活を新しく立ち上げたのは、1組の中では山崎だけなので、担任はこちらに向かってその連絡を済ました。
そして、STが終わり、担任が教室を出ていったと同時に、松川が話しかけてきた。
「ねえ、部活対抗リレーに参加するんだよね?」
「もちろんそのつもりだ」
「うちの部活のメンバーで、誰が走るの?」
「つつじが一番足が速いだろうな」
もちろん、一番期待しているのは躑躅森智樹の足だった。彼は、学園一速い男なので、期待が出来る。
「でもつつじくん、陸上部にも所属してるんだよ? 普通に考えたら、陸上部で走らないかな?」
「あ……」
躑躅森は、学園カメレオンのメンバーでありながら、陸上部にも所属している。部活対抗リレーの優勝経験豊富な陸上部が、躑躅森を逃すはずがない。そのことを完全に忘れていた。
「しまった。そのことを忘れてたよ……今日の放課後、一旦みんなで集まって、話し合おう」
「そうだね。出場する選手も決めないとね」
松川がそう言うと、先生が入ってきて、授業が始まった。
――放課後
部室には山崎以外に、みんな揃っていた。部室では、躑躅森と円町が初めて顔をあわせていた。姫路が先日の土曜日にあったことを全て話し、躑躅森は納得した。山崎が部室に入ってくる。
「よし、みんな集まってるな」
山崎の手には一枚の紙があった。それを部室の長机の上に置き、話を始めた。
「部活対抗リレーの参加用紙だ。参加人数は4人。一人が100メートル走り、次に走る人にバトンを渡す。そうして、400メートル走り、各部活ごとのタイムで優勝チームを決める」
説明をざっくりと終え、本題に入る。
「つつじ。この部活対抗リレーは、陸上部として出るのか? それとも学園カメレオンとして出るのか?」
躑躅森が答えを出した。
「学園カメレオンとして出場させてもらうよ」
意外だった。陸上部として出るという言葉を予想していた山崎としては、嬉しい誤算だった。そこで、姫路が口を開き、疑問を投げる。
「どうして陸上部として出ないんだ? 陸上に期待されてるんじゃないのか?」
「土曜日の大会の時に、その話を丁度したんだ。そしたら、陸上部の部長が、『お前と戦ってみたいから、敵として出場しろ』とか言いだしたんだ」
「そ、そうか……やっぱり、この学校の生徒は……」
と姫路が口をもごもごさせながら話していたが、山崎が本題の二つ目に入った。
「じゃあ、この8人の中で、出場する選手を決めよう。まず、走りに自信がない人、手を挙げてくれ」
と言うと、すぐに手を挙げた人が、3名いた。小島と神宮と西宮だった。まず小島から口が動く。
「運動なんて、元々必要ない」
続いて、西宮から言葉が出る。
「運動は苦手な物で……今回は遠慮させてもらいますね」
最後に、神宮が言う。
「面倒だ」
それぞれ理由は違うにしろ、皆走りたくない様子だった。山崎が呆れたが、他のメンバーを見渡した。すると、教室では全然雰囲気の違う円町が、声を挙げた。
「速い者順で、この中で一番遅い人を蹴落としましょう!」
ひどい言葉が聴こえた気がしたが、山崎も同じことを考えていた。女子が二人、男子が三人。正直、女子が多いとタイムは遅くなると考えていたので、松川か円町には遠慮してもらおうと思っていた。そこで、躑躅森が提案をした。
「じゃあ今から校庭で、5人の中で誰が一番遅いか、タイム計ってみるか?」
そう言うと、松川が立ちあがり、言った。
「よし、じゃあ校庭に体操服で集合だね! 京子、着替えるよー!」
そういうと、円町の手を持って、部室を出ていった。月曜日は体育の授業があったので、ちょうど体操服は持っていた。山崎と姫路と躑躅森も、着替えようとした。
「じゃあ、私たちは校庭で待ってますね」
西宮がそう言うと、リレーに参加しない3人も外へ出ていった。
――校庭
着替え終わり、校庭に出ていくと、部活をしている生徒がたくさんいるのがわかった。しかし、校庭の一角だけ、空いてるスペースがあった。50メートルラインが引いてあり、練習するスペースには持ってこいな場所だった。しかし、陸上部の生徒は誰も使っていなかった。それについて、山崎が躑躅森に訊く。
「あのスペースは何だ? なんであそこだけ使われていないんだ?」
「ああ、あそこは体育祭前には使ってはいけないスペースになってるんだ。各クラスの競技の練習に使ったりできるからな。と言っても、利用する生徒はあんまりいないんだがな……」
そのスペースを借り、50メートルのタイムを計ることにした。そして、小島が提案をした。
「SCウォッチの機能で、ストップウォッチの機能もある。ゴール側に俺が立っておくから、ストップウォッチは俺に任せろ」
「そ、そんな機能まで付いてたのか。すごいな」
と、躑躅森が感心していた。小島が、ゴールに立って手を振っている。準備が出来たようだった。スタート側では、誰が初めに計るか、という話し合いをしていた。話し合いの結果、まずは姫路から走ることになった。姫路が、屈伸や伸脚をし、足の調子を整えた後、スタートラインに手をついた。松川が、スタートラインの前で手を下ろし、声を挙げた。
「位置に着いて、よーい……」
姫路が、クラウチングスタートの態勢を取る。
「ドンッ!」
声と同時に、松川は手を挙げ、姫路は走りだす。山崎の頭の中では、勉強が出来る奴は運動がだめという偏見を持っていたため、姫路が案外早いことに驚く。走り終えた姫路は、ゴール側で小島と話しており、すぐに帰ってきた。
「7秒21だったよ」
これが男子高校生の平均的代表の姫路のタイムだった。結果を聴いた後、山崎は自信ありげにスタートラインに立った。
「よし、お前のタイム、抜かしてやるぜ!」
そうして、松川が再び声を挙げる。
「位置に着いて、よーい……ドンッ!」
全力で走った。山崎は、脳内で中学の時の記憶を呼び起こしていた。あの頃、クラスの中で6秒台を出していた。その記憶だ。運動には自身があったからだ。部活はやってこなかったものの、足だけは速かったのだ。
ゴールに着き、小島に伝えられる。
「7秒34」
「えええええええ!!」
自信が一瞬にして失われた。今までの中学の記録を誇りに思っていたのが、嘘のように崩れ落ちていった。スタートラインに戻ると、松川が純粋な目でタイムを訊いてきた。
「どうだった? 姫路君より速かった?」
「な……7秒……34」
膝をついて落ち込んだのは、久しぶりだった。勉強も運動も、両方とも姫路に負けていたからだ。悔しさのあまり、涙が出そうになったが、ぐっとこらえた。そして、松川が慰めるように声を掛けた。
「ス、スタートの声出し、変わってくれるかな?」
「分かった……」
山崎はスタートラインに立ち、手を下げる。
「位置に着いて、よーい……どんっ!」
松川の全力疾走を目の当たりにした。速かった。今走った3人の中で、一番速かったような気がした。それは、女子なのに速い、というギャップから来るものだったのか、その時は分からなかった。そして、走り切った後、タイムを報告しに来る。
「7秒29だったよ!」
山崎は、再び膝を落とした。