第13話 『にしのみやけ』
「僕はね、昔からお金持ちだったわけじゃないんだ。幼いころは、母と二人で過ごしていたんだ。父がいなかったわけじゃない。父は、自分が生まれた直後、交通事故で亡くなったんだ。
僕は小さいころずっと運が無かった。それに貧乏でもあったんだよ。
公園で遊べば必ず転ぶし、学校ではいじめも受けてた。鉛筆を隠されたり、上履きを隠されたり。そういうのはしょっちゅうあったんだ。だけど、母と二人で生活しているわけだ。そんなこと気にしてなんかいられなかった。強い子になろう。負けないように頑張ろう。小さいながらに心に決めていたんだ。
それですくすくと、立派な高校生まで育った。でも、やっぱり不運な出来事と貧乏神は、憑いたままだったね。毎日のように不良にお金を取られたり、喧嘩をふっかけられたり。もう、地獄のような生活だったよ。
高校1年生の誕生日の時、僕は夢を見たんだ。まるで、天国のような場所にいたような夢だった。雲のようなフワフワした、それでもその上を歩けるような。不思議な場所だった。そこで、出会ってしまったんだ。神にね。
神はこう言ったよ。
『お前は、不運で貧乏すぎる。16歳の誕生日くらい、幸せになってみたいだろ? だから今日だけは私の運を分けてあげよう。どんなことをしたってラッキーな日になる』
夢の中の僕は、何も反論できなかったんだ。幸せになりたいと、いつも思っていたからね。で、目が覚めた時に何か不思議な力を感じたんだ。夢の中が本当なら、今日はとてもラッキーな日になるぞ! って喜んだ。
街を歩いていたら、ふと目にとまったんだ。スクラッチ宝くじの文字がね。試しに1枚、その場で買って、スクラッチをやってみたんだ。1等、10万円がその場で当たっちゃってね。僕は驚いたよ。神の言っていたことは本当かも知れない。
これを利用しないわけがなかったよ。貧乏症の僕が考えたことって、何だかわかるかい? その当てた10万円で、当日わかる宝くじ関連の物をインターネットを使って、日本中の宝くじを買い占めたんだ。もちろん1枚ずつだから、お金はそんなに掛からない。
で、全部当たり。1等や2等で埋め尽くされて、僕の所持金はみるみると膨れ上がっていったんだよ。信じられないかもしれないけど、今お金持ちなのはそういう理由さ。
で、日本一のお金持ちになった途端、マスコミやらテレビ取材が殺到。当然そのギャラもたくさん貰ったよ。自分もその当時は一躍有名人になったってわけだ。
お金持ちになってある日のこと、僕の所にロシア人の可愛いお嬢さんが来たんだ。婚約したい、と言いだしてきてね。きっと金目当てだったんだろうけど、可愛かったんだ。で、18歳になってから結婚。彼女はその当時23歳だったかな。
お金は有り余るほど持ってたし、実際貧乏症が抜けてなかった僕は豪遊もしなかったよ。結婚しても、普通の家に住んで、普通の生活をしていたんだ。
そして、いつの間にかさくらが生まれた。親になってみるとわかるけどね、子供をすごく大切に育てようと思ったんだよ。
それで、最も安全なセキュリティーを……と考えるようにした結果、この湖の上にこんな大きな城を建ててみたってわけ。城は妻の意見だったんだけどね。
お金持ってても、自分みたいな人間は不幸がまだ残ってるんだ。妻は二人目の子を産んでから、交通事故で亡くなってしまった。
まだ小さい子を二人残して、僕は決めたんだ。この子たちに不運な思いはさせたくない。
そうやって大切に育ててきたのが、私の自慢の娘、さくらともみじだよ」
長々と話してくれた父には、少し涙が見えた気がした。色々謎があったような気がしたが、山崎以外の人間もすごく真面目に聴いていたようだ。西宮さくらの父は、波乱万丈な人生を歩んできたのだろう。そう感動していたら、追加で一言加えた。
「まあ、これ嘘かどうかは自分で判断してね」
感動が台無しになったと思った瞬間だった。そして、松川が最初に疑問に思ったことを訊いた。
「あの、お父さんは今いくつなんですか? 相当若いように見えますけども……」
「ああ、僕の年齢? 今は34だよ」
「34!? 若過ぎじゃないですか!?」
それだと、さっき出てきた話がほぼ真実になる。じゃあロシア人の奥さんってのも本当なのだろうか。いや、妻を亡くしたというのも本当なのだろうか。だが、あまり人の生命に関わることは聴きづらかった。そのことについては、いつか勇気が出たら訊いてみようと思った。
そうやって、談笑していると、とっくに昼ご飯の時間帯になっていた。お腹が空いたのがバレているのか、西宮が立ち上がった。
「お昼御飯にしましょうか。何にしましょう?」
そう提案してきた物の、自分達ではパッと意見が言える物が無かった。すると、お父さんが声を掛けた。
「じゃあ、僕牛丼でも買ってくるよ」
と言い、自ら部屋を出ていった。山崎は西宮に一応訊いた。
「あれは、ジョークなの? こんな豪邸なのに、牛丼とか食べるの?」
「ああ、あれは本当ですよ。さっきの話の通り、貧乏症が全然抜けてないんです」
これまた、先ほどの話が本当のことだという理由づけになった。きっと、あのお父さんが今まで話してきたことは本当のことなのだろう。
「じゃあ、ゲームもありますし、時間潰しましょうか」
15分ほど経った後、そのお父さんは帰ってきた。牛丼をたくさん持って、机の上に並べた。数えると、合計で9個あった。さっき言っていた『もみじ』という子の分だろう。と、父は牛丼を置いた後、もみじ呼んでくるから、先食べててと言い、部屋を後にした。
「じゃあ、いただきましょうか」
「「いただきまーす!」」
みんなで食事をするのは、これで2度目だった。昨日に引き続き、今日も一緒に食事をする。みんないい笑顔だった。
すると、すぐにドアが開いた。そこには、先ほどの父と、金髪で、背の低い小さな女の子が立っていた。
「金髪!? 不良なの!?」
思わず、姫路が声を上げてしまった。今日は色々とツッコミどころが多かったのを、我慢していたのだろう。しかし、その子からは普通の返答がきた。
「地毛です。母が金髪だったらしいので、それです」
説明は下手だったが、十分に伝わった。つまり、父親の話していたことは、全て本当のことだったらしい。
「西宮もみじです。中学3年で、来年潮凪学園に入学しようと思っています。よろしくお願いします先輩たち」
「よろしくー!」
松川が元気よく返事をしたのに続き、他の面々もあいさつした。と、もみじは牛丼を見つけ、黙々と食べ始めた。9人一緒に牛丼を食べる姿は、実にシュールだっただろう。
食べ終わったところで、お父さんが言った。
「じゃあ、好きなだけゆっくりしていきなさい。もみじも、好きなゲームの対戦相手が欲しかったころだろー?」
「うん」
といい、テレビの前にもみじが座った。
「じゃあ、父さんは昼寝してるから。時間見て遊びなさい、さくら」
「はい、わかってますよ」
この一家の仲の良さが垣間見れた。きっと、こういう性格でもしっかり者の長女がいれば、なんとかなるのだろうと。もみじがテレビの前に座っており、それに小島が興味を示していた。
「小島、何のゲームか知っているのか?」
「ああ、この前発売された格闘ゲームで、俺もよくやってるよ」
「じゃあ、相手してやれよ。さっきお父さんも言ってたし、対戦相手がいないんだろ? きっと」
「わかった」
小島ともみじは、ゲームに夢中になっていた。二人で一生懸命戦っていたようだが、自分にはわからない世界だった。コントローラーの音が鳴り響く中、メンバー達は今後の話をした。
「部活なんだが、これからはもっとフロアを増やしてもいいと思うんだ」
山崎がそう提案した。すると神宮が反応した。
「そうだな、校舎1階から4階、全て隠れられるようにしたり、いずれは学校の敷地内全て、とかな」
「そうだな、隠れられる範囲の拡張も必要かもしれないな」
2階と3階だけでは、物足りないと思っていたのは山崎だけではなかったようだ。他のみんなも頷いていた。すると、躑躅森が意見を出した。
「鬼ごっこ形式にして、見つかりそうになったら、逃げてもいいっていうルールにしてみたらどうだ?」
これは山崎も考えていたが、答えはNOだった。
「逃げられるようにしたら、つつじが永久に捕まらないだろ?」
足が速いことで有名な躑躅森は、全力で走ったら大抵の人間は捕まえられない。自覚がないのか、わざとなのかは知らないが、とりあえず断った。みんなで少し考えてみたが、結局いい案は出ず、ゲームをしたり、お喋りしたりして時間を潰した。
その後、夕方になり空が赤くなり始めたころに、西宮の家を出た。学校の前まで送ってもらい、解散した。その時の小島の、今日は調子が悪かっただけだ、という言葉が気になったが、あえて触れなかった。電車の中で、姫路と話をしていた。他愛もない話しだったが、最後に振られた言葉には耳を疑った。
「そういえば、明日からテストだけど勉強捗ってる?」
その瞬間、山崎の脳内は真っ白になった。