第10話 『神宮未佳という女』
軽音楽部の部室を後にした松川は、そのまま3階の探索を始めた。もしかしたら、他にも3階に隠れている人がいるかもしれない。そう考えたのだ。すぐ隣には9組、その隣には8組と順に続いている。構造は2階と同じだ。順に調べていけばいいだろうと考えていた。
9組、8組、7組……順に教室の前で立ち止まって、SCウォッチを確認した。しかし、反応がない。6組の教室の前には、2階と同様、男子トイレがある。
「い、一応確認してみようかな……」
男子トイレの前に立った。SCウォッチを覗いてみる。
○半径10メートル以内に、かくれびとの反応あり! 1人
隠れている人がいる。松川は、前回のことをまた思い出してしまった。隠れているということがわかった以上、入って確認しなければならない。だけど、また誰かが用を足していたらどうしよう。そう考えてしまっていた。だが、今回の松川は違った。
コンッコンッ
ノックをして、一応確認してみた。ノックをしてもなお、人の足音などは聴こえないので、きっと用を足している人はいない。そう判断して、中に入った。個室を一つひとつ、チェックする。一つ目、二つ目、三つ目……。残るは個室と、掃除用具入れだ。最後の個室を開けた。すると人が立っていた。
「いや~。女子なのによく堂々と入ってこれたね」
姫路が頭を掻いていた。どうせ入ってこれないだろう、と思っていたのだろうか。土曜日は、生徒はほとんどいない。つまり、利用する人もいないわけだ。そんな誰もいないような男子トイレに入りづらいわけがない。
「土曜日だし、堂々と入っても変じゃないと思うけどねー」
そう切り替えした。姫路は参ったといった表情を浮かべたが、松川にとっては普通のことだった。
「それはそうと、さっきSCウォッチに一人見つかったって表記があったけど、誰を見つけたの?」
「さくら。軽音部の部室に隠れてたんだよ」
「で、俺は見つかったわけだけど、どうすればいいんだ?」
そう訊かれ、SCウォッチの画面の操作を教えようとした。だが、場所が男子トイレだ。長居はしたくない。
「外に一旦出て、それから話そうよ」
外に出て、SCウォッチの画面の説明をした。赤外線通信で見つかったことを知らせる、ということと操作の手順だ。そして、姫路と松川両方の画面で操作を終え、通信した。
●見つかった! 残りかくれびと…… 4人
○見つけた! 残りかくれびと…… 4人
「ほほー。こんな物作ったのか小島は。まさか天才なんじゃないのか?」
「かもしれないねー! ひょっとしたら、もっとすごい物とか作れるんじゃないのかな」
「いつも学校に持ってきてるパソコンとか、自作した物だったりな!」
そう小島を褒めあっていたのだが、松川は何か重要なことを思い出したかのように、話を替えた。
「時間制限あるんだった! こうしてはいられないよ」
SCウォッチを確認する。
○00:43:54
「残り43分かー! じゃあ姫路君、またあとでね!」
そう言い残し、その場を後にした。
「がんばれよー!」
姫路がそういう頃には、次の教室の探索を始めていた。松川は6組、5組、4組と順に探していき、1組まで見回った。しかし、何も反応が無かった。1組の前の階段を使い、2階へ降りる。そして、2階の教室も順に調べていくことにした。1組……早速反応があった。
○半径10メートル以内に、かくれびとの反応あり! 1人
「お、部室の隣に隠れるとは、勇気がありますな」
独り言だったが、中に聴こえる程度の声の大きさで喋った。ドアに手をかける。だが、ドアが開かない。力いっぱい開けようとしても、何かに引っかかっているように少ししか開かなかった。
「あっれー? 鍵でも閉まってるのかな」
確認するも、鍵は開いていた。一応、後ろのドアも確認するが、やはり開かない。ドアをがたがたしていると、中から声が聴こえた。
「バリケードを張った。中に入れないようにな!」
声の主は、神宮未佳。神宮は姑息な手を使っていたのだ。机で教室のドアを開かないように、押さえていたのだ。
「未佳ー! これはちょっと卑怯なんじゃないの?」
こちらも対抗して声を張る。しかし返答は返ってこない。きっと神宮本人は、卑怯とも姑息とも思っていないのだろう。
「じゃあここは後回しにしよう……」
そう言って、1組の前を退散した。2組、3組と順に調べていったが、気配は無かった。そして、初めに調べた物理室の前に戻ってきてしまった。制限時間の確認をしようと、SCウォッチを見てみた。
○00:35:21
半径10メートル以内に、かくれびとの反応あり! 1人
松川は目を疑った。
「あれま? さくらを見つけた後、誰かここまで来たのかな?」
移動はありなのだろうか、と考えていた松川だったが、とりあえず部屋の中に入った。中は暗く、やはり慣れない空気が漂っていた。電気を付けてみようとしたが、修理中という文字に気付き、やめた。どこが壊れているのだろう、と天井に目を向けた。そしたら、何か得体のしれない物が、天井に貼りついていたのだ。とても大きい、黒い物体のようなものだった。驚きのあまり、声を上げてしまった。
「う、うわ! 何これ!」
そう、声を上げたと同時に、その“何か”は天井から降りてきた。どしん、と重い音を響かせながら、降りてきたのだ。すると、声が聴こえた。
「いやー、見つかった見つかった」
それは……いや、その人は躑躅森だった。
「つ、つつじくん? どうして天井に……」
「ああ、ゲーム開始からこの部屋にいたんだ。あの天井の出っ張りに手と足を入れて、天井に隠れてたんだよ」
「て、天井の出っ張り?」
天井を見上げると、天井から輪になっている、金属のような物がくっ付いているのが確認できた。
「実はここ、昔は屋内のトレーニングルームだったみたいでね。前にこの教室に入った時に、この懸垂出来る部分を見つけたんだよ」
なるほど、と理解しようとしたが、不可解な点が一つあった。
「あれ、じゃあ私が初めに入ってきた時、ここにいたの?」
「そうだよ。一生懸命下を探してたけど、残念ながら上にいたんだよ」
予想外の展開に、松川の口も閉じなかった。
「でも、どうしてこんな大変なことをしてたの?」
一番の疑問はここだった。わざわざ、こんな疲れる場所に隠れなくても、他に隠れる場所は色々あるだろう。そう考えていた。
「だって、筋トレになるじゃないか!」
変な言葉を聴いてしまった。
「筋……トレ?」
「筋トレが趣味だからね、俺は」
と、要求もしていないのに、力こぶを自慢してきた。確かに、入学式初日、自己紹介で筋トレが趣味と言っていたが、ここまでの物とは予想もしていなかった。
「お疲れ様。SCウォッチの操作の説明、していいかな?」
そう言うと、躑躅森に見つかった時のSCウォッチの操作を説明した。赤外線の通信をして、残りの人数が表示された。
●見つかった! 残りかくれびと…… 3人
○見つけた! 残りかくれびと…… 3人
そして、躑躅森の筋肉自慢を聴いて、思い出したことがあった。神宮の隠れている、1組だ。もしかしたら、躑躅森ならあのバリケードを突破できるのでは。
「ねえ、1組まで着いてきてくれない? 頼みごとがあるんだけどさ」
「1組? 何があるんだ?」
「未佳……神宮さんがバリケード張ってて、中で閉じこもってるんだよ」
「ああ、そういえば一番初めに1組に入ってけど、そういうことだったのかわかった、確認してみようか」
そう言って物理室を後にした。9,8,7……順に教室を戻り、また1組の前に立つ。
「ドア、こじ開けることできそう?」
躑躅森に頼んだ。任せてみろ、と言わんばかりの顔立ちで、教室のドアの前に立った。が、躑躅森は力いっぱいにドアを開けようとせず、ドアの取っ手を上向きに持った。なんと、躑躅森はドアを外したのだ。
「ああ、そうやって入ればよかったのね!」
簡単なことだった。ドアをスライドさせてはドアは詰まるが、スライドさせなければよい。そういう発想を持っていなかったのが、松川の少し抜けているところなのか。いや、普通は思いつかないことだろう。ドアを外そうだなんて。
「未佳!」
声を出し、中にいる神宮に呼び掛ける。1組の教室に入ろうとした時、床に何か輝く物が大量に見えた。ビー玉が散らばっていたのだ。イタズラ好きだというのはわかっていたが、ビー玉を持ってきてるとは思わなかった。教室に入れようとする足が、止まった。
「……未佳? かくれんぼ楽しんでるみたいだね」
神宮の顔は笑っていた。そして仁王立ちで待ちかまえていた。危うく、ビー玉を踏み、転ぶところだった。神宮自身は松川の転ぶところを見たかったのかもしれないが、その手には乗らなかった。ビー玉をどけながら、神宮に近づいていった。
「はい、見つけましたよっと」
神宮の肩を叩き、松川はため息をついた。SCウォッチの説明をして、赤外線通信をするころには、松川は疲れていた。
●見つかった! 残りかくれびと…… 2人
○見つけた! 残りかくれびと…… 2人
「ドアと、ビー玉の片づけは未佳がやっとくんだよ」
「ああ、楽しく隠れていられたから、満足しているよ」
松川がふと、SCウォッチを確認すると、残り時間が迫ってきていた。
○00:17:02
「やばっ! あと17分で小島君と山崎君探さないと! じゃ、じゃあまた後でね!」
そう言って、松川は1組を出ていった。