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無責任な猫達  作者: 眞三
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吾輩の糞は誰が片づける?

見様見真似の裏カジノものっす。

 昔、いい腕の弁護士がいた。彼の名は『中尾孝之』回りの弁護士からは『悪魔の弁護士』と呼ばれ、忌み嫌われた。

 彼に依頼すると、たとえ死刑を言い渡されるような極悪非道を犯したとしても、無罪となり法廷から出られると言う。それゆえ、凶悪犯罪者からの依頼が絶えなかった。彼は仕事を選ばす、あらゆる仕事をこなしたそうな。

 だが、彼は1つのミスを犯した。勝訴しすぎたのだ。

 その為、怒りや恨みを晴らせない被害者側の遺族からの怒りを買った。それに対して彼は『君達は法律を利用してストレスを発散したいのか? そんな愚かな行為の為に法律が存在するのではない!』このセリフが被害者遺族の堪忍袋の緒を断ち切った。

 ある日の真夜中。中尾の自宅に火炎瓶が数十本も投げ込まれた。真実は闇の中だが、犯人は当然遺族の方々だ。

 中尾は火傷を負いながらも、燃え落ちる家から生還する。だが、そこに遺族たちは追い打ちをかけた。彼を3日3晩袋叩きにし、縛って川に投げ捨てたのだ。これにより、遺族達のストレスは少しばかり取り除かれただろう。

 その後、『中尾孝之』の消息は誰も知らない。だが、それは表の世界での話。


「なぁ平田」若林がテーブルの上に置かれた物を睨みつけながら問う。

「なんだ?」

「この前、やっと大富豪で勝ったよな? で、今度の訓練ってこれか?」

「そう、これで俺に勝利できたら基礎訓練の一部は終了だ」

「そうか。自信ないな……」と、ため息をつく。

 若林は今、新たな試練に直面していた。それには複雑なルールがあり、行動規制があり、運が通用しない。そういう試練だった。

「チェック!」平田が声を上げる。

「待った! やっぱりナイトはここだ!」

「そこ置いたらチェックメイトになるぞ?」

「じゃあ! じゃあ……あぁぁ!」と、盤をひっくり返す。若林の試練とは、『チェス』だった。これには彼も納得した。最高の先読みを鍛える教材である。

「ひっくり返すのはいいが、お前が片付けろよ」と、上機嫌で椅子から腰を上げ、テレビの前に向かう。電源を入れ、チャンネルをニュース番組に回す。『有名人が賭け麻雀をやって逮捕される』との報道がされていた。

「見つかっちった! ってか」と、平田が漏らす。

「そういえばこの国じゃあ非合法なんだよな。カジノとか」

「そうでもないぞ? 非公式には合法だ」

「その言葉、矛盾してるぞ?」

「でも、成立する。裏社会って便利だよねぇ」と、タバコに火を点ける。

「やっぱり裏カジノってあるのか?」チェスの駒を拾いながら問い掛ける。

「もちろん。会員制ではあるが……表の奴でも入れるカジノがこの街にある。物騒で表の奴には合わないがな」と、美味そうに煙を吐く。

「へぇ、行ってみたいな」

「やめとけ。身ぐるみ剥がされて裏路地に転がされるのがオチだ。この前の情報屋はそういう目に遭った事がある」と、笑い話でも語るように口にした。

「本当か?」

「あぁ。そんなあいつに服とポータブルラジオを与えたのは、この俺よ」

「へぇ、おもしろい」

「だから、健全なパチンコや競馬辺りでやめとけよ?」

「でもなぁ……久々にルーレットとかポーカー、ブラックジャックがやりたいな」と、懐かしい物を思い出すような目になる。彼は外国にいた頃、3ヶ月間ラスベガスに入り浸っていた。その頃。付き合っていた悪友とイカサマやカウントをやってはチップを荒稼ぎし、それが見つかって袋叩きにされた経験があった。今の彼にとってはいい思い出だった。

「向こうのは注意と鉄拳制裁で済むが、こっちのは怖いぞ? 身ぐるみ剥がすか、口径の小さい銃で背後からバッキューンだ。すぐには死ねず、カジノから出て少し歩いたところでオダブツ。残った死体は、カジノで雇われている掃除屋が片付けるっと」と、若林の目を見ながら脅すように言う。

「こ、怖かないね!」と、瞳を右往左往させる。

「怖がれとは言ってないぞ? ま、機会があれば1度は行くことになるかもな。仕事でね」すると、部屋の電話が鳴る。「若林、出てくれ」と、欠伸と同時に口にする。

「はい、平田の部屋」

「あら若林君。私よ」増山だった。「ちょっと、急ぎの仕事があるんだけど、一彦と一緒に降りて来てくれる? どうせ暇でしょ?」

「あぁはい・・・どんな仕事でしょうか?」

「下で説明する。あ! 正装で来てね」と、電話を切る。

「どんな用だろうな……な?」と、平田を見ると、ソファに項垂れて眠りこけていた。「おい! 起きろよ! 仕事だ!」

「うぅん……どうせ、この前みたいなしょうもない仕事だよ。お前ひとりで行けや」と、眠りを邪魔されて不機嫌になった声を出す。

「え? 俺が……?」

「そ、少しは成長した証拠を見せてくれよ。な?」と、若林の頭を軽く叩き、また眠り始める。

「そうか? そうだな! うん」と、机に置いてあった銃を脇に差し、若林なりの正装に着替え、意気揚々と外へ飛び出し、増山の元へ向かう。

 そして平田が来ないと増山に報告する。その結果「はぁ? 冗談でしょう? あんただけ?」と、落胆と怒りの声が返ってきた。今回の増山はいつもよりも控え目だが、やはり胸の開いた服を着ていた。化粧をいつもよりも念入りに施し、潤いたっぷりの口元を妖艶に光らせる。

「え、まぁ……」と、目が泳ぐ。やはり胸元に目をいかせて口をポカンと開ける。

「ちょっとぉ……」と、携帯を取り出し、耳に当てる。だが、そのまま30秒硬直し電話を仕舞う。「ち! あいつ、寝てやがる」

「言ったでしょう?」

「はぁ……しょうがないな、時間ないから若林君だけでいいか。乗って」と、増山がスポーツカーの屋根を叩く。

 若林は、平田のオンボロマスタングとは違う増山のスポーツカーの内装に見とれていた。「やっぱ運転するならこういう車だよなぁ」彼は外国で、こう言った車ばかりを狙っては盗み、乗りまわして売り払っていた。

「ま、私のじゃないし違法改造されてるけど、かっこいいでしょ?」と、鍵を入れる部分にある露出した2本のワイヤーをくっ付けて捻る。すると、エンジンがかかる。それを若林は懐かしそうに眺めていた。

「で、仕事の内容は?」

「一言でいえば奪還よ」

「奪還?そんなタイトルの映画見たな」

「詳しく説明するわ。行き先は隣街の裏カジノよ」

「随分とまぁタイムリーだな」と、目を丸くする。

「そこである男が監禁されてるのよ。絵に描いたようなバカがね」

「どんなバカ?」

「名前は水谷雄一。彼は製薬会社『ブルーハピネス』の中間管理職を務めていたんだけどね、ギャンブル好きで……」

「話は読めました」と、手を叩く。「で、裏カジノにのめり込んで、負けまくって、カジノから出られなくなったと?」と、鼻を膨らませる。

 すると増山が笑いながら首を振る。「もっと酷いのよ。その男、金が無くなったら借金をしてまでカジノで遊ぶようになったの。でね、ついに会社のお金を横領してまでカジノに通ったのよ。で、昨夜、ついにデッドエンド。そんな彼は今、カジノで監禁されて玩具にされてるわ……」

「うわぁ、バカだな……そいつ」

「制限時間はあと、3時間よ。3時間以内に助けないと、そこに『モツ売りの子豚』が来てお金に変わるわ」

「あいつが?」

「そう、『金が払えないなら体で払え!』の男バージョンよ」

「くそ、外道が!」と、先週の仕事を思い出す。彼は小豚やっている事や存在が許せなかった。

「そういう外道のひしめく世界よ、ここは。認めなさい」

「依頼人は誰だ?」 

「おっと。それは言えないわ。私はあなた方のプライバシーを守るのと同時に依頼人のプライバシーも守ってるの。それが私の役目よ」と、笑う。

「そうかい、ふぅん。大方、借金取りか、会社の社長でしょう?」

「あら鋭い! さすが一彦に鍛えてもらってるだけあるわね」

「ルービックキューブと大富豪とチェスで培った先読み能力さ」と、遠くを見ながらボヤく。

「彼らしいわね」と、ハンドルを切りながら缶コーヒーの蓋を開ける。

「あ、危ないですよ!」


 数分で目的地に着く。車を脇に止め、ビル街の谷間を歩いて行く。そこからしばらくすると、古ぼけた小さなドアが待っていた。目を凝らさないと見逃してしまうほど古ぼけた色をしていた。

 そこを開くと、古びた用務室の様な内装が迎える。本棚にデスク、椅子には本を読んでいる老人が1人座っているだけだった。

「あんた達、何の用?」本から目を離し、煙たそうな目を向ける。「あ、真琴さんかい。なんだい? またお金を落として行くのかい?」 

「そ、後ろの子は私の紹介よ。いいでしょう?」と、鞄から会員証らしきラミネート加工されたカードを取り出す。

「わかった。通りな。そこの! イカサマするなよ!」と、目を鋭くさせる。ポケットからリモコンを取り出し、スイッチを入れる。小気味の良いカチっという音が響く。増山が本棚を引き戸の様に横に移動させる。すると、下へ続く階段が現れる。

「ようこそ、裏カジノへ」と、増山が楽しげな声を上げる。「いい? あなたは適当に遊んでて。で、時計が夕方5時を指したら騒ぎを起こして。その隙に私が哀れなバカ野郎を助けるから」

「え? 増山さんが?」

「そう、カジノの内部は初めてでしょう? だから私がやるわ。その代り、一彦の分の報酬は貰うからね」

 階段の最深部でガードマンが2人立っていた。1人が棒状の何かを取り出し、若林にかざす。すると、機械特有の電子音を鳴らす。「出して」と、サングラス越しに睨む。

「はいはい」と、脇の下の愛銃とポケットの中の予備弾倉とポケットナイフを取り出し、トレイに乗せる。「取るなよ?」

「馬鹿にするな。で、増山さん?」と、眉を上げる。

「今日は持ってきてないわ」と、肩を上げる。

「念のため」と金属探知器をかざす。電子音が早速鳴る。

「ブラのホックよ! ここで外す?」

「わかったよ。その代り、鞄の中身を」と、鞄を乱暴に取り上げ、中身をかき混ぜる。「財布にコンパクトに、缶コーヒー? わかった、通ってよし。だが、下手な真似をしたら……」

「わかった、わかった」と、開かれたドアを潜る。

「以前に何か?」若林が疑問そうに尋ねる。

「ちょっとねぇ」と、普段よりもやや高めの声を出す。「じゃ、約束の時間になったら頼んだわよ」

「あの、逃げる算段は?」 

「走る! 以上」と、人込みの中へと消えていく。

 若林の目には想像していた裏カジノとは別のカジノが写っていた。煌びやかで、活気があり、皆が笑顔でダイスを振り、カードを睨みながら酒を啜っていた。以前見たラスベガスと匹敵する程だった。

「帰って来た……かな?」と、慣れないネクタイを少し緩め、ウェイターの運ぶお盆からカクテルを反射的に取り、一気に飲み干した。

「あのお客さん?」後ろからの声が耳に入る。「初めて?」

「はい、何か?」

「何じゃなくて、チップに変えないの?」従業員が眉をひそめる。

「じゃあ1万円を1000円チップで」と、財布を取り出し、万札を取り出す。

「臆病だね、兄ちゃん」

「はぁ……まだ恐怖心がちょっと」実際は今月の仕事で使える費用がこれしかなかったからだ。「帰ってこいよ、俺の諭吉さん」

 それから若林は、あらゆる卓を見て回った。ブラックジャックやポーカーやダイス、ルーレットやスロットなどを眺め、ラスベガスで遊んだ頃を思い出す。

「よし、俺も何か」と、ルーレットへ向かう。

 いきなりベルが鳴り、若林の心臓が飛び上がる。「ベット開始」ディーラーが客に声をかける。

 客たちは「ノワールの2!」「ルージュの7!」など声を上げ、番号の書かれた場所にチップを置く。

「あぁ懐かしい」若林がその声、賑わいにうっとりする。

「君は賭けないのか?」と、隣の男に小突かれる。

「あ……じゃあルージュの3で」と、1千円分のチップを置く。

「君、そんなもんじゃあツキは来ないよ?もっとドカンと賭けたまえ!」

「いやぁ……まずは様子見を」と、回転するホイールに集中する。そして、ボールが小気味よい音をさせて窪みに入る。

「ルージュの3です」と、ディーラーが声を上げる。

「やった!」と、ガッツポーズをする。

「やるね、もっと掛けてればよかったのに」

「よし! どんどんやるぞ!」若林の頭が熱を持ち始める。

 その頃、増山はポーカー卓でマティーニを啜りながら手札を涼しげな顔で眺めていた。

「では、ショウダウンです」ディーラーの声と共に男が手札を自慢げに明かす。

「エースのワンペア!」

 増山はため息をつき手札を見せる。「ロイヤルストレートフラッシュ」と、片方の眉を上げてカクテルを飲み干す。手元にチップが山のように押し寄せる。「マティーニをおかわり。オリーブ山もりで」

 2人は仕事そっちのけでギャンブルを楽しんでいた。

 

 しばらくして夕方の5時になる。増山は途中でフォールドし、ゲームを抜け、巻き上げたチップを現金に換える。そして「トイレはどこかしら?」と、独り言を漏らしながらカジノの奥へ進んで行った。

 その頃、若林は「よし! 13だ! ノワールの13!」と、鼻息を荒くしていた。

「君、いい根性だ! そこに賭ける奴はそうそういない!」と、隣の男が若林の肩に手を回す。

「では」と、ホイールが回り始める。そしてポケットにボールが入る。「……ノワールの13」

「うぉっしゃぁ!」と、両手でガッツポーズをする。額には汗が光っていた。「これで勝ちは120万か……すげぇ!」イカサマなしでここまで勝ったのは初めてだった。

「では、ディーラー交代です」と、礼をし、去っていく。すると、異様なオーラを身に纏った男がホイールの前に立った。

 その男の着るスーツやシャツ、ネクタイは全てクリムゾンレッドでコーディネートされていた。目はつり上がり、口からは常に笑みをこぼしていた。顎髭を生やし、綺麗に整えていた。「あ、赤夜叉だ! わしゃこれで!」と、若林にくっついて笑っていた中年がチップを抱えて離れた。

「赤夜叉? 聞いた事があるな」以前、平田が口にした悪党の名だった。

「ここでディーラーを務める『赤夜叉』と申しまぁす。さぁ! とっととチップを出せ!」と、奇妙奇天烈な声を出す。自己紹介の部分はおかま口調で声高々だったが、後半部分はまるで荒くれの様な低い声で怒鳴ったのだ。

「なんだ?」小首を傾げる若林。

「あら? 坊や、どうしたの? 不思議そうな顔をして、さっきまで勝ってたんでしょう? 尻込みしてないで賭けろや! ガキ!」

「あ? 分かったよ……」と、10万円分のチップを2枚、ノワールの22に置く。

「では」と、ルーレットを回す。結果は「ルージュの3!」だった。

「くそっ」

「では続いてぇ……賭けろや!」赤夜叉は感情の変化の激しい男だった。

 

 その頃、増山は奥の監禁部屋へと近づきつつあった。警備員に止められたが、彼女得意の延髄切りで気絶させ、慎重に歩を進める。

『お仕置き』と、プレートの入ったドアを見つけ、ピッキングをして中へ入る。中央では、あられも無い姿の水谷が眼隠しで横たわっていた。

「汚い裸……」と、増山が漏らす。すると、水谷が「ひ、もうやめて! お金は作る! だから!」と、口から血を飛ばしながら喚いた。

「あの、私は助けに来たの。だから黙って」と、先ほど倒した警備員から服をはぎ取り、水谷に着せる。そして肩を貸して立たせる。彼の足のつま先からは血が滴り、爪が剝がれ、潰れていた。

「助かりたかったら、我慢して歩いてね」

「無理だぁ……もう」と、腰を下ろそうとする。

「まだ部屋を出てないんですけど? まったく。本当は一彦の仕事なのに!」と、水谷を背に担ぐ。「おもぃ……」

 その頃、若林も気合いを入れていた。「もう一度ノワールの33だ!」と、1万円分のチップを2枚置く。

「あぁら、懲りないのね。せめてルージュに入れれば勝てる確率は上がるでしょうに……チップが少ねぇな! 弱気なのかよ! えぇ? 小僧!」と、ディーラーらしかぬ悪態をつき、ホイールを回す。結果は「ルージュの1でぇす! ざまぁねぇな!」

「くそ、もうチップが……」と、歯を食いしばる。残りは1万円分が1枚だけだった。

「どうする? 賭ける? 可愛い瞳の坊や。それとも、尻尾巻いてトンズラこくか? 糞ガキ!」と、ボールを手でもてあそぶ。

「ちくしょう! ルージュ……だが、ここには置きたくないぃ……」ルージュに置いたら負けと、彼は自分でルールに縛られていた。

 その時、彼は重大な事に気付いた。もう作戦を決行する時間を過ぎていたのだ。「あ、やばい」と、頭をひねって何か策を考える。

 必死で考え抜いた策はこれだった。「おい! おかま野郎! お前、イカサマしてるだろう?」破れかぶれのイチャモンだった。だが、ラスベガスのカジノで使った事のある手だった。お陰で丁重につまみ出された。

「あらぁ言いがかり? いい度胸してるじゃねぇかよ!」と、眉間にしわを寄せる。

「第一、このホイールが怪しいんだよ!」と、ホイールをおもむろに取り外す。「磁石か何か仕掛けてあるんだろう? どうなんだ? え?」と、地面に叩きつけ、踏みつける。踏みつけながらも、彼の膝は笑っていた。

「……坊やぁ……逆鱗に触れたぜ! ごらぁ!」と、赤夜叉が懐からリボルバー『コルト・ローマン』を取り出し、若林に向ける。シリンダー部分が赤と黒の縞模様になっていた。

「え? カジノ内では禁止じゃあ……」

「スタッフはいいのよ。ばぁか!」と、笑う。「さてお客さま方! はったはった!」と、弾を1発取り出す。「1から6までの数字にチップを置いて下さい! 何発目に出るか! さぁ!」と、弾を込める。

「ふざけるなよ! 命を賭けろってか?」

「臆病者ね、あ? ジャリィ」と、鋭い目で睨む。

「わしは5だ!」

「俺は2!」

「あたしは1!」人の命を何とも思わない客たちが賭け始める。

「じゃあ俺は……6だ」と、若林が震えた声を出す。

「そう? 偉いわよ、坊や。いい度胸じゃねぇか!」と、シリンダーを回転させる。そして止める。「ルールはお前が賭けた番号の時だけ天井に向かって撃つ。それ以外はお前の頭行きだぁ!」と、引き金を引く。

「外れた!」と、派手なドレスを着た女性が声を上げる。もう一度引く。カチっと音を出す。そして、それを4発目まで続ける。「運がいいな」と、赤夜叉が漏らす。

「では、5発目」と、引き金に力が入る。

「遊んでんじゃないよ!」と、横から水谷を背負った増山が飛んでくる。赤夜叉の腕に蹴りを入れる。すると、破裂音がカジノ中の空気を震わせた。はるか向こうに置いてあったグラスが砕ける。

「あ、危なかった! 俺のバカ!」腰を抜かし、若林の頭から血の気が引く。

「人の勝負に水差すんじゃねぇよ! ん? あぁら増山さん、元気ぃ?」だが、そんなセリフを大人しく聞く増山ではなかった。

「ほら、若林君! 走るぞ!」と、集まってきた警備員をハイヒールの仕込み踵で蹴りを入れ、傷を負わす。

「わかった!」と、駆け出す。入口のドアを蹴り破り、ガードの2人を増山が脚一本で軽くたたきのめす。「俺の相棒!」と、危険物預かりの棚から銃を取り、懐に仕舞う。

「速く走れ! て、いうかこいつはあんたが運べ! 重い!」と、警備員の服を着せた水谷を若林に背負わす。その後、階段を駆け上るが、引き戸が開かなかった。「開けて!」

「ダメだね。あんた達は通せない」と、外からの爺さんの声が2人の耳に入る。

「違う……あなたに言ったんじゃない。若林君! その銃はおもちゃ?」

「あ! そうか」と、銃を抜き、引き戸の機械制御部分を撃ち抜く。放電音がした後、引き戸が開く。2人はすぐさま潜り、外へ飛び出た。

「ま、わしは悪くない」と、爺さんは追おうともせずに黙ってイスに座り、本を読み続けた。

 その後、外の路地に出て2人が駆ける。すると、正面と後方から何者かが近づいてきた。

「やっぱり来た、追っ手だ」と、増山が口元を緩める。相手の方から撃鉄を起こす音が響く。

「どうするんだよ! 一片に4人は片付けられない!」と、若林が銃を構える。

「若林君は後で一彦に対処方法を習いなさい。ここは任せて」と、鞄から缶コーヒーを取り出す。

「それを投げつけるのか?」

「そ、目を瞑って」と、蓋を開け、真上に投げる。すると、激しい閃光が辺りを乱暴に照らした。それと同時に前後からうめき声が漏れる。

「スタングレネード?」

「そ、カモフラージュした私特製のね。すごいでしょ?」

「どこのスパイ?」

「MI6ではない事は確かね」と、冗談を言いながら駆け、車に飛び乗る。「水谷さん、邪魔」後部座席の無いスポーツカーに3人乗りは無理があった。

「なぁ増山さん、俺の目って、かわいいか?」赤夜叉に言われた事を気にしていた。

「うん、かわいいよ」と、きちんと若林の目を見て答える。

「ちくしょう」と、バックミラーを睨みつける。その後、しばらく夕闇を走り、人目につかない場所で止まる。

「じゃ、あなたの仕事はこれで終わりよ。私はこの人を依頼人に届けておしまい。報酬は後日、渡しに行くわ。じゃあね」と、若林の前から早々と去る。

「ふぅ……楽しかったな。でも、全能なる諭吉さんは返ってこなかったなぁ・・・」と、足もとの空き缶を蹴飛ばす。「報酬でサングラスでも買おっと」

 

「では、約束通りに届けました。報酬を……」

「あぁ……これだ」と、厚めの封筒を増山に手渡す。

「では、失礼しました。社長さん」と、一礼し社長室から出る。

「水谷君……」今回の依頼人は製薬会社『ブルーハピネス』の社長、青田だった。「よくも会社の金を……猫ババしてくれたね?」

「返します! 返しますから! 手当てを……」と、傷を触り呻く。

「君を手当て? いくら私の会社に負担させる気だ?」と、見下した声を出す。「私は失望したよ」倒れた水谷の正面を行ったり来たりする。「私が一番嫌いな事はなんだか知ってるかい?」

「え、それは?」

「失望する事だ」と、指を鳴らす。すると、社長室に赤いスーツを着た男が現れた。赤夜叉だった。「君を始末する。数日前に君に大量の保険金を掛けてね。それでカジノへの借金を返す。そして……」と、またドアが開く。そこには小豚が立っていた。「残った遺体、つまり臓器は彼に売る。これで貸し借りは無しだ……」

「待って下さい! そんな!」と、涙声を出す。

「まぁ社長……ここは彼にチャンスを与えましょう」と、赤夜叉が前に出る。そして懐から銃を取り出し、弾を1発ポケットから取り出す。「何発目に出るか当ててみて……そうしたら真面目に働いて返す道を与えてやる。どうだ? このアイデア」と、社長に向かって声を掛ける。

「時間が無いんだが?」と、社長が腕時計を見る。

「そうだ! さっさと頭を撃て!」と、小豚が小さな足で床を踏み鳴らす。

「まぁまぁ。それでは水谷さんがかわいそう、で……」と、水谷の目の前に弾丸を持って行く。「何発目に出るか言え! オッサン」

「4発目……」と、震えた声を絞り出す。

「そう、わかったわ」と、弾を込めシリンダーを回し、止める。「さて、では」と、一気に3発目まで引き金を引く。全て外れだった。「さて、勝負の4発目」と、天井へ向けて撃つ。撃鉄は空を叩いた。「あら残念」と、落胆の声を出す。

「あ、あ!」と、水谷の表情が引き攣る。

「そういう事でぇ、お前の負けだぁ!最後まで運が無かったな、オッサン!」と、一気に2回引き金を引く。6発目で実弾が発射され、水谷の額を撃ち抜く。「おしまい。じゃ、保険金が降り次第、うちに金を届けて頂戴。それがスジってもんだろう?」

「あぁ、すまなかったな。こんな小物に手を煩わせて。金は後日に耳をそろえて返す。その代り今度私が来た時は」

「はい、ルーレットで待っています。毎度ごひいきに」と、懐に銃を仕舞い、社長室を出る。

「では、死体は俺が引き取るぜ」と、持っていたブルーシートに水谷の死体をくるむ。「葬儀までには肉体を返せるが? どうする?」

「いや、必要はない。その男に家族はいないからな……」

「独り身か?」

「いや、バツ2だそうだ」

「……あちゃあ……」珍しく小豚は人間に対して同情の声を出した。


「なぁ平田」と、チェス盤の上のポーンを前進させる。

「なんだ?」と、テレビから目を離さずにナイトを動かす。

「赤夜叉って知ってるよな? 詳しく聞かせてくれよ」と、ビショップでポーンを取る。

「あぁ……元悪徳敏腕弁護士だったけど、被害者側の遺族から恨みを買って嬲り殺されたって噂がたったな」と、ポーンでビショップを取る。

「で?」ルークを前進させる。

「川に流されたんだが、奇跡的に生きていた。そこで裏カジノでウェイトレスをやっていた女に助けられる。それから赤夜叉は裏カジノのディーラーになった」と、もう一方のビショップを動かす。

「なんで弁護士に戻らなかった?」

「頭を酷く殴られて、脳を一部損傷して、感情の往復が激しい頭になったんだと。なんでも、オカマ口調は表面で、怒りの感情が内面らしい。それを行ったり来たりしてる。で、弁護士の部分が消えたらしい。だから、弁護士は続けられなかった、と」ナイトを動かす。

「で?」

「その後、……カジノでイカサマや手品、ダーツの腕などを磨いてディーラー兼殺し屋になった。あいつは子豚とは違って過ぎた外道ではないが……プロだ」クイーンを横に1マス動かす。

「名前の由来は?」

「あいつは弁護士時代に遺族の奴らに家を燃やされた。その時の炎の色が脳裏に焼き付いて離れなくなった。それからクリムゾンレッドのスーツを着るようになり『赤』だ。夜叉は……あいつはルーレットの才能が開花してな、ボールを好きな数字に放ることができるんだ。しかも百発百中。それを見た客が『悪魔の如き腕だ!』と叫び、『いや、悪魔と言うより赤鬼だ!』と、もう1人が付けたした。本人は『鬼』では品が無いと思ったらしく『夜叉』と名乗った。で、赤夜叉だ」と、ルークを前進させ、ナイトを取る。

「やっぱりイカサマか……じゃあリボルバーを使ったロシアンルーレットも?」と、ポーンを前進させてルークを取る。

「そ、弱者をいたぶる時の手だ。助かるチャンスがあると思わせて確実に仕留める。助かるには、挑発とゲームに乗らない事だな。どんなに罵られても」と、ナイトを動かし、ビショップを取る。

「くそ、俺は今日、死にかけた……」と、クイーンでビショップを取る。

「そうだな。こんな風に相手の挑発に乗ってな!」と、もう一方のナイトでクイーンを取る。

「くそ!」と、ポーンを動かす。

「チェック!」と、ビショップでポーンを取る。

「まだまだぁ!」と、キングを右に逃がす。

「メイト! さて土8の時間だ!」と、クイーンをキングの射程位置に置く。

「待て! く、くそ! もう1回!」

「挑発に乗るなぁ」と、ソファに寝転がり、テレビを点けて屁をこく。

「ちくしょう!」と、盤をひっくり返し、すぐさま身をかがめて駒を拾う。

「俺も行けばよかったなぁ……ちぇ」


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