豚に真珠を、吾輩はマタタビで
「はぁ……」暗い部屋の中、一人の男がため息を吐く。部屋はうんと広く、男の周りには様々な家具や上等な酒瓶、掛け軸や日本刀まで飾られていた。
「か、頭ぁ!」その部屋へ、顔に傷跡を付けた男が入ってくる。「定吉はやはり、殺されたようです! 腹から臓器を全部抜き取られ、発見されました!」
「そうか」目の下を黒くした組長が振り向く。顔の皮膚が下に垂れ、ブルドッグの様な顔をしていた。「誰がやったんだ?」
「小豚です! 『モツ売りの子豚』ってふざけた野郎が……」拳を震わせ、足をカタカタさせる。目は血走り、今にも部屋に飾られた日本刀を手に取り、勇ましく部屋を出ていきたい、という表情をしていた。
「そいつを、ここに連れて来い。生かした状態でだ」と、指示する。
「わかりました!」と、歯を食いしばりながら勢いよく部屋から出ていく。組長は椅子に座り、こうべを垂れた。ため息をまた吐き、弱弱しい目をする。すると、部屋にまた誰かが入ってくる。ダブついたトレーナーに腰まで下げたズボンが目立つ、顔中ピアスだらけの青年だった。「おやじぃ! 金が切れたから、また10万持って行くぜ」と、勝手にナンバー式の金庫を慣れた手つきで開け、中から札束を取り出す。「面倒だ、100万でいいな?」と、そのままポケットに仕舞い、礼も言わず部屋を出ていく。
組長はそれを何も言わず、ただ遠くを見るように眺めていた。「母さん、許してくれ」
所変わって平田のマンション。「おぇぇ気持わるぅ……」若林が青い顔をして自分の部屋から出てくる。
「昨日、そんなに飲んでないじゃん。どうした?」平田が歯ブラシを咥えたまま洗面所から出てくる。
「食いすぎた。まだ胃に昨日の残り香が……」昨日、彼らは食べ放題の焼鳥屋へ行き、時間の限り胃に食べ物を詰め込んだのだ。若林は焼き鳥が好物だったので、鼻息を荒くして欠食児童の如く口に流し込んだ。それを横目に平田は酒をゆっくり飲んでいた。
「胃薬飲め、少しは考えて食えよ」と、呆れたように首を振り、洗面所へ戻る。
すると部屋のインターホンが鳴る。それに反応した若林がドアへフラフラと向かう。「どなた?」
「若林君、私よ」増山だった。相変わらず男を刺激する服装を身にまとい、平田の部屋の前に立っていた。
「今開けます……」と、ドアノブを捻る。「なんの用です?」
「仕事よ。どうしたの?」
「モツにやられた」と、手で口を押さえる。
「それはお気の毒」と、若林には構わずに部屋に入る。
「お、真琴! どうした?」
「だから仕事だって」と、呆れた声を出し、椅子に座る。「さ、座って」
「ここ、俺ん家なんだけどな」と、洗面所でうがいをしてから増山の正面に座る。遅れて若林も苦しそうに座る。
「仕事の内容だけど、この前はヘマしてくれたわよね?」先週のデパートの件だった。「アレはやはり、顧客の信頼を失う結果で終わったわ。だから、しばらくはクダらない仕事をやってもらうわ。ペナルティよ」
「そうかい、で? 内容は?」
「子供のお使いの様にはいかないかも知れないけど、ま、簡単よ」と、1枚の顔写真を見せる。そこには、頭や眉毛に毛はまったく無く、鼻は潰れ、耳は少々尖りぎみの男が写っていた。首と呼べる部位が無く、球体に頭がくっついている様に見えるほどの肥満体だった。
「ひどい顔だ、おぅえ!」若林が口を押さえ、机に突っ伏す。
「こいつ、『モツ売りの子豚』だよな? こいつがどうした?」平田は怯まず、写真を興味深そうに見つめた。
「今回の依頼は、この『小豚ちゃんの拉致』よ。なんでも、こいつに親しい人を解体されたから、復讐してやりたい、とか……まぁ真意はわからないけどね」と、ポケットからコーヒー缶を取り出し、蓋を開けて飲み始める。
「解体?」若林がやっとの思いで頭を上げる。
「そ、モツ売りって意味分かる?」
「なるほど……おうぇ!」と、口を押さえながら俯く。
「依頼人って、暴力団『亀山組』の組長さんだろ?」平田が鼻の下を擦りながら写真を若林に渡す。
「あら? 知ってるの?」
「情報屋と世間話した時、話題になってな。この豚ちゃん、組員を2人解体したんだってな。仇討ちに6人向かったが、返り討ちにあったと聞いた。病弱な組長さんは怒りで震えて何も言えない状態だと」タバコに火を点け、一息吸い、灰皿に置く。「なるほど、こいつをグラム単位で切り分けてパックに詰めたいわけだ」
「ま、豚を目の前にしてどうするかは知ったこっちゃあないけどね。とにかく、これが今回のお仕事よ。捕まえたら、いつもの場所に連れて来て」飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱へ投げ入れる。
「わかった。今日中に終わらせる。いくぞ! 若林」と、若林の背中を叩く。
「やめろよ! 込み上げてるんだぞ!」と、写真をポケットに乱暴に仕舞い、平田の後へ続く。
車に乗る頃には、若林の腹痛は治まりつつあった。出かける前に飲んだ胃薬が効いた様だ。「なぁ平田。なんでこいつ、こんな見事なまでの豚スタイルなんだ?」『モツ売りの子豚』の写真の顔は、まるで豚の特殊メイクをした後の様な顔だった。
「子供の頃は豚鼻で回りからいじめられた事がはじまりだ。最初は嫌だったが、いつの間にか自分が豚である事に誇りを持ち始めた。それのせいか、時がたつに連れて豚の体系や顔に近づいていった。中学を中退したあと、外国で解剖学を学び『モツ売りの子豚』になった」と、鍵を捻る。今回はまともにエンジンが掛かる。
「なんで人の臓器を? うっ」と、治りきっていなかった胃が捩れる。
「世間への復讐と『豚が人間を解体している』っていう皮肉の体現らしい」
「狂ってるな」
「あぁ、奴は狂ってる。それに、あいつは解体屋であると同時に殺し屋でもある。決して奴に近寄るなよ? 油断したら最後、腹から腸が飛び出る」と、指で腹をなぞる。
「で、この小豚はどこにいるんだ?」
「さぁな? さっそく情報を買いに行こう。お前に紹介しておかなきゃな。情報屋を、な」と、アクセルを踏む。今にもバラバラになりそうな音を立てながら走る。「頼むよ? 俺の愛車ちゃん」と、ハンドルを撫でる。
しばらく車を走らせ、たどり着いた場所は昼間でも薄暗い路地裏の奥だった。汚い言葉のアルファベットのシールがペタペタと貼られ、何かの宣伝の様な汚いポスターが壁を埋め尽くしていた。そこに小汚い男が1人、競馬新聞片手にイヤホンをして立っていた。
「また競馬か?」平田が、男が持っていた新聞を取り上げる。
「お前か……鬼札の情報、今はないぞ」とイヤホンを片方だけ外し、機嫌の悪そうな顔を向ける。
「え? 平田、鬼札を?」
「あぁ、やられっ放しじゃあ気が治まらないからな。先日、ホテルで依頼人……いや、遊び相手を撃ち殺したらしい。しかも金はそこに置いたままだったと」
「プロ失格じゃん」
「そもそもあいつは、仕事を請け負うタイプの殺し屋ではないし、金に縛られる様な男でもない。厄介な存在だよ」と、財布を取り出す。「小豚の情報が欲しい。いくらだ?」
「……あと5分で値段が決まる」と、耳を押さえる。
「じゃあその間、情報を引き出してくれ」
「お前相手に後払いさせるほど俺は馬鹿じゃない。待て!」と、目を閉じる。
「お前! とっとと話せ!」と、若林が身を乗り出すが、平田が抑える。
「まぁまぁ。このおっさんは、見かけは小汚いが、情報は一級品だし『待て』と言ったって事はそれなりの情報を持っている。そうだろ?」
「待て待て……よしよしよし! こいこいこい! あ! 馬鹿! やめろ! 抜くな! 追え! 追い越せ! あぁ、くそ」と、地団太を踏み、競馬新聞を丸める。「2万スッた。4万だ」と手を出す。
財布から万札を4枚取り出し、情報屋の『望月』に渡す。「ほいよ。で? 小豚君の居所を教えてくれ」
「あいつは西にある潰れた工場にいるよ。この情報を売るのは3度目だ。あんた、中身を空にして帰ってこないでくれよ?」と、細い目で平田を見る。
「大丈夫。今回の仕事は小豚のエスコートだからな。じゃあな爺さん」と、路地裏から出て行く。「若林、高圧的な態度を取るなよ? もし脇の下の銃で脅すようなマネをしたら、2度と情報を売ってもらえなくなるぞ?」
「わかった」
「それと、あいつらは金にはうるさい。こっちが渋ると相手も情報を渋る。懐は大きく構えろよ」と、肩を叩く。
「まずは稼げるようにならなきゃな」彼は今、平田が4万円をポンと払う姿に見とれていた。彼はこんなプロになりたいと思っていた。
「さて、小豚君を捕まえるか!」と、車に飛び乗る。まるで屁でもコク様な音を立てて発進する。
「先が思いやられる音だなぁ……」と、青い顔をし、口を押さえる。
情報通りに西の工場にたどり着く。そこは最近潰れたばかりなのか、清潔感があり、まだ人がいた様な温もりがあった。
「精肉工場か。奴らしい場所だ」平田は遠慮なくドアを開け、中に入る。「若林、床に注意しろ。罠が仕掛けてある」と、若林が今にも踏もうとしている地面を指さす。そこにはワイヤーが張られていた。
「おっと」と、おどけて見せるが、罠の向こう側を見て顔を青くした。頭上に振り子式のギロチンが仕掛けられていた。
「縄張りは荒されたくないんだろう?」と、大股で歩く。辺りは血生臭く、まるでまだそこに生肉でも置いてあるかのような臭いが辺りを立ち込めていた。そこからしばらく『ハム・ソーセージ製造ライン』『カットライン』『パックライン』などを見学する。「こう見ると、そこまで不気味ではないな」
「最近、問題を起こして潰れたんだっけ?」
「ん? 奥から変な臭いがするぞ」と、奥にあるドアに触れる。だが、すぐに開けず、ノックする。
「誰だ?」奥から低く、機嫌の悪そうな声が地を這って2人の耳に入る。
「俺だ。覚えてるか?」
「あぁ野良猫か。入れよ」
「じゃあ開けてくれ」と、ドアから離れ、横に移動する。若林も同じようにドアから遠ざかる。ドアノブから何やら細工するような音をさせる。その後、重たい音と共に開く。
「用心深い奴だな、小豚」平田が部屋に入る。
その部屋はまるで手術室だった。手術台があり、手術用具が一式揃っていた。台の上は真っ赤に染まっていた。だが、小豚がいる辺りの奥にある場所は清潔感が漂っていた。手前が手術室で奥がオフィスの様だった。
「おうぇ」若林が胃の痛みを思い出し、しゃがみ込む。
「この業界の人間のくせに、胃が弱いな」小豚が若林を見下すような口調で言う。
小豚は、まさに豚の様な格好をしていた。顔は写真で見るよりもはるかに生々しく、ピンク色の白衣を身に纏い、手には黒いゴム手袋、足には黒い長靴を履いていた。これで4足歩行ならばまさしく『豚』そのものだった。小豚と呼ばれるだけあって、背は低く、150センチあるかないかの高さだった。
「なんの用だ?」面倒くさそうな声を出し、平田を見上げる。
「大人しくついて来てほしいだけだ。お前に会いたい奴がいるんだと」
「……あぁ、亀山組の組長さんか? 嫌だね。あいつらは無礼だ。それに、会いたい理由はこの前の、アレだろ?」
「まぁそうだな。お前を煮るか焼くか分からんが、とにかくお前をつれて来いと言われてな」
「では、なぜ不意を突かなかった?」
「お前の神経は見かけによらず敏感だ。こちらがその気になれば、お前もその気になって、その……やりにくい。だから、お願いしに来たんだ」
「人間にしては賢いな。その通りだよ。おぃっへっへっへ、っが!」と、顔の通りの笑い方をする。笑い声の最後に鼻を鳴らす。
若林が平田の耳元まで顔を寄せる。「早いとこ終わらせようぜ。ここは気味悪いし臭い」
「まぁまぁ、で? 小豚さん。大人しく来てくれるか?」
「俺を屠殺場で処理する気だろうが! そうはうまくいかんぞ!」と、近くのメスを手に取り、投げつける。
「待て待て!」平田がそれを寸でのところで避ける。「力づくではやりたくないんだ。頼むよ……」
「そこの坊や! 脇の下から手を遠ざけるんだ」と、小豚が小さい目で若林を睨みつける。若林は銃を抜く寸でのところだった。
「坊やだと? この豚が!」こみ上げる物を押さえながら口にする。
「残念だが、その言葉は悪態にはならない。俺は自分が豚だと言う事を誇りに思っているんだ。悪いが、別の言葉で頼むよ」
「この……くそ! この臭いはなんだ? 胃に直接突き刺さる!」と、口を押さえる。
「あぁ、この匂いは素敵だろう? 人間のハラワタの匂いだ。さっき処理したんだが、見るかね? 名前は知らないが」と、短い脚をひょこひょこさせながら歩き、クーラーボックスを手に取り、蓋を開け、若林の所へ滑らせる。
「ぐわ! ぐぁあ!」若林はついに我慢の限界を迎え、床に嘔吐する。ボックスの中には、人間の臓器が入っていた。それが異臭を放っていた。
「どうだ? いい匂いだろう?」
「噂以上に狂ってる」
「そうかい? だが、これで尊い命が救われるのは事実だろう?」と、にんまりと笑う。
「これ、誰のだ、この……うぇ!」
「知らないね。ここら辺をうろついていたホームレスのだ」
「な! お前、それじゃあ!」
「お前らよりはマシだ。お前らは人の体を無駄にしている。だが、俺は有効活用している。余すところなくな」
「なんで! なんの罪も無い人を……」
「なんの罪もない? 馬鹿言え! ホームレスは豚のマネをしている人間だ! たかが人生をしくじったくらいで落ちぶれたフリをして他人から飯を与えられたり、残飯を漁ったり……豚以下だ! 人間は豚以下の存在だ! そんな奴らが豚のマネをしているんだぞ? 俺は許せん!」いきなり怒りをあらわにして怒鳴る。
「お前が人間を裁くのか?」胃の痛みを堪えながら問う。
「裁く? なら、人間が豚をサバくのはいいのかね? ん?」
「それは……は? お前、動物愛護団体か何かか?」
「違うね。だが世間は俺を豚呼ばわりした。だから俺は豚になった。豚の立場に立って何が悪い?」感情の露わにした低い声を唸らせる。
「だが、お前は表の人間の命を軽々しく奪っている!」
「は? お前こそなんだ! 本当に裏の人間か? どうなんだ野良猫ぉ!」
「悪いな……こいつ、まだこちら側に来てまだ日が浅いからな」と、頭を掻く。
「おい! どういう事だよ! 平田!」若林が裏切られたような声を出す。
「なぁ、俺もあいつも同類だ。それを理解しろ。それに、俺達のいる世界は何でもアリだ。だから、小豚みたいな奴もいる」
「俺は許さないぞ……お前みたいな奴は許さないぞ!」と、銃を抜き、構える。銃口は小豚の方を向いていた。
そこへ平田が腹に拳を入れる。若林は呻き、力なく平田にもたれ込んだ。「悪いな、小豚。まだこいつは甘ちゃんの部分が見え隠れしてるんだ。そこから先に教えるんだったよ」
「ふん、とっととそんな奴、切り捨てちまえ。いつかそいつが重荷になるぞ」と、片手に隠していたメスをデスクに置く。
「で? ついて来てくれるか?」
「断りたいが、断り続けてこのままお前らに居座られても困る。わかった、ついて行こう。だが、おかしな真似をしたり、亀山組が何かしてきたら俺は容赦しないからな?」
「そこんところは自由にしてくれ。俺の仕事はエスコートだけだ」
おもむろに小豚が平田に近づく。「野良猫、お前はいい奴だ。だからついて行く。もし、この若造だけだったら今頃、ハラワタを抜いている所だ」
「俺も若造なんだが?」苦い顔をしながら頬を掻く。
「お前には豊富な経験と理解力がある」と、両手のゴム手袋を外し、白衣を脱ぐ。ハンガーからピンク色のセーターを取り出し、着る。右腕に仕込みの発射式ダーツを取り付け、左腕に仕込みデリンジャーを仕掛ける。そして黒いジャケットを羽織る。
「まるで豚がパーティーへ出かける格好だな」
「これでも私服だ。パーティー用は別にある。豚はきれい好きなんだ」と、丸い体を揺らして歩き始める。
工場からしばらく車を走らせ、港へとたどり着く。そこには赤いスポーツカーが止まっており、ボンネットの上には増山が缶コーヒーを啜りながら座っていた。
「まるでサーキットのなんとやら……ほら、つれて来たぞ」と、平田が出てくる。その後部座席から小豚がのっそりと現れる。助手席では若林が眠っていた。
「あら、彼は?」
「仕事の邪魔だったんでね」と、平田が肩を上げる。
「やぁ真琴さん。久しぶり。最近お声がトンと掛からないが?」小豚が気取った表情で増山に歩み寄る。
「あなたは自営業で色々とやってるじゃない。だからよ。さ、乗って。連れて行くわ」
「その前にホテルへ行こう。あなたとは裸の付き合いがしたいな」と、豚鼻をヒクヒクさせ、増山の豊かな胸を見てニヤける。
「その前に、あなたには行って貰いたい場所があるのよ」と、不器用に笑ってみせる。顔が強張っていた。
「そうか。ならそれが済んだら、俺と一緒に泥んこになろう」と、増山の尻を撫でようと、指を器用に動かす。
「あは、ははは……一彦ぉ……助けて」
「ま、後は頼んだぞ。ま・こ・と」と、背を向け、そそくさと車に乗り、エンジンを掛けてその場を去る。
「おぃっへっへっへっ……っが!」
「こんな仕事、請けるんじゃなかった……」缶コーヒーを飲みきり、投げ捨てる。
「起きたか?」車の中で若林が目覚める。昨夜はあまり寝ていなかったせいか、気絶したまま深い眠りについていた。
「あいつは?」
「もう目的地だろうな。若林……」
「あぁわかってる、裏社会人失格だな」と、不機嫌な顔になる。
「そうだ。仕事に私情を挟まず、こなす。それがお前の目指すプロだろう? 今回のあれはやっちゃいけない」
「わかってるよ。だが、あいつは認めない。俺はあいつを絶対に認めない! 次に会ったら殺す!」
「なんでそんなに怒るんだ?」
「自分の私腹を肥やす為に人を殺す……そういう奴は許せない」
「だが、俺たちも……」
「そうだな。だが、表の世界の人間を巻き込んでまでは……」
「まぁなぁ……あいつは外道だ。俺たちと比べれば、あいつの方が外道だ。だが、お前も俺も同類だ。それだけは……」
「わかってるよ!」と、声を震えさせる。
「ま、そこがお前のいい所かもな」と、片手でタバコを咥え、火を点ける。「お前は人の心を失っていない。モラルがある。だから、俺はお前を相棒に選んだ」
「なに?」
「俺は1人で仕事をしていた頃、人の心を失いかけた。そう、小豚と同じ獣になりかかった。それが自分で嫌になって相棒を探したんだ、お前みたいなな」珍しく苦そうな顔で語る。
「そ……うか?」
「あぁ……その心と、仕事での非情さをバランスよくブレンドしてくれ。それが、お前の望む姿だろ?」
「そうだな……そうだよな」平田の考えを理解し、納得した表情になる。
「頼んだぜ、相棒」
「あぁ、まかせろ」
「だが、胃だけは丈夫であってくれ。今日みたいにヘロヘロじゃあ、な?」
「それは昨日のが響いて! うぅ……」と、平田に殴られた場所を摩る。「おもっくそ殴りやがって……」
「愛の鞭だよ」と、口元を緩める。
「何が愛だよ!」
「ようこそ小豚くん」組長室に小豚が招かれる。今のところ彼は無傷だった。だが、周りの構成員たちは子豚を血祭りにしたくて疼いていた。組長の声一つで一斉に襲い掛かる、そんな空気だった。
「俺に何の用だ? 誰かの臓器を抜いてほしいのか?」
「君は私の部下を殺したね。臓器を抜いてどこかへ売り飛ばしたか? それとも塩漬けにして後で食べるのか?」組長が苦しそうな声を出す。時折、咳を混ぜる。
「あぁそれが仕事だし、襲われたからやったまでだ……ん? 俺は食べないぞ! 人間なんか!」と、舌を出す。
「そうか。うちの組員は気性が荒いからな」
「うって変わって組長さんは弱々しいが?」
「私は生まれつき心臓が弱くてね……不便な体だよ」と、立ち上がる。「君には仕事を頼みたい。報酬も用意する。大人しく引き受けてくれたら、今までの行為はなしにしよう」と、小豚の目を見る。
「どんな仕事だ?」興味の無さそうな声で聞く。
「もうそろそろだ」と、時計を見る。
すると、組長室のドアが開く。「おやじぃ何の用? 下でダチ公待たせてるんだけど?」組長の息子が入ってくる。
「おい、こっちへ来い。話がある」と、手招きをする。
「なんだよ? 今からクラブなんだけど?」丁寧にセットされた髪型を指で弄くりながら歩み寄る。
「お前、今年で18だよな?」
「あぁそうだ? 何? 組でも継げって言うの? あ?」
「……なぁ、お前を生んだ理由は分かるか? なんでお前を今まで甘く育てたと思う?」
「知るかよ。で? 要件はなに? 俺、暇じゃないんだよね」
「そうか……もっとお前と会話を楽しみたかったが、もう未練はない」と、息子の顔から目を背け、小豚を見る。「この息子から心臓を抜き取ってくれ。それが依頼内容だ。この日の為にこいつを生んだんだ」
「……それはそれは、人間らしい行為だな」と、小豚がにんまりと笑う。
「へ? なに? 冗談? へ?」まだ事態が飲み込めていない様子だった。
「お前は私の寿命を延ばす為の心臓として生んだんだよ……もっといい子になってくれれば考えたのだが、仕方ない」と、目をつむる。
「待ってよ! 俺息子よ? 何? 冗談だ……」と、言い切る前に、小豚が素早くクロロホルムを染み込ませた布で息子の口を覆う。
「ついでに移植手術もしましょうか? 無免許ですが、腕は免許皆伝ですよ?」
「いや、それは信頼している医者に頼んである。君は息子から丁重に心臓を抜き取ってくれ」と、目から一筋涙を流す。「許してくれ、母さん」
「これが人間の涙か……理解できんなぁ……おいっひっひっひっ……っが!」
お見苦しい物を見せてしまって申し訳ありません。感想、評価の方をお待ちしております!