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無責任な猫達  作者: 眞三
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吾輩に九生あり

「あの……平田、さん」

「平田でいいって。いい加減なれろよ」2人は今、平田の住むマンションで寛いでいた。平田はソファで寝そべりながらテレビを眺め、若林は銃を解体して手入れをしていた。

「いつ仕事が来るんですか?」

「さぁね。今、この世は不景気だぜ? いつでも仕事なんて転がってくるよ」と、ニュースを見ながら尻を掻く。テレビでは国会議員が演説をしていた。相手が拳を振り上げると同時に平田が屁をこく。

「矛盾してますよ?」専用のブラシで銃口を磨く。

「いいや、してないね。この世が不景気なほど犯罪率は上がるんだ。それによって俺達の住む世界が潤うんだぜ? この不景気に乾杯!」と、テレビ画面に出ている政治家に向かって声を上げる。「これからも手を抜いてくれや、先生方ぁ!」

「でも、その仕事が来ませんよ?」若林が平田のパートナーになって1ヵ月経つ。彼は仕事がしたくて体と腕が疼いていた。

 だが、ここ数週間していた事は、『銃の手入れ』『筋トレ』『居酒屋で平田のヨタ話に付き合う』だけだった。

「いつ、撃たせてくれるんですか?」

「仕事が来たらだ。それまでに、俺からの宿題を終わらせておけよ?」平田は若林に課題を出していた。

「このルービックキューブの事ですか?」と、一面として色の合っていないルービックキューブを取り出す。若林はそれを煙たそうに眺めた。

「そう、それをクリアしたら仕事が来る」と、自信満々な声を出す。

「こんなの、殺し屋と全く関係ないじゃいか!」と、乱暴にテーブルに叩きつけ、銃を組み立て始める。

「銃をバラして組み立てる。そんな事を繰り返すよりはずぅっと役に立つぞ?」と、腰を上げ若林に近づく。

「どんな?」若林がむくれた声を出す。

「見てろ」と、平田がルービックキューブを手に取り、早い手つきで色を合わせ始める。すると、見る見るうちに色が揃っていき、10秒と経たないうちに6面全てが揃う。「どうだ?」

「……で? 何の役に立つんです?」若林はオチを予想し、その通りになって悔しがっていた。

「少しは考えろよ。じゃあヒントをやろう」と、背後のタンスから箱を取り出す。そこからトランプを取り出し、マジシャンの様な手つきで切る。そしてトランプを配り始める。

「ポー」若林はポーカーをするのだと予想した。

「大富豪しよう!」予想が大きく外れる。

「はぁ?」

「ルールは知ってるよな?」

「小学校の頃散々やったよ! こんなゲームで殺し屋の何を学べるんです!」

「いいからやるぞ?」と、平田がニヤける。

 若林は自分の手札を見た。ジョーカーやキング、エースなどが揃っていた為、絶対に勝てると思い、そう予想した。

 だが、2分で決着が付いた。予想はもちろん外れた。

「な……なんで?」革命という手札を出され、役立たずになったキング達を睨む。

「わかったか?」と、満足そうな目をしながらタバコに火を点け、鼻で煙を吐く。

「わからないよ! 何なんだ!」と、机に突っ伏し、頭を抱える。

「だから、ルービックキューブを完成させろ。そうすれば見えてくる」と、完成されたルービックキューブの色をガチャガチャに崩す。「銃を撃つ前にやるべき事はこれだ。ま、騙されたと思ってやってみな」と、腰を上げ、テレビの前のソファへ戻る。

「こんな小さな六面体の前で挫折するの? ……僕」


 そんな小さな挫折から3日後、平田の部屋の電話が久々に鳴った。「はい?」

「私よ」増山からだった。

「よぉ真琴、仕事か?」

「えぇ。依頼内容は……そうね『帝国デパート』で話しましょう」

「なんでデパートなんだ?」

「そこの方が都合いいから。じゃあ、4時に会いましょう」と、電話が切れる。

 平田は頭を傾げながら受話器を置いた。「……なんでデパートなんだ……?」

 その頃、若林はトイレの中でルービックキューブと格闘していた。「くそ! やっと一面が揃ったのに、また崩れた!」

「おい!仕事だ」その平田の人声が若林の目に光を取り戻させた。待っていたと言わんばかりにトイレから飛び出す。

「どんな! いつ! どこで!」あの一件からご無沙汰だったので体が疼いて仕方ない様子だった。体力がありにあまっていた。

「帝国デパートで4時に、だ」と、平田がジャケットを羽織る。

「帝国デパート? あのバカでかい所で? なんで?」

「行ってみりゃわかるだろ」と、颯爽と玄関で靴を履き、外へ飛び出す。そして駐車場に止めてある彼の愛車に飛び乗った。だが、エンジンが中々かからない。「くそ! なんで!」

「ゆっくり捻るか、直結した方が早いって」若林が冷静に口を出す。

「うるせぃ!口を出すな!」と、平田が息を荒げる。

「はぁ……」若林が肘をつきながらため息をつく。この先、この車と格闘している男に付いていって大丈夫だろうか? 本当に彼の言う通りにやればプロになれるだろうか? そういった不安でいっぱいだった。

「歩いていくぞ! どうせ鼻先だ!」

 

 帝国デパートとは、この日本が誇る3ツ星デパートである。地下3階の駐車場から地上9階の屋上まで様々なフロアで埋め尽くされている。食品売り場、紳士服、婦人服、子供服、食器、家具、装飾品など全てが一流品である。さらにこのデパートは誰にでもオープンであり、別にネクタイをしていなくても入れる。「だと……まぁ俺たちとは無縁な場所ですね……」デパートのカタログを片手に若林がボヤく。

「お決まりだな、1階の化粧品売り場。高級品になるにつれて刺激臭に近くなるんじゃないか?」平田が苦い顔をしながら言う。

「で? 増山さんは何階にいるんです?」

「まだ到着していないんじゃないか? 電話来ないし」と、携帯を開く。「ま、じっとしていてもしかたない、地下の食品売り場へいくぞ。試食だ!」

「……ここは3ツ星デパートですよ? そんなコーナー、あると思います?」

 しかし、いざ向かうとそこには、立食パーティー並みに試食のできるコーナーが用意されていた。肉や魚、オードブルからワインまで通路に並んでいた。

「昼飯代浮いたな」平田が目を輝かせる。

「こんな不景気な時に……」

「不景気だからこそだろ?」早速、平田が楊枝に刺さったサイコロステーキを頬張り始める。当然ながら回りからの視線が平田に集中する。「なんだよ?」

 その頃、このデパートの各階のトイレの個室で、ある男達が計画実行の時刻が来るのを待っていた。

 男達は朝の開店から一人ずつバラバラに入っていき、合計で13人潜入する。一人ずつ大きめのバッグを所持し、中には黒服に変装道具、仮装用の覆面にトランシーバー、そして解体されたアサルトライフルに短銃を一丁ずつ。

 彼らは一人一人、自分の役目を確認し、銃を組み立て始める。そしていきり立った心を落ち着かせ、じっと便座に座っていた。

「おい! いつまで入ってるんだよ! そろそろ変われ!」ここは地下1階のトイレ。試飲用の安ワインをガバ飲みした平田がドアを強く叩いていた。

「すまないが、他の階を当たってくれ」

「こら! お前のひり出したブツの臭いがしないぞ! 便秘か? それとも、ただ1人の空間を満喫したいのか? 後者なら出て行けぇ!」

「……便秘だ」と、男はドアを睨みつけながら答えた。

「そうか、可哀想に……お大事に!」と、平田は腹を抱えながら別の階へ向かった。だが、彼は全ての階で同じやり取りを繰り返すこととなった。

 時計が4時を指す。「……計画通り作戦を開始する。全員、マスクを装着しろ。各々の役目を果たせ」その役目とは『各階の制圧』と『監視カメラの破壊』と『レジの金や物品、客の財布の中身の徴収』であった。そう、彼らはこのデパートを狙った強盗だった。

 命令を下したのは7階のおもちゃ売り場に潜伏していたリーダーだった。彼は早速トイレから出て、まずアサルトライフルを乱射し、注目の的になる。乱射した方向には監視カメラがあり、火花を散らしていた。

「皆様! 私、そして他の階にいる者達は古いタイプの強盗です。しきたりに従って皆様の所持する金品は我々がいただきます! もちろん抵抗しなければ、危害は加えません!」息継ぎせずにここまで言うと、近くにいた紳士風の男の襟首を掴み、短銃を向ける。「ほら! フロアの中央へ集まれ!」と、もう一方にある監視カメラの方向へ銃を向け、乱射する。

 子供たちが集まる7階で悲鳴が響きわたる。

 次々とフロアで悲鳴が鳴り、やがてデパート中が恐怖で包まれる。間髪入れず警報装置が鳴らされ、さらに喧しくなる。

 だが、彼らにとっては想定の範囲内だった。リーダーは襟首を掴んでいた男の頭に穴を開けた。また悲鳴が大きくなる。

「次に何かをしたら! 今度はこの女の殺す! 分かったな?」デパート中にいる客や従業員や警備員達はきっと、生まれて初めて『殺す』と、言う言葉の具体的な意味を知っただろう。地下にいる2人を除いて。


 騒動から20分後。デパートの周りにはサイレンや赤いライト、青い制服の公務員達で包まれていた。デパート内部では人質たちは皆、2階に集められ、その回りを4名の武装した強盗達が目を光らせていた。人質は総勢40名。それ以外の者は我先にと外へ逃げ出した。ある者は外の空気を吸い、またある者は撃たれ、地面に転がった。逃げずに人質となった者は泣きべそを掻き、ある者は爪を噛み、またある者は打開策を練るような表情をしながら体育座りをしていた。

「助けて!」「子供と女性だけは見逃せ!」「人質は俺だけでいい!」「こいつら籠城する気だよ、バカだ」など、人質たちは思い思いの小言を漏らしていた。強盗達は耳も貸さないでいた。

「で? 現場責任者の林さん……ここ3日間の売り上げは、どこに保管されているのかな?」大仏マスクの男が林を銃で小突く。

「わ、私一存では……」

「はいはい、そんな事いいから……命は1つだろ? それに、俺と上司とどっちが怖い?」と、目を鋭くさせる。

「わ、わかりました」と、関係者以外立ち入り禁止のドアへ入っていく。

 その他の強盗犯達は各々の配置に付き、見張りをしていた。全員が安っぽいマスクを被り、内側から含み笑いを漏らしていた。

 警備員達は2名の強盗に脅され、人質や怪我人から金品を徴収し、レジの金やガラスケースに入った時計や宝石を接収していた。これら全てをボストンバッグの中へ詰めていく。

「お前ら、どうやって逃げる気だ?」警備員の1人が強盗に尋ねる。

「それをお前に話してどうする?」元大統領のマスクの割には若々しい声で答える。そしてアサルトライフルの底で殴りつける。「さっさとやれ!」

 その頃、大仏マスクと林は売上を保管している部屋に来ていた。「よし、ここか」と、金庫へ歩み寄る。「番号は……」と、軽い手つきでダイヤルを回す。あっという間に開く。中には当然、彼らのお目当ての札束が入っていた。「ほら、ここまで案内してくれた報酬だ」と、札束から2枚抜き取り、林の胸ポケットに入れる。「さて、脱出まであと2時間。しばらく遊ばせてもらうぜ」と、アサルトライフルをスライドさせる。

 

 外では警官やマスコミ、人質の知り合いや野次馬でごった返しになっていた。「で、応答は?」警視庁捜査一課の刑事、清水が眉間に皺を寄せながら部下に尋ねる。

「ありません。答えが返ってきても笑い声がするだけで……」制服警官が弱った顔をする。

「そうか。要求は無いわけか……なら、突入……出来るわけないよな。相手の特徴、目的、人質などを把握しなければ……脱出に成功した者は?」

「ショックが強くて話せない者が多いです」

「そうか……とにかく、そういった人たちは丁寧に扱え。いいな」

「あの、地下駐車場へ突入させますか?」新人刑事の早坂が口を出してくる。この現場での紅一点的存在だったが、今はそんな事に目をくれる者はいなかった。

「……ここで指を咥えている訳にもいくまい。慎重にな」この地区を担当する清水はベテラン刑事だった。だが、この様な大規模な強盗立てこもり事件を現場で指揮をした事はなかった。「無線は? 応答しろ、様子は?」清水が無線機に唾を飛ばす。

「まだ何とも。ん? 犯人らしき人影が……」と、同時に連続した破裂音や爆発音が轟く。

「おい! どうした!」

「あいつら! アサルトライフルを! うわ! 車が! ぐわぁぁぁぁ!」悲鳴と同時に地響きが轟き、無線機から雑音が響く。駐車場に止まっていた車が全て爆破されたのだ。

「くそ!」すると、無線からまた笑い声が流れる。「あいつらぁ!」

「あのぉ、次の指示を……」恐る恐る早坂が尋ねる。

「このまま待機だ。なんでこの国に重火器をもった強盗が現れるんだ? 調べろ!」

「えぇ?でも手掛かりがぁ……」指先をもじもじさせながら弱った顔をする。

「うるさい! いいから、ここ最近、我々が得た情報を引っぱり出して該当しそうな情報を全て持ってこい!」清水が額に血管を浮かせながら怒鳴る。

 

「……大変な事になったなぁ」

「どうするんです?」2人は今、地下1階の食品売り場の肉売り場の調理場で縮こまっていた。

「さぁ? 事態が治まるまでここでフルコースでも楽しむか?」と、近くにあるハムを包丁で切り、頬張る。

「いや、今こそ俺達の出番でしょう?」と、懐から愛銃を取り出す。

「でもなぁ、真琴からの仕事内容を聞いてからでないとなぁ……」と、またハムを切ろうとする。だが切るのを止め、丸ごと齧り付く。「んぅ! 贅沢食い!」

「んなことしている場合ではないでしょう?」と、言いながらも若林がローストビーフを1枚、また1枚と口に運ぶ。

 すると、平田の携帯電話が震える。「真琴。どういう事だ?」

「こう言う事よ。依頼は彼らの鎮圧。報酬は300万。リーダーは殺さずに警察に引き渡して。で、他の奴らはどうにでも」と、真琴の余裕綽々の声が平田の耳に入る。

「簡単に言うよなぁ……で? リーダーってどういう奴?」

「今、日本の裏社会で一級の犯罪者……『鬼札』よ」 

「へぇ、奴がここに……」平田の眉が少し上がる。

「えぇ……鬼札を警察に突き出せばいいのよ。わかった?」

「なら報酬が安いな。値上げしろよ」

「ダメ。依頼人は公務員なの。お金にはうるさいわ」

「国民にはあやふやなクセに!」

「黙れ非国民。てことでヨロシクね、一彦」と、電話が切れる。

 その会話を聞いていた若林が眉をひそめていた。「おにふだ……って?」

「殺人、強盗、下着ドロ、何でもやるイカれた奴さ。才能ある暇人って奴だろ。まったく。厄介な仕事だな」と、平田もローストビーフを摘み始める。しかも販売用に処理されていない塊を豪快に食べる。「あ、歯に挟まった」

「そんな奴がこの国に……」

 平田は指で歯糞をほじくりながら口にした。「あぁ色々いるぞ?『モツ売りの子豚』とか『赤夜叉』とか、マスコミに触れられていないイカれた犯罪者がごまんと、な」

「その中の1人、鬼札かぁ……」目の前の何かを睨みながら口にする。

「なんだ? 目を輝かせやがって」と、若林を鼻で笑う。

「やる気がもう、100倍だよ! 行こう!」と、立ち上がる。

「まぁまぁ。まずこのルービックキューブを完成させてからにしろよ」と、どこからか取り出したルービックキューブを若林の目の前に出す。

「そんなの何の役にも立たない! 平田がやらないなら俺1人で!」と、ルービックキューブをはねのけて調理場から勇ましく飛び出る。

「あ、知らないよぉ? さてさて」と、平田が500グラムのローストビーフをあっという間に完食し、指を舐めながら重い腰を上げ調理場から出ていく。

 

「よし、初陣だ」と、銃を両手で構え、前をしっかりと見据えて歩いていた。肉売り場から魚売り場へ向かい、辺りを見回す。

 強盗犯達の殆どは上の階へ行き、地下1階には誰もいなかった。「よし、上の階へ」と、唇を舐める。

 だが、地下3階の駐車場で警官隊を迎撃し終わった強盗犯2名が地下1階へ上がってくる。「あいつら、ひぃひぃ喚いてたな!」

「車爆弾でB3とB2は火の海だ。後は号令までここで待機しようぜ」

「そうだな。肉食おう! 肉!」誰しも考える事は同じだ、と若林が苦笑する。

 若林は魚売り場の調理場で息を潜めていた。「よし、あいつらは南瓜だ。南瓜、よし!」と、扉を勇ましく開き、強盗犯の声のする方向へ銃口を向け、発砲する。

 だが、勢いあまって狙いより少し左に弾が反れてしまった。

「なんだ! 侵入者か!」と、若林に向かって容赦なくアサルトライフルが火を噴く。

「やばい、やばい!」若林が横へ跳ぶ。回りの商品のマグロやアジなどが飛び散り、彼に降りそそぐ。「ぐあ! 生ぐせぇ!」ワゴンから手だけ出し、発砲する。

 強盗犯の銃撃は止まず、ワゴンの上の商品がどんどん飛び散っていく。若林は、ほふく前進をして逃れ、相手を視界に捉えられる場所まで行く。

「よし、ここなら」と、狙いを定める。だが、相手もその場所を予想していたらしく、若林に向かって弾幕を浴びせる。

「そこだ!」相手はジリジリと距離を詰めていた。時折、数発発砲し、若林の動きを止める。「馬鹿な奴め、俺達に喧嘩を売るなんてな」昔の映画の悪役のマスクをした男が下品に笑う。

「くそ、下手に出たら死ぬ。出なくても死ぬ……くそ!」

 すると、強盗犯の1人の頭に何かがぶつかる。「いて!」ぶつかったソレは豆の缶詰めだった。「なんだ? まだいるのか? ここは頼んだぞ」と、1人が缶の飛んできた方向へ向かう。

 もう1人の売れっ子芸人のマスクをした男が前進を再開し、若林のいるワゴンの向こう側へ向かう。「追い詰めたぞ!」と、銃を向ける。だが、そこには若林はいなかった。すでに遠回りをし、相手の背後に回っていた。

 だが、相手もそれにすぐ気付き、振り向きざまに銃を撃つ。それに反応して若林は横に跳び、相手の頭に狙いを定める。そして、トリガーを引く。

 相手は芸人マスクの後方から血と脳をぶちまけた。「やっぱり見慣れねぇよ……うぇ」と、先ほど食べたローストビーフを戻しそうになる。「あ、もう弾切れだ」彼は予備の弾を持ってきていなかった。

 1人が片付き、もう一方の向かった方へゆっくりと歩を進める。その先は揚げ物の弁当売り場だった。「ここに?」若林は服にこびり付いた刺身の残骸を振り払いながら近づいた。そして厨房のドアまでたどり着く。壁に張り付き、覗き窓から中を見ようと頭を動かす。

 すると、覗き窓の向こう側から赤々としたモノが向かってきた。急いで頭を引っ込めると、若林の隣を轟音と爆炎と強盗犯が通り過ぎて行った。若林のジャケットの端っこを少し焦がす。

「え?なに?」強盗犯は黒く焦げ、悪役のマスクは黒い煙を上げて燃えていた。

「ガスとマッチであら不思議ってね」弁当片手に平田が出てくる。「いい焼け具合。いや、焦げてるな」と、カウンターに食いかけの弁当を置く。「おや、若林君。生臭いが、大丈夫か?」と、バカにしたような目をして笑いかける。

「うるさいなぁ……1人仕留めたよ!」と、若林が仕留めた強盗犯の方角を指さす。

「そうかい。おめでとうさん」と、平田がレアーになった死体まで歩み寄る。

「こいつら、プロかな? 何者だろう? 元軍人? テロリスト? 裏社会のプロ集団?」

「俺はそうは思わない」と、平田が死体のポケットを弄る。「いいか? 見た目は黒尽くめで、顔を隠して重装備、おまけに中々の反応。でも、俺はこいつらを素人と睨む」と、何かを取り出す。「やっぱり」

「なんだ?」と、若林が目を細める。

「運転免許証に保険証、キャッシュカードまで。こんな事をするのにこんなのを持ってくる奴は当然、素人だ。それにこの無線は電気店に行けばスグ見つかる安物だ。それに、この銃だ。このタイプは恐らく、『米軍の置き土産』って奴だ」

「どういう意味だ?」

「戦争で使って米軍の兵士が戦場で捨てていった銃を武器商人が回収し、調整して高値で売っているのさ。これがまだ出回っているとはな……」と、アサルトライフルを調べる。「ふぅむ、手入れが出来ていないな。それに照準が曲がっている。きっとここで適当に組み立てたんだな」

「そこまで分かるのか?」

「プロだからな」

「そうか……」と、頭を垂れる。ルービックキューブといい、先ほどの戦いといい、若林は自信を失い始めていた。

「若林。さっきの戦闘を見ていたが、酷かったぞ? こんな素人に行動を読まれやがって……だからルービックキューブを組み立ててからだって言っただろ?」平田が止めを刺す。

「その意味が分からないんだよぉ!」泣きそうな声を上げる。

「はぁ……いいか? ルービックキューブってのは2つの方法でクリアする。1つは『運任せ』これはきっと数年かかるな。もう1つの方法は『先読み』だ」

「先読み?」

「そう、先読みの初歩練習だ。自分で色を動かす。だが、思うように動いてくれない。だから、自分が動かすと、どの色が動くのかを把握するんだ。一度にどれだけの色が動くのか。それを先読みするんだ。そうすれば、あんなものスグに解けるさ」

「そういう物なのか?」

「ま、俺がそうやって訓練したんだがな、昔」と笑い、死体の胸ポケットを探る。すると、メモ張が出てくる。「おいおい、素人以下だな」と、若林にメモ張を放る。

「これ?」メモ帳には今回の計画やこの男の役目、人数などが書かれていた。

「普通、決行前に捨てるか燃やすだろ?」

「……バカだな、こいつら」さすがの若林も呆れていた。

「さて、全滅させますか。リーダーの鬼札以外ね」と、平田が指の骨を鳴らす。

 

「おい、何か聞こえなかったか?」強盗犯の元総理大臣のマスクをした男が地下の物音に気が付く。

「そうか? でも、俺達の役目は『1階の見張り』だろ?」この男は髑髏のマスクをしていた。正面には人質が立っていた。目から口、両手首から両足首までガムテープで縛られ、立たされていた。「こいつを目の前に立たせておけば、あいつらはここに入って来れない。魔除けだな、まるで」

「でもさ、俺達、どうやって脱出するんだ?」

「それはリーダーからの指示を待つのみだ。なんでも、日没になるまで持ちこたえればいいらしい」

「なるほど」と、首を傾げる。その2人の丁度背後を平田達がコソコソと移動していた。襲いかかるような素振りは見せなかった。

 なぜなら、この2人にここに立ってもらった方が平田達にも都合がいいからだ。警官達がなだれ込んできたら仕事どころではない。

 その頃、人質のいる2階でも会話が行われていた。「なぁ、この後どうする?」

「そうだな、借金を返済して、別れた女房とヨリを戻して……」悪魔のマスクを被った男が答える。

「俺は、海外で悠々自適な生活を送るぜ」お多福のマスクをした男が言う。

「僕は日常へ戻りますよ。大学の授業料を払わなくっちゃ」猫のマスクをした男が陽気に話す。

「おい! 隊長殿が来るぞ」アメリカの元大統領のマスクをした男が声を上げる。

 大仏マスクがエスカレーターで降りてくる。「おい、警察の方はどうだ?」

「地下3階と2階は火の海です。地下1階と1階は2人ずつで警備をしています。あとは俺達4人がここに。で、上の階に2人ずつで警備中。で、ここにあなたがいます」一人が前に出て、淡々と今の状況を報告する。

「計画通りだ」

「で、いくらあるんですか?」猫マスクが前に出る。

「全員に1000万以上は払える。それに宝石や高級時計などなど」

「そりゃすげぇ!」

「で、脱出は!」悪魔のマスクが声を出す。

「その時が来てからだ。それまで指示を待て」と、落ち付いた声で答える。隊長と呼ばれるだけあって威厳たっぷりな言い方だった。

「何か要求に答えなくてもいいんですか?」お多福マスクが言う。

「我々の目的には入っていない。だから、答えなくていい。ずっと硬直させておけ。あと1時間経てば終わる」

「はい、わかりました!」4人同時に答え、敬礼をする。大仏マスクもそれに答えた。

 

「あいつら、やっぱり元軍隊じゃないの?」物影で若林が質問する。

「いや、違う。もし、元軍隊ならあんな軽い話し方はしない。それに明らかに表の世界の住人だ。少なくとも、あの4人はな」

「じゃあ、あれが鬼札?」と、大仏マスクを指さす。

「そうだな、たぶん」

「たぶん?」

「実際に会った事無いんだよ、噂と鬼札が起こした事件の資料を見ただけで」

「顔写真は?」

「いや、それも本人のデータは一切無くてな」と、平田が頭を掻く。

「そうか。でも、あいつがリーダーだよな?」

「見た限りな」と、ゆっくり腰を上げ、身を屈めて階段へ向かう。「上の階を見てこよう」

「なんで?」

「偵察だよ。当然だろ?」と、階段をゆっくり上がっていく。それに若林もため息をつきながら続く。

 

「ふぅ」強盗犯の1人がトイレに入り、小便をする。「はぁ、疲れた……早く日没にならないかな」と、ピエロのマスクの男が愚痴を漏らす。

「おい! 不用意に背を見せるなよ」と、背後から若林が男の頭に銃を突き付ける。

「あ……あぁ! 撃たないで、僕は何もしていません! ただ、ただ!」と、いきなり男が半ベソをかき始める。声は初老のオヤジのようなガラガラ声で、猫背のおかげで背が低く見えた。持っていた銃をすぐさま床に置き、手を上げる。

「わかった。でも、妙な真似をしたらわかるな?」

「はい……」意気消沈した声で頷く。

「ちょっと借りるぜ」と、平田が男の胸元を探り、財布を取り上げる。「おい! 身分証明書をこういう仕事に持ってくるな!」と、男の顔に財布を叩きつける。「ん?」と、床に置いてあるアサルトライフルを見る。

「どうかしたか?」

「いや……」それから平田はピエロマスクの男の無線を取り上げる。「おぉい! リーダーさん。お仲間は人質に取らせてもらったが、どうする?」

 しばらくして応答がくる。「そうか。なら2階へ来い。そいつと引き換えにお前にも分け前をやろう」

「マジでぇ! よぉし! 今行く!」と、平田が答える。

「おい! 本当かよ!」若林が落胆した声を上げる。

「冗談だよ。きっと、あいつら2階に仲間を集結させるだろう?それを一気に叩くのさ」

「え、まじ?」

「あぁ。楽だろ?」そこで若林が肩を震わせ始めた。先程の戦いの弾幕が目に甦り、少々恐怖を感じていた。「ビビってんのか? お前の銃を貸せ」と、手を出す。「残り何発だ?」

「実は、もう弾が」先程の戦いで弾を撃ち切っていた。それがビビる理由でもあった。

「なんだよ……おい、お前」とピエロマスクに声をかける。「ハンドガン持ってるか?」

「は、はい!」と、慌ただしくハンドガンを取り出す。

「あぁ、お前らさ。どんな縁で集まった?」ハンドガンを受け取り、一通り確認しながら尋ねる。

「パソコンで軍人オタク同士知り合って、その中で1人、裏の事情にヤケに詳しい奴が1人いて……やってみようって事になって、そいつが計画とか、武器の調達をやって、で……ここまで……」ピエロマスクがおどおどしながら口にする。

「そうか。アホかよ、お前ら」と、弾倉を確認する。「9発か……」

「で、どうする気だ? 平田!」若林が冷や汗を垂らしながら問う。

「弾の数だけ生き伸びろってね」と、銃をスライドさせる。

 

 その10分後に2階には犯人たちが集結していた。1階の見張り2人だけ残し、合計9人がフロアを陣取っていた。中央に金品の入ったボストンバッグを置き、それを取り囲むように強盗犯が9人、アサルトライフルを構えていた。

「よぉ」そんな物騒なフロアに平田が現れた。ベルトにハンドガンを入れ、悠々と犯人の終結するフロアの中央まで歩いてくる。その後ろをピエロマスクがコソコソと歩いていた。

「まだ撃つな」大仏マスクが指示する。

「人質は?」

「奥の倉庫の中に押し込んだ。で? 仲間は?」

「ここに。報酬は?」

「ここだ」と、中央を指さす。

「よし、交換だ。ピエロ君は返す。だから、バッグを2つ貰うぜ」と笑い、ピエロの尻を蹴とばす。転んだピエロマスクはそのまま張って火線上から逃げた。

「お前、バカだろ? 大人しく金を分けてやると思ったか? 蜂の巣になる用意はしてきたか? 言い残したい事は?」大仏が鼻で笑い「構えろ!」と、号令を出す。

「お前らこそ、俺が大人しく撃たれると思っているのか?」と、身を屈め、銃を抜く。すぐさま両脇にいた2人の頭を撃ち抜き、最初の一歩を踏み出す。

 相手がトリガーに力を入れ始める頃、平田は1人の心臓を的確に撃ち抜き、銃の反動のまま回転して真後ろにいた男を撃つ。

 やっと相手が発砲を開始した時には5人に減っており、平田が側転しながらリーダーの右隣にいる悪魔マスクの男の眉間を撃ち抜く。着地の瞬間に左端の男の首に穴を開ける。

 平田の着地した場所の近くにいたお多福マスクの背に隠れ、盾にする。見事に相手がそこに攻撃を集中し、お多福マスクの男は穴だらけになった。

 そして彼が地面に倒れる頃、大仏の左隣にいた元大統領マスクの額が血を噴いた。

 そして平田が前転し、銃を構え、大仏の額に押し付けた。

「ひ、ひぃ!」大仏は顔や先程の態度とは真逆の声を出した。

「さて、あと何発かな?」某映画の決め文句を口にする。

「え? か、空?」

「お前、鬼札じゃないだろ」

「え? 鬼札? いったい何の事だ? 俺はただの副リーダーだ。リーダーは俺じゃない!」

「はぁ……やっぱりな。あの保険証はダミーか」と、撃鉄を起こす。

「待て! 抵抗はしない! だから助けて!」大仏が銃を捨て、膝を地面につき手を合わせる。

「上の階を見たが、血の海だったな」

「へ?」

「なんで客を殺す必要があった? あ?」

「え、逃げたから……」

「そうか、じゃあお前ら、本当に裏の世界に来る気だったのか?」

「あぁ俺たちならできると思って……」

「このシミュレーションオタクが! だが、歓迎するよ。裏の世界へようこそ」と、引き金を引く。大仏の後頭部が爆ぜる。「まったく、ゲームで満足してろよ」と、ボヤきながらボストンバッグの置いてある場所まで近寄り、中身を確かめる。「中身は金品ばかり、か。現金が無い」と、腰を上げる。「若林の奴、うまくやれるかな?」


 その頃、7階の従業員専用通路を、両手にボストンバッグを持ったピエロマスクの男が歩いていた。「まったく、簡単すぎて笑いが止まらんな」先程の臆病な声とは違い、自信の満ち溢れた声を出す。声質は、やや中年気味の枯れた声だった。さらに先程の曲がった腰をぴんと伸ばしていた。

「そうかい」と、男の背後で若林がアサルトライフルを構える。

「やはり着いてきたか、腰巾着」

「だれが腰巾着だよ! お前が鬼札だろ?」あたかも自分がトリックを解いたような声を出す。

「ほぉう……この名前を知っているとは光栄だねぇ」枯れた声の割には高い声を出す。「なぜ見破れた?」

「お前から取り上げた銃だ。回りの奴のとは違い照準が調整され、手入れが行き届いていた。そこで引っ掛かった。さらに、お前の歩き方、放つ匂いなどが回りの人間と違った。だから怪しんだ」と、平田に説明された通りに口に出す。

「そういえば、お前、俺様の事を『鬼札』と、呼ぶくせにあいつの事は名前で呼ぶのか」

「どういう意味だ?」

「あいつは裏の世界では『野良猫』って呼ばれている。この世界では1、2を争う実力者だ。腰巾着のくせに知らなかったのか? あ! 腰巾着だから知らないのか」銃口を向けられていながらも、ひょうきんな口調で話した。

「そうだったのか……あ! お前はここで終わりだ。平田が来るまで大人しくしていろ!」と、銃を構えなおす。

「そうかい、腰巾着……お前の選択肢は決まっているな」と、マスク越しに笑い、ゆっくりと後退していく。「お前は俺様を殺せない。そういう仕事内容だろ? で? その他にお前に何が出来る?」と、ボストンバッグを離し、若林に歩み寄る。

「おい! 撃つぞ! この野郎!」と、足に照準を合わせ、引き金に力を入れる。

 鬼札は壁を蹴りながら三角飛びの要領で進み、若林の頭上をとる。そこで被っていたマスクを脱ぎ、若林に被せる。後ろ前に被せたので、若林は視界を失った。「この野郎! 卑怯だぞ!」と、マスクを脱ごうともがいた。

 「ひとつ教えてやる。この世界に反則があるのなら、迷わずそれを武器にしろ。それが!」と、若林の股間を蹴りあげる。「基本だ。あばよ! 腰巾着」若林は遠ざかっていく足音を聞きながら、その場で悶絶していた。

 しばらくして平田が到着する。「何をやってるんだ? お前……」


「で? 逃げられたのね……」平田と若林の正面で、増山がアイスコーヒーを啜りながらキッと睨みつける。3人は、デパートから少し離れたカフェテリアに来ていた。

 あの後、2人はデパートから人質のフリをして脱出した。その後の警察の対応をうやむやにしながら人の波から抜け出てここまで来たのだ。

「現金を総額5000万も取られて……鬼札はさぞ満足したでしょうね」

「あいつ、いったい何者なんだ?」腰を叩きながら若林が口にする。

「わかっているのは、マインドコントロールが得意って事ね。今回はミリタリーゲームオタクを操って犯行に及んだのよ」増山が鼻で笑い、平田に目を向ける。「どう? 鬼札を初めて相手にした感想は?」

「油断はしていなかった、が……」と、隣の若林を見る。「まぁ、今回は俺達の負けだ」

「そうね。鬼札の計画にあなた達の存在も入っていたらしいわ」

「なんだって?」若林が口を出す。

「依頼人側から情報が漏れたみたいね。これだから公務員は……」

「じゃあ、相手側にも落ち度があったってことだ!」平田が身を乗り出す。

「でも! あなた達の負けに変わりはない。報酬はナシ! 以上!」と、伝票を机に叩きつけて腰を上げ、早々に店から出ていく。

「怒ったな、真琴」と、平田がタバコを咥える。

「俺のせいだ」

「そうだな。厳しく言うならばお前のせいだ。全部な! だから言ったろ? ルービックキューブを完成させてからだって」

「あぁ」と、ポケットからルービックキューブを取り出して色を合わせ始める。

「ま、次があるだけマシだな」

「なぁ平田」

「なんだ?」

「……いや、いい」と、目を伏せる。

「そうやって人は成長する。か……」平田がタバコの煙を天井へ吹きかける。

「お客様! ここは禁煙です!」と、厳しい目つきのウェイトレスが肩を叩く。

「お! 失礼。で、お勘定は……げ」

「どうした?」

「真琴の奴、ここで夕飯を済ませて帰りやがった……」平田達が到着する前、増山はここでサンドイッチとパスタとデザートのパフェ、そしてコーヒーを5杯も頼み、それらを全て綺麗に平らげたのだった。「女の別腹は恐ろしい」

「別腹ってどこにあるんだよ……」若林が椅子からずり落ちそうになる。

「これ、若林が払えよ」と、伝票を横へ移動させる。

 

「清水刑事!」早坂が大声で呼ぶ。「中の強盗犯を2名確保。残りはすべて、殺されていました。人質は無事、とは言えませんね。辺りは血の海です」手にしたハンカチで口を覆い、顔を青くする。

清水達は今、地下の食品売り場に来ていた。「強盗と言うよりテロだな。始末書を書くのが楽しみだ」と、重いため息を吐き出す。

「強盗犯のうち、1名は逃走したと思われます。現金の5000万が無くなっていました。その他の物品は無事ですが」警官が敬礼し、報告する。

「そうか、いったい何を思い立ってこんな事を……」清水が目を指で押さえ、首の骨を鳴らす。「手がかりは山ほどあるだろう? 全て持ち帰れ! 分かったな?」

「はっ!」警官は慌てたように遠くへ行き、検察官に指示を出す。清水はその姿を細い目で見ていた。

「清水さん……」早坂がしゃがみ込み、撃ち殺された犯人を指さす。ザクロのように飛び散った頭の方はなるべく見ないようにした。

「なんだ?」

「2階にいた9人は仲間内の銃で撃ち殺されていますが、こいつは明らかに別の銃で撃ち殺されていますね……」

「らしいな。口径のでかい銃で撃ち抜かれ、酷い顔だ」と、見慣れているかのような素っ気ない返事をする。

「こいつらの他に、誰かいたんでしょうか? それとも、逃亡した1人が?」

「……捕まえてみれば分かることだ。そう遠くまで逃げていないだろう。警戒線は?」

「もう敷いてますよ」

「後はやれるだけの事をやろう」と、懐から箱を取り出し、そこからタバコを口に持っていく。

「清水さん、このデパート禁煙ですよ。それに事件現場で……」

「この煙がお前らや事件現場とどう関係がある? あ? この迫害主義者め!」と、早坂を睨む。

「そこまで言いますか? 若輩者の私に……いじけないで下さい」青くなった顔を強引に緩め、清水刑事を見る。

「お前だから言えるんだよ」と、不味そうに煙を吐く。「それに、イジケてねぇよ。嘆いているんだよ」

 

 それから1週間後の都内の某ホテルで、ある男が一室でほくそ笑んでいた。その正面には、2つのアタッシュケースが置かれていた。窓際には1週間前の強盗事件の黒幕の鬼札が立っていた。

「約束は守るって言ったろ?」鬼札は、しわ枯れてはいるが、元気の良い声を出す。犯行の時の黒服ではなく、それとは対照的な真っ白なスーツを着ていた。ネクタイは青く、胸にはコサージュを付けていた。

「まさか、本当に全てくれるのか? なぜだ?」もう1人の男がにやけながらも、不思議がっていた。男は1ヵ月前、ネットワーク上で鬼札と知り合い、彼が裏の人間だと知った。冗談交じりで『あんた、本当にできるんだったらやってみてよ』と、パソコン上にそう打った。そうしたら鬼札からの返答は『いいだろう』だった。

 そして、約束された時間、場所に来てみたら本当に鬼札が来ていたのだ。現金5000万を持って。

「あんたがやってみろと、俺を挑発したからだ」

「あぁ……でも、あんな仲間をどこからかき集めた?」

「ネットだ。ミリタリーオタクの中で『知識と夢』を持ち『現実と常識』を捨てたと言い張るバカ共を集めただけだ」

「それだけであんな?」

「あと決行前にこれを与えた」と、ポケットからカプセルを取り出す。「こいつは俺の調合した特製の薬だ。これを飲めば『勇気と集中力』が100倍になる」と、歯を出して笑う。

「本当に報酬とかはいらないのか?」

「あぁいらない。そいつはお前のだ」

 男がアタッシュケースを開く。そこには男が一生働いても稼げないほどの大金が入っていた。それを見て声を出して笑う。「ざまぁみろ! あのデパートめ! まったく、散々こき使いやがって」男の正体は、帝国デパートの責任者の林だった。「……鬼札さん……本当に私から何も取らないんですか?」

「あぁ取らない……なぁあんた、俺様が何で『鬼札』と名乗っているか、知りたくないか?」と、窓から目を離さずに問う。

「なぜです?」金から目を背けずに半笑いで聞く。

「俺様はトランプ遊びが大好きでな。いつもやるゲームはなんだと思う?」

「ポーカーですか?」

「いいや大富豪だ。そのゲームはな、手札から3から2まで順に出していき、先に手札が無くなった奴の勝ちだ。その中で最強の手札はなんだと思う?」

「ジョーカーですか?」

「いいや、ジョーカーを出してもスペードの3で切り返される。それに、最後にジョーカーを出したら負けだ。そういうルールなんだよ」

「では? 最強の手札とは?」

「そんなモノは無いんだ。切り札と言う名のトランプ達の中で鬼札と呼ばれる札は、状況に応じて変わる。俺様は常に鬼札でありたい。そんな念を込めて『鬼札』と名乗っている」

「そうですか」興味がなさそうな声を出し、札束を手に取って数え始める。

「お前には感謝しているよ。今回の仕事で俺様の名はまた上がる。俺様の伝説がまた増えるってわけだ」

「それはよかった。ある意味、最高の報酬ですな」

「そうかな?」と、林を見る。「最高の報酬か。そんなモノ、本当にあるか?」

「私にとってはこれが最高の報酬ですよ」と、林が札束をヒラヒラさせる。

「そうか……なぁ、俺様の鬼札とあんたの鬼札、くらべっこしてみないか?」と、声が高くなり、何かを弄ぶ狐の様な表情になる。

 そこで林が初めて鬼札の顔を目に入れた。鼻は整形したように高く、目と口は横に広く、印象はまさに狐だった。

「くらべっこ? 鬼札の……?」と、物欲にまみれていた表情に冷や水でもかけられたような状態になる。

「そう……さぁ出しな」今度は低い声を出す。声の高低差が激しい男だった。

「え? わ、私のは今のところ、これかな?」目を泳がせ、冷や汗をかきながら札束を出す。

「……やはり老若男女、職業問わず出すのはそれか」と、懐からサイレンサー付きの銃を出す。

「わ! や、やはり私の命を奪う気か!」アタッシュケースの前から離れ、鬼札を見上げた状態で後ずさる。

「俺様の鬼札はこれだ」

「銃か? それも金と同じようなモノじゃないか!」と、指をさして怒鳴る。

「違うな。これは銃じゃない。『理不尽』だ。そう、人間は皆これを恐れる。理不尽な力にな。権力、金、暴力そして愛……これらの力を人間は必ず欲しがる……さて、この4つの中で一番強いモノはなんだ?」銃を持った手を指揮棒のように振る。「権力か? 金か?愛か? 違う。1番現実的で一番単純な力は暴力だ。権力はいちいち面倒くさい。金は持っているだけでは意味はない。愛はモラル無き者に対しては通じない。すなわち、最強の力は『暴力』と、言う事になる」と、1度咳払いをし、上唇を素早く舐める。「では、お互いの鬼札で勝負をしよう。あんたは金、俺様は理不尽な暴力だ」と、ここでやっと林に銃口を向ける。

「わかった! この金は全部あんたにやる! だから命だけは!」と、アタッシュケースを鬼札の足元に滑らせる。

「お前のターンは終了、でいいんだな? では俺のターンだ」と、弄ぶのを止め、息も絶え絶えになった獲物に齧りつこうとする狐の様な顔になる。数度サイレンサーが火を噴き、部屋や金を血で汚す。鬼札は素早く銃を仕舞い、香水を噴きかけた。

 彼はクスクスと笑った。「楽しんで貰えたかな? 野良猫君……」

 

「負けたよ!」と、若林がテーブルに手札を叩きつける。

「お前さ、最後まで言い手を取っておくからそうなるんだよ。俺みたいに、最後にどうでもいい手で勝つ。それがコツさ」平田は最後に9を出して勝った。

「最後まで、か。この前の事件みたいだ」

「確かにそうだな」と、トランプを集め、混ぜ始める。

「そういえば平田って『野良猫』って呼ばれているって本当か?」

「あぁそうだよ」

「なんでそう名乗っているんだ?」

「別に俺が名乗ったわけじゃない。回りの奴が勝手にそう呼んでいるだけだ」と、カードを配る。「ま、気に入っているんだがな」

「へぇ」と、配られた手札を見る。

「さて、今度はどうかな? 一皮むけた若林君?」テーブルの上には完成されたルービックキューブが置かれていた。


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