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無責任な猫達  作者: 眞三
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吾輩は誰でしょう?

 とある、焼けるように熱い夜。時は午前2時。日本の都会の片隅にある反政府テロ組織『黒い迎撃団』のアジトに来客が訪れた。

 その来客は、ただの小汚い酔っ払いだった。

「おい!さっさと歩け! 何だ、こいつ? 奈良漬けみたいな臭いがするぞ?」片手に拳銃を持った、物騒な顔をした男が面倒くさそうな声を上げる。その隣に顔を真っ赤にした若い男が酒瓶片手に男の肩にしがみ付いていた。小汚いジャケットを羽織り、足元がおぼついていなかった。時折、唸り笑い声を上げる。

「独房に入れとけ! その前に、何でこんな奴がここに居る?」

「アジトのエレベーターでフラフラしてたんです。いきなり肩を掴まれました」と、肩にしがみ付く男を引き剥がし、一発蹴りを入れる。酔っぱらいは呻きもせず、ただ酒瓶をラッパ飲みしていた。

「面倒な事が起こる前に始末しなければな……よし、こいつの素性を知ってから始末するぞ」グループのリーダーが威厳たっぷりに酔っぱらいを睨みつけ、部下に指示を出す。

「このまま殺してもいいんじゃないですか?」手にした銃の撃鉄を起こし、酔っぱらいに向ける。そんな銃口を見て酔っぱらいは小首を傾げた。

「ダメだ。ボスに聞かなければ……」

「それでは遅い気が!」

「最初の規則を忘れたか? 『なんでもボスに聞いてから』だ!」

「わかりました」と、しぶしぶ銃を懐に戻す。

「ここ熱い! クーラー付けてよ、お姉ちゃん……」夢見心地な顔で酔っぱらいが男の足元にしがみ付く。

「離れろ、馬鹿! では、独房に入れておきます!」と、男が首根っこを掴み、引きずって行く。酔っぱらいは微笑みながらリーダーに向かって小さく手を振っていた。

「やっぱり、始末してもよかったかな」リーダーが苦い顔で頭を掻く。


 アジトの地下2階には独房と射撃練習場があった。そこで、ある若者が射撃の訓練をしていた。鋭い眼光で的の中心に狙いを定め、トライアングルショットを決める。

「おい新入り! こんな夜中にまで射撃練習をするな! うるさくてかなわん」

「組織の方針は『勤勉な努力』でしょう?」引き金を引きながら答える。その度に鼓膜を劈く轟音が部屋中に響く。

「時間にもよる。それに方針には『よく食べ、よく眠れ』ともあるぞ? だからもう寝ろ! ガキが!」と、眉を吊り上げながら勤勉な若者の後頭部を引っぱたいた。若者はむくれながらも、再度的に狙いを付けていた。

 すると、酔っぱらいが大きなクシャミをした。若者の狙いがこれにより、大きくずれる。若者はため息をつき「その男は?」と、尋ねる。

「ただの酔っぱらいだ。夜が明けたら処刑する。何なら的にするか?」と、独房にカードキーを差し込み、酔っぱらいを投げ込む。「そこで最後の酒でも飲んでろ!」男が去り、射撃練習場には勤勉な青年と、酔っぱらいの2人だけになった。

 青年は黙々と『44口径オートマグ』と、呼ばれる無駄に威力の高い拳銃の引き金を引いていた。的の中心に穴が空き、頭部を模した場所が弾ける。彼の命中率は、組織の中でも高い方だった。

 この青年は2日前、この組織に入団した駆け出しの殺し屋だった。入った目的は『タダで射撃の訓練をしたかった』というだけだった。それゆえ、このテログループとは、まだ打ち解けていない。それどころか、ボス以外の者からは両方の意味で煙たがられていた。ボスは見向きもしなかった。彼の体は硝煙で臭く、朝から晩まで射撃訓練、こんな真面目な男は組織に居なかった。

 青年は、何も考えずに無心で引き金を引いていた。指から血が滲んでも、仲間から罵倒されても彼は射撃に集中していた。なぜなら青年にはそれなりの目的を持っているからだ。

 それは、殺しのプロになること。それだけを目標に今まで生きてきた。

「♪若い時はいつもぉ……ご主人の為にぃ……メシや酒を運びぃ……つくしたもんさぁ……主人が怖かったぁ! 主人が怖かったぁ! 主人が怖かったぁ! 主人はもぉういない♪」独房から下手くそな歌が流れ、青年の集中力をかき乱そうと耳に入り込む。青年は歌には耳を貸さず、目の前の的に集中した。

「♪若い時はいつもぉ……ご主人の為にぃ……この身を削ってまでぃ……守ったもんさぁ……主人が怖かったぁ! 主人が怖かった! 主人が怖かった! 主人はもぉういない♪」酔っぱらいの歌声が大きくなる。それにつれ、青年の射撃の間隔が大きく開いていく。

「♪ご主人の乗馬中ぅ……虻が馬を一刺しぃ……主人は落馬したぁ……悪いのは虻さ! 主人が亡くなった! 主人が亡くなった!主人が亡くなった! だから主人はもぉういない♪」

「やかましい!」青年が射撃を止め、独房の扉に近づく。小窓を開け、鉄格子越しに、もう一度「黙れ!静かにしろ!」と、怒鳴る。

「うるさいのはお前の方だろう? さっきから変な音ばっかりたてやがって……バン!」と、酔っぱらいが銃を撃つフリをして見せる。

「もう寝ろ!」

「お前が寝かせてくれないんだろうが」酒を一口飲み、ゲップを吐きだす。

「……いいか?お前は囚われの身だろうが? 少しでも僕を怒らせてみろ? こいつでお前を……」と、煙を未だ立てている銃口を見せる。

「そんな腕で当てられるかい? 俺ちゃまに?」

「なんだとぉ?」青年の苛立ちが怒りへ変わる。「やってみるかい? 酔っぱらい?」と、銃口を酔っぱらいに向ける。

「一人称が『僕ちゃん』のお前さんじゃあ、象のデカ尻にも当てられないだろうぜ」と、舌を出しながら酒瓶に口をつける。

「こいつ!」と、引き金を引く。撃鉄が虚しい音を立てる。弾切れだった。

「ほぉら」全てを見透かして様な目で青年を見る。

「くそ、今リロードしてやる。見てろ!」と、ムキになってマガジンを取り出し、空になったそれに一発ずつ弾を込める。

「……早く見せろよぉ」ゲップ混じりで問う。

「うるさい!」手元を狂わせながらリロードを終わらせ、撃鉄を起こし、鉄格子越しに銃を向ける。「さあ! どうだ!」

「どうした? 震える手で俺が撃てるのか?」と、再びラッパ飲みの姿勢になる。すると、轟音と共に酒瓶が砕け散る。「あ!勿体ないマネを……」手に着いた酒を舐め取る。

「どうだ! 撃ったぞ!」と、鼻息を荒くさせる。

「でも、俺には当たっていないぞぉ?」

「次は当てる!」と、再び撃鉄を起こす。

「……目が泳いでるな。それに、手も震え、息も荒い。たぶん、腰と足もガクガクだろうな。もしかして童貞か?」

「な、何を言ってる! 僕だって女と……」

「違う、人を殺した事、無いんだろう?」と、座った目で睨む。見た目や話し方、肌の色からして確実に酔っぱらって見えたが、若者の目からは男の意識がハッキリしているようにしか見えなかった。

「くっ」青年は歯を食いしばり、必死で銃の重みに耐え、正面に銃口を向け続ける。

「図星か? 帰国子女さん?」

「な! なぜ知っている?」彼の言うとおり、1週間前ほどに日本に帰ってきたばかりだった。それまでアメリカで武者修行を積んでいた。ワルになる為の修業を。

「さて、何故でしょう? 知りたければここから出してくれないか?」酔っぱらいはゲップ混じりにその場で胡坐をかき、歯を見せて笑う。

「ダメだ……お前を出したら僕は……」

「ここのクズどもに殺されるってか? どうかな? その腕だったら、少なくともこのアジトは潰せるだろうに……」

「そうかなぁ……」青年が俯き、何かを考えるような表情になる。

「なぁ……出してくれよ。悪いようにはしないからさ?」と、立ち上がり近づく。

「おい、それ以上近づくな! それに、おだてても無駄だ!」と、銃を構えなおす。

「あぁそうかい。言っとくけど、このテロ組織、正義を振りかざしたタダのチンピラ集団だぞ? お互いの傷をなめ合って、マス掻いて、国民が批評する政治家を同じように指差して笑い、しまいにゃあトチ狂った馬鹿な真似をする。学校の不良と同じじゃないか? そう思うだろ?」いつの間にか、酔っぱらいは青年の鼻先まで近づいていた。酒臭い息が青年の鼻に噴きかかる。

「……分かってるさ……ただ、僕は射撃練習をしたくて……」

「それが本音か? そうなら大した度胸だな! ここの連中は腐ってもテロリストだぞ?」と、不敵な笑みを見せる。「お前、なんて名前だ?」

「……若林浩介」

「へぇ、浩介か。いい名前だ。俺は平田一彦って言うんだ。よろしくな」と、鉄格子から手を出す。若林がそれにつられて握手をする。「よし、ここから出してくれ」

「駄目だ! まだお前を信用できない」と、まだ銃口を平田に向けていた。

「……若林君? なんでその銃を相棒に選んだ?」

「相棒なんて大層なもんじゃない。このアジトの武器庫にあって……って『君』を付けるな!」

「悪い悪い。じゃあ若林、その銃に出会ってからどのくらい経つ?」

「2日だ」平田の目の奥を見るように睨む。

「そうか、意外だな。さっきの練習の音とか間隔を聞いていると、どうしても5年くらいその銃を握っている奴の射撃だとしか思えなかったな」

「なぜわかる?」

「その44オートマグ、癖が非常に強い銃でな……命中精度は悪いし、すぐに動作不良を起こすし、反動がでかい。だから、数十年前に会社が製造を中止した。そんな欠陥銃なんだ。なのに、若林はその銃を使いこなしている。銃も若林の言う事を聞いて機嫌を損ねない。こりゃあ、お前たち切っても切れない仲になるぞ?」平田も若林の目の奥を見つめる。

「そうか? この銃の名前も知らなかったぞ?」銃口の側面を見る。確かに英語で掘ってあった。それを見て口がほころぶ。

「でも、銃を乱暴に扱うなよ? それに1日に1回は必ず手入れをしろ。その銃は特にな。じゃないと、いざって時に裏切られる」

「あ、あぁ」銃を不思議そうに見つめる。まるで今頃、銃の奥深さを知ったような表情をしていた。

「いい表情だな。でも、目はいけないな。まだ成熟していないガキみたいな目をしているぞ? サングラスでもしたらどうだ?」

「う、うるさいなぁ!」今度は銃口を向けなかった。

「……なぁ、俺と組まないか?」鉄格子から手を出し、ダランとさせる。

「な、なに?」やっと平田の顔へ目を戻す。

「俺が若林に銃を撃たせてやるよ、好きなだけな。それに動かない的を撃つのも飽きただろ? 俺の経験上、実戦の方が10倍くらい上達する!」

「そうか?」

「あぁ、約束する。それに、若林には才能がある。俺が保障する」と、頼もしい顔を見せる。

その顔に心を動かされ、彼はつい「わかった」と、言ってしまった。

「でも、カードキーがないと開けられないんだろう? 新参者の若林にそんな大層な物を持たせてくれるのか?」

「離れてろ」と、ドアに銃を向け、蝶番を撃ち抜き、蹴り破る。「所詮3流テロ組織だ。設備もこんなもんさ……」と、若林が気取った笑い方をする。

「ありがとよ、相棒。さて、」と、懐から銃を取り出し、若林に向ける。

「な!」発砲音が若林の耳を刺激する。それと同時に何かが砕けた音が背後から聞こえた。「何するんだよ!」片耳を抑えながら言う。

「監視カメラの破壊だよ。当然だろ? 基本だよ。基本」と、次々とカメラを破壊する。「それに、若林の言っていた信頼の証だ。殺そうと思えば、油断したお前を簡単に殺せた。だろ?」と、軽く銃を振ってみせる。

「……その銃、どこで?」

「さっきの喧しい奴からスった。まだ気付かないのかな?」と、言いながら赤い顔を袖でこする。すると、赤かった肌の色が落ち、日本人特有の肌の色が出てくる。

「メイクだったのか?」

「あぁ。この酒臭さは香水。さっきの酒は本物だったが、あのくらいじゃあ俺は酔わない」

「なぜ?」若林が不思議そうな目で見る。

「第一印象で人は必ず騙される。先入観だよ。そこを突いた。これも基本だぞ? 覚えておけ」と、乱れた服装を戻し、香水を体に吹きかける。すると、さっきまで強烈に臭っていた酒臭さが一瞬で落ちた。「これは、薬局に売ってた。でも、基本だぞ。臭いで敵に居場所を察知されかねないからな」

「平田さんはいったい何者ですか?」

「平田でいい。なんでも屋だ」

「へぇ……」意外そうな顔を見せる。若林の予想だと、殺し屋あるいは国家に雇われたエージェントに見えた。

「じゃあ、脱出ついでにこの組織を潰しますか?」

「え?」

「なんだよ。この組織に未練でもあるのか?」

「いや、無いけど、2人でやるのか?」

「さっき言っただろ?好きなだけ撃たせてやるよ」そのセリフと共にサブマシンガンを抱えた男が階段を下りてきた。

「おい!監視カメラを的にする奴があるか!」

「察しの悪い奴……」その男に向かって平田が銃を向け、引き金を絞る。見事に額の中心に穴が開き、鮮血が射撃場を汚す。辺りに男の一部だった塊が落ちる。

「あ……」若林は呆気にとられてそれを見ているだけだった。

 それに続いて3人降りてくる。「おい! 新入り! 仲間を撃つとはどういう事だ!」と、怒鳴り声を上げる。「こいつ、牢から出しやがったか! この裏切り者め!」と、銃を向ける。平田が機敏に反応し、1人の胸を撃ち抜く。それと同時に2人分の弾幕が平田と若林を襲う。2人が独房に身を隠す。

「おい、撃ち返せよ!」と、手だけを物陰から出し威嚇射撃を2発だけ撃つ。すると、相手の射撃音が消え、代わりに呻き声が響く。「お、運がいいね」

「人を、撃つか……」若林は過去に人を撃った事がなかった。撃ったとしても空き缶か動かぬ的、最高でも襲いかかってくる野良犬くらいしか相手にしたことがなかった。

「ためらいを捨てろ。あと先考えるな。トチ狂って自分の足を撃つな。そして、俺を撃つなよ?」と、独房から身を乗り出し、辺りの様子を見る。「射撃練習所ってことは近くに武器庫もあるよな?」

「はい」頭がうまく回らず、これしか答えられなかった。

「よし、ちょっと拝見するぜ」と、武器庫へ入る。「うわ、ロクな武器置いてないな。なるほど、オートマグが置いてあったのもうなずける。ちゃんと新しい武器も入れろよ!」と、独り言をブツクサ言いながら目ぼしい武器を探す。「ま、弾さえあればいいか。ほら」と、扉の向こうから箱が2箱ほど滑ってくる。「その銃の専用弾だ。ちゃんとリロードしておけよ? 弾倉の重みと撃った数、そして装弾数を体で覚えるんだな。その銃の装弾数は……6発だな」

「違う! 7発だ」

「甘いなぁ、その銃は癖が強いって言ったろ?確かに7発まで装填できるが、そうすると弾倉を傷つけて銃のご機嫌を損ねちまう。だから、6発にしておけ。まぁ薬室にも込めるのなら7発だな」そこまで言うと、武器庫から出てくる。

「なんでそこまで知っているんだ? これも基本なのか?」若林は不安になった。なぜなら勉強が嫌いだったからだ。ゆえに常識を学ぶ自信が無かった。

「これはな、豆知識。そして豆知識を備えておくのは基本だ」と、リロードする。

「大変だなぁ……」

「あぁ。だが、さほど苦労はしないさ。自然に身についていく。さ、戦争をやるぞ? この日本でな」と、歯を見せて笑い、地下1階へ通じる階段を上って行く。

 

 上の階は殺気と熱気で満ち溢れていた。数十人のテロリストが少し年代物のマシンガンを手に息めいていた。

 「ボスの命令だ。2人とも射殺せよ」と、リーダーが声を上げる。因みにこのテロ組織のボスは5分前にこのアジトの寝室で起きたばっかりだった。

「よぉし! 実戦だ!」実は、彼らにとってこれが初陣だった。それまでは、そこいらのチンピラと変わりない事をして軍資金を稼いでいた。

「蜂の巣にしてやる!」

「いいか、顔を出したら一斉に撃つぞ!」各々が自分自身の安っぽい決め台詞を吐きながら2人を待ち構える。すると、階段から何かが転がってくる。

「ん?」このアジトにあった手榴弾だった。当然爆発し、激しい轟音を立てる。破片がテロ集団の各々を抉り、ある者は悲鳴を上げ、ある者は転げまわっていた。そんな騒ぎが起きて2、3秒経ったとき、このアジトのスプリンクラーが作動した。

「よし、行くか」と、いつの間にやら手に入れた傘をさしながら平田が階段から現れ、まだ呻いている者達の止めを刺し始めた。

「よし!」若林も覚悟を決め、敵に銃口を向け、発砲する。しかし、当たらなかった。「くそっ」舌打ちをし、物影に隠れる。

「いいか?敵をそうだな、メロンだと思え。そうすれば当たる」

「メロン!そんな勿体ない」メロンは若林の『食べてみたい高級デザート第2位』だった。

「じゃあ西瓜でも南瓜でもいい!とにかくいつもの要領だ!狙って撃て!」と、今度は臨戦態勢に入った敵を撃ち抜く。

「よし!」と、もう一度声を上げ、遠くの敵に習いを定め、撃つ。敵の頭が割られた西瓜の様に飛び散る。「うわっ!」人の頭の中身を具体的に見るのは初めてだった。

「おい!そんなんで怯むな!マグナムで撃つんだから当然じゃないか!」すると、遠くの通路の男が所持していた手榴弾を手に取り、ピンを抜き、投げつける。

「うわっ!」と、若林がもう1度隠れる。

 そこで傘を畳み、「いいか、これも基本だ。手榴弾は、ピンを抜いてから時間ギリギリまで持ち、爆発1・5秒前に投げる。そうすれば」と、転がってきた手榴弾を傘の柄でゴルフの様に叩き返す。そして、身を隠す。また轟音を上げ、破片をまき散らす。「こんな目に遭うこともない。その前にあいつらは素人か?こんな狭い通路でたった2人のネズミを殺すのに手榴弾って……」

「じゃあ、その方法で投げられた時は?」今の若林はまるで教えを乞う生徒の様だった。

「急いで身を隠すか、」と、傘を捨て、後ろを振り向き、発砲する。「投げられる前に殺す。そうすれば、一石二鳥っと」と、もう一方から爆音が轟く。

「……すごい」若林は呆気にとられるばかりだった。

「最初からうまくいく者はいないさ。挫折するか、その場で死ぬか。ほとんどがそうだ。つまり、ほんの一握りがプロになれる。俺みたいにな」

「はぁ」不思議そうに平田の顔を眺める。年上ではあるようだが、自分とはさほど年が離れていない様に見えた。「いくつですか?」

「20歳から先は数えていない、と!」角から飛び出し、床を滑りながら身を屈め、敵を3人一片に射殺し、素早くリロードを終わらせる。「トカレフも悪くないな」

 いつの間にか地下1階にいた数十人の男達は、ほぼ血の海に沈んでいた。1人を除いて。

「お、お前ただの酔っ払いじゃないな?何者だ?」

「いや?酔っぱらっているよ?ほら」と、生き残ったリーダー格の男の眉間に銃口を押し付け、破裂音をたてる。「シラフじゃあこんな風に撃てない」

「粗方片付きましたね」と、若林が息を弾ませながら顎から垂れる汗を拭う。

「初陣にしてはまずまず」すると、平田の背後の死体が動き、その下から血まみれの男が銃を向ける。手榴弾の爆風に当てられ気絶していた様だ。そいつを若林がカウボーイさながらの素早さで撃ち抜く。

「どうだ! この野郎!」

「反応はまあまあ、少々コンバットハイ気味かな?」と、リーダー格の男のポケットを探り、カードキーを取り出す。「で? ボスの部屋はどこだ?」

「この階の奥です! 行きますか?」

「もちろん。ボスに用があるんだ」と、昔の知人に会いに行くような足取りで奥の部屋へ向かう。

奥には大きい扉があり、その隣にカードリーダーが備わっていた。そこにカードを通す。しかし、エラーした。「なに? この! この!」と、平田がムキになってカードリーダーに何度も通す。そこで平田の背後から轟音が2発轟いた。そして、若林が扉を蹴破る。「やるね」

「さっきと同じですよ! さぁいきましょう!」と、得意げな顔を見せる。

「よし、ボスはっと、あれ? いない」と、部屋を見回す。そこには誰もいなかった。そこにあったのは慌ただしく荷造りをし、逃げだした後だけだった。

「遅かったですね」

「いいや。別にボスの暗殺は3の次だったし。えっと」と、机の上のパソコンを起動し、USBメモリーを入れる。「いただきたいのは、これ」と、キーボードをリズムよく叩く。「パスワード? そんなモノとっくに調べてある。ボスの誕生日、と」そこで心地よい機械音を鳴らす。「よし!」

「何をしているんですか?」

「この組織と仲良しの違法会社と闇組織、武器商人の情報を拝借してるの。何でも弱みを握る。これも基本だな。さて」と、USBを抜き、また別のUSBを入れる。「そして、このパソコンをウィルスに感染させる。これでボスは永遠に自分のパソコンの中身を見ることはない。バックアップごと汚染してやるぅ!」と、趣味の悪い笑い方をする。若林の目からは平田が一番悪者に見えた。

「これも基本?」

「いや、これは仕事仲間からの指示」と、USBを抜き「さ、ここから出るぞ」と、部屋を出ようとする。すると、正面に『いかにも抵抗軍』という格好をした中年が塗装の剥げたAK-47を構えて立っていた。この組織のボスだった。

「さて、武器を捨ててもらおうか?」声に張りや威厳が無く、まだ寝起きの様で顔に目ヤニが付いていた。足もとには衣類のはみ出たトランクが置かれていた。

「まぁ、いいか。ほら」と、銃のグリップを相手に向け、渡す姿勢を見せる。それをボスが取ろうとした瞬間、手首を強引に曲げ、銃口をボスに向け、発砲する。見事にボスの額に風穴を開けた。「今のは習得しておけば損の無い技だ」と、銃口から立ち上る煙を吹き消す。「さて、地上に出るぞ」と、駆ける。

「は、はい」自然に返事をし、後に続く。

カードキーを通し、エレベーターを動かす。乗った時、若林が「どうやって侵入したんですか?」と、尋ねた。

 扉が閉まる寸前に、使っていたトカレフを前に投げ捨てる。「団員の1人の背後にピッタリとくっついて行った。これは長年のキャリアがなせる技だ」と、得意げな顔をする。

「そんなうまくいくかな?」

「殺気と息と気配を殺せればできる。まぁ一般人には無理だがな」と、肩を上げる。

地上へ着くと、カビ臭いにおいが辺りを覆っていた。アジトの1階は廃墟になったビルのロビーだった。「ちゃんと崩さないから、こう言う奴らに使われるんだよ」と、平田が漏らす。

ビルから出ると、平田がポケットから携帯電話を出した。「ここを押してみな」と、通話ボタンを指さす。言われるがまま押すと、地下からズズンっと重たい音が地上に響いた。「はい、テロ組織の丸焼き一丁あがり。さっきの武器庫の火薬に発火装置仕掛けておいたんだ。用意周到ってやつだ」と、携帯をしまう。

「これが目的? テロ組織の撲滅? 平田さん、あなたは本当に誰? エージェント? それとも機密組織の始末屋?」と、溜まった質問を一気にぶちまける。

「平田でいいって。それに、これは2の次。テロ組織の撲滅って、そんな永遠の課題を俺がやる訳がない。さっき言ったように俺はなんでも屋だ」と、懐からタバコを取り出し、火を点ける。「若林も吸うか?」

「いや、ぼ、俺は吸わない」ここから自分の事を『僕』と言わなくなった。

「いいから、まさか長生きするつもりか? 仕事の、ドンパチの後の一服は格別だぞ?」と、タバコを突きだす。

「じゃあ……」と、一本取り出し、平田に火を点けてもらう。

「どうだ?」

「……うん」ゆっくり吸い、煙を吐く。まずまずな表情を見せ、今度は深く吸う。煙が肺に入り、そこで激しく咳き込む。「わっ悪くない」涙目になりながら言う。

「なお、肺癌になっても俺は一切責任を負わないのでそのおつもりで」と、平田がパッケージの決まり文句の様に言う。そこで若林がまた咳き込む。

 廃ビルからしばらく歩き、港に着く。地平線からは太陽が頭を出していた。うっとりと若林が見ていると、背後から雑音が響いた。まるで巨大な発泡スチロールで黒板を引っ掻くような音だった。

 若林が懐から銃を取り出し、音の方向へ向ける。それを平田が抑える。「ここんところはまだまだと見える」

それは車だ。薄汚れたボロボロのマスタングだった。

「おい、真琴! その車は大事に扱えよ! この国に来て初めて買った思い出の品なんだぞ!」と、平田がここに来て初めて怒鳴り声を上げる。

「朝からうるさいわねぇ! こんなオンボロ、どこにでも止めてあるじゃない! 今時、一彦くらいよ? 車をお金出して買うの」車に乗ってやってきた『真琴』と呼ばれた女性は、少々幼さの混じる大人の女性だった。恐らくこの人も自分の年と近いと若林は感じた。男をワザと刺激するような服を身に纏い、胸元をチラつかせていた。

「おい! 非常識だぞ! なぁ! 若林はどう思う?」と、目を覗く。

「金を出して買うのは一般人のする事だと思う」若林が13歳の頃、外国で初めて教わった事は『車の盗み方』だった。そこから慣れていき、15歳になる頃には車を『木に生っている林檎をもぐ』感覚で盗んでいた。

「お目当ての人を見つけたようね。一彦」車を下りて若林に近づく。彼はつい、胸元を凝視していた。それに対して彼女は「目がかわいいわね。これじゃあダメ。サングラスをかけなさい……因みにこれはGカップの天然ものよ」と、学校の先生の様な口調で言う。

「よ、よ、余計なお世話だ!」と、口を出す前に真琴と呼ばれる女が若林の銃をスっていた。「あ!」と、顔を歪めるがまた胸を見てしまう。

「へぇ、今時珍しいわね。こんな骨董品を使うなんて」

「おい! 返せ!」と、素早く手を振り、銃を奪い取る。

「あら、手癖の悪い人。才能あるわね」

「だろ? 向こうの知人の言った通りだ」

「何の話?」と、キョトンとした顔になる。

「今回の第1目的は『若林浩介をヘッドハンティング』する事。さっきのアレは『行きがけの駄賃』ってやつ」

「まぁこの人を連れてくるだけじゃあ、ガキの使いよね。って事は例のアレは?」と、平田を見ながら彼の肩にひとさし指を擦りつける。

「おう! しっかりと奪ってきたぜ。それに敵のパソコンに真琴特製の悪性ウィルスを流してきた。今頃、ネットワーク経由でテロ組織のパソコンが次々と感染しているはずだ」と、USBを出す。

「あら、悪性とは失礼ね。アレでも良性よ。頑張れば60年で復旧できるわ」と、平田のUSBを素早く奪い、うっとりと眺める。「金のなる木……だ」

「ああ。これで、しばらくは遊んで行けるな」

「あの、どういう目的でおっ俺を?」言い慣れない一人称で質問する。

「あぁ、一彦の相棒になってあげて。彼の要望に合う相棒って、もうあなたくらいしかいないのよ」

「え?」再びキョトンとする。

「俺は真琴に『日本人で、才能があって、歳が近くて、真面目』って注文した。探した結果がお前だった。んで、外国の知人に日本へ戻って来るようにと頼んだ。おまけに若林をテロ組織まで誘導させてもらった。で、運命的な出会いを作ったわけだ。そして結果、一石二鳥だった」

「あぁなるほど」少しガッカリしたようだ。若林はこの時だけ運命を信じようとした。

「ね、だから相棒になってあげてよ!」と、真琴と呼ばれた女が手を合わせる。

「あなたが相棒じゃないんですか? その前に、あなたは誰ですか?」

「あ、私は増山真琴。『仲介屋』よ。よろしくね」と、手を差し出す。それに反応して握手する。

「あ、プロから忠告。初対面の眉唾な奴に握手をせがまれたら、不用意に手を出さない事。じゃないと」と、言いきる前に若林の掌に鋭い痛みが奔った。「針を刺されるわよ。しかも毒針をね。あ、これはただの画鋲だから気にしないで」

「嫌な人ですね、この人」

「前からそうだ。俺もたまに痛い目に遭ってる……」

「聞こえてるわよ。小言は寝てから言いなさい」と、腰に手を当てる。

「はい……いや、それは寝言でしょう?」


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