神の愛し子
自分で言うのもなんだが、惚れ惚れするほど綺麗な色だ。
最低一日一回、私は鏡の中の自分の姿に見ほれる。
――というとナルシストのように聞こえるが、別に私の容姿は可もなく不可もなく平凡が一番を地でゆく顔だ。不満はこれっぽっちもない。平凡って素晴らしい。
その平凡な私の中で、唯一平凡じゃないものがある。
髪と、目の色だ。
鮮やかな朱色の髪は、光を受けると金色に輝く、なんとも表現しがたい美しい色をかもし出す。いつのまにか朱金と呼ばれるようになった色。
目の色はこれまた鮮やかな薔薇色。
この世界の人間で、これほど派手な色彩を持って生まれてくる人間は少ない。
目の色だけならまだしも、髪の色まで伴った場合、彼らは総じて神の愛し子と呼ばれる存在になる。
つまり、色系統だけで判断すると、私は炎の神の加護を受けて生まれたことになる。
この世界の神に名前はない。そして世界にもない。
昔はあったそうだが、およそ千年前に、驕り高ぶったとある帝国が一夜にして滅びた伝説的な事件の後、世界から神の名もろとも失われたという話だ。
だから炎の神、とか水の神と通称としてしか表現できないのだ。
昔から愛し子が生まれる率は低かったそうだが、先に挙げた帝国が滅びてからさらに出生率は低くなったそうだ。
帝国が、愛し子の存在を利用しようとして、当時の大陸中の愛し子を攫い殺したことが原因といわれているが、真実は定かではない。
今では一国に一人二人、生まれるかどうかというところ、らしい。
そんな貴重な存在になってしまった私だが、現在この国に派手な色彩の人間は私を含め三人いる。
歳はそれほど極端に離れていないので、この国は神に愛されていると勝手に信じ込む人間もいるようだ。
そんなの、しったこっちゃないのだが。
神に愛されてるとなると、それが本当じゃなくても妬んだり色々あるものなのだが、この国は幸い他の国に余計なちょっかいを出されることもなく至って平和な日常をおくっている。
下手に手を出して、千年前の帝国のように滅びるのはごめんこうむりたいというところか。
なんにせよ平和な事はいいことだ。
平和じゃないことが他所で起こっていても、とにかくここは平和なのだ、今のところは。
さて、私の話をするなら、何のことはない貴族である。
まあ貴族なんて自分で事業やらんかぎりは家柄と身分だけしかとりえがない張りぼて見たいな地位なのだ、いかんせんうちのお父様は農地開拓が趣味で、食料の生産を主としているからかお金には困っていない。
っていうかうちの領地、昔は不毛の地ってよばれていたらしいのだが、今はお父様の徹底的な農地開拓のお陰で、季節ごとにさまざまな実りがとれ、特産品も結構あるらしい。
まあその辺は上にいるお兄様辺りの誰かが継ぐのだろうから、よっぽど下手を打たないかぎりは大丈夫だろう。
この世界、魔法があるせいか考え方と使いようによっては色々便利なのである。
私の事をもう少し詳しく言うなら、前世とやらがニホンのコウコウセイで、何らかの事故にあって死んだ、という説明を付け加えよう。
自分の前世の名前はもう忘れてしまったが、とりあえず今生きるこの世界とはまったく規格が違う世界に生きていたことは覚えている。
今と同じように平凡だった気がする。髪の色は黒で目の色はこげ茶色だったので、色彩的にも本当に平凡だった。
そして平和な生活だった。
現在の私の生活はどうかというと、平和である。表面上は。
しかし愛し子という存在に生まれてしまったからには色々厄介な特典がついてまわる。
その一つに、愛し子の「色」と「魔力」を奪い取っていくという、「暗愚の王」とよばれる正体不明の魔術師の存在がある。
愛し子は魔力も一般人と比べて半端ないらしいので、長じれば国を支える魔術師になれる。もちろんきちんと教育を受けなければならないのだが、愛し子という存在は半ばチートなので、魔法を一般人より遥かに楽に使いこなせるようになれる。
が、実際そうやって大人になれるのは、ほんのわずかであるのが事実だ。
暗愚の王が一体どういう基準で狙う愛し子を判断しているのかは謎だが、一定の周期で魔術師は現れ、そして愛し子の「色」と「魔力」を根こそぎ奪っていく。
色も魔力も、神から与えられた加護。つまり魂に癒着しているといってもいい。それを無理矢理、どういった魔術が組まれたのかは不明だが奪われるため、奪われた愛し子は確実に死ぬ。
今まで何度も暗愚の王を滅しようと各国がつけねらっているにもかかわらず、彼の手によってつまれる愛し子の存在はなくならない。
つまり各国の働きも、無駄に終わっているということだ。
暗愚の王は現れる時期と、ぱったり現れなくなる時期があり、残念なことに私が生まれ生きる現在は活動の時期にあたるらしい。先月、南の国ので保護されていた愛し子が、色と魔力を奪い取られ亡くなったそうだ。
そんな厄介な存在につけねらわれる愛し子だが、もちろん対策をしてないわけでもない。
愛し子には必ず守護騎士と呼ばれる存在がつく。
これもまた、厄介な特典のうちの一つだ。
愛し子は通常、五歳になるまで世間に出生の一切を隠されて育ち、五歳になり守護騎士を得ることではじめて世間に知らされる。
愛し子の守護騎士については、とある種族から選ばれる。
彼らは愛し子を守るためだけに神が作り出したという伝説があるぐらい、愛し子を第一に考える狂信的な集団だ。愛し子を守るにはうってつけなのだろう。実際、その実力は普通の人間は足元にも及ばない。
まあそんな彼らがついていても、暗愚の王を防げないでいるのが実情なのだが、いないよりはいたほうが遥かに精神的にもましである。
彼らがどこで暮らし生活しているかは誰も知らず、ただ愛し子が生まれた場所にどこからともなく現れ、そして守護騎士を選定するように愛し子に請う。
この国に私以外の愛し子は、王族が一人、平民が一人。
平民の場合は家族ごと王宮に保護され守られるので、二人は王宮にいることになる。
王族、しかも第一王子が愛し子なのは今は各国も知る周知の事実。
そのせいか王宮はいついっても空気がぴりぴりしている。第一王子も自由がなくてウンザリしているだろうが、しかたない。それは私も一緒だ。
恨むなら加護を与えた神を恨むしかない。
ちなみに第一王子についている守護騎士は、五人。
そして平民の彼についている守護騎士は、三人。
お分かりなるだろうか。愛し子につく守護騎士は、通常二人以上である。
他所の国ではそれこそ十人以上も守護騎士がいる愛し子もいるという。
さて、そんな中私の守護騎士はというと、一人である。
繰り返すが一人である。
他ならぬ私が一人しかえらばなかったのだから、人数は変わりようもない。
一人しか選ばなかった理由は簡単である。
重かったのだ。
実際にその集団にあった私だから言うが、なんていうか彼らの視線は本当に居心地が悪いほど私に釘付けだった。
執着が半端ない。
これなら命をかけることも厭わないのだろうと悟った。
こんな重い執着を何人も抱えてこのさき生きていけるかという問いに、私の脳みそは即座に否と答えを出した。
ゆえに一人。本当は選びたくもなかったのだがしかたない。選ばない限りあの集団は帰りそうになかったのだ。
もちろん、集団のリーダーらしき人物には、もっと選ぶように諭されたが私は首を縦には振らなかった。
頑固な自分のお陰で、私に対する重い執着は一人分だけである。……いや、一人分だけだった、というべきか。
まあそれは置いておいて、五人分も背負ってる第一王子や、十何人分も背負ってる他国の愛し子はきっとよっぽど鈍いか人でなしかのどっちかであろうと思っている。
私の守護騎士を勤めるのはユーウェイン。八つ年上の男である。
実は最年少で守護騎士になったらしい。当時彼は十三歳だった。
つまり彼はとんでもない集団の中の、さらにとんでもない才能を持った人物であったのだが、当時の私がそれをはじめから知ってたら多分彼を選ばなかった。
理由は簡単である。
とんでもないのは執着も、とつくだからだ。
そして今なら言える。
せめてもう一人、守護騎士を選んでおくべきだったと。
* * *
キンッ、と甲高い金属音を響かせて、私から見れば十分ぶ厚かった剣がゴッキリと半ばで折れ、宙を飛んだ。
離れた場所であっけにとられたままそれを眺める私、そして他の面々。
剣をへし折られ、首に物騒な切っ先を突きつけられた相手の男は肩をすくめるように両手を上げ、その手合わせがようやく終わったことを示した。
ここは王宮内に存在する騎士団の鍛錬上であり、今この場に私がいるのは、私の守護騎士が第一王子の守護騎士達との定期的な鍛錬試合を行うためだ。
同僚がいない私の守護騎士、ウェイは手合わせの相手に困る。
そこで第一王子から提案があり、こうして彼の守護騎士との定期的に鍛錬が行われるようになったのだが。
……毎回思うが、ウェイは年を追うごとに強くなっているような気がする。
この場の守護騎士の中では最年少にも関わらず、そのスピードも、振り下ろす剣筋、威力も恐ろしい程だ。
実際私の周りの守護騎士は、既にウェイとの試合に負けた後だ。
少し前まで、彼らは多分わざと負けているのだと思っていた、が違った。
ウェイの強さが規格外すぎるのだ。それ以上強くなってどうするのって言うぐらい強い。愛し子でもないくせに、魔術の腕も恐ろしく正確でチートすぎる。
自分の守護騎士なのだから、強くて嬉しいというべきだろうが……正直あれは怖い。
私の位置から彼の表情は見えないが、きっとまた無表情で相手の相対しているのだろう、たった今まで手合わせをしていた守護騎士が苦虫を噛み潰したような顔で何かを言っている。
「…あいつは本当に化け物だな」
横で同じように見ていた第一王子がぼそっとつぶやいた。
私と目があうと、毎度の事ながら気まずそうに目線をそらしたが、心配ない、私も本当そう思う。
化け物の集団の中の更なる化け物。それが私の守護騎士だ。そしてああなったのも、私に責任の一端があるといえば、あるのだ。
「ユス様」
試合を終えたウェイが微笑んで駆け寄ってくる。
これだけ見ると忠犬のように見えるが騙されてはいけない。主である私が断言する。犬にたとえるならウェイは忠犬ではなく狂犬だ。
五人と立て続けに試合したというのに汗一つかかず涼しい顔をしているなんて、お前はどこの伝説もちだといいたくなる。
私に対しては笑顔を絶やさないが、他所には無表情なのもよく知っている。ごめんそんなに鈍くなれない。なにそのテンプレ。本当怖い。
ウェイの私に対する執着の度合いは、既に一人分では納まりきらない。
一人で五人分以上だ。はっきり言って重過ぎる。
――という事を一切合財すべて覆い隠して飲み込んで、私は近寄ってきたウェイに労いの言葉をかける。
「お疲れ様ウェイ」
そうすると嬉しそうに目を細め、子供のように満足げに笑う。
その笑顔を薄気味悪そうに周りが見えているのも知っているが、今はあえて遮断する。
周りに対する対応がどうであれ、ウェイのこれは、これで確かに彼の真実なのだ。私に対しては。
「お待たせして申し訳ございません。予想よりもだいぶ時間がかかってしまいました。もっと精進しなくては」
それ以上強くなんのかよ!――というのがその場の全員の突込みだった。むろん、私も含まれる、だ。
まあ、ウェイと手合わせすることで第一王子の守護騎士達も、今この場にいないもう一人の守護騎士達もめきめき腕を上げているのだから負けっぱなしでもデメリットばかりではないだろう。
ウェイがここまで強くなったのは、私が原因である。
たった一人しか守護騎士を選らばなかった私のためだけに、ウェイは強くなり続ける。
それを知っているから、彼を放り投げる事はできない。
怖くても、重くても、受け入れ背負い続ける。
「あまり無理をしないで。私は、貴方が無理をして怪我をするほうが嫌」
もう何度目の台詞か覚えていないが、これを言うたび彼はけして「分かりました」とは言わない。ただ嬉しそうに笑う。笑うけど頷かない。
だから、私の前でしか見せないその人間味のある表情を見るたび、どうにも胸が苦しくなる。彼をそんな風にしてしまった自分に対する、罪悪感が胸を苛むからだ。
――――かなう事なら今すぐリセットボタンを押したい。
それができれば本当に楽なのに、残念ながらそんなものは存在しない。
私は今日もため息をひっそりとついて、不気味なまでに一身に慕ってくるウェイに、曖昧に微笑んだ。