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星屑狂死曲  作者: 夜兎
5/6

episode.5


「ああ?」


ルシエルのドスの利いた声とその鋭い瞳に少年はヒッと短い悲鳴を上げ、一歩後退った。


「ちょっとルシエル、怯えてるじゃない。子供相手にそんな怖い顔しないの」

「うるせ。……で、マリオンって?」


先程の反応から依頼を受けてもらうどころか、話すら聞いてもらえないと思ったのだろう。急に話を振られた少年はびくりと肩を震わせる。早く言えと言わんばかりの冷たい紺碧の瞳に、少年は慌てて口を開いた。


「あ、えっと……マリオンは……」






 +―…+†+…―+



街外れ、小高い丘の上に建つカスタニエ院。

親のいない子供達が集まるその場所で僕は育った。物心ついた頃からここで暮らしていた僕にとって院長が親、共に暮らす子供達が兄弟だった。


ある雨の夜、僕達は新しい兄弟を迎えた。


『マリオン=ルブランよ。みんな、仲良くしてあげてね』


談話室に集められた僕ら。院長に連れられた新しい兄弟は僕と同じ年頃の小柄な少女だった。流れる銀髪に左右色の異なる瞳。彼女に初めて抱いた感情は『キレイ』だった。幻想的な美しさを持つ少女に僕は目を奪わた。ーーしかし、世は彼女の存在を認めなかった。



 なんておぞましい瞳なのかしら



           天使のなり損ないが


 神への冒涜だ




カスタニエ院に迎えられたその日、皆が少女を遠ざけ、少女もまた誰とも関わろうとしなかった──。



『何読んでるの?』


遠く笑い声が響く。楽しげに笑う子供達の輪を外れ今日も独り本を開くマリオンに僕は話し掛けた。驚いた大きな瞳が僕を捕らえる。僕はにっこりと笑いかけたが、マリオンは何も答えてはくれず、サッと目を逸らされてしまった。しかし立ち去ろうとする様子はなく、再び活字を追い始めた彼女に僕はもう一度問うた。


『ねぇ、何読んでるの?』


本の内容など大して興味もなかった。マリオンと話をしてみたい、ただそれだけだった。皆が彼女に近付くなと言う、関わるなと言う。本当は初めて会ったその日からマリオンと話をしてみたかったけれど、僕にはその勇気がなかった。今、談話室には僕とマリオンの二人だけ。これはチャンスだと思った。


『……キミはわたしのこと避けないの?』


問い掛けの答えは返ってこなかった。しかし、その言葉は他の誰でもない僕に向けられたものだった。顔は上げてくれなかったけれど、マリオンは確かに僕に問い掛けた。


『わたしとは話さない方がいいよ。キミまで“いたん”だって言われちゃう』

『……“いたん”って?』


彼女の言う言葉の意味がわからず、僕は首をかしげる。マリオンは読んでいた本を静かに閉じ、それをテーブルの上に置くと僕の方へ向き直った。伏し目がちの大きな瞳が漸く僕を捕らえる。


『わたしもよくわからない……。でも、みんなが言うの、わたしの目は“いたん”だって。きっと……いけないことなんだと思うわ……』

『どうして? マリオンの目はとってもキレイなのに』


瞳の色が左右異なる、ただそれだけで何故彼女がこんな仕打ちを受けなければならないのか。何故彼女の瞳が“いたん”と言われるのか、僕にはわからなかった。そう、まだ世を知らない無知な僕にはわからなかった。


バタバタと複数の足音が近付く。いつの間にか窓の外は夕闇に染まり、子供達を呼び戻す院長の声が響く。マリオンはテーブルの上の本を手に取り、足早に僕から離れた。同時に兄弟達が賑やかな笑い声と共に扉を開けた。


『ロジェ、こんなところにいたのかよ! みんなでサッカーするからロジェも誘おうと思ったのに見当たらねぇんだもん』


僕はたちまちに兄弟の輪の中へ。振り返れば部屋の隅でマリオンがひとり本を開いていた。兄弟に囲まれた僕、独り佇むマリオン。それはいつもの光景。まるで先程の時間など存在しなかったかのように。だけど、僕は確かに聞いたんだ。僕の横を通り過ぎたその時、マリオンが小さくありがとうと呟いたのを。


翌朝。時計の針は七時を示し、兄弟達が食堂へ集まる。まだ眠そうな目を擦りながら皆で朝食の準備を進める、それはカスタニエ院のいつもの朝。


『おはよう、マリオン』


自分のパンとスープを取り、僕はいつも空席のマリオンの隣へと腰掛けた。賑やかだった食堂が一瞬静まり返り、そして嫌なざわめきに包まれる。昨日と同じ、驚いた大きな瞳が僕を捕らえた。何かを訴えかけるようなそれが僕を映し揺れる。マリオンの伝えたいことは大体わかったけれど、僕はここから離れるつもりなど毛頭なかった。


『僕がこうしたいの。マリオンは僕と話すのはイヤ?』


小さく首を横に振ったマリオンに僕はよかったと笑いかける。僕も兄弟達の輪を外れることになるかもしれない。それでも独りでいるマリオンを遠くから眺める毎日と比べたら、こうした方がずっといいと思ったんだ。初めて見たマリオンの笑顔。今にも泣き出しそうなそれがとても印象的だった。



それからの僕らはいつも一緒だった。楽しいことも悲しいことも嬉しいことも辛いことも全部ふたりで分け合ってきた。しかし──。


『マリオン、喜びなさい。新しい家族が貴女を迎えてくれるそうよ』

『えっ──?』


それは突然のことだった。ある資産家がマリオンを養子にしたいと申し出たという。ここカスタニエ院に限らず、孤児院で暮らす子供達の最大の幸福は養子として新しい家族に迎えられること。マリオンに新しい家族ができる、これは喜ぶべきことだ。しかし、それは同時に彼女との別れを意味していた。


『……よかったね、マリオン』


本心を隠し気丈に振舞う。複雑な表情でマリオンは小さく頷いた。引き止めたかった。ずっと一緒にいたかった。だけど、マリオンの幸せを思えば、どちらが彼女のためであるか、それは明白だった。


『また……会えるよね、ロジェ?』

『会えるよ。僕が会いに行く。約束する、必ず』


強く頷いてみせた僕に彼女は微笑んだ。それが僕の見たマリオンの最後の笑顔だった。



のちに僕らはカスタニエ院を追われることとなる。

そして、外の世界で見た現実は酷く残酷なものだった──。






 +―…+†+…―+



「……人攫いを依頼したいって訳か。それならそれ相応の代金を払ってもらう必要がある。お前はいくら用意できるんだ?」

「お、お金は……」


少年はポケットから数枚の銀貨を取り出した。手のひらのそれを一瞥し、ルシエルが全部かと問えば、少年は黙ってただ頷いた。


「話にならないな」


身寄りのない子供の持ち金としてはまだ多い方であろう。しかし、人攫いは盗み屋が受ける依頼の中でも特別リスクが高く、その依頼料は他のものとは比べものにならない。庶民には、まして子供には到底払うことなどできないであろう。盗み屋の中でも人攫いを受ける者はほんの一握りで、これも依頼料が跳ね上がった理由のひとつである。


「ルシエル……」


少年に背を向け、歩き出したルシエルを引き止めたのはルーナだった。袖を引かれ振り返れば緋色の双眼がじっと見上げる。ルーナは何も言わなかったが、彼女の言わんとすることはすぐにわかった。しかし、それに応えてやれる程この世界は甘くない。


「これはビジネスだ、ボランティアじゃない」

「でも……」

「俺に怪我するなっていうくせに金のない子供ガキの依頼を受けろってのか? 言ってることが矛盾してるぞ、ルーナ。お前だってわかってんだろ? これは同情で受けてやれるようなもんじゃねぇんだよ」


思わず口調が強くなる。人攫いにいい思い出なんかひとつもない。他であるのかと聞かれれば答えはノーだが、人攫いと比べればどれもまだマシだった。俯いたルーナの瞳が僅かに潤む。感情に任せて吐き出した言葉が彼女を傷つけたことに気付き、ルシエルは慌てて言葉を飲み込んだ。


「……悪い、強く言い過ぎた」


視線は合わせずにルーナの頭をくしゃりと撫ぜる。ルーナは黙って首を横に振った。


「あのっ、こ、これじゃだめですか……?」


上擦った声で少年が問う。差し出されたその手に握られていたのは濃紺の石が輝く小さなペンダントだった。


「院長から、母さんの形見だって渡されたんだ」


ゆらゆら揺れるペンダントトップが街灯に照らされキラキラ光る。サファイアだろうか、美しい輝きを放つそれは宝石で造られているようだ。母を知らない少年にとってそれは母親との唯一の繋がり。差し出すのは相当の覚悟であったに違いない。しかし、ルシエルはペンダントを受け取り暫く眺めた後、それを少年の足元に投げ捨てた。


「精々半分ってとこだな。これの他に最低でも金貨二十枚。用意できないなら諦めるんだな」


ルシエルの言葉に少年は口を閉ざす。足元に転がるペンダントを拾い上げ、手の中のそれを握り締めると唇を強く噛み締め俯いた。これが答えだ。子供に、まして孤児に用意できるはずがなかった。

エトワールの手を取り、ルシエルは再び少年に背を向け歩き出す。少年を気にかけながらもルーナはそれに従う他なかった。


「待ってッ!」


一際大きな声が背中で響く。少年は手と膝をつき、額が地につきそうな程深く頭を下げた。


「お願いっ……お願いしますっ……! マリオンは僕の最後の兄弟なんだ! 何でもします、だからッ……」


一筋の雫が少年の頬を伝い、地面に小さな染みを作った。肩が震え、涙が溢れる。それを押し込めるように少年はきつく唇を噛んだ。じわりと口の中に血の味が広がる。唇を濡らす赤い液体は涙と混じり地へ落ちた。


「……銀貨をよこせ。依頼を受けてやる」


暫しの静寂の後、すぐ近くから降ってきた声に顔を上げると紺碧の瞳が少年を見下ろしていた。震える手で銀貨とペンダントを差し出せば、ペンダントだけが突き返される。


「誰がそれもよこせって言った。親の形見をそう簡単に差し出すんじゃねぇ」

「でも……」


言いかけた瞬間、紺碧の瞳がスッと細められる。無言の圧力に少年は戸惑いながらも言葉を飲み込んだ。ルシエルは数枚の銀貨を乱暴にポケットへ押し込むと、ついて来いと目で少年を促した。砂だらけの手を払い、少年は遠慮がちにルシエルの後へ続く。


「……俺もまだ甘いな」


ボソッと呟かれた言葉。ルーナはルシエルの隣で小さく微笑んだ。




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