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【優先順位は、俺のようです】

ジノが次に案内された厨房の中では、どこか勝気な女性と先ほどのミルヴァが、綺麗に洗った食器を整えていた。

パッと顔を上げた二人が、リックとジノを見てにこっと笑う。


「ジノ、彼女は料理人のドマ!こっちはメイドのアキアだよ、さっきのミルヴァの双子の妹だね!」

「えっ……」


きょと、ともう一度、ジノがその使用人のほうを振り返った。そう言われてみれば、確かにミルヴァではない。髪色がやや濃く栗色で、なにより表情がとても豊かだ。


「はじめまして奥さま!姉のミルヴァと一緒に、本日よりお仕えさせていただきますねっ!」

「ど、どうも……」


――どこか、リックと同じノリを感じる。こんな場所で出会っていなければ、ちょっと好きになっていたかもしれない……。

……あと、もう”奥様”は矯正不可なのかもしれない……。


「ご飯美味しかったな~とか、あのお菓子また食べたいな~とかあったら言ってくださいね!あたしたちがドマ姐に伝えるので!」

「もちろん、ウチに直接言ってくれてもいいよ」


明るいアキアの声に紛れて、ドマが笑いながら口を挟んだ。


「ごきげんよう、奥様。厨房を預かってるドマよ。朝食、全部食べてくれてありがとね」

「あ、いや、う、美味かったです」

「そりゃよかった!ただウチら使用人には、敬語はいらないと思うよ。なぁ、アキア」

「ええ!ミルヴァに言われちゃいますよ!」


――もうすでに一度お叱りを受けました、と、ジノが小さく肩をすくめる。

なおこうして会話を交えていて、腰に回ったリックの手に、ツッコミを入れる者はいない。


なるほど、と、ジノもだんだんとわかってきた。邸全体が”こう”で、ほぼすべての使用人が押しなべて”リック様の言うことが第一”なのだ。

ただ、これだけ広い邸だ、まだ常識的な使用人がいる可能性も――


「うちの使用人はこれで全員だよ!ジノも早く慣れてくれると嬉しいな!」

「……はっ……?」


はた、とジノが、リックを見上げる。不意に見つめられたリックが、照れたようににこっと笑う。いや、今はそれどころではなく、使用人がこれで……?

老執事、二人のメイド、料理人、庭師……五人……?


(い、いや、わかんねぇけど、普通ってもっと多いんじゃ……?)


ましてやこの男、世界を救った勇者だというのに……そう思うものの、邸の運営は回っているようではある。何より、使用人たちに”働きづめでしんどい”、のような様子もない。

いやそもそも、ジノにそんなことに口を出す権利は……。


(……ッ、あるのか……!?”奥様”には権利があるのか……!!)


くら、と眩暈がした。あ、ありえない。つい先日まで詐欺師をしていた自分に、そんな采配は絶対に無理。あと”奥様”じゃねぇし……!

腰に回っていたリックの手は、いつの間にかジノの肩を抱いている。次はどこを案内しようかと、鼻歌まじりに思考を巡らせている。


……に、逃げたい……。


「……えっと……アキアさん……」

「はい奥さま!でも、”さん”は不要です!」

「えっ!?あっじゃあ、アキア……」


腰の前で手を揃えたアキアが、わずかに首を傾げて笑みを浮かべた。

……ノリは、リックとは、似ている。けれどもあのミルヴァの双子の妹ならば、話が通じそうな気配もある。

――賭けよう。


「コイツの、あ、愛が重いからッ!俺をどっかに隠してくれ……!」

「ええ、ジノ!?」

「まぁ!がってん承知です!!」


――バッ!とアキアの細腕が軽やかにジノの手を引いて、その身をリックの腕の中からすり抜いた。

廊下を駆けだす背後から、ドマの豪快な笑い声が聞こえる。えええ!と叫ぶリックの声も聞こえるが、追ってくる様子はない。


廊下の正面、リネン類を抱えたミルヴァと一瞬だけすれ違う。ややその目が見開かれたが、特に何を言うでもなく。


「今日は図書室に逃げましょうね、奥さま!」

「お、おうっ、あ、ありがとう!」


駆ける栗色のまとめ髪が、ジノの前で小さく揺れる。自分より年下の女性に守ってもらうだなんて……!などと言ってる場合ではないのだ。

リックよりも優先してもらった、ということに、少しほっとしてしまっている自分がいる。ただ”奥さま”はやめてくれ……!!という頭もある。


――今日から、彼らが”家族”になるのだろうか。


じんわりとそんな思いを抱えながら、ジノは柔らかな廊下を駆けていった。




「ああっ、ジノが逃げた……♡」


リックの声が、取り残された厨房に名残惜しく響いていた。

まるで花嫁を間男に連れ去られたかのような声色だが、優しい声をかける者はここにはいない。

むしろ、


「あーっはっはっは!アキア、うまくやんなよ!」

「了解でーす!」


などという、裏切りの掛け声まで飛んでいる始末。いまだ肩を揺らすドマは、鍋に火をかけながらニヤニヤ笑っている。


「いやぁ、随分手こずりそうな奥様だねぇ」

「ドマぁー!」


わっ、とリックが顔を覆う仕草をするが、演技である。バレバレの大根役者。

ジノとアキアが走り去っていった方向を、不思議そうに眺めながら歩いてきていたミルヴァが、厨房の中の二人に目をやり……ああ、と腑に落ちた眼差しになった。


「……リック様、しつこい夫は嫌われますよ」

「うわーん!」


性懲りもなく演技を続ける大根役者が、さりげなくミルヴァが抱えるリネン類に手をかける。鍋の前に立つドマに、「ドマが裏切った!」と笑い交じりの文句を放ち、廊下を洗濯場に向かって歩き出す。

主に荷物を持たせるなんて、という思考回路を持つことは、勇者邸の使用人たちはだいぶ昔に諦めた。

ミルヴァもすっかり慣れたことのようで、リックの手から零れた小さな洗濯物を拾いながら後を追う。


「でもねミルヴァ、ジノは夜は一緒に寝てくれるんだよ♡」

「……せいぜい、犯罪者にはなりませんよう」

「うわーんミルヴァも冷たーいッ」


言いながらも、リックの声色は柔らかい。

先ほどまで腕にあった温もりを思い出すように、ジノが逃げていった廊下の向こうに、ちらりと視線だけを送る。


その口元に浮かんだ笑みは、どうしようもなく甘やかすようなもので――、まるで逃げられることすら、愛おしく思っているようだった。






――【優先順位は、俺のようです】

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