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【離婚は半年後の予定です】

朝、ジノは清らかな光の中で目が覚めた。

レースのカーテンから朝陽が差し込み、広い寝室の中を優しく照らしている。

だだっ広いベッド、せめてもと端に逃げたジノの背中に、勇者……リックががしりとしがみついている。


そろりと振り返れば、白金色の髪が朝の陽光にきらめき、(みどり)色の瞳がなんともやさしげにジノを見ていた。


「起きたかい、ジノ……♡」

「…………」


――返す言葉もない。何故起き抜けでその爽やかな甘いフェイスが出てくるのか。ややウンザリ、といった顔のジノが、距離をとるように身をよじった。


「……昨日の夜……触んなって言ったよな……」

「愛する妻と……アッ、ごめんね、愛する夫と一緒に寝てて、触れないは無理だよ♡」


抱え込まれた腕はびくりともしない。もはや、勇者の口調すら、ちょっと変わってないか。

昨日まではまだ、なんとか、威厳というか体裁というか、どことなく”勇者然”とした雰囲気があった。

どこからだ……どこからおかしくなっ……、……そうか、名前を教えたあたりからか……!

ぐっと顔をしかめるジノに、すす……と寄ってきた顔面偏差値が図々しい男が、こつん、と額を合わせてきた。


「――ねぇ、ジノ、半年でいいんだ」

「は……?」


ひた、とジノの視線が、翠色の瞳に留まる。

穏やかな眼差しはそのままに、リックの口調はどこか、懇願のような色を孕んでいた。


「半年間、一緒に暮らそう?私は君を大切にするし、幸せにしたい」

「…………」

「それでも半年後、どうしても私を好きになれなければ、その時は自由にして構わない」


その声音はまるで、神の前で言うかのような……、誠実な誓いのようだった。

昨日までの暴走ぶりに比べれば、今のリックの言葉は何倍も、――信用できる。


「……半年なら……まぁ……」

「うん」


リックの手が、ジノの髪を梳く。そのまま指先はするりと落ち、指の背が愛おしげに頬を撫でた。


「寝室は一緒ね」

「はっ……?」

「キスはおはようとおやすみといってらっしゃいとおかえりの時に」

「えっえっえっ待っ」


怒涛のようにまくしたてられる。ずいずいとリックが迫りくる。あれ、さっきまでの真面目な勇者はどこに行ったんだ、とベッドの中、ジノが後ずさる。


「あとできればセック」

「誰がするかッッ!!」


きぃん――とジノの怒号が、広々とした寝室に轟いた。耳をやられたらしいリックが、それでもどこか嬉しそうに眉根を寄せている。


「んんッ……わかってる、わかってる……♡」


やや涙目で耳を押さえながらも、声色は幸せそうである。肩をすくめ、布団の上でごろんと転がる。まるで叱られた大型犬のように。

何一つわかってねぇな、この勇者……と睨むジノ。それを見据えるリックは、……なぜか余裕の表情。

朝の日差しを受けて、にこりと笑ったその顔には、これ以上ないほどに自然な“夫の自覚”が乗っていた。


あるのかないのか、寝癖があるらしい白金色の髪をゆるく撫でつけ、寝間着の裾を直す素振りを見せながら、リックはふわりと起き上がる。

何やっても絵になるな、とジノが思うがしかし、言えば最後だ。未来永劫口に出すつもりはない。


「着替え手伝おうか?」

「リコン」

「ああっ♡」


悪意なく、善意満点で、しかしどう考えても余計なお世話な台詞。だが既に、リックの脳内では“結婚初日”の朝は順調そのものと認識されていた。



* * * * *



カチャ、カチャと、使用人らしき女性が朝食の支度を整えていく。亜麻色の髪はコンパクトにまとめられ、伏せられた瞳には、どこか静けさが漂う。

ジノは――、どういう立場でここにいればいいのやら……、先ほどの寝室から一つ隣の部屋、リックの私室のテーブルで、どうにも神妙な面持ちでそれを見ていた。

正面では、リックがにこにことジノを見つめている。



「あとで皆をきちんと紹介するけどね、」


――そんな、朝陽に見合った爽やかな声が、ジノに向けられる。ジノが顔を上げれば、リックのその手は、支度を終えて傍に控えた使用人の女性を指し示していた。


「彼女はメイドのミルヴァだよ。私たちの身の回りのお世話をしてくれるからね」

「……本日よりお世話を。ミルヴァと申します。何なりとお申し付けください」

「えっ、あ、ああ……」


すらり、と丁寧にその女性……ミルヴァが、ジノに一礼をする。ジノよりも若く見えるが、落ち着いた物腰……というか、クールな印象だった。思わずジノが会釈を返しそうになれば、ピッ、と手のひらが向けられる。


「奥様」

「奥様!?」

「我々使用人に頭を下げてはなりません」

「いや違ッ、おく、奥様!?」


リックとミルヴァが目を合わせ……こくりと頷く。

何の確認の頷きなのか、”なるほど奥様の教育はそこからですね”なのか、”これでよろしいのですよねリック様”なのか、”大丈夫です我々分かっています”なのか……、交わされたアイコンタクトの真意は読めず、ジノは諦めて朝食に視線を落とした。


――間違いなく、詐欺師をやっていた頃よりも、上等な食卓。生憎メニューは詳しくはわからないものの、サラダとスープ、パンと焼いたベーコンと果物、それとなんかいい香りの紅茶があることだけはわかる。


(……。ケッコン生活と引き換えだけどな……)


なんとも認めきれず、”ケッコン”の字面だけでも逃避をはかる。なお先ほどの”奥様”がもうトドメの一発だった。


「朝食が済んだら邸を案内するね、ジノ♡」

「…………ああ……」


まるでデートの約束でも取り付けるかのような声色に、ジノが諦めの境地で返事をした。にこっと満面の笑みを見せた勇者は、……やはり幸せそうだった。






――【離婚は半年後の予定です】

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