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【勇者様、お気を確かに】

「だからおかしいってベッドが一緒は!!」

「おかしくないよ!?私はジノの主人だろう!?」




風呂から上がり、夕食は軽く済ませ、イマイチかみ合わない会話にジノが辟易し始めたところで、その事件は起こった。……いや正直ずっと事件しか起こっていないが、まぁとにかく起こった。


恐らく国王が「将来結婚をしたときに」と気を利かせて準備したであろう巨大なベッドに、どうしてもジノと一緒に寝るとリックがぐずるのである。


「ジノ~~~~!!」

「ばっ……ガキかよ勇者のくせに!」


教えた名前はさぞ気に入ったようで、何かにつけて呼んでくる。妙に甘ったるい声色で、である。

……ダメだ、崩れていく。ジノの中の”勇者”の像が、どんどんと崩れていく。

こんな甘えたな主で、この家の使用人はさぞ大変な思いをしていることだろう、とジノは思っ――


「だって普通、夫婦は一緒に寝るものだよね!?」

「そりゃ普通……ッ待てなんだって?」

「一緒に寝るのが普通だろう!」

「そこじゃねぇ!」




――しん……と寝室に、静寂が舞い降りた。


聞き間違いかという顔をするジノと、きょとんとした顔をしているのにやはりどこか爽やかフェイスの主人。……主人、……”主人”ってそっちの”主人”か……!!!


「え、……夫婦は一緒に」

「待てッッ!!言うな!!」


衝撃の事実に気が付いてしまったジノが、めくるめく走馬灯を走らせる……いや死ぬわけではないのだが、いろいろと死にそうだった。

”主人”……そう、主人……なにかにつけて、言ってた、この勇者、確かに……。


『君の方から言ってもらえるとは!』


…………。


あれっ、最初に”主人”って言ったの……勇者じゃなくて、俺……??



「……か、確認だ、勇者……」

「”リック”」

「は?」

「”リック♡”」


有無を言わさぬ圧に、ジノが半歩後ずさる。が、もうそんなことは、些細なことだった。


「……リ、リック……」

「うん♡」

「……俺ァ……なんで連れてこられたんだ……??」

「私と、結婚するためだろう!?」


――一瞬、時が止まった。

胸を張って、目を輝かせて、リックはベッドの上から、即答している。


ジノの目が、見開かれる。リックの笑顔は、爆風の中心のように輝いている。もはや確信すら湛えていた。


「……なに、言っ……」

「だってそうだろう!?私のことをあんなに調べて、好きな食べ物も覚えて、髪も口調も――私に寄せてくれて!」

「いや、それは仕事でッ」

「詐欺師の仕事だったのに、私にそこまで本気になってくれたんだね!?♡」

「ちげぇって言ってんだろ!!」


ジノの叫びは全身から搾り出すような悲鳴に近かった。

だがしかし、残念ながら相手が悪かった。


「ジノ……」

「…………」

「照れなくていいんだよ♡」


爽やか甘やかにっこり勇者の、――満面の、信じきった笑顔。

ジノの膝が、がくりと音を立てて抜ける。ぎしん、とベッドの縁に尻もちをつき、両手で頭を抱えた。


(通じねぇ……こいつとはもう、人語が通じねぇ……)


ベッドの上では、リックが両手を広げていた。いつでも飛び込んでおいで、と言わんばかりに。

そしてその隣では、現実を受け止めきれない男が、今にもベッド下へ転がり落ちそうな姿勢で震えている。


「ジノ♡さ、おいで♡夫婦なんだから♡」

「違うっつってんだろ……」


――アッ、そっか、夫婦じゃなくて、”夫夫(ふうふ)”だね♡……などという下らない囁きには返事をする気にもなれず……、ジノは、後ろから伸びてきた手にがしりととっ捕まった。


「私はね、結婚をするなら、私のことをすべて理解してくれる人がいいんだ♡」


――ああ、知ってる知ってる、と思いながら、ずるりと布団の中に引きずり込まれる。

さながら、力の抜けた猫である。


「あと、ずっと私のことを考えてくれる人がいい♡」


――ああ、それもうん、知ってる。調べたからな、とすっかりと腕の中に囲われる。逃げないのではない。逃げても無駄だと諦めると、人間こうなる。


「いくら仕事でもね、ジノ♡私のことをそこまで……」


すすす、と服の中に手が伸びてきて、――ばちん、と背後の顔に手のひらを打ち付ける。

頬ではない。顔の真正面から一発。


「おい、それ以上触ったら……リコンする」

「えぇえぇッッ!?」


しゅんッ、と服の中の手が引っ込んでいって、ジノも片眉を上げた。――やはり、まぁ、悪い奴では、ない……暴走癖がひどいだけで。


「……勇者」

「”リック”」

「…………リック。俺ァもうだめだ、疲れた……寝る……」

「……わかった♡」


リックの声が、急激に湿度を含んでやわらかくなる。

鼻っ面を打たれたまま、モガモガと手のひらの中で喋っていた顔が……ゆっくりとジノの頬に唇が触れるくらいまで近づいて、けれどそっと離れた。


「夫たるもの、疲れた奥さんを、無理に構うわけにはいかないよね……うん……」

「……お前が原因だろうがよ……」


布団の中でジノがぼそりと呟くと、背後で「ふふ……♡」という謎の機嫌の良さが返ってくる。

一体どの辺にウケる要素があったのかは知らないが、笑っているなら大丈夫だろう。


あらゆる力を使い果たした身体をシーツに預け、ジノが静かに目を閉じる。

背中にぴたりとリックの体温が寄り添ってくるが、もはや払いのける気力もなかった。


「おやすみ、ジノ♡夢の中でも会おうね♡」

「リコンな」

「えぇえぇ……」


耳元で変な笑い声がした気もするが、次に訪れたのは、布団と温もりと――疲労困憊した身体を襲う、ぐっすりとした深い眠りだった。


その夜。

翌朝からはじまる、邸での“新婚生活”に向けて、勇者は静かに作戦を練っていたという。


ただし、結婚した覚えがあるのは……一名のみである。






――【勇者様、お気を確かに】

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