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【ジノ様、大変助かります】

――それは、勇者不在七日目の午前中だった。




「ジノ様、よいところに!」


ジノが玄関付近を通りかかった際、玄関口で話し込んでいたセノールとエンがジノに気づき、セノールがそう声をかけてきた。

ぱ、と顔を向けたジノが、不思議そうにしながらそちらへと歩み寄る。


「おう、どうしたんだ」

「先ほど城より通達があり、本日リック様がお帰りになるとのことで」

「えっ」


ぎくり、としたジノが、肩をわずかに引く。早いな……と頬を引きつらせた顔に、セノールが眉を下げて笑った。


「これからエンが城までお迎えに上がるのですが、ジノ様もご一緒いたしませんか」

「え、な、なんで……」

「きっと、喜ばれますでしょうな」


へ……と、ジノの表情が固まった。――い、いや別に、勇者を喜ばせることに喜びを見出してはいない。……迎えに行ったら行ったで、またヤツが大変なことになりそうな気もする……が……。

セノールとエンが、”お嫌ですか?”といった眼差しで、こちらを見ている……。勇者はともかく、使用人とは、いい関係を築いていたい……!

ジノが、渋々、と言った顔で、頷いた。


「助かります、ジノ様。わたくしめもお供いたしますよ」


セノールが、ほっと安堵したように軽く頭を下げた。――”助かります”とは……?とジノがわずかに視線を巡らせるが、二人はすでに、静かに準備を始めていた。

エンは御者の装束に袖を通し、手綱袋を肩にかける姿は、無口ながらどこか嬉しそうにも見える。


「……すぐに、馬車を……」

「ええ、頼みますよ」


手際よく引き綱を調整しながら出立の準備に入るエンを背に、セノールが玄関扉を開ける。

朝のひやりとした空気が、少しだけ熱を持ったジノの顔に触れた。




(……帰ってくんの……か)


玄関前の石畳に、日差しがまぶしい。ジノが目を細めながら足元を見つめる。

たったの七日、それだけのはずなのに――あのバカの声がやけに遠く感じる気がしたのは、気のせいか。


馬車の扉が開かれる音。エンが首をかしげながら手を差し出す。

――それはお前、女性にするやつだろうが、とジノが、その手をぺちりと軽く叩く。くすぐったそうに口元だけで微笑むエンを尻目に、ひとりで乗り込んだ。ついで、セノールも。


「……早ぇな、しかし」


小さく吐き捨てる声に、ふ、とセノールが微笑む気配があった。


「ほほ、確かにいつもより、任務達成がはようございます」

「……化け物かよ」

「勇者様ですから」



馬車が、ゆっくりと石畳を進み始める。

エンの操る手綱のリズムに合わせて、窓の外の風景が少しずつ動いていく。……ジノは、腕を組んで目を閉じた。

別に、待ってたわけじゃない。ただ、……迎えに行ってやるだけだ。

それ以上でも、それ以下でも――


(……ねぇよな)


馬車は、まっすぐに城門の方角へと向かっていた。

もうすぐ、バカが帰ってくる。



* * * * *



馬車が城門の見えるところまで滑り込んでいけば、城門付近はそれはもう大変な騒ぎになっていた。

凱旋、とかそういうものではない。血や泥でごちゃごちゃになった軍の兵士や侍医たちが、当該勇者を囲んでそれはそれはすったもんだとしている。



「なりません勇者様ぁぁあ!!勇者様せめて!せめて治療魔法をッッ!!」

「いらないいらない死なないから!!こんなもので死にはしないよ!」

「何をおっしゃってるんですか!?腕なんて骨が見えてるんですよ!?」


「ダメだわ、誰か勇者様を取り押さえてぇえぇ!!」

「大丈夫だから帰らせて!?ジノに会えば治るから!!」

「だからさっきからその”ジノ”って誰なんです!?」



――現場は、そんな惨状である。


ジノ、馬車の中にてうずくまり、頭を抱える。

……そうだ、そうそう、勇者ってそういえばこういう人間だ。かつての”勇者情報”を、脳内に引っ張り出してくる。

屈強で強靭な肉体、耐痛性も異様に高く、腹を深ぁく抉るような怪我をしても「いやぁ~」と笑って次の街へ行くような男。勇者パーティーの仲間たちもさぞ苦労したという逸話が残っていたが、そうか、どうやら実話だったか……!


ギィ、と馬車が城門前で停まり、それを見とめた勇者――リックが晴れやかな笑顔でエンを向いた。そのまま兵士や侍医を引きずって、慌てて馬車の扉に手をかける。


「エン、いいところに!!早く邸に――」


がちゃり、と扉を開け……笑顔のままに、リックが固まる。

微笑むセノール。睨むジノ。ぴゅっと傷口から血が噴き出すリック。


「♡!!――っジ」

「治してもらってこォォォい!!」

「ひッ♡ごめんなさァァァい!!」


城門前に響き渡るジノの怒声に、馬車が数ミリ浮いたような錯覚すらあった。


悲鳴のような叫びと共に、リックが扉を閉め、ばたん!!と豪快な音が響いた。一瞬にして、兵士たちと侍医たちの手により、勇者の身体が引き戻されていく。


「おとなしくしてぇぇええ!!!」

「その血は勇者様の中から出ているんです!!!」

「骨!骨出てるのおおお!!!」


ごちゃごちゃごちゃ、と地面に転がる勇者、取り囲む治療師、制止に入る副官。

一連の動きの中で、リックの叫び声がひときわ大きく響いた。


「ジノが!!ジノが迎えに来てくれてる~~~!!!♡♡♡」

「あああ血が噴き出すゥゥゥ!!」

「勇者様叫ばないでぇえぇえ!!」



ジノは馬車の中で頭を抱えたまま、その騒ぎをどこか意識の遠いところで聞いていた。

セノールが、咳払いひとつ。


「……助かります、ジノ様。……ああしていつも、治療を嫌がるもので」

「……なるほどな……」


ぼそりと返すジノの声に、疲労と納得の色が乗る。

外では、リックの「ン待っててねぇぇえ!!♡♡」という絶叫が、城の石壁に木霊していた。


勇者、全身治療中。

ジノ、馬車内にて限界寸前。


――『爆速で帰る』の弊害が、ここにあった。






――【ジノ様、大変助かります】

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