表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

【今日から主人が不在です】

「やっぱりいかないッッ!!!」




勇者邸の玄関では、高く造られた採光窓から、朝の陽射しが差し込んでいた。

その光に照らされた勇者の髪は、白金色にきらきらと輝いており……現在、駄々をこねながらジノに抱きついている最中である。


「おっまえ、は!!文句言わねぇで行け!!」

「いいや!王命よりもジノが大事だよ!?」

「ンなことあってたまるか!!」


騒ぎの周囲には、……セノールたち。

出立時間も迫っているというのに、一向にジノから離れる気配のないリックに――呆れるでも、困るでも、苦笑するでもなく、どこか生暖かい目を向けていた。

ジノ以外、誰一人としてリックの背をせっつかないのは、”勇者”が任務を放棄する人間ではないと、皆理解しているため。

もちろん”勇者”の情報のついて詳しいジノも、その人となりはきちんと把握しているが……、今この男を甘やかしたら、つけあがるどころか密室に連れ去られかねない。

それだけは、回避せねばならない。


「城で!兵士だかなんだか!待ってんじゃねぇのか!」

「そうだけどォー!?でもジノが寂しさで泣いてしまうほうが無理だよ私は!!」

「誰が泣くか!!」


使用人の前で、(やしき)の主たるリックに暴言……もとい、ちょっと激しめの文句は言うまいと、気を使っていた昨日が懐かしい。

せめてもう少し、猫被らせてほしかった……!


「……リック様」


ぎゅうぅ、とジノを抱きすくめるリックに、そんな穏やかな声をかけたのはセノールだった。

半ば涙目の主を見て、目じりのしわを柔らかく深める。


「なんだい、セノール……」

「いえ……会えない時間にこそ育つ愛もありましょうな……」

「…………」



玄関に、――静寂。


微笑むアキア。頷くミルヴァ。小さく肩をすくめて笑うドマ。

エンは御者の格好をして時間を気にしており、――ジノは愕然としていた。……そんな、まるで育つ”愛”がここにあるような言い方……!と。


「……なっ……なん、」

「……ジノ……♡」


…………うっとりとした目で……勇者がこちらを見ている……。

誤解ですと言いたいものの、……鎮静化した騒ぎを再燃させたくは、……ない。


「くっ――、行ってこい、リック……!」

「……うんッッ!!♡」


鼻をすん、と啜って、リックは一歩、ジノから身を離した。

その目にはまだうっすらと涙が浮かんでいるが、表情はもう晴れ晴れしい。


「ジノ、私を想って、待っててね!!♡」

「うるせぇ!!」

「ひゃああ♡」


邸の主人としての威厳などさらさらない声を上げて、リックが玄関へと駆けていく。きらり、髪が陽の光にきらめいて、玄関ホールを振り返った。


「それじゃ、行ってくるね!」


「――いってらっしゃいませ――」


使用人たちの声が、そろって響く。ジノは少々居心地悪そうにしていたが、片手が少しだけ上がっていた。

エンが静かにドアを開け、まばゆい朝の光の中へ、勇者の背が押し出される。


そしてそのまま、扉の向こう側で――勇者は、くるりと半回転して叫んだ。


「ジノ~~~!!」

「っ!?なんだよ!?」

「愛してるよ~~~~~!!♡♡」


どごっ!!!


見事、ジノの投げた靴が、扉が閉まる直前にリックの顔面を捉えた。


「……お見事です、ジノ様」

「恥ってもんがねぇのかあいつは……!!」


セノールがどこか誇らしげに頷き、ドマがわははと豪快に笑う。

ミルヴァが無言で靴を拾い、ジノの足元に戻しながら「投擲用をご用意しましょうか」とぼそり。

アキアは、扉の向こうへ去っていった勇者の背に、小さく手を振っていた。


騒々しくて、眩しくて、うるさくて――それでも少しだけ、空気が、静かになった。


ジノの周囲に、使用人たちの気配がほどよく残る中。

邸は、今日から――“勇者不在の生活”を迎えるのだった。



* * * * *



(――とはいったものの……)


玄関そばの窓越しに、遠ざかっていく馬車を、ジノはぼうっと眺めていた。

まさか、ケッコ……ン、いや、連行されて三日目で、こう……自由時間?を得るとは思ってもみなかった。

使用人たちは、それぞれに持ち場へ戻っていく。皆が穏やかで、柔らかで、ジノを見張ろうだとか、そういった様子はみられない。


「……俺……罪人なんだけど……?」

「……元、でございますね」


びゃっ。


真後ろで声がして、ジノの肩が跳ねる。掃除道具を手にしたミルヴァが、音もなく仕事をしていた。

……って、いうか、今、”罪人”のくだり聞かれた……!?


「あっ、いや、……あのっ、ミルヴァ!」

「はい」


アキアと同じ眼差しが、アキアよりも冷静な温度でジノを向く。なのに”冷たさ”を感じないのは、きっと眼差しに、真心がこもっているからだ。


「……ええと、俺……」

「…………」


くい、と不思議そうに首を傾げる仕草があって、ミルヴァの亜麻色の髪がゆらりと揺れた。ジノの様子を見て、瞬きを数度。……そののちに、小さく口元を緩める。


「奥様の”前職”については、皆存じております」

「えっ……ええ……?」

「その上で、”奥様”、とお呼びしておりますよ」


(……それは……なんというか……)


――随分と、自分に都合のいい話だな、と、ジノが思う。

勇者のことを調べ上げ、なりすまし、日銭を稼ぎ……。そんな自分が――勇者本人に求められたからといって、急に”奥様”の地位だ。……いや、”奥様”はいまだに意味が分からないが……。

ジノが改めてミルヴァに視線を向ければ、もうよろしいですか?というような表情で、にわかに掃除を再開している。

元詐欺師――などということが、まったく大したことではない様子。

だからと言って、見張りはいらないのか、という疑問が解消されたわけではないが……。


「……ありがとな、ミルヴァ」

「はい……?……お役に立てましたなら……?」


いやそこはニブいんかい、とジノの眉がわずかに下がる。

肩の力と、いつの間にか詰めていた息も、抜ける。


「……俺もなんか手伝うよ。仕事ある?」

「ございません」


ぴしゃり、と悪意ゼロの純粋な答えが返ってきて、ジノはひっくり返りそうになった。

え、ないってことある――!?と一瞬だけ狼狽するが、……ミルヴァは、本当に頼むようなことはない、という顔をしている。


「……お、おう、わかった……」

「ああ、奥様」


踵を返しかけたジノに、ミルヴァからそんな声がかかって――ジノが肩越しに振り返った。ミルヴァは……緩く、微笑むような顔。


「我々使用人への敬語、なくなったようで何よりです」

「…………おう……」


ミルヴァが再び静かに掃き掃除へ戻る。

リズムよく、控えめな音を立てながら、まるでいつも通りの朝の風景だとでも言うように。


ジノはぽり、と頬をかいた。

なんだろう、この……マナーの先生に……褒められたような心地は……と。照れたような、嬉しいような、こそばゆい気持ち。

ひとつ深く息を吐いて、玄関ホールから離れるように歩き出す。――返す言葉は、思いつかなかった。






――【今日から主人が不在です】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ