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旅立ち

そして翌日


レイカは歩いていた。城のお庭番の彼女が長い間辺境の地へとどまっているのは、城に影響が出てしまう。そもそも…取った休暇がそろそろ切れるのだが…。


その旨を伝えに愛する人の元へと行ったのだ。

さりげなくあの悪魔に殺意を飛ばしながら、泉で話をした。


『長旅になるな、頑張れよ』


その一言を思い出し、彼女は自らを抱き締める。まだはっきりと思い出せるその音声付きの光景…彼の後ろでは、少女がいやらしく笑っていた。


邪魔者がいなくなって清々するという表情だった。彼も…引き留めてくれなかった…。


これほどまでに愛している私よりも、ただ無邪気に笑う悪魔の方がいいのか…。悪魔…そうだ、彼は悪くない。彼はあの悪魔に洗脳されているんだ。あの女を倒せばきっと…きっと…私を愛してくれる。感謝してくれる。


レイカはポケットから昨夜の石を取り出した。

まるでそこだけ小さな夜が訪れている様な石。彼女は手に触れた瞬間にうすら寒さを覚えた。


しかし…これを見ていると何故か愛しい彼を思い出す。彼のどこかにこんな不吉の色などあっただろうか。雰囲気などあっただろうか。思い出せない。


まずは…手始めにこの小さな彼を私の物にしてもいいかもしれない。



レイカはソレを口元へと運んだ…。









彼女が立ち去った後、青年は冷や汗をかいていた。

自分はただ、国を横断して城へと帰る友を気遣ったつもりだったのだが…最後に見せた友の瞳は…


恐ろしいほど冷徹で、憎しみに満ちていた。


彼自身の瞳の力も相まって、その彼女の瞳に打ち抜かれたような錯覚に陥った。


彼女自身よく感情を高ぶらせて彼に食ってかかることは珍しくはなかったが…その湧き上がる力に『のまれた』のは初めてで…憎しみなど…彼女から感じたこともない。



青年は、ゆっくりと深呼吸した。異常な拍動を続ける心臓を落ちつけようと…。


「ルシどーしたの?」


泉の淵に飛び出た岩に座り、両手を差し出して、その上で手のひら大の球状の物を浮遊させる少女は、そのまま叫ぶ。

少女がやっているのは魔導具による玩具で、両手から魔力を放出させ上手く浮遊させるという遊びに用いる。

手のひらに棒を立てて倒さないようにバランスをとる遊びもあるが、ソレの魔力を使ったバージョンとしてポピュラーな遊びだ。

実際やってみると、両手の魔力の放出量の割合や、強さ、広がりなどに気を使わねばならない。使う球体によっても、どれほどの魔力で浮くかなどの違いもあり、かなり難しい。たまにこれで勝負する子どもたちは自分に有利な球を使おうと持ちより、あれは軽すぎる、これは重い等言い争いがあったりなかったり…。


少女は彼が泉にやってきたときからその遊びをしていて、新記録更新中だとニコニコしている。ちなみにその球体には浮遊し続けた時間を計る機能が付いている。値段によってそれぞれ追加オプションもあるが、それは今は割愛しよう。


「…いや、別に。」


青年はその球体を見つめて答えた。不安定に揺れるその球は何のかんので少女の手のひらに収まり踊っている。


「今何分だ?」

「もうチョイで…10…分…!」

「10分!?」

「あとと!?」


球が手のひらから吹っ飛び、泉に着水する。

レベルとしては10分は相当な玄人の域である。要は集中力や器用さ、敏捷性の問題だから、一回浮かせ方を覚えれば、魔法使い以外の人間でも魔法使いとタイマンを張れる。しかしどちらの立場にしても2〜3分が普通の域と言ったところだ。…まあ、魔法使いは自らの修行に指先だけで挑戦したりと、この遊びを用いることもあるが…。


「あ〜もう…力んじゃったじゃん…。」

「あ、悪い。」


少女は球を拾い上げ、振って水を飛ばした。機械が入ってるわけではないから濡れても問題はない。


「9分46秒か〜…夢の大台が…。」


球に表示される時間を見て少女は悔しそうな表情をする。青年は少し前の恐怖など忘れ、小さく笑った。


「十分にすごいだろ」

「ここまで来るとそうじゃないんだよ〜…ルシもやる?」

「やらない。まず浮かすのが一苦労なんだよ。」

「…教えたげようか?」

「いいっつーの。」


ルシルは球との相性が良くないと浮きもしないのだ。相性さえ合えば普通程度の記録は出せるが…。

球を突き出す少女を一蹴し、宙を眺める。縦横無尽に飛び回る力の塊…精霊はもう数えるほどしかいない。

泉に通いつめて原因を調べたが、結局突き止められなかった。


…手遅れか。青年はため息を吐く。

どうにか長老たちを言いくるめて村を囲む柵を堅強にするとかしなければ、近いうちに魔物に襲われ惨劇が起こる。


どう言い訳しようか…。泉の守りの力がなくなったからと説明して村の長老たちは納得するだろうか。

いや、もともと泉に守られているとの認識が無いのだから不可能だろう。…もしかしたら占師である長はこの泉に力があったことを分かってくれるかもしれないが…。


再び精霊たちを眺める。瞬間、ルシルは違和感を感じた。


いや、違和感ではもはやない。空気に押しつぶされてしまいそうな感覚、そして夜の不気味な部分が濃縮されたような気配…闇だ。闇の魔力が膨れ上がった。

闇がこの昼間に…いや夜ですらここまで膨らむはずか無いのだ。


ルシルはあたりを見渡す。濃度の差からこの魔力の中心を測る。泉より奥の崖の方角ではない…村の方だ。


「何なのコレ?」


同じ方向を見て少女は呟いた。


「分かるのか?」

「…分かんない方が異常。」


そう言って身体をさすった。露出された左の腕にはかすかに鳥肌が立っていた。

魔力を肌で感知する能力はそう珍しい能力ではない。敏感さに個人差はあるものの大概の生き物は感知できる。

一定濃度以上の魔力下にいると眩暈や吐き気を起こす、魔力酔いという現象もあるくらいだ。


「調べてくるからお前はここで待ってろ。たぶんここならまだ安全だから。」

「あ…ちょっ…!」


彼は村へと走り出した。

どんどんドロドロとした気配が強くなっていく。半分ほど走ったところで…ルシルはたまらずその瞳を閉じた。


「感覚閉じても気持ち悪…」


恨みや嫉妬…そんな感情が全身を絡める。中心部から離れたい。そんな思いが頭をよぎる。

しかし前方からの数々の悲鳴が届くと、彼の表情が一変した。


「…知らねえぞ。」


無表情そのものだった。まるで夜の様な静けさの雰囲気を醸し出す。

彼は静かに走り出した。





彼が村に戻って見た物は、明らかに数時間前のそれとは違っていた。

ことごとく破壊された建物。焼け焦げた草木。

数時間前には間違いなく人間がその広場を歩いていたはずだったのだが……現在そこにいる生き物は…いや、本当に生き物なのかも怪しい、黒い四足のナニかだった。


「…ル、ルシ!お前生きて…!」


血にまみれた腕を抱えてよろよろと近寄るそれは、ルシルよりも少々年上の村の守衛団員の一人だった。


「この妙な化け物…気をつけるんだ…奴らに傷を負わされたら…石に…。」

「お前…腕が……。」


男の血にまみれた腕は、指先が灰白色に染まりその上から血が滴っている。

いや、指先のみではない。その灰白色は急速に広がり…


「…あとは…頼んだぜ…。」


その一言を残して彼は石像になった。

彼との離別を悲しむ間もなく、黒い獣の様なソレはルシルに飛びかかる。


「ちっ!」


瞬間抜刀して目の前に迫るソレを薙いだ。黒い獣は胴から二つに裂け地面に落ちる。

攻撃を食らえば厄介な相手だがその前に切ってしまえばいい。そう判断したルシルは次の瞬間己の考えの甘さを悔いた


上半身からは下半身が、下半身からは上半身が、文字通り生えてきたのだ。


数秒の後にその化け物は何事も無かったかのように手足をばたつかせ再びルシルに襲いかかった。


頭で考えるよりも先に体が反応してソレを避ける。


「魔物つうか幽霊にちかいぞ。どうすれば…」


「わああぁぁぁぁぁぁん!ママ—!」


耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。

弾ける様にそちらへ駆けだす。


両手を広げて立ちはだかる若い女の石像

その後ろでは女の愛娘が地面にへたり込んで泣いていたのだ。

さらにまだ化け物は周りをうろついている。うろついてるどころか泣き声を聞いて集まってきている。今にも咬みつこうとしている


しかし、どうする!?自分の剣ではこの化け物を倒す事は出来ない。

追いついたところであの母親の様に庇うしか出来ないのか?


そもそもこの距離で間に合わせる事等出来るのだろうか?


様々な想いが一度に巡る中、彼の目の前に現れたのはオレンジに燃え広がる髪だった。


先ほど泉に置いてきた少女が子供を抱えて跳んだのだ。

それでもなお喰いつく化け物に対し少女が取った行動…先ほどまで遊んでいたあの球を魔力で弾いて目いっぱいソレにぶつけたのだ。

たったそれだけ、それだけで化け物は霧散した。


「セレ!?」

「この化け物は純粋な物理攻撃は全く通用しない!ルシは召喚主を!」

「でもお前…!」

「散々私を疑ったんだからコレぐらいは信じて!」


子供を背に庇う少女は、何処から取り出したのか白く輝く液体の入ったコルク栓付き試験管を両手に3本ずつ持っていた。


「早く!そんなに弾数ないの!」

「…分かった!」


跳びかかる化け物を避けて青年は森へと走った。

後方で奇妙な爆発音が一発鳴り響く。ルシルへの衝撃は全くなかったが…たった今すれ違った化け物は霧散していった。


「…魔法薬系の手榴弾か…?」


いや、今この場で推測を並べるメリットはない。

閉じていた感覚を開放し青年は魔力の中心へと走る。


そして幾分泉に近づいた森の中…濃度は最高、青年の目の前で精霊は次々に消滅していく…


木漏れ日だけが美しい、そんな空間に一人の少女がたたずんでいた。

肩で切りそろえられていた茶の髪、桃色の忍び装束


華やかな容姿が闇と言う空間の中で奇妙に妖艶であった。


「……レイ…?」


女は答えない。ただ薄く笑っていた。


「お前が…やったのか…?」


肯定の笑みを浮かべる。そこで青年は彼女の大きな荷物に気付いた。

いや、荷物と呼ぶにはいささか不適切である。

ソレは人間そのもの…言ってしまえばルシルのもっとも大切な者


「キリル!?」

「…眠ってるだけよ。」


そう答えた彼女の声はいつもの鈴の様な声だった。予断を許さない状況でありながらも聞きなれた声、弟の無事に安堵する。


そして…


「…何のつもりだ?村の連中が次々に石にされてんだぞ?」


剣を構えた。

それでも少女の笑みは崩れない。

彼女にとっては石像などどうでもいいのだ。愛しい人が今、まっすぐに自分を見てくれている。右手に構えられた剣など目に入らない。


…そう、今手元には彼の大切なモノもある。彼は見ざるを得ない。


「またね。」


それだけ言って少女は光に包まれた。光の消失とともに彼らの身も消失する。


「レイカ…!キリ!」


叫べど彼らは既にそこにはいない。

闇の気配も一様に消失…


していなかった。踵を返して森の中を見渡す。


「…隠れてやがったのか…。」


ルシルは唸る。

森の中故に大量の木が佇んでいる。その陰に一つ、二つ…数えるのが面倒になる程の何か…

正体は分かっている。村人たちを石像にして回っているあの化け物だ。


奴らに自分の攻撃は通用しない。逃げるしかないのだ。


青年が一歩後退するのを合図に化け物たちは一斉に襲いかかった。

弾ける様にルシルも駆け出す。


走る・避ける・走る・走る・走る


これほど的(自分)が小さい事を有難く思った事はなかった。



しかし…多勢に無勢、何れは追い詰められてしまうだろう。

事実、彼は背に崖、前面180度は化け物に囲まれてしまった。


効果が無いどころか相手の数が増える事は承知で彼は剣を抜く。死にたくない、死ぬわけにはいかない。

斬って再生するまでのわずかな隙をつけばこの状況も奪回する事は出来るはずである。

その後万に一つにでも化け物との距離が置ければ荷物の中にある魔法スクロール(魔法を放てる使い捨ての巻物)を発動させられる。


もはやそれにかけるしかなかった。


覚悟を決めて一歩踏み出した…その瞬間…奇妙な事が起こった。


いや、もう目の前にいる化け物そのものが奇妙なのだが…ネックレスの水晶が発光し、目の前に小さな竜巻が起こったのだ。


足元の落ち葉を巻き上げる程度の竜巻…しかしそれが自分に体当たりしてきたのだからたまらない。


ただの竜巻ならそのような事はなかっただろう。ルシルの視界は青い空を捉えた後、崖下へと落ちて行った。






どれほどの時が経っただろうか…


この地域のこの季節特有の朝霧に包まれて青年は目を覚ました。

視界はまっ白、ただ耳に響く川のせせらぎの音と己が横たわっていた丸い石が敷き詰められた地面からそこが川岸である事である事は理解できた。


そして身体にかけられた一枚のローブ、少し離れたところで赤々と燃える焚火に木をくべる女にも順に気付く。


「…気がついたか?」


凛とした声が響く。まるでそこで燃える焚火の様な赤い髪、年は自分よりもいくつか上に見える。

そしてその顔だちは…


「…セレ?」


この空間の様に霞のかかった頭でその名を呼ぶ。

女はその名を聞いて愉快そうに笑った。


「何だ、私がセレネに見えるか!」


いくらか豪快な声に脳が刺激され彼は身体を起こした。

よくよく見れば女の種々の特徴はセレとは異なっている。しかし…よく似ていた。たとえるなら姉妹か親子の様に。


「…セレネってあいつの本名か?」


女の呼んだ名を聞き返す。女は曖昧な反応を返し…


「同じ奴を指している事に間違いはないな。」


そう答えた。そして続ける。


「…お前はそこの崖から落ちた。覚えているか?」

「……覚えてる、というか思い出した。その前にお前誰だ?」

「セレネの知り合い、名を呼びたいならルナと呼べ。お前の事は拾ったから保護しただけだ。」


笑みを浮かべて焚火に枝を放り込む。


「あの崖から落ちて…助かったのか?俺は…」


霧で見えないが青年は崖を見上げた。この土地に住む者だから分かる。あの崖、落ちたらひとたまりもない高さなのは間違いない。さらに着地地点はこの河原である。

しかし頭がトマト的な事になるどころか身体の痛みはほとんどない。


「…それよりも村の状態を聞きたくないか?」


切れ長の深紅の眼が思考を遮る。そうか、目の色が全く同じなのだと気付いた。


「…どんな状況なんだ?」


とりあえず話に乗る。知りたい情報な事には間違いない。


「簡単な話だ。お前が召喚主を追いかけてしばらくした後に化け物が増えなくなった。村の魔法使いが総出で化け物を片付け、今は比較的損壊の少ない宿屋に皆いるはずだ。石化された者は…人口の4分の1…いや、もう少し多いか、ソレ位だな。死者は石化を除けば出ていない。怪我人は多数、しかしほとんどが建物の崩壊や火事にまかれた程度だな。」

「つーことはあの化け物は本当に石化させるためだけに召喚されたのか…。」


簡単な感想を述べ、ルシルは地面に落ちていた帽子を取った。遠くへ飛ばされなかった事を幸いに思いながら帽子を被る。

そしてゆっくりと立ち上がり、身体の軽さから腰に下げた鞘に愛用の剣が入っていない事に気付いた。


「剣が…。」

「剣?ああ…コレか。随分使い古したモノの様だったな。」


木の枝の横に置かれた二つの物体にルシルは気付いた。共に過ごして7年だったか8年だったか10年だったか…もともとはマークスの使っていた剣だった。


「剣にまで先立たれちまったか…。」


真っ二つに折れた剣の柄の方を持ってしげしげと眺める。

コレを貰った時は『古ぼけた剣なんて』と駄々をこねたものだったが、共闘するうちに愛着が沸き、今では最高の相棒だった。

青年は嘆息を漏らし、腰から下げていた自分のローブで剣の遺体を包んだ。


「…世話になったな。」

「村に戻るのか?」

「ああ。霧も薄くなってきたしな。ルナは?」

「…村へは行かない。お前とは一期一会である事を祈っているよ。」


そう言ってルナは川から水を汲んで焚火にかけた。ジュッっと音をたてて黒煙が上がる。


「しかし…」


燃えカスを踏みながらルナは青年が持つローブの塊を眺める。


「剣にまで敬意を払うか。お前は優しいな。」


そう言って目を細くする。その一瞬の場面が…彼の脳裏に何かを呼び起こした。


「…お前とどこかで会った事あったか?」

「は?」


キョトンとするルナの顔を見てはっとしたルシルは悪い、と呟いた。


「…万が一会ってたところで今そんなに若いはずなかった。ここ数年の話じゃないはずだし。」

「……そうだろう。人の一生はあまりにも短い。そして絶えず変化するものだ。」


それだけ言ってルナは霧の中へと消えて行った。

ソレを見送りルシルも村へと歩き出した。





ルシ!」




宿屋に着くなり可愛らしい声が彼を呼んだ。オレンジの髪に深紅の瞳、最後に見たあの凛々しい表情とは打って変わって花の咲くような笑顔。間違いなくセレであった。


こうして比べてしまうと先ほどのルナという女性とは似ても似つかないように見える。


そのような思考を吹き飛ばしてしまうほど、彼女のそばのテーブルにはぎょっとさせる物があった。


様々な色の液体が入った試験管、薬草、ガーゼ、フラスコ、包帯、ハサミ…そこは果たして科学実験を行う場か、それとも診療所の処置室か…。




「大丈夫?怪我無い?」


「ああ。……凄い装備だな…。」


率直な感想を述べた。それに応えて少女は頬を膨らませる。


「でしょー?そんなに在庫ないのにいい迷惑だよー!あの化け物に手榴弾4つ使っちゃったんだよ!?」

「あれやっぱり手榴弾だったのか?」

「ニトロ・グリセリンを利用した魔法手榴弾。」


そう言ってどや顔で手元に残ったコルク付試験管をちらつかせる。戦闘中見た、白く発光する液体。色は美しいとも思えるが…ミルクの様に濃厚な魔力を含む液体はルシルにとっては毒にしか見えなかった。…実際のところ毒以上に危険な物だが。


そこでルシルはため息を吐く


「…やっぱり戦えるんじゃないか…。」


付き合いも短く浅い関係である。傷付くのはお門違いなのかも知れないが、余りにも平然と嘘をつかれていた事実に少なからず落胆した。それに対して少女の方は…


「原材料高いしそもそも手に入らないから使いたくないの。」

「………。」


しれっと言う。


頭を抱えた。実際の所そういった問題も確かに納得は出来るのだが…。釈然としないと言うか…。



「先に言っとくけど私魔法使えないから。」

「いや、もういい、分かった。」


話を切り上げ踵を返…そうとして頭痛の種が手に持ったローブを掴んだ。


包みがほどけてロビーに響く金属音

皆一様に落胆していた村人は一斉に音源を見る。


「………っぶねえだろ!折れてても刃物なんだぞ!?」


思わず声を荒げた。剣先側は上手く床に突き刺さったから良かったものの、床に嫌われ跳ねてしまったら文字通り危険が危ない。柄の方ですら当たれば一大事である。

…とはいえ、ローブの中身を少女が知っていたとも考えにくいが…。


「……あの高さなら仕方ない…か…。」

「は?」

「リンさーん!出掛けて来ます!」


台所へと続くドアへ叫び、ドアが「あいよ」と答えたのを確認するやいなや、少女は青年の腕を引っ付かんで外へ向かった。

足元が焼けた地面になった辺りでルシルは自分の腕を引ったくる。


「だから!一体何なんだよ!?」


少女は特にこれと言った感情も見せずに振り返った。


「…用があるなら口で言え。お前の考えてる事よく分からないんだよ…。」


冷静さを取り戻すため、一度息を吐いてから伝える。正直な話、今までこの様に振り回されても相手の様子から『良い事』『悪い事』程度は推察出来た。しかし少女の場合はそれすら分からないのだ。


「プレゼントだってさ。」


それだけ言ってセレは足早に歩き出した。小さな身長に狭い歩幅な為、簡単に追いつくが、詮索は諦めルシルは大人しく付いて行った。


そしてたどり着いたのは、壁が崩れてボロボロになった自分の家だった。不謹慎な事を言ってしまうが家主が不在で良かったとルシは思う。

鍛冶場の火を落としていないままだったらそれこそ火事で大惨事だっただろう。

そしてセレは迷うことなく倉庫へと向かう。

ほこりをかぶった鉱石や石炭が山積みになったその部屋の奥、申し訳程度に作られた棚に長さ1m強の粗末な箱が鎮座していた。

少女はふっと箱に息を吹きかけほこりを軽く飛ばす。自ら舞い上がらせたほこりにせき込みながら少女は棚から箱を取り出し、背後で首をかしげている少年へ渡した。


「プレゼントって…これが?」


少女は頷く。プレゼントというにはいささか粗末なその箱を開ける。

その中には…柔らかな素材で固定された剣が入っていた。鞘は銀と金で装飾され、柄には黒真珠が埋め込まれた美しい剣であった。

刀身はもともと使っていた剣と同じ。だが粗末さは無く、極端に華美でもない。

自分の瞳の色と同じ黒真珠が使われている事に、少年は自分への贈り物であるという実感が湧き、胸が熱くなった。

少年はずっしりと重い剣を愛しい子供へそうするように抱きしめた


「爺さん…」


少女はその光景を眺め踵を返す。

そこで我に返った少年は少女を追う。


「おい、何でこれがあるって知ってたんだ?」

「……実はさーマークスさんに昔会ったことがあってね。その時に聞いてたんだー」


少女は振り返らずに答える。


「爺さんがお前と知り合い…?そんなはず…」

「意外なところで人と人はつながってるもんですよお兄さん。」


少女はそう言って髪を揺らす。

確かにその通り…ではあるが…少年が知る限り少女が村に来た記憶はないし、祖父は村を出ていないし出る必要が無い…まあ、少年は長いこと旅に出ていた身である。その間にであったと思えば何の不思議でもない。

ならば村に来てから初めてのお客様扱いされていた少女に疑念が生じるが。

その点について問うてもはぐらかされてしまうだろう。少年は追及を控えた。


同様の理由でルナという女性についての質問も控えた。


そして少女はくるりと振り返った。


「そうそう…村の人の治療が終わったら私出て行くから」


あまりにもサラリと少女は言う。

揺れる髪を眺めながら少年は尋ねた。


「どこに行くんだ?」


もともと少女が旅をしていたというのなら出ていくのは至極当然というもの。

だが聞かずにいられなかった。少女の旅の目的が、今回の件と無関係だとどうしても思えなかったのだ。

そう、勘が告げていた。

少女は少し間を置き…


「仕事ができたの」

「それは今回の件に関係あることか?」


少女は黙って振り返る。

困ったように笑う少女は


「…正直に言ったら、君着いてきちゃうでしょ。」


それは事実上、関係あると言っているようなものだった。


「俺は友達に訳も分からないまま弟を連れ去されたんだぞ。…じっとしていられるかよ。」

「村の守りが手薄になるよ。」

「それは…」


痛いところを突かれてしまった。

戦える村人はほとんどが石化してしまい残っているのは弱い女子供と魔法使いが多い。いち早く魔物のからくりに気付き存命している者もいるが…それでも魔物が村に入れる状況で安心して暮らせるはずがない。

ならば…少年はここに残って村を守るべきだ…そう少女は言っていた。

少年はギリッと奥歯を噛む…その様子にしょうがないなとやや大人びたため息をついた少女は荷物から木の枝を取り出した。

そして村の中央に歩いていき直径50cmほどの何やら魔法陣を描いてその中央に枝を刺す。


「何やってんだ?」

「ぼーやのわがまま聞いてあげようかと思って」


そう言うと緑の液体の入った試験管を取り出し突き刺した枝へと垂らした。

その様を少年は眺めていたが変化など無い。

首をかしげていると少女はそれで作業が済んだようでくるりと振り返って笑った。


「あとは明日の朝のお楽しみ」


その笑顔の意味は翌日はっきりすることとなった。

折り取られて地面に突き刺されただけの枝が成長し大木となって村の中央に鎮座していたのだ。

しかも聖木と呼ばれてもおかしくないほど、この村を守る泉に似た気を放っている。

これならば…泉の代わりを果たせる。

突然現れた大木に驚く村人に交じって少年は息をのんだ


「どう?これなら守れるでしょ?」


背後からもう聞きなれた少女の声がする。


「お前すげーな…!」


振り返りながら少年は興奮したままわしゃわしゃと少女の頭を撫でた。

少女は驚き一瞬たじろいだが褒められた子供のように、年相応の笑顔で応えた。


「行くのか」


じゃれる二人の背後に村の長である翁爺が立っていた。

魔法を放つ杖をついておぼつかない足元を支えている。それほど年をとった翁爺へ、少年と少女は頷いた。

翁爺はゆっくりとうなずき


「二人の旅路は困難を極めることもあるじゃろう…じゃが、きっと…帰ってくるんじゃよ。村人はわが子、旅人はわが友人じゃ。」


少年と少女は再度頷く。

彼らが旅立ったのはそれから数日後、怪我人の介抱が終わったころだった。


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