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短編集

お昼寝の約束

作者:

 お部屋のカーテンが全部閉められて、魔法みたいに暗くなるのはちょっとだけワクワクする。

先生が「トントン」して回る足音が聞こえるようになると、なんだか胸の奥がざわざわして、迷子になったみたいに寂しくなってしまうから。

でも、隣の布団から、ちいさな手が私のパジャマの裾をギュッと掴んできた。


「……あやちゃん」


 暗闇の中で、ひかりちゃんが私を呼んだ。先生に見つからないように、うんと小さな、アリさんの声。

ひかりちゃんは、いつもイチゴの石鹸みたいな、あまくていい匂いがするの。


「なあに、ひかりちゃん」


 私もアリさんの声で返す。ひかりちゃんは、少しだけ体を私の方に寄せてきた。

布団と布団の隙間から、ひんやりした床の匂いがしたけれど、ひかりちゃんの手が触れているところだけは、ストーブみたいにポカポカして気持ちよかった。


「……およめさん、のこと。さっきの、おままごと」


「およめさん?」


「ひかりがパパで、あやちゃんがママだったでしょ? あのお家、ひかり、本物がいいなあって思ったの」


ひかりちゃんの声が、ちょっとだけ震えていた。


「パパとママは、けっこんしてるから、ずっといっしょにいるんでしょ? でも、女の子同士は、けっこんできないって、お姉ちゃんが言ってた。ひかり、あやちゃんといっしょにいたいのに。大人になっても、ずっと、ずっと」


 私は、ひかりちゃんの言っていることが、半分くらいしか分からなかった。

女の子同士が結婚できるのか、できないのか。

そんなことよりも、ひかりちゃんが今、泣きそうな顔をして私の裾を必死に握っていることの方が、私にとっては世界の何よりも大事なことだった。


 私はひかりちゃんの布団の中に、自分の手をそっともぐりこませた。暗闇の中で迷子にならないように、ひかりちゃんの熱い手を探して、指を一本ずつ、ゆっくりと絡ませる。


「……じゃあ、けっこんじゃない、もっとすごいやつになればいいよ」


「もっと、すごいやつ?」


「名前はないけど。ずっと一緒にいられて、ずっとお手てつないでいいやつ。お外の公園の砂場も、お給食のあとの滑り台も、全部ひかりちゃんと私だけでやるの」


 ひかりちゃんの大きな瞳の中に、カーテンの隙間から漏れた光が、ビー玉みたいにキラキラ反射して映っている。


「……あやちゃん、それ、約束? 小学生になっても、もっと大きい『大人』になっても、忘れない?」


「うん、忘れないよ。約束」


 私が言うと、ひかりちゃんは安心したみたいに、ふにゃりと、マシュマロみたいに笑った。

そのまま、繋いだ手を離さないようにして、私の肩に小さなおでこをぐいぐいと押し付けてくる。


「ひかりね、あやちゃんのこと、世界でいちばん、だいすき。ママよりも、パパよりも、飼ってるワンちゃんよりも、だいすきなの」


「私も。ひかりちゃんが、宇宙でいちばん」


 先生の足音が「ペタ、ペタ」と近づいてきたから、私たちは慌てて目をつぶって、寝たふりをした。


 ひかりちゃんの規則正しい呼吸が、私の首筋に当たってくすぐったい。

ギュッと握られた私の手は、ひかりちゃんの手汗で少ししっとりしてきたけれど、それがなんだか、離れられない印みたいで誇らしかった。


 小学校にいったら、クラスが離れるかもしれない。

大人になったら、もっとたくさん知らない人が現れるのかもしれない。

でも、そんな遠い未来のことなんて、今の私には関係ない。


 お昼寝の時間の、この静かで狭い暗闇の中で、繋いだ手から伝わってくる熱さだけが、私の世界の全部だった。

いつか、私たちがもっと大きくなって、この気持ち名前を見つけてしまう日が来るまで。

このまま、この小さな布団の海に溺れていたいと思った。

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