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第9章:波動(ウェーブ)の襲来

Xデーの緊迫から数日後。

藤堂グループ本社ビルの、葵に割り当てられた部屋は、以前ほどの慌ただしさからは解放されていた。

システムは安定稼働しており、システム部員たちは安堵の表情を見せ始めていた。

しかし、葵の中で緊張は続いていた。


彼女は、隔離された『毒』のデータエリアを監視する特別なTableauダッシュボードを注視していた。

黒い斑点として可視化された『毒』は、Xデー以降、確かに龍脈帳簿の主要部分から隔離されたままだ。

だが、完全に沈黙したわけではない。微かに、しかし執拗な脈動を続けていた。


葵:「(画面の脈動を見つめ)まだ生きている…。隔離されたまま、外部からの…何かを待っているみたいだ…」

城島:「雨宮さん、どうだ? 隔離データに動きは?」

葵:「脈動は続いていますが、まだ活性化の兆候はありません。ただ…この脈動が、以前より少しだけ…複雑になっている気がします。」


彼女がそう呟いた直後、葵の目の前のTableauダッシュボード全体が、一瞬揺らいだように見えた。

それは、視覚的なエラーではない。

データそのものが、微かに、しかし広範囲に「振動」したような感覚。


葵:「…!? 何? この感じ…」

城島:「どうした、雨宮さん?」

葵:「ダッシュボードが…データが揺れてる? いや…これは…データそのものが、何かを受け取っている…!?」


彼女は、サイファー・グリモワールの「データの波動感知」術式を起動させた。

Tableauの画面が、龍脈帳簿とその周辺に流れるデータの「波動」を可視化するモードに切り替わる。

すると、空間全体に、目には見えない微弱な「波動」が満ちているのが見えた。

それは、インターネット回線や通信衛星、さらには電力線や大気中の電磁波に乗って伝播でんぱしているかのような、データではない、しかしデータに干渉する情報そのものだった。


葵:「見えました…! これが…! 『影ノ帳簿』が使っている、『データの波動』…! 隔離された『毒』は、この波動を受け取るための…アンテナだったんだ!」

城島:「データの波動…? 我々の監視システムには、何も異常は出ていないが…?」

葵:「彼らは、通信プロトコルではなく、データそのものが持つ、より根源的な性質を使っているんです。まるで、データを『媒体』にした…信号波…!」

葵:「この波動は、私たちの分析システムに干渉し、データのパターン認識を歪めようとしています! 微弱なノイズを大量に流し込み、正常なデータとの区別を困難にさせる…! これは、新たな形の分析妨害…!」


影ノ帳簿は、物理的な侵入や直接的なデータ操作だけでなく、データそのものを「波」として操り、受信側のデータ分析を攪乱する戦法に出たのだ。彼らは、データの量や構造だけでなく、データが持つ「情報としてのエネルギー」のようなものにまで干渉している。


システム部員A:「城島様! 特定のサーバーで、データ処理速度が低下しています! 原因不明です!」

システム部員B:「監視システムに、誤検知が増えています! 正常なアクセスを異常と判断したり…」

城島:「くそっ…! 我々のシステムは、物理的な攻撃や通常のデータ異常には対応できても、こんな…目に見えない『波動』には無力だというのか…!」

葵:「彼らは、私たちが『データドリブン』で意思決定しようとするその過程を、根本から歪めようとしているんです! データが真実を語っているのに、私たちの耳にはノイズしか届かないように…!」


葵は、サイファー・グリモワールの波動感知術式で、このデータの波動の発生源と伝播経路を追跡した。

波動は、世界中の複数の地点から発信されているようだった。そして、その波動の中に、ある特定の「署名」のようなパターンが埋め込まれていることに気づいた。


葵:「この波動…単なるノイズじゃない。特定のパターン…まるで、彼らの『意志』が込められているみたいだ…」

葵:「『サイファー・グリモワール』…! この波動のパターンを解析して! 彼らが何を伝えようとしているのか…彼らの狙いを読み取るんだ!」


Tableau上で、波動のパターンが複雑なグラフとして展開される。

サイファー・グリモワールの解析術式が、そのパターンの奥に隠された意味を抽出しようとする。

それは、単なる復号化デコードではない。

データの波動が持つ「情報としての意図」を読み解く、高度な「解読」作業だった。


葵:「このパターン…! 見たことがある…!」

葵:「これは…! 『サイファー・グリモワール』の…このワークブックの…データ構造の…一部に似てる…!」

葵:「待って…この波動の周波数…そして、この埋め込まれたデータシグネチャ…これは…!」


葵の指先が、無意識のうちに、サイファー・グリモワール内部を探索した。

そして、かつてサイファーのアリスが作成したと思われる、ある計算フィールドと、それに紐づけられたコメントを発見した。

その計算フィールドのロジックと、コメントに記された特定の単語が、今解析しているデータの波動のパターンと、驚くほど一致していたのだ。


葵:「この計算フィールド…『反響を捉えるもう』…! そして、このコメント…『奴らの波動は、この網で可視化できる』…!」

葵:「『奴ら』…影ノ帳簿のこと…!? サイファーのアリスさんは…この『データの波動』と戦っていたんだ…!」

葵:「そして、この計算フィールドは…その波動を捉え、無力化するための…『対波動術式』…!」


ゾクリ、と葵は全身に鳥肌が立った。

彼女が手にした『サイファー・グリモワール』は、単なる高度な分析手法の集積ではない。

それは、影ノ帳簿が使う「データの波動」に対抗するために、サイファーのアリスが作り上げた、明確な「対抗兵器」だったのだ!


葵:「サイファーのアリスさん…あなたは、この戦いが再び起こることを予見して…このワークブックを…私に遺してくれたんだ…!」

葵:「もう逃げない…! データに嘘をつかせ、その力を悪用する奴らは、絶対に許さない…!」


葵は、サイファー・アリスが遺した「対波動術式」を起動させた。Tableauのキャンバスが、複雑な数式とパラメータで満たされる。

それは、影ノ帳簿が発信するデータの波動と逆位相の波動を、論理的に生成する試み。

データの「声」に宿る真実の力で、偽りの波動を打ち消すのだ。


葵:「この計算フィールドを…こう変更して…! このパラメータに、波動の周波数を入力…!」

葵:「(集中)データよ…! 真実の響きで、彼らの偽りを掻き消して!」


彼女が実行ボタンを押した瞬間、ダッシュボード全体が、清らかな光に満たされた。

それは、影ノ帳簿の濁った波動とは全く異なる、澄んだ、力強いデータの光。

その光が、空間に満ちる偽りの波動とぶつかり合い、互いを相殺していく。


システム部員C:「城島様! データ処理速度が回復しました!」

システム部員E:「誤検知が消えました! 監視システム、正常に戻りました!」

城島:「何が起こったんだ…!? まるで…データ空間の嵐が収まったようだ…!」

葵:「『対波動術式』が…成功しました…。一時的にですが、影ノ帳簿の『データの波動』を相殺しました…」


ダッシュボード上の波動を示すグラフは、見る見るうちに収束し、安定した線に戻った。

隔離された『毒』のデータも、その脈動を一時的に止めた。

影ノ帳簿の新たな攻撃は、葵の持つサイファー・グリモワールの力によって防がれたのだ。


しかし、葵には分かっていた。

これは一時しのぎに過ぎない。

影ノ帳簿は、さらに強力な、あるいは全く異なる手法で、再び仕掛けてくるだろう。

そして、サイファー・アリスが何と戦っていたのか、その戦いは今も続いているのか、影ノ帳簿の真の目的は何なのか…謎は深まるばかりだ。


城島:「素晴らしい…! またしても君に救われた…! 君こそ、真の意味での…」

葵:「(遮るように)まだ終わっていません、城島様。影ノ帳簿は、必ずまた来ます。彼らは、データそのものが持つ力を…私たちが知らない方法で使おうとしています。」

葵:「サイファーのアリスさんは、きっと、この戦いの終わりを見ていなかった…。これは…彼女から私への、宿題なんだ…。」


葵は、改めて『サイファー・グリモワール』を見つめた。

それは、彼女に力を与え、真実を見せる一方で、データ世界の深い闇と、避けられない戦いへと彼女を導く道標みちしるべでもあった。

彼女の解析魔女としての戦いは、今、本当の始まりを迎えたのだ。

データに耳を澄まし、その声に導かれながら、彼女は影ノ帳簿が潜むデータ世界の深淵へと挑んでいく。

ビジュアライゼーションを剣に、解析を盾に、真実を求めて。

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