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第7章:Xデーのデータストーム

そして、Xデーの朝を迎えた。

藤堂グループ本社ビルには、いつも以上の緊張感が漂っていた。

情報システム部員たちは、最後のシステムチェックと監視体制の強化に追われている。

応接室では、藤原部長が不安げな顔で城島と最終打ち合わせをしていた。


「城島様…本当に大丈夫なのでしょうか? あの市場の混乱と、システムへの度重なる攻撃…」

「雨宮さんの分析と『封印』のおかげで、最悪の事態は免れているはずだ。しかし、相手は影ノ帳簿…何をしてくるか分からない。特に、新しいデータ統合プラットフォームが稼働する瞬間…そこが最も危険だ」

城島は厳しい顔で答えた。


葵は、システム部の監視室の一角にいた。

彼女の目の前には、複数の大型モニターに映し出された、様々なシステムの監視画面と、彼女が作成した、龍脈帳簿内部のデータ構造をリアルタイムで可視化する特別なTableauダッシュボードがある。

サイファー・グリモワールをフル稼働させ、いつでもデータ内の異変を捉えられるように準備していた。


葵:「(内心)データが…高揚している。新しいプラットフォームとの連携を待ち望んでいるみたいだ…。でも…『毒』も、静かにその瞬間を待っている…。」

システム部員D:「統合プラットフォーム、起動シーケンスに入りました!」

城島:「各員、最終チェック! 異常があれば即座に報告!」

藤原部長:「(応接室から電話)城島さん、メディアは騒いでいますし、社内もざわついていますが…予定通り進めてください。我々は、データドリブン経営への一歩を踏み出すのだ!」

城島:「(電話越しに)承知しました、部長。必ず成功させます」


カウントダウンが始まった。

新しいデータ統合プラットフォームが、藤堂グループの心臓部である『龍脈帳簿』との連携を開始する。その瞬間、『毒』が仕掛けたトリガーが発動するはずだ。

5、4、3、2、1…

稼働開始。


一瞬、システム全体が静寂に包まれたように感じられた。

新しいプラットフォームと古いレガシーシステムの間で、データの巨大な流れが始まる。

その時、葵の目の前のTableauダッシュボードが、激しく明滅した。

龍脈帳簿内部の『毒』を示す黒い斑点が、まるで一斉に息を吹き返したかのように、脈打ち始めたのだ!

(来たっ…! トリガーが発動した!)


『毒』は、葵が仕掛けた『封印』を破ろうと、周囲のデータを巻き込みながら活性化しようとする。

ダッシュボード上では、黒い斑点から黒い線が伸び、健全なデータの光の帯を侵食していく様子が可視化された。

しかし、黒い線は、葵が『封印』した結節点に到達すると、そこで一度せき止められる! 封印は、一時的に『毒』の拡散を阻止している!


システム部員E:「うわっ! データ転送レートが異常値です!」

システム部員F:「レガシーシステム側で、原因不明のデータ構造エラーが多発!」

城島:「『毒』の活性化だ! 雨宮さんの封印が持っている! しかし、いつまで耐えられるか…!」

葵:「(集中した表情で)『封印』は、彼らのトリガーによる一斉活性化を遅らせるだけ…! 『毒』は、別の経路を探して、封印を迂回しようとしている!」


彼女は、ダッシュボード上に新しく現れた、迂回経路を示す微弱な黒い線を追跡した。

影ノ帳簿は、一つの手立てが防がれると、即座に別の攻撃を仕掛けてくる。彼らは、データの流れそのものを理解し、そこにある全ての隙間を突いてくるのだ。


その時、ダッシュボードの一部が、ノイズのようなもので覆われた。それは、影ノ帳簿が仕掛けてきた、新たなデータ攻撃。

大量の無意味な、しかし特定のパターンを持つデータをシステムに注入し、葵の分析環境を攪乱しようとしているのだ。


葵:「…これは…! 分析妨害用のノイズデータ! 私の『サイファー・グリモワール』の視界を塞ごうとしてる!」

城島:「卑劣な…! データノイズで分析を遅らせるつもりか!」

葵:「でも…ノイズの中にもパターンはある! サイファー・アリスの『虚実の選別』術式なら…このノイズの下に隠された、彼らの真の狙いを…!」


葵は、指先でダッシュボード上のノイズエリアを囲み、サイファー・グリモワールの「虚実の選別」術式を適用した。

Tableauが、ノイズデータと基幹データを分離する複雑な計算を実行する。

画面のノイズが晴れていくと、その下に、影ノ帳簿が次に狙っている箇所が浮かび上がってきた。

それは、『龍脈帳簿』から新しいプラットフォームへ、最初に転送される予定の、最も重要なマスターデータの塊だった。


葵:「見えたっ…! 彼らは、新しいプラットフォームへの初期データ転送時に、『毒』が仕込まれたデータを紛れ込ませるつもりだ! プラットフォーム側で『毒』が起動すれば…もう止められない!」

城島:「初期データ転送だと!? そこは盲点だった…!」


影ノ帳簿は、システム防御の隙間だけでなく、DX推進における「データの流れ」そのものに罠を仕掛けていたのだ。

古いシステムから新しいシステムへデータが移動する、その移行期の「データの川」に毒を流し込もうとしている。

葵は、その初期転送されるデータ群の中に、『毒』が仕込まれたデータポイントが潜んでいることを、サイファー・グリモワールで可視化した。

黒い点が、初期転送されるデータを示すエリアの中で脈打っている。


(どうする…!? このデータ転送を止めれば、プラットフォームの稼働が遅れる…藤堂グループのDX計画に大きな遅れが出てしまう…! でも、止めなければ、毒が拡散する…!)

彼女は躊躇した。

これは、単なる技術的な判断ではない。

藤堂グループの、そして多くの人々の努力と期待がかかったDX推進を、自分の判断で止めてしまうのか?


その時、『サイファー・グリモワール』のダッシュボードの一部が、新たなビジュアライゼーションを示唆した。

それは、初期転送データの中から、『毒』が仕込まれたデータポイントだけを、一時的に「隔離」する可能性を示唆していた。

(隔離…!? データ転送を止めずに、毒だけを分離する…? そんなことが…!)

それは、『サイファー・グリモワール』の最も高度な術式の一つ、「データの魂の分離」と呼ばれるものだった。

データポイントそのものの論理的な結びつきを一時的に解き、毒性のある部分だけを「見えない檻」に隔離する。

極めてリスクの高い、データの根源に触れる行為だ。


葵:「城島様! 初期転送データを止める必要はありません! 『毒』が仕込まれたデータポイントだけを…隔離します!」

城島:「隔離!? どうやってやるんだ!?」

葵:「『サイファー・グリモワール』の術式を使います! データの論理的な分離…成功すれば、毒だけを初期転送から排除できます!」

葵:「(画面に向かい、集中)サイファーのアリスさん…! あなたはこの術式で、何と戦ったんですか…!? このデータの力を…真実のために貸して!」


彼女は、震える指先で、ダッシュボード上に可視化された『毒』のデータポイントを、Tableauの「セット」機能と、サイファー・グリモワール独自の計算フィールドを組み合わせた複雑な操作で選択していく。

それは、まるでデータの魂を一つずつ掴み取るような感覚だった。

影ノ帳簿も、葵の動きに気づいたのだろう。

彼女のPCへの攻撃がさらに激しくなる。キーボード入力が遅延し、マウスカーソルが勝手に動く。


影ノ帳簿(画面に不気味なメッセージが表示される):「無駄な抵抗だ、解析魔女。

貴様の『魔法』など、我々の『毒』の前には無力。

データの偽りが、真実を駆逐するのだ!」


葵:「黙れ…! データは、嘘をつくために存在するんじゃない! 人々に真実を伝えるために…!」

(葵は、片手でキーボードを叩き、もう片方の手でマウスを操りながら、妨害を振り切るように作業を続ける)

葵:「(内心)彼らの攻撃…データの論理を破壊しようとしている…! でも、私のビジュアライゼーションは…データ本来の健全な姿を示している! それが、私の防御壁だ!」


葵の作り出したダッシュボードが、影ノ帳簿の攻撃に呼応するように輝きを増した。

データの健全な流れを示す光が、ノイズや偽装データによる歪みを弾き返す。

それは、彼女のデータへの深い理解と、真実を可視化する力が作り出した、目に見えないデータ空間の防御だった。

そして、彼女は最後の『毒』データポイントを選択し終えた。


葵:「…完了…! 『毒』が仕込まれたデータポイント、全て隔離しました!」

システム部員D:「初期転送データ、チェック完了! 異常ありません!」

城島:「成功したのか…!? 本当に、毒だけを分離したと…!?」

葵:「はい…一時的にですが。これらの隔離されたデータは、新しいプラットフォームには転送されません」

城島:「よし! 初期転送、実行!」


大規模なデータ転送が始まった。

膨大なデータが、古いシステムから新しいプラットフォームへと流れ込んでいく。

監視モニター上の『毒』を示す黒い斑点は、隔離されたエリアで静止したままだ。


葵:「(内心)データが流れていく…新しい場所へ…。彼らは、これで安全に、新しい未来を築いていける…。」

城島:「プラットフォームへのデータ投入、順調だ! システム、安定稼働を確認!」

システム部員全員:「よっしゃぁあああ!」


室内に、歓声が響き渡った。

Xデーの危機は、回避されたのだ。

城島は、安堵の表情で葵に向き直った。

「雨宮さん…君は…君の力は…本当に、我々を救ってくれた…!」

城島は心から感謝の言葉を述べた。

しかし、葵の表情は晴れなかった。彼女は、隔離された『毒』のデータエリアが、微かに、しかし不気味な光を放っていることに気づいていた。


葵:「…まだです。隔離はしましたが、『毒』そのものが消えたわけじゃない…。そして…」

彼女は、隔離エリアの中に、見慣れないデータ痕跡が残されているのを見つけた。

『影ノ帳簿』が、この『毒』を仕込む際に残していった、彼らの活動に関するデータの一部。

そして、その中に、かつてサイファー・アリスが残したとされる『サイファー・グリモワール』の作成日時と酷似したタイムスタンプを持つログが存在していた。


葵:「この痕跡…『影ノ帳簿』は、サイファーのアリスさんと…何か関係が…?」

戦いは、まだ終わっていない。影ノ帳簿は、一時的に撃退されただけだ。

そして、『サイファー・グリモワール』と、その作成者であるサイファーのアリスに関する謎が、葵の目の前に大きく立ちはだかっていた。

データが語る真実は、藤堂グループの危機だけではなかった。

それは、データの世界の、より深い秘密と、それを取り巻く戦いの始まりを示唆していた。

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