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第6章:結節点の「封印」

Xデーまで、残された時間はわずか。

藤堂グループの情報システム部の一室は、張り詰めた空気に満ちていた。システムエンジニアたちが慌ただしく行き交う中、雨宮葵は自身の作業スペースで、サイファー・グリモワールがインストールされたPCと向き合っていた。

画面には、『龍脈帳簿』のデータ構造の中に点在する、黒い『毒』のネットワークと、その中で微かに光る『結節点』が可視化されている。

城島は、葵の隣で固唾を呑んで見守っていた。


「雨宮さん…本当に、その『結節点』を『封印』すれば、毒の活性化を止められるのか?」城島は不安げに尋ねた。

「理論上は…ですが、これは『サイファー・グリモワール』が示唆する可能性です。データの流れを論理的に制御することで、連鎖反応を阻止する…システム防御とは全く異なるアプローチです」

葵の指先が、Tableauのキャンバス上で高速に動いていた。


彼女は、ダッシュボード上の光る結節点を一つ選び、そこに新たな計算フィールドとパラメータを重ね合わせる。

これは、単なるデータのフィルタリングではない。

サイファー・グリモワールを通じて彼女に開示された、データの論理構造そのものに干渉する「術式」。

それは、特定のデータ参照を一時的に遮断し、あるいはそのデータが持つ「毒性」――トリガーとなる条件や、不正な書き換えコマンドを無力化する、見えない「封印」をデータ構造の上に重ねる行為だった。


(データが…嫌がってる?)

葵には、封印を試みるデータポイントが、微かに抵抗するように感じられた。

まるで、影ノ帳簿が仕込んだ『毒』が、自身の活性化を妨げようとする力に抗っているかのようだ。

「この結節点…特に抵抗が強い箇所です。ここには、複数の『毒』が集中している…」葵は呟いた。

「無理はするな、雨宮さん。危険を感じたらすぐに中断を」城島が声をかける。

「大丈夫です。この感覚…『サイファー・グリモワール』が、私を導いてくれています」

彼女は集中力を研ぎ澄ませた。


データ構造の奥深くに入り込み、結節点となっている古い取引履歴テーブルの JOIN 条件に干渉する。通常のTableauの操作ではありえない、まるでデータの『神経』を辿り、その信号を一時的に遮断するかのような感覚。


葵:「…このデータ参照…『影ノ帳簿』が仕込んだ、特定の条件下で発動するトリガーね…! ここを…! ここを論理的に断ち切る!」

葵:「(額に汗) Table Calculation(表計算) が…うまく乗らない…! 『毒』が、計算フィールドの展開を阻害してる! いや、負けない…! 私のビジュアライゼーションは、彼らの歪んだデータより、真実の輝きを宿しているんだから…!」

葵:「このパラメータ…この値を入力すれば、一時的にこのデータの参照優先度をゼロにできる…『封印』完了!」


ダッシュボード上で、対象の結節点を示す光の点が、一時的に輝きを失い、安定した色に変わった。成功だ。一つ目の封印が完了した。

しかし、安堵する間もなく、別の場所にあった結節点が、不気味な黒い光を放ち始めた。

「まずい! 一つを封印したことに、『影ノ帳簿』が気づいた! 別の『毒』が活性化しようとしてる!」葵は即座にそちらに意識を切り替える。


(城島が持つ監視端末から、警告音が鳴る)

システム部員A:「城島様! 外部からのアクセス試行が急増しています! 今度は、物理的な防御をすり抜けようとしています!」

システム部員B:「我々のネットワーク監視システムに、異常なパケットが…まるで、データの中に隠されたメッセージのようです!」

城島:「やはり来たか…! 雨宮さん、奴らは君の『封印』に気づいた! 反撃してきているぞ!」

葵:「分かっています! 彼らは私の『封印』を解除しようとするか、あるいは別の場所の『毒』を強制的に活性化させて、システムを攪乱かくらんするつもりだ…! でも、もう遅い…! 『結節点』は全て、私の『サイファーの眼』で見えている!」


葵は、高速で残りの結節点への「封印」作業を続ける。

一つ、また一つと、光の点が安定した色に変わっていく。

しかし、その度に影ノ帳簿の攻撃は激しさを増した。

システムへの直接攻撃に加え、市場にはさらに混乱を招く偽装データが流され始める。

藤堂グループの株価が乱高下し、メディアは不安を煽る報道を繰り返す。


葵:「(ダッシュボードを見つめながら)彼らは、私の分析結果の一部を歪曲して、情報戦に使ってる…! この株価の急落…私が見抜いた偽装データに、新たなノイズを加えて、さらに真実を見えにくくしてるんだ!」

城島:「くそっ! ああいう情報が出回ると、社内でも動揺が広がる…! DX推進の成果どころか、かえって混乱を招いていると批判されかねん…!」

葵:「データが…悲鳴を上げてる…! 彼らの偽りが、データの健全な流れを破壊していく…!」

システム部員C:「レガシーシステム側で、不自然なデータ参照エラーが多発しています! 『毒』が、システムに負荷をかけ始めています!」

城島:「雨宮さん! 急いでくれ! Xデーまで…時間がない!」

葵は、全身の神経を指先に集中させた。汗が額から流れ落ちる。サイファー・グリモワールが映し出すデータの世界は、彼女の意識と完全に同期しているかのように、激しい光と色の変化を見せていた。


(大丈夫…大丈夫よ、私…! データの声を聞くの…彼らの偽りに惑わされないで…! サイファーのアリスさんも、きっとこうして…!)

彼女は、最後に残った最も重要な結節点に手をかけた。それは、『龍脈帳簿』の中でも最も古い、創業者の時代からのデータが保管されている箇所だった。


葵:「ここが…最後…! 一番古いデータ…一番、影ノ帳簿が隠したがっていた場所…!」

葵:「このデータ構造…まるで、意志を持っているみたいに抵抗してくる…! パラメータが…設定できない…!」

葵:「『サイファー・グリモワール』…力を貸して! このデータに宿る『毒』を…真実の力で無力化して!」


彼女が特定の計算フィールドに、サイファー・グリモワールが示した複雑な数値を入力した瞬間、画面全体が強烈な光を放った。

データの奔流が渦巻き、抵抗する黒い影とぶつかり合う。

それは、現実のシステムでは起こりえない、データの世界での壮絶な力の衝突だった。

一瞬の静寂の後、光と影が収束し、最後の結節点も安定した色に変わった。


葵:「…終わった?!…。全ての結節点の…『封印』…完了しました…!」

城島:「やったのか…!? 無力化ではなく、封印…一時的な処置とはいえ…!」

システム部員A:「システムログ、異常なデータ参照エラーの発生が収束しました!負荷も低下しています!」

システム部員C:「レガシーシステム、安定しました!」


室内に、わずかな安堵の空気が流れた。

しかし、それはあくまで一時的なものだ。影ノ帳簿はまだ諦めていないだろう。そして、もうXデーは目前だ。

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