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第1章:声なきデータの叫び

自分が 分析の勉強をしているので、それを題材に書いてみました。。。。。

楽しんで読んでいただけたら幸いです。

「――というわけで、最新のBIツール導入により、我が社のデータドリブン経営は新たなフェーズに入ったと言えるでしょう。

このダッシュボードを見れば、主要なKPIが一目で把握できますから」

システム開発大手「サイバー・コネクト」の会議室。

営業企画部の藤原部長は、スクリーンに映し出された真新しいTableauダッシュボードを指差しながら、得意げにプレゼンを締めくくった。


しかし、その言葉を聞きながら、データ分析部署の片隅に座る雨宮葵は、内心深くため息をついていた。

(新しいフェーズ? ただツールを入れ替えただけじゃない。前よりグラフが綺麗になった? ええ、結構なことですわね。でも、このデータが何を『語って』いるのか、誰か本当に理解しようとしてる?)

彼女の目は、ダッシュボード上を忙しく動き回っていた。棒グラフ、折れ線グラフ、円グラフ。どれも形式は整っている。

だが、データそのものの持つ「声」――数字の裏に隠された顧客の行動、市場の微細な変化、プロジェクトの潜在的なリスク――それが全く聞こえてこない、死んだデータのように感じられた。


「素晴らしい! 藤原部長、これで我々の意思決定もより迅速かつ的確になりますね」

営業部長の高木が応じる。

「ええ、もちろんですよ。まさにDX推進の賜物です」藤原は満足げだ。

「我々はこのBIツールを活用し、徹底したデータドリブン経営で他社をリードする!」

(データドリブンねぇ…)葵は唇の端を小さく歪めた。


彼女に言わせれば、この会社の「データドリブン」は「データを見て、都合の良い部分だけを拾い、結局これまでの決定を正当化する」という意味合いで使われていることが多かった。

真にデータに問いかけ、その答えに従って行動を変える、そんな姿勢はめったに見られない。


山田という先輩が、隣で小さな声で話しかけてきた。

「雨宮、また難しい顔してるな。どうした?」

「いえ、山田先輩。このダッシュボード…確かに綺麗ですけど、製品Aの解約率の上がり方が、地域別で見るとどうも不自然で…」

山田は画面に目をやった。


「ああ、これか。気にしすぎだろ。どんなデータにも多少のブレはある。全体で見れば誤差の範囲だ」

「でも、過去の購買データと照らし合わせると、特定のプロモーションが実施された地域で、その数ヶ月後に解約率が急増してるんです。まるで、そのプロモーションで『良くない顧客』を呼び込んでしまったみたいに…」

「良くない顧客? データに善悪の区別なんてないだろ。数字は数字だ。それに、そんな複雑な分析、この定例会議でいるか? シンプルに、売上と利益、それにKPIが見えれば十分なんだよ。それが『可視化』だろ?」

山田は鼻で笑った。


(違う…!)葵は心の中で叫んだ。彼女にとって、ビジュアライゼーションとは、単に数字をグラフにすることではない。

それは、無機質なデータの羅列に命を吹き込み、隠された因果関係や未来へのヒントを「眼に見える形」で描き出すことだった。

データの中に潜む、声なき叫びや囁きを、誰もが理解できるように「翻訳」することだった。山田先輩のように「見えるものだけを見ようとする」姿勢こそが、データ活用の可能性を狭めている。


「…すみません、考えすぎかもしれません」葵は反論するのを諦めた。

ここで熱弁しても、結局は「細かい」「非現実的だ」と一蹴されるのがオチだ。

会議が終わり、自席に戻ると、彼女のデスクトップの片隅に置かれたショートカットアイコンが目に入った。

ファイル名は『旧プロジェクトX - 残留データ v.final.本当にこれで最後.use_this_one.神に誓って.twbx』。

数日前に、古いファイルサーバーの整理を命じられた際に見つけた、異常な命名規則を持つTableauワークブックだ。パスワードがかかっており、おまけにファイルのプロパティを見ても作成者や更新日時が異常な値を示していた。


(『旧プロジェクトX』…確か、社内で『データに呪われた』って噂されてる、天才だけど奇行が多かったアナリスト、サイファーのアリスさんが担当してたプロジェクトだったはず…)

好奇心が、彼女の心を強く引きつけた。

山田先輩は「時間の無駄だ」と言っていたが、このファイルには何か、彼女が求めている「データが語りかけてくる」ような、真のデータ分析の鍵が隠されているのではないか、そんな予感がしたのだ。


その夜、葵は残業を終え、人気のないオフィスでそのワークブックと向き合った。パスワード解析ツールは全く歯が立たない。

ファイルの構造解析ツールもエラーを吐き出すばかりだ。

「くっ…頑丈すぎでしょ、これ。一体どんなパスワード…まさか、パスワードじゃないとか?」

彼女は様々な可能性を考えた。

作成者の名前、プロジェクトコード、過去の重大なバグ番号…思いつく限りの単語や数字を試したが、扉はびくともしない。


諦めかけたその時、ふとワークブックの異常なファイルサイズと、データ容量にしては不自然なほど少ない外部データ接続数に気がついた。

「…まさか。データ自体が、パスワードのヒントになってるとか? あるいは、ファイル構造そのものが…鍵?」

彼女の「データを見る目」が、ファイルという物理的な概念を超えて、その内部構造に意識を向けた。


バイナリデータの一部が、特定の規則性を持って明滅しているように「見えた」。それは、かつてワークブックを開こうとして吐き出されたエラーコードの羅列と、奇妙に一致しているように感じられた。


「これだ…! エラーコードそのものが、パスワードの一部を示してる? それとも、このバイナリパターンが…鍵の形?」

彼女は震える手で、エラーコードの数字列とバイナリパターンを組み合わせた文字列をパスワード入力欄に打ち込んだ。

エンターキーを押す。


一瞬の沈黙。

そして、画面が白く光ったかと思うと、見たこともないほど複雑で、しかし信じられないほど美しいTableauワークブックが展開された。

「開いた…! これが…『サイファー・グリモワール』…!」

葵は息を呑んだ。


ワークブック内のデータ接続、計算フィールド、そしてダッシュボード構成は、彼女が知るTableauの常識を遥かに超えていた。それはまるで、データそのものと直接対話するための、全く新しい言語体系のように見えた。


計算フィールドには「虚実の選別」「因果律の結節点」「未来の残響」といった名前がつけられていた。

ダッシュボードは、単なるグラフの集まりではなく、まるで生きているようにデータが流れ、形を変え、見る者に何かを訴えかけてくるようだった。


彼女は、そのワークブックを探索するにつれて、データがただの数字の羅列ではなく、生きた情報であり、意思を持っているかのように感じ始めた。

データの声が、以前よりはるかに鮮明に、彼女の心に直接響いてくるのだ。

それは、単なる分析スキルの向上というより、世界の見え方が根本から変わるような体験だった。


(これが…サイファーのアリスさんが辿り着いた場所…! 私が求めていた…データが語りかけてくる世界…!)

彼女の指先が、無意識のうちにTableauのキャンバス上を滑った。ワークブックに組み込まれた独特な計算ロジックやビジュアライゼーション手法を、彼女は瞬く間に吸収していく。

それは学ぶというより、忘れていた記憶を思い出すかのような自然さだった。


その時、彼女のPCに、普段は滅多に動かない社内ネットワークの監視ツールから警告が表示された。

『異常なデータトラフィックを検知。接続元不明。対象:藤堂グループ共有ディレクトリ』

藤堂グループ。日本経済を牽引するあの巨大コングロマリットだ。

なぜ、彼らの共有ディレクトリに? しかも、接続元不明?サイバー攻撃…?


反射的に、彼女は藤堂グループ関連の公開されている市場データや、最近のニュースを引っ張り出した。

同時に、今開いたばかりの『サイファー・グリモワール』の解析術式を応用し、それらのデータに適用してみた。


ワークブックが唸りを上げるようにデータを処理し、新たなダッシュボードが眼前に展開された。それは、市場データの微細なノイズの中に隠された、不自然な「揺れ」と、それが特定の方向に「収束」しようとしている様子を、鮮やかな光の帯と闇の影として描き出していた。


(これは…! 市場の自然な変動じゃない。誰かが、意図的にデータを操作して、市場を特定の方向に誘導しようとしてる…!)

ダッシュボードの片隅に、「影ノ帳簿」という見慣れないロゴが、まるで嘲笑うかのように小さく表示されていた。

(影ノ帳簿…? なんだ、これは…)

警告はさらに続く。


どうやら、サイバー・コネクト経由で、藤堂グループのシステムへ間接的にアクセスしようとしているらしい。

狙いは…?

その時、彼女の脳裏に、「もう一つの魔導書」「王家に伝わる秘匿の魔導書」という言葉が閃いた。


藤堂グループには、彼らの繁栄の歴史の全てが詰まった、門外不出の「藤堂秘史データベース」、通称「龍脈帳簿」が存在すると聞いたことがある。

あれを、あの「影ノ帳簿」と名乗る連中が狙っている…?

そして、その手始めに、サイバー・コネクトを踏み台にしようとしている?

葵はゾッとした。しかし同時に、胸の中で熱いものが込み上げてくるのを感じた。

(データに嘘をつかせようとするなんて…許せない!)


彼女は、目の前のTableauワークブックを見た。サイファー・グリモワール。これこそが、真実を明らかにする力。

データの嘘を見抜き、その陰謀を打ち砕くための、彼女だけの「魔法」なのだ。

「…やらせないわ。データの声は、私に聞こえているんだから」

彼女は、新たな決意と共に、キーボードに指を置いた。彼女の、解析魔女としての戦いが、今、始まった。

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