第七話 戦火収束
この話のタイトル、変更の可能性あり。
ラグナら王都防衛隊が要塞都市カルムに赴いて三週間。
《簒奪帝国》イブリスとの戦争は、収束に向かっていた。
初日の急襲作戦が功を奏し、敵軍の攻勢を一気に削ぎ落とすことができた。
とはいえ《簒奪帝国》最大の武器は、圧倒的な物量。なおもイブリスの攻勢は止まなかった。
対するベルスティアは、援軍と地の利を活かす。
城壁外に、精鋭で構成された小隊を複数配備。物量に呑み込まれないよう立ち回りながら囮部隊となり、それに釘付けとなった敵軍を、城壁上の魔法部隊が一網打尽にする。
さらに、ラグナ率いる最精鋭が遊撃部隊となり、戦場を撹乱しイブリスの混乱を誘う。そしてまた、魔法部隊が総攻撃する。
それをひたすら続け、イブリスはついに、撤退していった。
イブリスが撤退する頃には、ベルスティア側も相応の被害が出ており、とてもではないが追撃は不可能だった。
そして何よりも、最悪と言っていい事態が発生してしまっていた――。
夜も遅く、街も静まり返った頃。
要塞都市カルムから王都スペルドに帰還したラグナは、一目散にベルスティア王城へ向かっていた。
愛する妻や我が子に会いたかった、からではない。
それ以上に、親友であり主でもあるガルドに、真っ先に報告しなければならない事案が発生してしまったからだ。
「ガルドッ!!」
ガルドの執務室に着くなり、ノックもせずに扉を開け放つ。
中には執務中のガルドだけがいた。彼は闖入者が現れたにも関わらず、落ち着き払った様子で顔を上げる。
「なんだラグナ。そんなに慌てて」
「お前こそ、なんでそんなに落ち着いてる? 報告を受けてないのか?」
「具体的に言え。報告など無数に上がっている。どれのことかわからん」
「お前の息子――レグリオのことだよ!」
レグリオ・ウルキュラス。ガルドの実子で長男、セリファの実兄。
彼は戦闘に秀でており、その実力を買われてラグナの部隊に所属している。今回の戦闘でも、ラグナの指揮の下、その実力を遺憾なく発揮していた。
だが――
「――仲間を庇って頭部に敵の魔法を被弾、意識不明。その報告なら受けた」
今、レグリオはカルムの野戦病院で治療を受けている。
野戦病院といっても、カルム内にある病院をそのまま使っているため、それなりに充実した治療環境だ。
外傷そのものは治癒魔法で治せたものの、脳へのダメージは回復しておらず、彼はまだ目を覚ましていない。
「一刻も早い治療が必要だ。ガルド、お前の――」
「――無理だ。そんな時間的余裕はない。こちらはこちらで手一杯だ。それとも、お前が私の仕事を肩代わりしてくれるのか?」
「自分の子だろう? そのくらい、誰にも咎められはしないはずだ」
「自分の子だからこそ、優遇などできん。それに、ウルキュラスの魔法は他者にこそ効果はあれど、身内には効かん。無駄足でしかない」
「…………っ」
二の句が継げられず、ラグナは押し黙る。
今のガルドは職務モードだ。
職務中の彼は冷徹そのもの。最善手のためならば最悪、己の命すら厭わぬ機械と化す。
ガルドは決して、レグリオに愛がないわけでも、冷遇したいわけでもない。
ただただ、ひたすらに感情を排し、己の為すべきことを徹底しているだけなのだ。
「言いたいことはそれだけか、ラグナ?」
押し黙るラグナに問いかけるガルド。
その様子は、言外に「これ以上無駄な時間を取らせるな」と含んでいるようであった。
「……お前、残りの寿命は?」
「……持って、一五〇といったところだろう。先代までと、大して変わらん。残念なことにな」
現在、ガルドは一四七歳。持って一五〇なら、三〇〇歳前後が限界ということだ。
この世界の人間には、定命種と長命種がいる。
定命種の寿命は、最長で一二〇歳ほどと言われている。記録に残っている中では、一一七歳まで生きた人間がいたようだ。
以前は長命種に比べて短命であることから、短命種と呼ばれていた。
しかし、人口比で見ると、定命種と長命種はほぼ九:一であり、定命種が圧倒的に多い。
そのことから、短命種こそが人間本来の寿命であると考えられ、「定」められた寿「命」を持つ「種」族として、「定命種」と改められた。
長命種の寿命は、短くとも三〇〇歳、長ければ一〇〇〇歳まで生きると言われ、個体(というより血統)差が大きいのも特徴の一つだ。
長命種は王族や皇族、爵位の高い貴族、神族と縁の深い巫女の一族などといった、特殊な家系に多い。
長大な寿命を有する反面、定命種に比べ性欲や繁殖力が減退しており、人間には珍しい、発情期のようなものが確認されている。
その期間でないと、生殖が成功することはほとんどない。それゆえ長命種は、世界人口の一割程度に留まり続けている。
ウルキュラス家は王族。例に漏れず長命種の家系であり、しかもその寿命は一〇〇〇年あると言われている。
しかし、ウルキュラス家固有の魔法――血統魔法は、その寿命をすり減らして行使するもの。
その結果、基本的に長大な寿命を生き切ることはなく、長命種でも最短の三〇〇歳ほどで死去することがほとんどだ。
今から七〜八〇年ほど前までは、イブリスとの戦争が多く、ガルドも幾度となく戦列に加わった。その際、仲間を救うために、何度も血統魔法を行使している。
そのため、ガルドは寿命の大半を使い潰してしまい、既に限界が迫っていた。
「お前がレグリオを王にしようとしていないのも、レグリオ自身、王の資質が無いと自覚しているのも知ってる。だが、血統魔法の有無、跡継ぎのことを考えれば……」
「わかっている。血統魔法抜きにしても、私がこの国一の治癒魔法の使い手であることも。だがそれは、私が仕事をほっぽり出してまですることとは思えん。少なくとも、現時点ではな」
「セリファちゃん、か……」
レグリオがダメになってしまっても、今はまだセリファがいる。
その前提が覆らない以上、ガルドは動かないということだ。
これ以上何を言っても、彼の考えは変わらないだろう。
ラグナは、素直に諦めることにした。
「……すまん。レグリオを、守りきれなくて」
「お前らしくないな、以前は抜き身の刃のようだったというのに」
たしかに以前のラグナなら、いくらガルド相手でも、ここまで入れ込むことはなかったはすだ。
だが、フィーアと結婚し、レストアとルティアの双子、その弟のレクトが生まれ、彼も変わった。
ただ一振りの剣としてだけでなく、親にもなったのだ。
それが、彼がここまで変わった、大きな理由だろう。
「お前はどこまでいっても、私の剣だ。剣をどのように振るうかは、私が決める。感情を持つなとは言わんが、あまり入れ込みすぎるな。なまくらなぞ、肝心な時には役に立たん」
「……そうだな。親になったことと、お前のことだったせいで、感情的になり過ぎたようだ」
「この件を申し訳なく思う気持ちがあるのなら、同じ轍を踏まぬよう、あの子たちを育て上げろ。今の私ならば、そのように振るう」
「わかった。レストアとルティアが、セリファちゃんの剣になるよう鍛えるさ。レクトは……もう少し育たないとわからんが」
双子はどちらも既に、剣の才能があるとわかっている。ラグナがいない間も、〈泡影の舞剣〉に稽古をつけられていたはずだ。
レクトは生まれたばかりで、まだ才能を測ることはできない。だが、おそらくではあるが、レクトには才能がない。
というのも、エスパーダの血統は銀髪を発現するのだが、それが剣才とリンクしているのだ。
しかし、レクトは銀髪ではなかった。つまり、前例と照らし合わせると、レクトにはあまり期待できないということになる。
無論、それだけの理由で冷遇するようなことはない。
だが、一振りの剣としての機能が低い以上、ウルキュラスの剣としての道は閉ざされたようなものだ。
結果としてレストアら双子は、より注力して育て、鍛え上げねばならない。
ラグナはそのことを、ここで改めて決意するのだった。
「レグリオの容態は落ち着いている。そのうち、向こうの病院からこっちの病院に、転移陣で移送されるだろう。その時は診てやってくれ」
「ああ――」
何気なく交わした会話のあと、二人は一瞬アイコンタクトをとる。
すると突如、ラグナは振り向くと同時に、収納魔法陣を展開。居合の要領で斬撃を放つ。
さらにガルドが合わせる。無数の風の魔法が放たれ、斬撃からの逃げ道を塞いだ。
二人は、何者かがこの部屋に潜んでいることに気づいたのだ。
しかし、ラグナの斬撃は虚空を切り、ガルドの魔法は全て霧散した。
「…………」
「逃がしたか」
侵入者の気配は、もう無くなっていた。
三日後。
レグリオは意識不明のまま、スペルドの病院へ移送された。
ガルドはどうにか時間を捻出し、護衛のラグナを伴って病院へ来ていた。
「……どうだった?」
暗い表情のまま病室から出てきたガルドに、ラグナは問いかける。
「……あれではもう、ロクに動けんだろう」
「……そうか」
「魔法は使えるか怪しい……が、期待しないほうがいいだろう。今のところ、意思の疎通はできそうだ、ということくらいしか、プラスな点はない」
覚悟はしていたことだが、重い現実を受け止めねばならなかった。
レグリオは近いうちに目を覚ますだろう。
詳しいことはその時に調べるとしても、現時点でわかっていることだけでは、あまり希望は見えなかった。
「いくら悲観しても仕方がない。今後の対応を考えねばな」
「そう……だな――」
二人はそのまま、話しながら病院を去っていった。
二人が去ったのを見計らったかのように、突如として〈影〉が現れる。そして、レグリオの病室に侵入していった。
王族で重傷者の病室。当然、セキュリティは万全で、本来ならばそう簡単に侵入することはできない。
しかし、ベルスティアが《魔導都市》と呼ばれるように、ベルスティアを支えているのは魔法文明だ。
つまり、それらのセキュリティもまた、魔法による産物。
魔法において、彼の右に出るものはいない――。
そう。侵入者の正体は、〈魔轟神〉レストアである。
三日前、ガルドたちの会話を聞いていたのもレストアだ。
何重もの隠蔽魔法を掛けていたのだが、さすがは歴戦の戦士。ほんのわずかな変化を逃さなかったようだ。
レストアは彼らの会話を盗み聞きし、レグリオの状態を把握。そして今日、直接レグリオのもとへ来ていた。
レグリオの病室に侵入したレストアは、彼の容態を観察する。視るべきところは脳だ。
レストアは魔力波を〈生命神〉ラスフィリアのものへと調律。そうすると、右眼に〈活生の神眼〉、左眼に〈死相の神眼〉が宿る。
そして、その二つを同時に開眼。万物の生死を見抜く〈死生の神眼〉をレグリオに向ける。
極限まで視野を絞ることで、脳細胞の生死を視る。
ラスフィリアであればそこまでする必要はないが、〈魔轟神〉はそうでもしないと視ることが叶わない。
いくら主神といえども、専門分野では劣るのだ。
しばらく観察を続け、やがて〈死生の神眼〉を閉じる。
レストアの想定より、レグリオの状態はマシだった。
正史であれば、彼は廃人となっていた。しかし、この世界線では、ガルドの見立て通り意思疎通はできそうだ。
ただ、魔法機能と運動機能をほぼ喪失してしまっている。魔法は行使できないし、動くこともままならない、寝たきりの生活になるだろう。
レグリオは将来、レストアの義兄となる人物。
あまり手を出すべきではないと思いつつも、レストアは動かずにいられなかった。
〈魔轟神〉レストアは、再度魔力波を調律。複数の神の権能を再現する。そして、〈死生の神眼〉を再開眼し、魔法を編んでいく。
①まずは、レグリオの死んだ脳細胞を〈終焉神〉ラティナの権能で滅ぼし、クリアにする。
②その後、〈生命神〉と〈創造神〉オリエルの権能を融合し、新たな脳細胞を創造。消去された脳細胞を上書きし、レグリオの脳の一部を新生させる。
この時、自身の権能も使用し、死んだ魔法演算領域を生前より強化して新生させることも忘れない。
③そして、①と②の術式を融合。また、それらが同時に作用するよう、〈時空神〉ルーメルティアの権能を用いて微調整する。
ここで一度、魔力波を調律し直す。次に必要になるのは〈転生神〉ヴァルゼーレの権能とその神眼だ。
〈死生の神眼〉を閉じ、数秒置いてから目を開ける。開いた目には〈転生の神眼〉が宿っていた。
右眼の〈淵源の神眼〉でレグリオの今の魂魄を観測し、左眼の〈転変の神眼〉で魂魄の変質を促す。
魂魄の変質ということはつまり、〈変魂転生〉の出番だ。
肉体・魂魄・生命力は、それぞれ密接に結びついている。
肉体は魂魄を宿す器で、魂魄は生命力を収める器。生命力は肉体に生命を与え、生命活動を可能にする。そして、生命宿る肉体だからこそ、魂魄は定着するのである。
この魂魄には形があり、肉体は生命力を消費することで魂魄の形に変成する。
つまり、魂魄の形こそが肉体の正常な形である、ということだ。
今のレグリオは、脳の損傷により魔法機能と運動機能をほぼ喪失している。そのため、魂魄を変質させなければ、二つの機能を取り戻そう――正常な形に戻ろう――と常に生命力を消耗してしまう。
それを避けるには、根本たる魂魄を変質させるほかない。そのための〈変魂転生〉である。
レストアは〈変魂転生〉と③の術式を融合した、〈変魂転生・再〉を編み出し、再び〈時空神〉の権能を使用。〈変魂転生・再〉が遅々として進行するように調整していく。
最後に、〈淵源の神眼〉でレグリオの魂魄を正確に捉え、〈変魂転生・再〉をその奥底へと埋め込み、術式を起動した。
『…………』
レグリオの肉体に大きな変化は見られない。しかし、ゆっくりと、着実に、彼の魂魄は作り変えられていく。
彼は、あと十年もすれば魔法機能を完全に取り戻し、上半身も動くようになるだろう。しかも、魔法機能は負傷する以前より強化されている。
だが、最も特筆すべきことは、脳細胞の新生のために生命力を消費する必要がないということである。
なぜなら、魂魄そのものが変質しているため、身体は常に正常な形を維持している状態にあるからだ。
脳細胞が死に、魔法機能と運動機能を喪失した状態も正常。脳細胞が新生し始め、それらの機能が回復し始めるのも正常。魔法が完了し、魔法効果通りの肉体になった状態も正常。
全て、正常な肉体として扱われるのである。
通常の〈変魂転生〉であれば、そんな芸当は不可能だ。
〈変魂転生〉はあくまでも、魂魄のみを変成させる術式だ。破壊された肉体を再生する機能は持っておらず、それを為すには被術者の生命力――つまり自己治癒能力に頼ることになる。
しかし、レストアが複数の神族の権能を利用した〈変魂転生・再〉なら、組み込まれた術式の効果で、魂魄の変成とともに肉体も魔法が作り変えてくれる。
そのため、被術者は生命力を消費せずに、肉体を回復させることができるのだ。
その代わり、レグリオの下半身が治ることは一生ない。〈変魂転生・再〉によって変成した魂魄が、下半身の機能を失った状態が正常である、と定義されてしまっているからだ。
つまりレストアは、レグリオの無数の可能性を排除に、一つの未来に収束させてしまったということになる。
最悪の未来は避けられるが、その反面、最良の未来が訪れることもない。
無論、魔法効果によるレグリオの回復は、世間一般では奇跡と言えるものだ。それもかなりの。
レグリオはもちろん、周囲の人間も、彼の奇跡の回復が魔法の産物であるなど、気づくことはないだろう。ベルスティア人である以上、ラグナもガルドも、魂魄を観測できる魔眼は持っていない。
逆に、最良の未来を求めれば、他者の関与を疑われる可能性が高まってしまう。正体こそバレていないとはいえ、一度ラグナとガルドはその存在を感知しているからだ。
そのためレストアは、わざと最良の未来からは外れた状態を選択した。
レグリオに勝手なエゴと保身を押し付けた十字架を、これから〈魔轟神〉レストアは背負っていかなければならない。
なお、当人はというと、
(神が人道など知ったことか)
と開き直ってしまったようだが。
この先、作中で解説するか不明なので補足
定命種と長命種の間には、基本的に子どもはできません。
男性が長命種の場合、精子の生命力が強すぎて卵子を破壊してしまいます(風船に空気を入れすぎて割れるのと同じ原理)
逆に男性が定命種の場合、精子の生命力が弱すぎて卵子に十分な生命力を供給できません(入れる空気が少なすぎて風船が膨らまないのと同じ)
また、女性の生涯生理回数は、定命種と長命種とでほとんど変わりません。そのため、長命種は生理が年に一回しかなかったりします。
そこに長命種男性の発情期(仮)が噛み合わないといけないので、案外繁殖機会は少ないです。
これが、長命種の人口が少ないカラクリになっています(割と最近固まった設定だということは伏せておこう)。




