第五話 第二魔創改変―変魂転生―
〈変魂転生〉:魂を改竄し、別種の存在へと生まれ変わらせる、まだ開発途中の禁呪のこと。
「クソがッ!!」
男は喚き散らしながら、自分の部屋の家具に当たる。家に帰ってきてからというもの、ずっとこんな調子だ。
「なんでこの魔法の必要性を理解できねぇ? 人道に反する? ハッ、笑わせんじゃねぇ」
彼は、とある魔法の研究・開発に没頭していた。
それは、祖国であるベルスティアを想ってのものであり、そこに一切の邪心は無い。
しかし、何度説得しても、魔法省の上層部はその魔法を認めなかった。
理由は男が語った通り、人道に反する魔法だから、である。
「綺麗事抜かしやがって……そんなんだから、イブリスに好き勝手やられんだろうが。あいつらに理屈は通じねぇ」
要するにこの男は、理屈が通じない《簒奪帝国》相手であれば、非人道的な手段であろうと何だろうと、使えるものは全て使うべきと考えているようだ。
実際、《簒奪帝国》イブリスは理性的な国家とは言い難い存在だ。この国との外交など、あったものではない。
彼らは、さも当然のように侵攻を繰り返し、近隣諸国に被害と混乱をもたらす。そこに正当性など存在するはずもなく、ゆえに、人道もまた無い。
だからこそ男は、目には目を、歯には歯を、非人道には非人道をと、その魔法を研究していた。
その魔法が完成すれば、間違いなく《簒奪帝国》に対する切り札となる。質はともかく、物量だけは一丁前な彼らには、これ以上ないカウンターとなるだろう。
そう思っていたのに――
「なんでああも認めねぇ!?」
――何度説得しようとも、上層部は首を縦に振らない。終いには、その魔法の研究を凍結するようにと通告してきたのだ。
結果、男は怒り狂い、最終的に魔法省と袂を分かつことにした。
魔法省は決して、彼の魔法に対する熱意や祖国を思う気持ちを蔑ろにしたわけではない。
魔法というものは、最初はどれだけ複雑難解であっても、徐々にダウングレードされ、一般市民にも扱えるレベルまで簡易化されていく。
もし、彼の魔法が一般に広まってしまえば、招かれる混乱は計り知れない。最悪、《魔導都市》ベルスティアは、他の六大国をも敵に回してしまう可能性がある。
そのため、魔法省はその魔法の研究を凍結するのが最適解であると判断し、男に通達したのであった。
男は魔法省の意向を理解できず、結果として袂を分かつことにはなったが、魔法省としてはそれはそれでよかった。
大規模な魔法ほど、個人レベルでの研究は困難だ。
であるならば、組織を抜け個人となった彼に、その魔法を完成させるのは不可能と言っていい。
あとは、男が好き勝手出来ないよう、適当な理由をつけて身柄を拘束しておけば、彼の魔法が世に出回ることは無くなる――
(だが、そいつはちょいと困るんだわ)
――ゆえに、動く。
「荒れているな』
背後からかけられた声に男は、弾かれるかのように振り向く。そして、舌鋒鋭く問うた。
「誰だ、テメェは!?」
『身分を明かすつもりはない。ただ、立場は表明しよう。我はキミの敵ではないし、かと言って味方でもない」
「あぁん?」
要領を得ない答えに、男は気勢をそがれ首をひねる。
だが、そのおかげというべきか、彼に少しだけ冷静さが戻り、目の前の相手を検分する。
(コイツは一体何者なんだ……)
目の前のそれは、全身に影がさしたような見た目で、性別や容姿を判別することはできない。
声も、男声ようであったり女声のようであったり、あるいはノイズがかかったような不明瞭なものだったりと、まるで正体を探ることは不可能だ。
そして何よりも――
(――それを成し遂げているのが魔法だと? こんな魔法は見たことがないぞ……)
目の前のそれは、魔法で自分の正体を包み隠していたのだ。
男は、魔法省――つい先ほど辞めたとはいえ――で魔法の研究・開発が出来るほどのプロフェッショナルだ。
そんな彼が、目の前の魔法のほとんどを看破出来ないのだ。目の前の存在が如何に異端であるか、容易に知れるというものである。
そんな男の様子を見てか、得体の知れないそれは言葉を発する。
「我は未来よりきた、来訪者である。キミの魔法が欲しくてね』
未来からの来訪者、つまりこの〈影〉のような者は、時を遡って来たというのだろう。
にわかには信じがたいが、今は一旦置いておく。
「俺の魔法だと……?」
『そう、キミの魔法だ。魔法の名は〈変魂転生〉、まだ世間には知られていない……いや、そもそも今は開発初期の頃だったか」
「なんで……」
「未来にはあるからだよ。開発者の名も伝わっている。だから、知っているのだ。何もおかしな話ではあるまい?』
「…………」
たしかに、本当に未来からの来たのだとすれば、何らおかしい話ではない。
だが、そうなれば逆の疑問が湧いてくる。
「俺は、この魔法を開発できるのか? 魔法省を抜けた身だ、ロクに研究は進まんぞ」
『無論、可能だとも。だが……それでは遅すぎるのだ」
遅すぎる、その言葉が引っかかった。
未来には〈変魂転生〉が確立されており、そして、それを知る者が現在という過去に来訪している。
であれば、〈影〉自身が、その手で目的を果たせば良いはずだ。
「それで遅いなら、お前が〈変魂転生〉を使えばいい。それじゃダメなのか?」
「ならぬ。時を遡る魔法には、いくつもの制限があるのだ。それに抵触すれば、魔法効果は消え失せ、我は未来へ帰ることとなろう』
「……なるほど。確かに、それほどの大魔法なら、制限を付けることで初めて、扱えるレベルに落ち着くこともあるか」
実際、現代にもそういった魔法はいくつか存在している。
制限、あるいは縛りと呼ばれるものだ。そうすることで、あえて魔法効果の範囲を狭め、扱いやすくしたり、魔法の効力を底上げする、といった狙いがある。
『そういうことだ。それゆえ、我は過去へ対するほとんどの干渉が禁じられている。だが、出来ることもある」
「その出来ること、ってのは?」
「〈変魂転生〉の術式を開発者に教え込む、その程度ならば可能だ』
「! それは本当か!?」
男は、思わず食いついてしまった。
何度説得されようとも、〈変魂転生〉を諦めようとしなかった彼のことだ。その申し出は、願ってもないものだった。
『だが、〈変魂転生〉の全てを教えるわけにはいかぬ」
期待しかかったところにこれである。男は肩透かしを食らった気分になった。
「なんでだっ?」
「キミも魔法開発者であるならわかりきったことだろう? 魔法は、なぜ、使えるのだ?』
常識問題を投げかけられ、少し困惑しながらも男は答える。
「そりゃあ、魔力を操り、術式を描き、魔力を流す。そうすりゃあ、魔法は発動する」
『その通りだな。では、魔法の効力……これは如何にして引き上げる? 無論、同じ術式の魔法での話だ」
「一番簡単なのは、術式全体を均一な魔力で満たすことだ。そうすることで、術式が過不足なく潤い、魔法効果は安定する」
「それもあるが、我の求める答えではないな』
「そうなると……術式の理解度の方か? 術式を理解すれば、その魔法理論を理解することにつながる。魔法理論を理解すれば、術式の構成式の意味が理解でき、より効果的な運用が可能になる」
『素晴らしい、百点満点の答えではないか。さすが、魔法開発者だ」
素直に褒められ、男は調子が狂う。
なぜ、こんな常識問題を訊かれるのか、その理解ができなかった。
だが、続く言葉で、その真意を理解することになる。
「つまり、ただ〈変魂転生〉の術式を譲渡したとて、キミの理解が追いつくとは言い切れまいな?』
「っ……!」
男は、はっとさせられる。
魔法開発において最も重要なのは、開発者の理解度である。
なぜ、その構成式なのか、破綻する箇所はないか、より良い構成式は無いか――。様々な可能性を模索し、魔法実験と失敗を繰り返し、その果てにたどり着く最適解。
そうして出来上がるのが、魔法というものなのだ。
彼は、自分が追い求めた魔法を目の前にぶら下げられ、冷静さを失っていた。そのため、そんな基礎中の基礎すら、頭から飛んでしまっていたのだ。
『理解されたようで何よりだ。〈変魂転生〉は、その術式を真に理解した者にしか扱えぬ、気難しい魔法だ。開発者たるキミは、他の誰よりも理解していなければならない」
「……それもそうだな。じゃなきゃ、術式はあっても、魔法実験が上手くいくはずもない」
「そのとおりだ。ゆえに、少しずつ術式を開示していく。キミの理解が追いついてくれることを願うよ』
「さっき、普通に完成するんじゃ遅い、って言ってたな。タイムリミットはどのくらいだ?」
『長く見積もって三年……いや、出来ることなら二年で完成させてほしい。早ければ早いほど嬉しいがね」
「わかった、努力する。ちなみに、なんで遅くとも三年以内なんだ?」
思っていたよりは猶予があることに男は安堵しつつ、疑問をぶつける。
「キミも既に察していると思うが、キミはもうこの国にはいられない。つまり、亡命することになるわけだが……ここまではいいだろうか?』
「……ああ。魔法省を辞めた時点で、覚悟していたことだ」
『ならばいい。キミが行くのは《簒奪帝国》だ」
「だろうな」
男にはたしかに、《魔導都市》へ愛国心を持っていた。
だが、それゆえに思いついた〈変魂転生〉を認めてもらえず、祖国を見返してやる、という気持ちが強くなっていく。
やがて、その気持ちは憎悪へと変わり、〈変魂転生〉は祖国を守るための魔法から、祖国を見返す手段へと変貌した。
彼はもはや、〈変魂転生〉に取り憑かれた悲しき生き物だ。この魔法のためならば、敵国に就くことも厭わないほどに。
「今から約三年後、ヤツらは《豊穣の郷》へ侵攻する。それは、国境を接していない彼らにとって、想定外の出来事であった。その結果、大量の死者と――そして、抑留者を出した』
「抑留者……まあ、イブリスのことだ。混乱に乗じて民間人に手を出す程度、普通の事だろうな」
『その抑留者がどうなるか……想像するまでもあるまい?」
「奴隷、だな」
六大国はどの国も奴隷制度を認めていない。
しかし、《簒奪帝国》イブリスは違う。
自国の平民ですら、貴族や皇族の持ち物という認識なのだ。戦争で奪った他国の人間が、それ以下の扱いをされるのは想像に難くない。
「《簒奪帝国》はあれでも、自国民を大切にしているらしくてな。如何に平民であろうとも、魔法実験の犠牲にするのは避けたいようだ』
「あれで大切とは恐ろしい話だがな」
男は《簒奪帝国》に身を寄せることを決めてはいるが、あの国の貴族どもの価値観を理解できるわけではない。
もっとも、〈変魂転生〉のためならば、他人の命を犠牲にすることを厭わないため、深いところでは同類なのかもしれないが。
『そうだな。で、自国民での魔法実験はされたくないということだが……他国民なら――」
「――魔法実験の糧にしてもいい、と?」
「そういうことだ』
つまり、《豊穣の郷》で捕らえられた民間人を犠牲に〈変魂転生〉の最終調整をしろ、ということのようだ。
この男が他人に言えたことではないが、この〈影〉も、いくらか頭のネジが飛んでいそうだ。
『そのためのタイムリミットだ。キミが術式の全容を理解した状態でその日を迎えられるなら、我としてはそれでいい」
「わかった」
「話はついたようだし、我はそろそろお暇するとしよう。……ああそうだ、我を呼ぶときはコレを使いたまえ』
〈影〉が霧散しかけ、しかし途中で形を取り戻す。そして、〈影〉は男へ向かって何かを投げ寄越した。
慌てて男はそれを受け取る。
「これは……?」
『それは〈呼魄鈴〉という魔道具だ。それを鳴らせば、所持者たる我の魂に直接音が届く。その時、キミのもとへ行くとしよう……魔法の制約上、夜中にしか会えんがね」
「ありがたく受け取ろう」
「明日の昼には、ここを出発しなければなるまい。術式の開示は、キミが向こうでの地位を確立し、周囲が落ち着いてからにしよう。その時初めて、それを鳴らしたまえ』
「そうだな……。早く動かねぇと、魔法省の連中に先手をうたれる」
『イブリスの連中も〈変魂転生〉を欲しがっている。キミは歓迎されるはずだ。……では、また近いうちに会おう。キミには期待しているよ――」
そう言い残すと、今度こそ〈影〉は霧散し、そこには無だけが残された。
男の下から離れた〈影〉は、ベルスティア王城居住区のある一室に入っていった。無論〈影〉は、ここへ来るまでの間に無数の妨害魔法を使い、男の追跡を受けないようにしてある。
そして、その部屋でスヤスヤと眠る銀髪の少年――レストアの魂の中へ帰還した。
〈影〉の正体は、〈魔轟神〉レストアだったのだ。
(これで、〈変魂転生〉は正史より早くに完成するだろう。同時に、正史とは比べものにならないほどのデータを取れる)
〈変魂転生〉とは、他者の「魂」を「変」容させ、今とは別の存在へと「転生」させる魔法である。
魔法効果は恐ろしいが、後世において重要な役割を持つ魔法だ。その魔法が正史より早く成立し、かつ、多くのデータが取れるというのは、むしろ喜ばしいことであった。
あの男はあくまでも、この魔法を悪意を持って運用しようとしているが、運用方法を変えれば善なる魔法にもなる。
結局のところ、使い方次第で善にも悪にも転じうるというのは、魔法も道具も大して変わりはないのだ。
(《豊穣の郷》の人間を犠牲にするのは気が引けるが……かといって彼らを救うには、そもそもの元凶である《簒奪帝国》の侵攻を未然に防がなければならない。さすがにそこまでは手が回らないな……)
神となり、人間の価値観からズレが生じてしまっているとはいえ、無辜の人間たちを見殺しにするのは良心が痛む。しかし、どうにもならないことなのだ。
事前にイブリスの侵攻を防ごうとするなら、相当な仕込みが必要になる。だが、それをしている時間的余裕も、〈人間〉レストアの肉体的余裕もない。
(まあ、正攻法では〈変魂転生〉の成立に時間がかかり過ぎる。侵攻を防いでしまえば、逆に目的を達成出来なくなる……それでは本末転倒だ)
〈変魂転生〉はその性質上、六大国のどの国であっても、魔法研究は難航する。
その点《簒奪帝国》イブリスであれば、どれほど非人道的な手段でも、抵抗少なく進めることができる。
ゆえに、〈変魂転生〉の研究を進める上で《簒奪帝国》イブリスは、これ以上ない国であった。
(あとは、あの男に任せるとして……。本来より早く成立する以上、例の研究所の護りは厳重になるはずだ。そのあたりの対策は考えとかねーと……ん?)
などと考えていたときだった。
不審な影が、周囲を彷徨く。
そして、迷いのない動きで、レストアの魂に侵入してきた――!
改変成功率……100%
〈変魂転生〉を開発するためなら、男は手段を選ばないため。




