第三話 主従初会
ラグナを見送ったあと、エスパーダ家一行は自宅とは別の場所へ向かっていた。
そのある場所というのは――
「お久しぶりです、国王陛下」
「そう堅苦しいのはやめてくれ。どうも、性に合わなくてな」
「じゃあ、そうさせてもらいますね。ガルドさん」
――《魔導都市》の本丸とも言える、ベルスティア王城だ。
ベルスティアには四つの王家が存在するが、現国王であるガルドはその中の一家、ウルキュラス家より輩出された王である。
ウルキュラス家とエスパーダ家の付き合いは非常に長く、ベルスティアの建国以前よりあったとされる。
それゆえラグナとガルドの親交も深く、今回はその縁もあり、エスパーダ家は王城に身を寄せることになったのだ。
表向きの理由は、戦場に赴いたラグナ・エスパーダに代わる護衛の補充である。
「要件はラグナから聞いている。中へ入ってくれ」
「失礼します」
ガルドに招かれ、フィーアが城内に入る。レストアとルティアもそれに続いた。
ベルスティア王城の敷地は広く、いくつかの区画に分かれ管理されている。当然、その区画ごとに意味・役割を持っている。
今回、ガルドに案内されたのは居住区画だった。
ある部屋の扉の前でガルドが止まる。
「ここがあの子の部屋だ――セリファ、入っていいかい?」
「はーいっ!」
ガルドの呼びかけに、その部屋の主は元気よく返事をする。
それを聞いたガルドは部屋の扉を開け、中へ入る。続いてフィーア、レストア達も部屋の中に入っていく。
そうして彼らは出会う――これが、主と従者の初会になるのであった。
レストアは目の前の女の子に、完全に見惚れていた。まだ五歳という幼さゆえ、恋と言えるほどの感情ではなかったが、それに近い感情が芽吹いたのは間違いない。
エメラルドグリーンを基調とし、先端に行くにつれて青のグラデーションがかかった美しい髪、整った顔立ち、初対面の人間相手にもはつらつとした笑顔を振りまく愛嬌――。
そしてなにより、彼女は一片の穢れもない純白の存在であった。
レストアは先天的に特殊な魔眼を授かっており、これを〈裁閻の慧眼〉と言う。
その眼は、他者の善意や悪意の一切を黒白として観測することができ、善性が強いほど白く、悪性が強いほど黒く写し出される。
それ故レストアは他者の悪意に鋭敏で、嘘の類は全て看破することができるのだ。
ただ、乳児や幼児は、精神が未熟で善悪の区別がない。そういった者は無色で表され、レストアに対して善を為すか悪を為すかで色付けすることができる。
あるいは、先天的に秘めた精神が、無色の存在に光か影を滲ませることもある。
つまりこの少女は、この幼さで精神が一定の熟度に達していながら悪性を持っていないか、あるいは本能に根ざした精神が善性しか無い、ということだ。
そんな人間をレストアは初めて見た――いや、出会った。
だから、彼女に強く興味を引かれたのだろう。
「……――ア。レストア?」
「――ぁっ」
呆然としていたレストアは、フィーアに声をかけられてようやく意識を引き戻される。
「レストアも、セリファちゃんに挨拶なさい」
「ん……。レストア・エスパーダ。よろしく」
レストアがぎこちなく自己紹介すると、目の前の少女――セリファ・ウルキュラスは満面の笑みで応えた。
「うんっ! レストアくんも、よろしくねっ」
子どもたちの自己紹介が終わったところで、ガルドが口を開く。
「セリファ、二人に城の中を案内してくるといい。しばらくの間、一緒に過ごすことになるからね」
「わかった! 二人とも行こっ。案内してあげる!」
そう言うと、セリファはレストアとルティアの手を掴んで、半ば強引に部屋の外へと連れ出す。そして、そのままルームツアーに繰り出していった。
セリファの部屋には、大人が二人残された。
「子どもたちだけにしてしまって大丈夫かしら……」
「近くに護衛をつかせてある、そう心配することはない」
フィーアの心配はもっともだ。
しかし、厳戒態勢を敷かれた王城には忍び込むことも、ましてや事を起こすことなど不可能と言っていい。そこに護衛まで付けていれば、安全は保証されたようなもとだ。
「エスパーダ夫人は知らなかったかもしれないが、王城を守護する結界は複数あってね。その中の一つに、悪意ある者を拒む結界がある。
つまり、悪意ある者は王城へは入れないし、すでに中にいたならば、強制的に外へ弾き出されるようになっている」
「そんな結界まであったのですね。まるで――」
「――まるで、レストア君の眼と似た力、だと思うよ」
フィーアの言葉に被せるようにガルドが言う。
二人は知る由もないことだが、悪意ある者を拒む結界こと〈拒黒排絶結界〉は、レストアと同じ〈裁閻の慧眼〉を宿した人物が、約五千年前に開発した魔法だ。
その者は無自覚に魔眼の力を使っていたため、それが魔眼であることを知らなかった。その結果、〈裁閻の慧眼〉のことは失伝してしまっている。
〈拒黒排絶結界〉は魔眼の力を存分に使っているだけあって、とても複雑難解な術式構造になっている。
そのおかげで、今でも術式の全容が解明されておらず、抜け道という抜け道も見つかっていない。
魔法に関して、他の追随を許さぬ《魔導都市》でこれなのだ。ベルスティアより魔法文明が劣る国で、抜け道を見つけることなどできはしない。
故に安全は保証されてあると、ガルドは説明する。
フィーアはベルスティアの魔法技術に、舌を巻くことしかできなかった。
「そんなわけで、子どもだけにしても問題はない。
それに、子どもたちの関係構築に、大人が挟まるのは不健全な気がしてね」
「それもそうですね」
確かに、ガルドの言い分はもっともだ。
顔合わせの様子からすれば、セリファとレストアたちの相性は悪くないだろうし、無理に大人が入ってあれこれする必要は無さそうである。
とはいえ、これは親としての彼の本心であると同時に、王としての彼の建前でもあるのだろう。
王としてのガルドの本音と言えば――
「さて、私はそろそろ仕事に戻るとしよう。普段ならセリファの面倒を見る時間も多少ならあるのだが……どこぞの不届き者のせいで、そんな時間も無くなってしまったのでね」
――やはり、仕事が忙し過ぎて手が回らないのだろう。
ウルキュラス家は王族だ。子育てに関しては、どうしても侍女や乳母などの手を借りることも多いだろう。
それでも、自分の子どもに愛情が無いはずがなく、できることなら自分たちで面倒を見たい、という思いが強いようだ。
ガルドは部屋を出ていこうとして、ふと足を止める。
「そういえば、あの二人の稽古はどうするんだい?」
ガルドの問いかけに、フィーアは少し困ったような表情で答えた。
「稽古させようにも、ラグナがいませんからね……。私は槍術しか扱えませんし、稽古というよりは自主練習になると思いますけど……現状、そのための場所も無いですし」
フィーアとしては、割と本気の困りごとだった。
ラグナから剣術の鍛錬は続けさせるよう言われていたが、フィーアは剣術に関してはからっきしだ。
無論、見様見真似程度なら何とかなるだろうが、二人に教えるべきはその術理だ。そこまではさすがに不可能である。
それにフィーアは、レストアたち双子だけでなく、二人の弟――レクト・エスパーダの面倒も見なければならない。稽古のためにレクトを放っておくことなどできるはずもない。
かといって、剣術の師範をガルドやその周囲の人間に頼るわけにもいかない。レストアたちが学ぶエスパーダ流剣術に別の流派の剣術が混ざれば混乱を招きかねないし、何より、イブリスとの戦争状態にある今、そんなことをしている時間がないからだ。
フィーアが頭を悩ませていると、ガルドが
「場所なら、練兵場の実戦用闘技場の一つを貸し切ろう。時間は……いつもは十五時から十七時だったか、二時間程度なら兵士たちにとっても問題あるまい。
稽古を付けてくれるのは、エスパーダ家の宝剣の一振り――〈泡影の舞剣〉。自律稼働させるには魔力の充填が必要だが、それも私のあり余った魔力で十分だろう。一週間毎日は厳しいが、一日インターバルを貰えれば問題ない」
と、至れり尽くせりな提案をしてくる。
その様からして、あらかじめラグナから話を通され、ガルド単独かラグナと二人で計画を立てていたのだろう。
しかし、その提案の直前にガルドが「自分の妻にくらい話しておけ、バカモンが」と呟いていたのを、フィーアは聞き逃さなかった。
そのことに彼女は苦笑しつつ、ガルドの提案に乗る。
「ありがとうございます、ガルドさん。それで皆さんに迷惑がかからないなら、その提案に乗ろうと思います」
「わかった、兵士たちにも話を通しておく。十五時から十七時の間なら、好きに使ってもらっていい」
「わかりました。あの子たちにも言っておきます。それはそれとして……」
フィーアには、一つ気になることがあった。
「〈泡影の舞剣〉、ガルドさんも扱えるのですか?」
〈泡影の舞剣〉――エスパーダ家に伝わる宝剣の一つ。使い手の意思を反映させる能力を持つと言われる剣。
フィーアはラグナから聞いた程度の知識しかないため、能力の詳細まではわからない。
しかし、疑問はそこではない。
なぜ、エスパーダ家の宝剣をガルドが使うという話になっているのか、である。
本来、〈泡影の舞剣〉を含めたエスパーダの宝剣は、エスパーダ家の当主にしか扱えない代物のはずなのだが……。
そう思っていると、ガルドが
「さすがにラグナのようにはいかないが、ある程度はね。エスパーダ家とウルキュラス家の関係は長い。それ故か、ウルキュラス家の当主にも、ある程度融通を利かせてくれるようなんだ」
「それは初耳ですね……」
「まあ、緊急時にしかしない使われ方だからね。なにせ、結局のところは、エスパーダの当主が扱ったほうが、その真価を引き出せる。わざわざ、私のような者が扱う価値は薄い」
などと、彼は淡々と説明する。
まとめると、知られていないのは、単に使用する機会が限りなく無に等しい、ということのようだ。
とはいえ、知られていない理由はそれだけではないだろう。
緊急時にしかしない使い方、ということは、逆に言えば緊急時には使う可能性があるということ。
そして、剣という武器を扱わねばならない緊急時というのは、そう多いものではない上、そのすべてが碌でもないことしかない。
つまり――
(――最悪の状況に備える切り札、といったところかしらね。そして、そのために意図して情報を伏せている、と)
フィーアはそこまで思い至り、これ以上の追及をやめることにする。
代わりに、新たな疑問をぶつけることにする。
「ですが、私に話してしまってよかったのですか? 私が誰かに言いふらさないとも限りませんよ?」
他にも、通りかかった誰かに聞かれているかもしれないし、あるいは盗聴用の魔道具が仕掛けられているかもしれない。
せっかく情報を隠蔽している割には、軽く話しすぎているような気がした。
そんなフィーアに対し、ガルドは笑いながら答える。
「何ら問題ないとも。この話をするときは、これでも気をつけている――私が魔法を使っていることに、キミが気がつかないくらいには、ね」
そう言われて初めて気がつき、フィーアは驚きで目を見開く。
しかし、そのことに気がついてなお、その魔法術式の全容が把握出来ないほど巧妙に隠蔽されており、どんな魔法なのかは判別が出来なかった。
ガルドが使ったのは〈遮音結界〉。外部へ音が漏れることを防ぐ、風属性の魔法だ。
「これでも私は《魔導都市》の国王でね? この程度の魔法行使など、息をするようにできる。
それに、今の話は〈泡影の舞剣〉が聴いてしまっている。この剣の性格は秘密主義だそうでね……あまり不用意に自分のことを話されるのを嫌うらしい。その上でどんな理屈は分からないが、とても耳が良い――」
「――言いたいことはわかりました、もう大丈夫です」
「そうかい?」
フィーアは、ガルドの言葉を遮って会話を止める。
どうせ、不用意に話した者のもとへ飛んでいって、話し手と聞き手の両方をその場で斬り捨てる、とかそんなところだ。
まったく、物騒な剣である――
(――そもそも武器は命を奪うものでもあるし、元々物騒か)
などと、フィーアは変に納得してしまった。
「そういうわけで、剣術指導は〈泡影の舞剣〉に任せればいいだろう。〈泡影の舞剣〉は私しか触れないから、時間になったら練兵場へ行く。もし、しばらく来ないようなら、この〈通信結晶〉で呼び出してくれればいい」
「わかりました」
ガルドから〈通信結晶〉を受け取ると、彼はそのまま行政区画側へ足早に去っていく。
それを見届けたフィーアは、自分もレストアたちのもとへ向かい、セリファの部屋をあとにするのだった。




