プロローグ ―枝分かれ―
「しばらく迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
「ああ、任せろ」
レストアは、崩れ行く世界で『彼』にそう懇願する。
――第九宇宙・魔導世界ウィゼリウス。
その名が示す通り、魔法が主体となり構築される世界。
この世界の主神、魔轟神となったレストアが世界を治めるようになって数億年。この日、魔導世界は終わりの刻を迎えていた。
天は裂け、地は割れた。永遠の象徴たる世界樹は、そのほとんどが枯れ落ち最期を迎える。
既に神の多くが滅び去り、残ったのは世界の柱たる七大神と主神のみ。地上の生物は疾うの昔に死に絶え、地上から生命の気配が消えて久しい。
世界の寿命という内部的な事情であるため、滅びを免れることはできない。一抹の後悔を残し主神となったレストアは、ついにその後悔を払拭できずに滅びを迎えようとしていた。
しかし、そんなときに『彼』は現れた。
様々な世界を旅しているという『彼』は、たまたまこの世界の滅びの瞬間に立ち寄ったのだという。
『私なら、その後悔を解消できるやもしれん』
そんな一言で、レストアは『彼』に一縷の望みを賭けることにしたのだった――。
『彼』は了承の言葉を返すと、その力を起動する。
すると、全身に紋様が表れ光り輝く。金色、若草、紫、蒼白――その他無数の色が交わり、虹の如き輝きが周囲に振りまかれる。
「この場のみなの力を借り受け、主神レストアをかの遠き日へ跳ばす。心の準備は……良いな?」
「ああ、やってくれ」
「では」
『彼』の力が高まる。
『彼』とレストアを囲むように位置していた七大神の権能と神力とを吸い上げ、運命の刻までを遡り観測する。
「見えた」
短く『彼』が言うと、さらに力の出力を上げる。
魔法とは違う、異質の力。それを受け止めるには、滅び逝く魔導世界の強度はまるで足りておらず、崩壊が加速していく。
力を奪われた七大神も限界を迎え、光の粒子となって滅び去る。残されたのはレストアと『彼』の二人のみ。
「オレがここにいる限り、いくらかやり直しはきく。思う存分、やりたいようにやってこい」
『……ああ』
『彼』がそう発破をかけると、レストアから変な反響音と共に返事がくる。今まさに、時を翔けようとしていたからだ。
その直後、レストアの魂は『彼』の力で過去へと遡り、運命のあの日に辿り着く。
世界の柱たる七大神と、世界そのものと言える主神を失い、魔導世界は一層滅びに近づくかと思われたが、一転して滅びは緩やかになる。
この世界が完全には滅ばぬよう『彼』が、借り受けた七大神の権能をもって支え、主神たるレストアの魂を観測し続けているからだ。
しかし、それも長く続くわけではない。長くとも数日程度だろう。
それが、寿命を迎えた魔導世界ウィゼリウスに許された、延命の時間であった。
レストアが人間として生まれて5歳になった頃。彼にとって、そして世界にとって大きな分岐点となる出来事が生じた。
その分岐点――運命の刻――に、彼の魂は舞い戻る。
しかし『魔轟神』レストア自身の望みから、この時間軸に生きる『人間』レストアには、過度な干渉は出来ないようになっている。
干渉が可能なのは、世界の運命に大きく関わる分岐点と、人間時代に特にやり直したいと思った点のみ。
ここで改変すべき事象は、『人間』レストアが絶望と憎悪、憤怒に呑まれ、邪神化した終焉神に見初められることの阻止。そして、それに伴う時空神ルーメルティアの干渉を事前に阻止し、彼女の力を温存させることの二つ。
『彼』が未来の魔導世界を維持している限り、何度もやり直すことは可能だが、できる限り最低限の試行回数で切り抜けたいところだ。
「……さて、やり直すとしよう」
人間時代に残した後悔を払拭するため。そして、世界をあるべき姿へと導くため、『魔轟神』レストアは未来の記憶を持って干渉を始めるのだった。