表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第4話 「きっかけ」

  人というのは単純な生き物だ。

  大きな円からはみ出る者を嫌悪する。

  そしてまた、己もその円からはみ出ることのないように生きようとする。

  たとえ、その円が己自身に合っていなくとも。



 これは2年前、俺たちがまだ3人で居た頃の話だ。



ーーーー



「アルス、忘れ物はない?」

「うん、たぶん大丈夫。」


  登校前の俺に朗らかで優しさの溢れる声で忘れ物の確認をしてきたのは俺の母であるアーミスだ。

  母さんは相変わらず忙しそうだ。

  それもそのはず、俺と母さんは2人で暮らしている。

  父さんは見たことがない。

  俺が産まれてから一度も家に帰ってきたことは無い。

  母さん曰く、遠いところで働いているらしい。

  まぁ、俺的には遠いところじゃなくて近いところでちゃんと稼いで欲しい。

  俺の家は決して裕福ではなく、どちらかというと貧しい方だ。

  母さんが村の畑で隣人と協力して農作物を作り、採れたものを山分け。

  それを食卓に出したり、余ったものを売ったりして稼ぎを得ている。

  まぁ、かなり少ないものだが。

  じゃあ、なぜ学校に通えてるかって?

  それはこの国の学校はたいていお金のことに関しては保証してくれるからだ。

  ほんとありがたい。


「今日の晩御飯は芋と豆を使った料理よ。楽しみしててね。

 ―――じゃあ、気をつけて、行ってらっしゃい。」

「はーい、行ってきまーす。」


  俺は腰に愛用する短剣を刺し、家を出た。



 ーーーー



  代わり映えのない村を背景に、家の前には2人の待ち人がいた。


「おはよう、アルス」

「遅いわよ!早く出てきなさいよ!」


  そこにいたのはフェンリルとアイビスだ。

  この頃のフェンリルは相変わらず黒髪に白髪が少し混じった髪色に琥珀色の目。

  アイビスはエメラルドグリーンのような透き通った目に背中まで伸びた綺麗な白髪を結わずに靡かせていた。

  2人は同じ茶色のローブを身にまとっている。

  このローブは一応俺たちの学校の制服みたいなものだ。

  もちろん、俺も身にまとっている。


「おはよう」

「今日もずいぶん眠そうだね。」

「眠くない朝なんてあるわけないだろ?」

「あんたがボサっとしてるだけでしょ?

 早く行くわよ。」


  いつものように会話しながら俺たちは学校へと歩き出す。


「アルス、今日はテストだよ。しっかり勉強した?」

「え?テスト今日だっけ?」


  テストか。

  確か、もうすぐテストがあるって先生が言ってたな。

  どうでも良すぎて気にしてなかったな。


「アルスがテスト勉強なんてするわけないでしょ。」

「確かにそうだね。」

「おい、じゃあなんで聞いたんだよ。」


  こいつ、わかってて聞いただろ。


「そもそもアルスはペンを持つ時間より剣を持つ時間の方が長いような人間よ?

  普段の勉強すらしてないでしょ。

  ほんと、剣振るしか脳のない頭してるからそんな馬鹿なんでしょ。」


  確かにそうなのだが、一言余分だわ。


「―――おや、アルスたちじゃないかい。おはよう。

  今日も早いのね。」


  村の出口まで来たところで近所のおばあちゃんに声をかけられた。


「おはよう。おばあちゃんも今日は早ぇんだな。なんかあったの?」

「いんや、目が覚めたから散歩でもと思ってね。」


  かなり能天気な人だと思うかもしれないが地底世界の人間にとってはこれが普通なのだ。


「歳とって時差ボケしてきたんじゃねぇの?」

「バカ言うんじゃないわよ!

  歳とってもあたしがボケることは無いんだよ。

  全く、近頃の若いのはすぐに年寄りを馬鹿にする。

  年寄り馬鹿にする暇があったらさっさと学校行って勉強してきな!」

「はいはい、行ってきまーす」


  そう言って俺たちはまた歩き出した。

  全く、あのおばあちゃんも元気だねぇ。

  歳とってもあれくらい元気だったらいいな。

  俺もああいう爺さんになりたいねぇ。


 ゴォーン……ゴォーン……


  老後のことを考えていると鐘の音が鳴り響いた。

  その重く響く鐘の音は国中に響き渡り、それに促されるように人影がぞろぞろと姿を現し始めた。

  この鐘の音はグランの鐘の音だ。


  地上世界には時計という時間が分かる便利な道具があったそうだが、地底世界にはない。

  じゃあどうやって時間を把握しているのか。

  それはこの鐘の音だ。

  この鐘は等間隔に1日4回鳴る。

  鐘の音の回数にはそれぞれ意味がある。

  1回目は起床、2回目は活動開始、3回目は活動終了、4回目は就寝。

  人々はこれに則り動いている。

  ちなみに活動というのは仕事とか学校のことだ。

  そんな俺たち地底人にはなくてはならないこの鐘だが、実は大きな謎がある。


  それは、その鐘が、()()()()ないことだ。


  おかしな話だ。

  地底国全体に響き渡るこの音からしてその鐘が大き鐘であることは確かなのだが、実際の鐘を見た者はいない。


  じゃあ、その鐘は誰が鳴らしているのか。

  鳴らす者がいなければ鳴る物も鳴らない。

  誰かが鳴らさなければならない。


  しかし、その鐘を鳴らしている者もいないのだ。

  存在するはずのものが存在しない。

  これはかなり怖い。

  はずなのだが、何故かこの国の人達は全く気にしてない。

  「生活に困ってないし、逆に助かってんだから別にいいんじゃね?」って感じらしい。

  アバウト過ぎるだろ。


「アルス!」


  鐘の音にフェンリルとアイビスがまずい!と言った顔で見てくる。

  はぁ、またこれか……。


「お前ら、準備は出来てるか?」


  アイビスが露骨に嫌そうな顔を浮かべる。


「よし、…………走るぞぉ!」


  俺の掛け声と共に3人は勢いよく走り出した。


  おっと、言い忘れていたがさっきの鐘の音は今日2回目の鐘。

  2回目の鐘は学校が始まる時間だ。


  つまり、……遅刻です☆




 ーーーー



  あの後全力疾走したもののもちろん間に合わず、先生に怒られてから3人廊下に立たされていた。


  アイビスはご立腹、フェンリルはまたかと言った顔で苦笑い、俺もいつもの事なので特に気にしてない。

  気になるとしたらアイビスの機嫌の方だが。


「ねぇ、なんか言うことないの?」


  アイビスは腕を組んで右足の踵をつけたままつま先を地面に叩きつけるように鳴らしながら殺意の籠った目で俺を睨みつけている。

  まぁ、理由はわかっているので謝っておく。


「悪かったよ、次からは気をつけるから」


  アイビスがキレている理由は俺が家から出てくるのが遅くて遅刻し、そのうえ学校まで走らされたからだ。

  アイビスは運動そのものが苦手で足も遅いし体力もない。


「そもそも遅刻なのになんで走る必要があるのよ!」

「仕方ねぇだろ?

  あれより遅かったらマルッフィル先生に見つかっちまうんだよ。」


  鐘の音が鳴った時点で遅刻は確定している。

  なのになぜ走ったのか。

  それはあの時点で走らなければマルッフィル先生に見つかってしまうからだ。

  マルッフィル先生は鐘が鳴って少ししたら学校周りの掃除を始める。

  ゆえに鐘がなった後すぐに学校に行かなければマルッフィル先生に見つかってしまうのだ。

  そして、もしマルッフィル先生に見つかったらめちゃくちゃ怒られる。

  という訳でもなく、この先生は比較的優しい人だからあまり怒らないのだ。

  怒らないのだが、


「マルッフィル先生に見つかったらどうなんのよ。」

「遅刻してあの人見つかったら、………………学校で飼ってる家畜の世話をさせられんだよ。

  ―――主に糞処理。」


  アイビスは稲妻が走ったような衝撃を受けた。


「あれはヤバかった。

  あれなら怒られた方がマシだ(経験者は語る)。」


  フェンリルも思い出したのか少し顔色が青白くなっている。


「そ、そう……なのね。」


  アイビスも怖気付いたのか言葉が出なくなっていた。

  家畜の糞処理と怒られるのだったら当然怒られる方がマシだ。

  アイビスもそう思っているのだろう。


「あら、あなたたち。そこで何をしてるのですか?」


  俺たちが遅刻の話をしていると声をかけられた。

  優しさがあり、そして疑問を感じているような声。

  その声を聞いた瞬間3人とも氷漬けにされたかのように固まった。

  嘘だろ。

  なんでこのタイミングで。

  今は外にいるんじゃないのかよ!

  俺たちはゆっくりその声の方に顔を向ける。

  そこに居たのは本来は外で掃除をしているはずのマルッフィル先生がいた。


「こんなところでこんな時間に3人突っ立て、

 ………もしかして遅刻ですか?」

「い、いやいやいや、違いますよぉ。

 遅刻じゃないですってば。」


  まずい。

  遅刻ってバレたらとんでもないことになるぞ。


「では何故こんなことろに?」

「い、いやぁ、ちょっと喧嘩しちゃって、怒られたんですよ。」


  ここはもう嘘でもなんでもいいからバレるのだけは避けたい。


「そうですか。

  何で喧嘩したかは知りませんが程々にしなさい。」


  マルッフィル先生は「また喧嘩か」と言った感じでため息をつきながらつぶやく。


「せ、先生はどうしてここに?」

「今日は朝から授業だからですよ?

  なにか問題でも?」

「い、いえ!別に……。」


  そうか、今日はマルッフィル先生は朝から授業の日だったか。

  よりにもよってなんで今日なんだよ。


「………それにしてもあなたたち、随分と汗をかいているのですね。」


  その言葉に3人はビクッとなった。


「そんな汗をかくほどの喧嘩をしたのですか?」

「ま、まぁ、少々暴れ過ぎまして。」

「はぁ。程々にしてくださいよ。

  建物を壊されたら困りますので。」

「は、はぁーい」


  マルッフィル先生はそう言い捨てて去っていった。

  マルッフィル先生が廊下の角を曲がったところで俺たちはその緊張感から解放された。


「―――わかったか?アイビス。こうならない為に走る必要があるんだよ。」

「そ、そうね。……ていうか、

  あんたがもっと早く出てこればいいんじゃないの?」


  正論で返された。


「ぐっ……………ぜ、善処する。」


  こうして俺たちは家畜の世話(糞処理)は免れたのであった。



 ーーーー



  その後俺たちは教室に入れてもらいテストを受けた。


  テストが終わり休憩時間になった時、俺とフェンリルはトイレで用を足し、教室に戻っていた。


「はぁ、今日は朝からツイてねぇな。」

「そうだね。

  遅刻した挙句マルッフィル先生に見つかるなんてね。

  まぁ、遅刻はアルスが悪いんだけど。」


  フェンリルはため息混じりにつぶやく。

  遅刻に関しては確かに俺が悪いが、最悪の事態は免れたんだからいいじゃねぇか。


「家畜の糞処理させられるよりかはマシだろ?」

「そうだけど、そうじゃないんだよねぇ。」


  フェンリルは何か言いたげに腕を組みながら微笑し、首を傾げている。

  なんだよ、言いたいことあるなら言えよ。


「それは置いといて、テストの方は順調?」


  さっきまでの言い淀んだ感じと打って変わって今度は遠慮なく聞いてきた。

  おいおい、一難去ってまた一難と忙しい俺に追い討ちかけてくるんじゃねぇよ。


「順調なわけねぇだろ?」

「まぁ、そうだよね。アルスはいつも1番だもんね。

  下から数えて。」


  なんの悪びれた様子もなく笑顔で馬鹿にしてきやがった。

  こいつまじでぶん殴ってやろうかな。


  そうしてるうちに教室に着いた。

  教室はいつもと変わらずうるさいわけでもなく静かという訳でもない、至って普通の雰囲気の教室のはずが俺たちが戻ってきた時、少し変わっているところがあった。

  それは教室の真ん中辺りに人集りができていたことだ。

  なんの人集りだ?なんかあったのか?

  と思いながら教室に入ると人集りの中心に自席に着いているアイビスが見えた。

  5、6人の女子がアイビスを取り囲んで何か話している。

  その会話は教室に入ってすぐにわかった。


「ねぇ、アイビスはなんでアルスとかと一緒にいるの?」

「え?なんでって、別に……。」


  思いもよらない質問にアイビスは困惑しながら返した。


「別にってなに?一緒にいて楽しいってこと?」


  悪びれた様子もなく素朴な疑問として質問してくる。


「え、えぇ。まぁ、そうね。」


  アイビスは質問の意図が全く理解出来てないでいる。

  俺もいまいちよくわかってない。

  あいつらは何が言いたいんだ?


「へぇ、そうなんだ。

  でも、一緒にいて楽しいってなんかあれじゃない?」

「そうだよね。なんか……」


  そう言って周りの女子はアイビスのことをニヤニヤした顔で見る。

  アイビスもその顔にすぐに気づき聞き返す。


「な、何よ……」

「もしかしてアイビスって、アルスかフェンリルのどっちかのこと好きなの?」

「!な、何言ってんのよ!そんなわけないでしょ!」


  思いもしなかった言葉にアイビスは戸惑いだす。

  俺とフェンリルはなんでそんな考えに至るのか全く理解できなくて、頭に?が浮かび上がっていた。


「だって、一緒にいて楽しいってことは好意があるってことじゃない?」

「なっ……!い、一緒にいて楽しいけど好意があるとかそんなんじゃないわよ!」


  アイビスは顔を真っ赤にしながら否定する。

  顔を真っ赤にする必要もないだろう。


「気づいてないだけで本当は好きなんじゃない?」

「だから!!違うってば!」


  アイビスがいつも以上に声を荒らげて、机に手のひらをたたきつけながら立ち上がった。

  おいおい、否定するためとはいえいくらなんでもそこまで怒る必要ないだろ?

  どうしたんだよ。


「じゃあ、なんでずっと()()()()一緒にいるの?」

「……え?」


  その言葉にアイビスはピタッと動きをとめた。


「好きでもないのに男の子と一緒にいるのなんか変だよ。」

「そうだよね。

  女の子なのにいつまでも男の子といたら変な目で見られるよ?」

「え?で、でも……」

「それとも一緒に居ないといけない理由があるの?」


  アイビスは言い返そうとするも黙り込んだ。

  と言うよりも困惑して言葉が出ないと言った様子だ。


  俺には理解できないが、男の子と女の子が一緒いたら変な目で見られるっていうのはどういうことだ?

  なんで変な目で見られるんだ?

  確かに最近は男女で一緒にいる奴らは俺たち以外で見ないが、それとなんか関係があるのか?

  よくわからないがアイビスが俺たちと居ることを否定してるように聞こえる。

  アイビスが誰と居ようがお前らには関係ないだろ。

  なんでそんなにアイビスに口出ししてんだよ。

 と、ふつふつと湧いてくる怒りを抑えているとアイビスが口を開いた。


「わ、私たちは……幼なじみで……」

「ただの幼なじみでしょ?」


  その言葉にアイビスは何も言えなくなり、俯いてしまった。

  聞いていた俺たちも我慢できなくなった。


「おいおい、さっきから聞いてればなんだよお前ら。アイビスが誰といようとお前らには関係ねぇだろ?」


  勢いよく出てきた俺にクラスにいた全員が注目する。

  だが、アイビスは俯いたままだ。


「あっ!本人登場だぁ!」


  アイビスに絡んでた1人が俺に指をさしながら言った。


「あのなぁ、アイビスがどう行動しようがアイビスの勝手だろ?

  それをお前らが制限するなよ。」

「違うよ?

  私たちはただ疑問に思ったから聞いただけだよ?」


  白々しく、というよりかなりぶりっ子ぶった感じで返してくる。

  キモッ。


「そうだぜ?

  ただ単になんでずっと一緒にいんのか気になっただけだぜ?」


  アイビスを取り囲んでた女子、ではなく、その近くにいた男子が会話に入ってきた。

  なんだこいつら。

  さっきまで一緒に会話してましたよ感出てんじゃねぇよ。

  まぁいいわ。

  クラス全員が注目してるし、この際はっきり言っといてやろう。


「あのなぁ、はっきり言っとくけどな、俺たちは幼なじみだがただの幼なじみじゃねぇ。

  "最強トリオ"の幼なじみだ!

  3人いればなんでも出来る、最強だ!

  だから俺たち、

  3人一緒にいることは必須なんだよ!」


  親指を自分の胸に向けて指し、鼻高々に宣言した俺に全員が静まり返った。

  決まった。

  これは俺史上トップ3に入るかっこよさだろう。

  周りの奴らも静かになったし、これに懲りたらもうウザ絡みはしてこないな。

  と確信した時、クラス中から大爆笑が起こった。


「あはははははっ」

「まじか!おもしれぇ!」

「最強って、なにそれぇ!」


  なぜ笑いが起きたのか一瞬わからなかったが、すぐに俺たちを馬鹿にしてるのだと気づいた。

  アイビスとフェンリルも全く笑っていなかった。


「ていうか、幼なじみなんだから最強トリオじゃなくて幼なじみトリオだろ?」

「あっ、いいね!それ!最強トリオより幼なじみトリオの方が可愛いもん。」


  なんだそれ。

  幼なじみトリオってなんだよ。

  無性に腹が立つな。


「幼なじみトリオじゃねぇよ。

  最強トリオだっつってんだろうが!」


  俺の怒りの声は届かず、みんな笑い続けている。

  何がそんなに面白いんだよ。

  最強なのは間違いねぇのに。


「まぁまぁ、そんなことよりさ。

  アルスはどう思ってるの?アイビスのこと。」


  馬鹿にされてイライラし始めた俺を見て1人の女子が話題を変えようとしてきた。

  話題を変えるというよりただ単に聞きたかったこと聞いてきただけに思うが……。


「どうってどういことだよ。」

「そりゃあ、好きかどうかだよ」


  好きかどうかか。

  そんなの決まっている。

  俺たちは昔から一緒にいるが、嫌いなら今も一緒にいることはない。


「そんなの好きに決まってんだろ?」


  俺の返答に女子たちが愛の告白を聞いたかのようにキャーっと声を上げた。

  だが、俺にはなぜそんな反応をするのか理解できなかった。

  好きだから一緒にいる。

  ごく当たり前の事を言っただけだ。

  なのになんだその奇声は。

  発情期ですかコノヤロー、って何処ぞの天パも言ってんぞ。

  これのどこに奇声をあげる部分があるのかと思い周りを見渡すと何人かの男子は面白くなさそうな顔をしてやがる。

  なんだよその顔は。

  面白くねぇのは俺も同じだよ。

  なんだかああいう奇声はイラッとくるんだよ。

  早く終わんねぇかな、と思いアイビスの方を見た。

  だが、アイビスは俺のような白けた顔ではなく、真っ赤に顔を染め、体はプルプル震えていた。

  まるで恥ずかしさで縮こまっているようだった。

  どうしたのかと思い


「アイビス?」


  と聞くとアイビスは俺の方に向き直って真っ直ぐ早歩きで向かってきて


 パンッ!


  と音を立てて俺の頬を叩いた。

  その音が教室に響き渡り、周りの音全てが消えた。

  何が起きたのか理解できなかった。


「ふざけないで!

  あんたなんか……あんたなんか大っ嫌いよ!!」


  アイビスは真っ赤な顔で俺にそう吐き捨てて教室を出ていった。

  周りの奴らは


「ぷふっ、アルス振られやんの」

「どんまいアルスー」


  などといった励ましなのか、馬鹿にしてるのかわからない声をかけていたが、俺の耳には入ってこなかった。

  真っ白になった俺の頭の中は、アイビスの言葉がエコーのように流れていた。

  なんだ今の?なんで俺は叩かれたんだ?

  意味がわからずフェンリルの方を見ると、苦笑いをしているもののかなり顔が歪んでいた。

  どうしたんだフェンリル。

  いつもならすぐに俺のところに来てくれるのに、どうして今回は来てくれないんだ。


  俺はただ何も理解出来ずに突っ立っていた。

  わかるのは、叩かれた頬の痛みが今までで1番痛かったということだった。



 ーーーー



  その日の放課後、俺たちは3人で帰っていた。

  ただ、いつもより距離が離れていた。

  アイビスが1番前を歩き、少し空いて俺とフェンリルが並んで歩いていた。

  俺とフェンリルの間もいつもより空いている気がする。

  俺たちは何も言わずに歩いていた。

  無理もない。

  あんなことがあったんだ。

  俺はあの後ひたすら考えたが、なぜあんなことになったのか未だに理解出来てない。

  正直かなり気分が悪いしこのまま流したいがそれはダメだ。

  分からないからこそ知る必要がある。


「なぁ、フェンリル。」


  俺は思い切ってフェンリルに聞いてみることにした。

  まぁ、フェンリルもあんな顔してたしフェンリルに聞くのもどうかと思うだろうが。

 

「………なに?」


  フェンリルはいつもより冷めた声で返してくる。

  やっぱりフェンリルも怒ってたんだろうか。

  だとしたら何に怒ってたんだ?


「なんで今日俺はアイビスに叩かれて、あんなこと言われたんだ?

  んでお前はなんであんな顔してたんだ?」


  俺の質問にフェンリルはため息をつきながら答えた。


「君がアイビスに叩かれたのはアイビスの気持ちを全く理解してなかったからだよ。」

「アイビスの気持ち?」

「そう、アイビスの気持ちだ。

  アイビスはあの時、君に好きじゃないって言っ欲しかったんだと思うよ?」


  ?どういうことだ?


「なんで好きじゃないって言わなきゃいけねぇんだよ。」


  意味がわからん。

  なんでわざわざ嘘つかねぇといけねぇんだ?

  ますます理解できなくなってきたな。

  だが、フェンリルはまた大きなため息をついた。


「アルス、君の言う好きは付き合いたいとか恋してるとかの意味じゃないでしょ?

  友達としての好きだよね?」

「うん、そうだが?」


  何を当たり前のことを言ってるんだ。

  アイビスに「好きです、付き合ってください」とか言ったら「キモい」の一言で片付けられるだろうに。


「あの時言ってた好きって言うのは恋してるの好きだよ。」

「?……アイビスは俺の事をそう思ってんのか?」

「……それはわかんないけど、そういう話に敏感になってくる年頃なんだと思うよ?僕たちもだけどさ」


  なるほど。

  つまり、女子たちが「恋愛的な好き」の話をしている中に俺が勘違いをして「友達としての好き」と告白したもんだからアイビスが怒ったのか。

  理解出来た。

  理解出来たがあんなに怒る必要あったか?

  今まで喧嘩することは多々あったが、あんな怒り方をするアイビスを見たのは初めてだな。

  まぁ、いい。

  それはそうとして、次はフェンリルのことだな。


「じゃあ、フェンリルはあの時なんであんな顔をしたんだ?」


  正直これが一番俺を混乱させた原因だ。

  だいたいああいう時のフェンリルは理解出来てない俺に説明してくれる。

  なのにあの時は説明どころか距離をあけようとしていたようにも思う。


「なんでだと思う?」


  フェンリルは意地悪く聞き返してきた。

  なんでこいつはこういう時だけ意地悪なんだよ。

  それがわかったら聞いてねぇよ。


「わかんねぇ」

「……それはね、アイビスの気持ちを察せなかったことと周りを見ずに言葉を発していたこと、それを見て気分が良く感じなかったからかな。」

「周り?」

「そう、周りのこと」


  アイビスのことは確かに分かるが周りを見ずにってのはどういうことだ?

  あの時のあいつらはただ単に俺を揶揄ってたのかと思ってたが、違うのか?

  答えが出ずに悩んでいる俺を尻目にフェンリルは


「アルスにはまだ分からないかな。

  でも、いつかわかる日が来るよ。」

 

  と言いながら微笑んでいた。

  なんだそれ。

  結局教えてくれてねぇじゃねぇか。


「さぁ、アイビスに言うことがあるんじゃない?」


  フェンリルはそう言いアイビスの方を見た。

  俺もそれにつられて同じところを見る。

  アイビスは下向きながら歩いていた。

  歩くペースは少し早く感じる。

  怒っているのは明白だな。

  許してもらえるだろうか。

  いや、大丈夫だ。

  大抵の事は許してくれるし、今回も素直に謝れば大丈夫だ。

  俺は歩くスピードを上げアイビスに近づいた。


「なぁ、アイビス。今日のことなんだけど……」


  と、謝ろうとした時、アイビスはピタッと歩くのをやめた。

  そして、そのままの状態で


「ねぇ、もう私たち一緒に帰るのやめよ」

「………え?」


  思いもよらない言葉が飛んできて耳を疑った。

  一緒に帰るのをやめる?

  なんでだよ。

  いや、確かに俺が悪いとは思ってるけどいくら何でもそこまでしなくても……


「あたしたち男と女だし、いつまでも一緒に帰るのもおかしいでしょ?

  だから一緒に帰るのも今日までね」


  アイビスはそう言って早歩きで歩き出した。

  俺は歩き出したアイビスを止めようとアイビスのところまで走って、腕を掴んだ。


「いやいや、ちょっと待てって。

  今回は俺が悪かったけどさ、いくら何でもそれはやりすぎだろ。

  そんなことしなくたっていつも通り仲直りし」

「離して!!」


  アイビスは俺の手を振り払い、


「私とあんたたちじゃ、もう違うのよ!

  いつまでも一緒になんかいられるわけないでしょ。」

「ッ……」


  アイビスはそう吐き捨てて1人帰って行った。

  俺はアイビスを止めようと声を出そうとしたが、なぜか声が出なかった。

  フェンリルも予想外の展開にただ唖然としていた。

  なんでだ?

  なんでそんなに怒ってるんだ?

  いつもならここで仲直りしてたじゃんかよ。

  なんで………

  俺は何も理解出来ず、ただアイビスの後ろ姿を眺めるしか出来なかった。



 

  この日。

  この日をきっかけに俺たちはバラバラになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ